恋するピアノ

紗智

文字の大きさ
68 / 93

68.ハグとキス

しおりを挟む
※※※双子視点です。


最近、明日生がさらに色っぽくなってきたから困る。
しばらく友達として親睦を深めようと思っていたのに、現実というものは思惑通りには動いちゃくれない。
うっかり明日生がまた泊まりにくることになってしまっていて心臓に悪いことこのうえない。
誘ってしまった相棒に文句をつけたいけど、自分も同様にやってしまわない自信はないから言えない。
姿を見るだけで声を聞くだけで鼓動が高鳴る。
髪がサラッと流れるたびに目が釘付けになる。
ため息が止まらない。
なんて愛しい存在なんだろう。
腕の中に閉じ込めてみたい。
せめてもの代わりにと相棒を抱き締めてみると、相棒だって同じことを思っていて、ぎゅうぎゅうと抱き締めあう結果になる。
「本当に仲がいいですねえ……」
ぼそっと甲斐が呆れたように言うけど、それくらい構わない。
「ハグはストレス解消にいいんだよ。甲斐もしてほしい?」
「そんなにストレスありませんから」
即答した甲斐を明日生が笑った。
「甲斐さん、すごいくすぐったがりなんですよ。僕、いつもうっかり抱きついて嫌な顔されますもん」
いつもうっかり抱きつく、ってところが少し気になるけどスルーする。
甲斐に向かって笑いかけた。
「いいこと聞いたなあ……」
「くすぐるとすごい悲鳴あげるんで、お勧めできません」
「耳元で悲鳴って耳に良くないですよ?」
二人揃って止めるならやめておくか。
「じゃ、明日生」
また相棒は変なこと言い出す気だな。
「へ?」
「混ざる? ストレス溜まってない?」
明日生の眉間にシワが入った。
綺麗な顔立ちなのにそんな表情しちゃって。
無表情になって、明日生がソファから立ち上がった。
軽く腕を広げてニッコリ笑って言う。
「じゃあ、諒さんと」
相棒の頭が真っ白になったのがわかった。
固まってる相棒の肩に明日生が両腕をかけて、首をわずかにかしげた。
「結構背が伸びましたね。会った頃は差がなかったのに。覚さんも同じくらいですよね……」
物凄く色っぽく至近距離で言われてる相棒がなんだかかわいそうになる。
「そうだね。同じくらいだよ」
俺が代わりに明日生にそう返すとやっと相棒は我に返ったようで、明日生にそろっと腕を回した。
甲斐がすごく面白いものを見る目付きで凝視している。
俺は去年の9月に明日生を抱き締めたことがあるからおあいこだけど、後でどんなだったか詳しく聞かなきゃな。
明らかに相棒は緊張していて、ドキドキがこっちにまで伝染してくる。
突然明日生が相棒の背中を探りだした。
「気にしてると思うんで言いたくないんですけど……」
明日生はすごくつらそうな顔でぼそぼそと言った。
「く、くすぐったい。明日生、探るなよ」
相棒から明日生の表情は見えていない。
「痩せすぎですよ。もっと食べてくださいね……」
「明日生に言われたくないよ」
違う、Amadeo。
明日生は本気で言ってるんだから、もっと真摯に受け止めないと。
「心配してるんですよ」
相棒に注意しなきゃと思いながら、明日生の真剣な顔に見蕩れてしまった。
いいや、あとで全部話すんだから、今はゆっくり見蕩れていよう。
そう思ってたら、急に明日生がこっちを見て、心臓がバクッて言った。
「覚さんもですよ。わかってますか」
きっと今、抱きつかれてる相棒より俺の胸の方がずっとすごい音を立てている。
「……うん」
俺たちは割とたくさん食べる方だけど、たしかにエネルギーとしては不足している。
好き嫌いもあるし、途中で飽きて食事を中断してしまうことさえある。
腹一杯食べる必要はないけど、八分目までも食べてないのが現状だ。
メニューを見直したり、食事に対する意識を変えるべきなんだろう。
それを他でもない明日生が気付かせてくれたことが嬉しくて、俺はいつの間にか微笑っていた。
「ありがと、明日生……」
すると、明日生はなんだか眩しそうな感じで笑いかえしてくれた。
この離れの照明は俺たちの目に合わせて暗めにセットされているはずだから、眩しくはないはずなんだけどな。
「気を付けるよ」
相棒が明日生の身体から少し身を離して、反省したように言う。
「メニュー変えてみるし、気を付けて多目に食べるようにする」
甲斐も言った。
「是非、そうしてください。成長期なんですから」
明日生も甲斐も痩せている方だ。
その彼らに心配されるってことは俺たちはよっぽどひどいんだろうな。
試しに相棒の腰を掴んでみる。
そのあと甲斐の腰を掴んでみた。
途端、言葉にならない物凄い悲鳴が上がった。
そういえば、さっきくすぐったがりだって聞いたばかりだった。
「……そんなにくすぐったかった?」
くすぐったかったらしい。目が潤んでいる。
「なぜ腰なんですか!? 肩や腕でいいじゃないですか!?」
「肩も腕も諒はけっこう筋肉ついてるもん」
明日生が相棒の肩をさわさわと探った。腕もだ。
「あ、ほんとだ。ピアノ弾くからかな」
「うん」
「もう……ああ、もうすぐ年が明けますね。明日生くん、夜更かしになってますが大丈夫ですか?」
「はい、まあ、大晦日ですから」
片割れがキッチンへ向かった。
飲み物を用意するためだ。
「年が明けた瞬間、隣にいた人にはキスしていいことになってるんだけど」
「誰がきめたんですか、そんなこと」
甲斐が厳しい口調で反論した。
「だから、嫌なら避けててねってこと」
相棒が持ってきたシャンパンをグラスに注いだ。
「甲斐は? 飲む?」
「お酒は飲みません」
グレープジュースをグラスに注いで甲斐に渡す。
「明日生はシャンパンでいいんだよね」
「はい」
グラスを渡そうと持った腕を伸ばしたところで、時計のアラームが短くピピッと鳴った。
新年だ。
「……明けましておめでとうございます」
明日生がそう静かに言った表情が何か言いたげな雰囲気で、目が離せなくなった。
鼓動が激しすぎて、胸が痛い。
「……明けましておめでとう」
明日生はグラスを俺の手から取って、軌跡を描きそうな動きでテーブルに静かに置いた。
綺麗な動きはそのまま、明日生の指先が俺の頬のあたりに来た。
あれ? なんで?
「ちょうど隣にいたので、せっかくだから」
明日生は目を伏せながら囁いた。
あ、そっか。
年が明けたんだった。
何が来るか想像はできたけど、瞳を閉じるのも忘れてた。
まっすぐな黒い睫毛が視界に入る。
多分、時間にすれば2、3秒くらいの瞬間的なことだったと思う。
日本人らしい、唇が触れあうだけのシンプルなキス。
でも、離れた明日生の顔を見ることができなくて顔を伏せた。
「……甲斐にもしてあげようか?」
静まり返った空気を壊そうと片割れがふざけた口調になる。
「いりませんよっ!」
「今年もよろしくね」
相棒はグラスを掲げ、全員で乾杯した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

没落貴族の愛され方

シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。 ※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...