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第六章 父祖の土地へ
第二百四十五話 外務省から来た男
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チェックインが済んだジャンたちは幅の広い階段を登り、三階にある客室に向かった。シェリーは二人より先に階段を登った。
「すっごーい。おしゃれ―」
ホテルは新中流層向けとはいえ内装にはこだわっている様子がうかがえた。壁面は一般的な建材の表面を丁寧に平面出ししたあと、壁紙や装飾品で高級感を出したもの。それらは非常に華美なデザインで、ある意味本物よりわざとらしい煌びやかさを醸し出していた。
「へえ。思ってたよりずっと高そうだな」
ジャンは金色に塗装された手すりを見てそう言った。そこでニコラがいつものように解説を始める。
「最近のクーランは末端の自治州まで好況が広がってるからな。中産階級でもそれなりの小金持ちが増えてきて、こういう雰囲気だけ高級ホテルに似せた宿泊施設が増えてるらしいんだ」
「さっすが大金持ちのニコラくん。そういうことに詳しい」
「バカ言うなよ。うちなんかクーランの経済規模からしたらまず富裕層に含まれないぞ」
「ふーん。ま、イールは小さい国だからな」
そんな話をしながら、はしゃぐシェリーが視界から消えないぐらいのペースで二人は階段を上って行った。
シェリーは客室のドアの前に着くと、うきうきしながら二人を呼んだ。
「ねぇ! 早く早く! 鍵貸してよ!」
「はいはい、わーってるよ」
ジャンは彼女に鍵を手渡した。たまたま廊下を通りがかった婦人が、それを見てクスクスと笑った。
(田舎者だって思われたな)
ニコラはいつも通り冷静だった。
部屋に入ると、そこはやはり高級感のある内装になっていた。
「すごーい! きれーい!」
シェリーは居室内をきょろきょろと見回し、気になるものがあれば触れたり、手に取ったりした。
「あいつさっきから凄いと綺麗しか言ってなくないか?」
「語彙力が下がるぐらいお気に召したんだろ」
ジャンとニコラは独りはしゃぐシェリーに続いて、とりあえず奥へと進んだ。
居室は三部屋あり、奥の部屋にはしっかりとした分厚いベッドが三台あった。これらももちろん、うまくやりくりして高級感を出しているだけだったが、それでも三人がこれまで泊まった宿泊施設の中ではかなり良い部類だった。
シェリーはベッドに勢いよくダイブした。
「んー、気持ちいー。フェーブルで泊まったホテルの次にいーわー」
フェーブルでソフィと一緒に泊まったホテルのスイートに比べれば見劣りはするものの、それでも十分快適なベッドの感触に、シェリーはすっかりご満悦の様子だった。
一方ジャンは、ホテル全体のわざとらしい高級感にほんの少しげんなりしていた。
「寝心地は良さそうだけどよー、ちょっと派手で落ち着かねぇかなー」
彼は脇に荷物を置いて、隣のベッドに仰向けになった。
「なーに言ってんのよ。あんた旧皇族の子孫でしょ?」
「つっても生まれてからずっと漁師の子だぜ? 気楽な安宿のほうが落ち着くぜ」
その横のベッドにニコラも横になった。
「ここも一晩寝れば慣れるさ。それよりしばらくずっと海の上だったし、今日はゆっくり休まないか?」
「んー。まぁ、そうだな」
たしかにニコラの言う通り、ずっと旅客船に揺られながら寝泊りしてきたぶん、少々疲れがたまっていた。三人はベッドの上で伸びをして、ひとまず休憩することにした。
とそのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰かしら? はーい! いま行きまーす!」
シェリーは起き上がって返事をした。
「いいよ。僕が行くよ」
ニコラはそう言って起き上がり、二人の代わりにドアのほうへ向かった。
彼は少し嫌な予感がしていた。もしすでにネートルゲン王国の者がジャンの行動を把握していたら、このノックの主はあるいは……。微かにそう疑っていた。
彼がドアを開けると、そこにはホテルの従業員が立っていた。
(取り越し苦労か。チェックインのとき記入漏れでもしたかな)「なにかご用ですか?」
「失礼いたします。こちらにジャン=リュック・シャロン様はいらっしゃいますでしょうか?」
「奥にいますが。ご用件がありましたら私が伝えておきます」
「ええ、それが……。実はネートルゲン王国外務省の方が、シャロン氏にご用があると申しておりまして……」
ニコラの嫌な予感が的中した。一国の官僚がどこにでもいそうな普通の十代の旅行者に用があろうはずがない。どこで気付かれたのかはわからないが、ジャンが旧アナヴァン帝国の末裔であることを、その外務省職員は知っている。
「いま呼んで来ます」
ニコラは速やかに奥の部屋へ戻った。そしてベッドの上で楽にしていたジャンとシェリーに向かってひと言。
「すでにネートルゲン王国にバレてたみたいだ」
それを聞いて二人は顔を見合わせた。
「え!? じゃあもうここを出なきゃいけないの!?」
「なんかめんどくさいことになってきたなー」
「仕方ない。二人とも一緒に来てくれ。危害を加えられることはないだろうし、諦めよう」
二人はしぶしぶニコラの提案に従った。特にシェリーはこの客室が気に入っていただけに、まるで葬式に参列しているかのような落ち込みぶりだった。
「シェリー、諦めようぜ。今回はしゃーねーわ」
「いいもん。今度ソフィさんに会ったら超高級ホテルに泊まらせてもらうもん」
彼女はすっかりしょげてしまった。
「呼んで来ました。ネートルゲン王国の方はどちらですか?」
ニコラは従業員に尋ねた。すると脇から一人の男が顔を出した。丸眼鏡の男だ。
「ここにいますよ」
それから男は従業員に目で合図をした。
「では、私はこれにて失礼いたします」
従業員は用が済んだらさっさとその場から立ち去った。残った丸眼鏡の男は改めて三人に挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私はネートルゲン王国外務省、フェーブル支局長のゲディと申します。少し中でお話したいことがあるのですが、よろしいですか?」
ゲディと名乗る男は、物腰柔らかそうな口調でそう言った。断るわけにもいかず、ジャンたちは彼を部屋に入れ話を聞くことにした。
「すっごーい。おしゃれ―」
ホテルは新中流層向けとはいえ内装にはこだわっている様子がうかがえた。壁面は一般的な建材の表面を丁寧に平面出ししたあと、壁紙や装飾品で高級感を出したもの。それらは非常に華美なデザインで、ある意味本物よりわざとらしい煌びやかさを醸し出していた。
「へえ。思ってたよりずっと高そうだな」
ジャンは金色に塗装された手すりを見てそう言った。そこでニコラがいつものように解説を始める。
「最近のクーランは末端の自治州まで好況が広がってるからな。中産階級でもそれなりの小金持ちが増えてきて、こういう雰囲気だけ高級ホテルに似せた宿泊施設が増えてるらしいんだ」
「さっすが大金持ちのニコラくん。そういうことに詳しい」
「バカ言うなよ。うちなんかクーランの経済規模からしたらまず富裕層に含まれないぞ」
「ふーん。ま、イールは小さい国だからな」
そんな話をしながら、はしゃぐシェリーが視界から消えないぐらいのペースで二人は階段を上って行った。
シェリーは客室のドアの前に着くと、うきうきしながら二人を呼んだ。
「ねぇ! 早く早く! 鍵貸してよ!」
「はいはい、わーってるよ」
ジャンは彼女に鍵を手渡した。たまたま廊下を通りがかった婦人が、それを見てクスクスと笑った。
(田舎者だって思われたな)
ニコラはいつも通り冷静だった。
部屋に入ると、そこはやはり高級感のある内装になっていた。
「すごーい! きれーい!」
シェリーは居室内をきょろきょろと見回し、気になるものがあれば触れたり、手に取ったりした。
「あいつさっきから凄いと綺麗しか言ってなくないか?」
「語彙力が下がるぐらいお気に召したんだろ」
ジャンとニコラは独りはしゃぐシェリーに続いて、とりあえず奥へと進んだ。
居室は三部屋あり、奥の部屋にはしっかりとした分厚いベッドが三台あった。これらももちろん、うまくやりくりして高級感を出しているだけだったが、それでも三人がこれまで泊まった宿泊施設の中ではかなり良い部類だった。
シェリーはベッドに勢いよくダイブした。
「んー、気持ちいー。フェーブルで泊まったホテルの次にいーわー」
フェーブルでソフィと一緒に泊まったホテルのスイートに比べれば見劣りはするものの、それでも十分快適なベッドの感触に、シェリーはすっかりご満悦の様子だった。
一方ジャンは、ホテル全体のわざとらしい高級感にほんの少しげんなりしていた。
「寝心地は良さそうだけどよー、ちょっと派手で落ち着かねぇかなー」
彼は脇に荷物を置いて、隣のベッドに仰向けになった。
「なーに言ってんのよ。あんた旧皇族の子孫でしょ?」
「つっても生まれてからずっと漁師の子だぜ? 気楽な安宿のほうが落ち着くぜ」
その横のベッドにニコラも横になった。
「ここも一晩寝れば慣れるさ。それよりしばらくずっと海の上だったし、今日はゆっくり休まないか?」
「んー。まぁ、そうだな」
たしかにニコラの言う通り、ずっと旅客船に揺られながら寝泊りしてきたぶん、少々疲れがたまっていた。三人はベッドの上で伸びをして、ひとまず休憩することにした。
とそのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰かしら? はーい! いま行きまーす!」
シェリーは起き上がって返事をした。
「いいよ。僕が行くよ」
ニコラはそう言って起き上がり、二人の代わりにドアのほうへ向かった。
彼は少し嫌な予感がしていた。もしすでにネートルゲン王国の者がジャンの行動を把握していたら、このノックの主はあるいは……。微かにそう疑っていた。
彼がドアを開けると、そこにはホテルの従業員が立っていた。
(取り越し苦労か。チェックインのとき記入漏れでもしたかな)「なにかご用ですか?」
「失礼いたします。こちらにジャン=リュック・シャロン様はいらっしゃいますでしょうか?」
「奥にいますが。ご用件がありましたら私が伝えておきます」
「ええ、それが……。実はネートルゲン王国外務省の方が、シャロン氏にご用があると申しておりまして……」
ニコラの嫌な予感が的中した。一国の官僚がどこにでもいそうな普通の十代の旅行者に用があろうはずがない。どこで気付かれたのかはわからないが、ジャンが旧アナヴァン帝国の末裔であることを、その外務省職員は知っている。
「いま呼んで来ます」
ニコラは速やかに奥の部屋へ戻った。そしてベッドの上で楽にしていたジャンとシェリーに向かってひと言。
「すでにネートルゲン王国にバレてたみたいだ」
それを聞いて二人は顔を見合わせた。
「え!? じゃあもうここを出なきゃいけないの!?」
「なんかめんどくさいことになってきたなー」
「仕方ない。二人とも一緒に来てくれ。危害を加えられることはないだろうし、諦めよう」
二人はしぶしぶニコラの提案に従った。特にシェリーはこの客室が気に入っていただけに、まるで葬式に参列しているかのような落ち込みぶりだった。
「シェリー、諦めようぜ。今回はしゃーねーわ」
「いいもん。今度ソフィさんに会ったら超高級ホテルに泊まらせてもらうもん」
彼女はすっかりしょげてしまった。
「呼んで来ました。ネートルゲン王国の方はどちらですか?」
ニコラは従業員に尋ねた。すると脇から一人の男が顔を出した。丸眼鏡の男だ。
「ここにいますよ」
それから男は従業員に目で合図をした。
「では、私はこれにて失礼いたします」
従業員は用が済んだらさっさとその場から立ち去った。残った丸眼鏡の男は改めて三人に挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私はネートルゲン王国外務省、フェーブル支局長のゲディと申します。少し中でお話したいことがあるのですが、よろしいですか?」
ゲディと名乗る男は、物腰柔らかそうな口調でそう言った。断るわけにもいかず、ジャンたちは彼を部屋に入れ話を聞くことにした。
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