亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士

第二百四十話 沈みゆく太陽

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 激しい金属音が止み、戦いの終わりを察知したマーカスはサンドウのもとに戻って来た。

「おーい! サンドウ殿ー!」

 サンドウは左肩の小傷を清潔な布で保護したところだった。そこにマーカスが駆け寄ってきた。

「あの死骸がさっきのやつか?」
「うむ。退屈しのぎにはなった」
「伝説の魔獣が退屈しのぎかよ。相変わらずとんでもない腕前だな。……それで、例の秘宝はどうしたんだ?」
「うむ、ここにある」

 彼は懐からイエローオーブを取り出した。マーカスは少し身体をかがめてそれをよく見た。

「うーん。見た感じは大きめのガラス玉みたいだが、他の二つと合わせると何か起こるのかもな」
「そうであろう。それゆえ他の二つと合わせてはならないのではないか」
「ああ。俺もそんな気がするぜ」

 二人は石板の内容から察していた。なぜオーブは三つに分けられているのか。なぜ強力な守護聖獣に守られているのか。それはこれが危ういものだからに他ならない。そう推測した。

「この物体の取り扱いは陛下に委ねようぞ」
「そうだな。国で厳重に管理する以外、手立てはなさそうだしな。ところでサンドウ殿、帰りはどうするんだ?」
「うむ。そのことなんだが……」

 サンドウはなにか気がかりなことがあるようだった。

「どうかしたのか?」
「極めて強い力を秘めた気がこの地に近付いておる。まだかなり遠いがここからでもはっきりわかる」

 彼はソフィが近くに来ていることを、到着の二日前にもかかわらず察知していた。

「やるのかい?」

 マーカスが尋ねると、サンドウは首を横に振った。

「いや、やめておこう。この気には闘争心がまるで感じられない。むしろ戦いを嫌悪していると言ってもいい」

 彼はソフィの性質まで的確に把握していた。

「立ち合う意思のない者と争ったところで得られるものもなかろう」
「そうかい。じゃあこれでお開きってわけだな。そうと決まればさっさと帰るぜ」

 マーカスは元来た道を戻ろうとした。しかしサンドウは動かず、マーカスを呼び止めた。

「マーカス殿、そちらではないぞ」
「なんで? 来た道はこっちだぜ?」
「秘宝を抱えておるのだ。無用な問題は避けねばならん」

 もっともな話だった。世界を改変できる秘宝のうち、三分の一が彼の懐にあるのだ。剣の上達と強者との立ち合い以外興味が無さそうな彼も、そこのところはちゃんとわきまえていた。

「なるほど。じゃあどっから帰るんだ? ここは行き止まりだぜ?」
「あそこからだ」

 サンドウはどう見ても道とは呼べない断崖を指差した。

「あのあたりは僅かに傾斜がついていて返しもない。登るにはちょうどよい」
「傾斜って、ほぼ垂直だぜ?」
「無理だと申すか?」
「まさか」

 マーカスも並外れた力自慢。無理かと問われて無理だと返すはずもない。結局二人は集落の方へは戻らず、近くの崖を登ってその場を離れた。

 その二日後、集落に戻ったソフィは作戦が失敗したことをニーナとノーマンに伝え、その日のうちに近隣の町へ移動した。ニーナとノーマンは事の重大さを察していたため、任務について一切詮索しなかった。もちろんソフィが黄金色の淑女になにを見せられたかについても。

 翌日一行は最寄りの都市に立ち寄り、ソフィは市庁舎から皇帝に電報を打った。任務に失敗したこと、おそらくオーブを先に奪取したのはサンドウであることを皇帝に伝えると、すぐに帝国が貸し切った列車に乗り、帰路に就いた。

 ソフィはニーナとノーマンを残し、一人隣の車両に移っていた。彼女は地平線に落ちる夕日を眺めながら考え事をしていた。

(おそらく皇帝はすぐにオリンピア王国へ遣いを出す。剣聖サンドウ本人か付き人が石板の内容を解読しているはずだから、引き渡しを要求するのではなく厳重に保管するよう要請するに違いないわ。あとはブルーオーブさえ確保できれば……)

 三つのオーブが悪意ある野心家の手に渡ること。それがどれほど恐ろしいことかは、国家元首ともなればわからないはずがない。となればイエローオーブとブルーオーブは別々の国がそれぞれ保管して、リスクを分散したほうがよい。

 幸いオリンピア王国は国防力に定評がある。引き渡しの途中で奪われるリスクを考えれば、そのまま管理してもらったほうが安全というわけだ。

(いずれにせよ、ムフタール国王に取り入った例の悪女に渡してはならないわ。シャーヒーンの話から察する限り、彼女は極めて危険……)

 そう思った瞬間、ソフィの脳裏に過去の記憶がよぎった。

(……悪女? 危険? わたしが言えたことじゃないわ。わたしは……)

 沈みゆく太陽が、ソフィの心に暗い影を落とした。
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