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掴んだ空

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 だが、現実はどこまでも無情だった。
 トオトセが街から逃げ出すより早く、飛人の奴隷が逃げたことが広まって、関所の警備が厳重になってしまった。これでは身体検査をされたら、一発で捕まってしまう。
 かといって、飛んで逃げようにも、上空には魔法の防御結界が張られているので、もはやどうしようもなかった。
 小さな鳥籠から大きな鳥籠に替わっただけだった。

 でも、いいさ。
 と、トオトセは眩しい空を見上げながら思う。
 オレがあのげす野郎を出し抜いたことには変わらないし、賭けには負けたが、勝負には勝ったんだ。それでいいじゃないか。

 「……ざまあ見やがれ…」
 
 トオトセは自分を鼓舞するつもりで、小さく呟く。
 あのぶさいくな団長が顔を真っ赤にして、怒り狂っているかと思うと、もう少しだけ頑張れそうな気がした。
 そうだ、言うことを聞かなかったからといって、水や飯を抜かれたことだって何度もあるではないか。それでも結局こうして生きているのだから、まだ大丈夫だろう。
 オレはまだ、大丈夫だ。

 「てめえ、今俺に『ざまあ見やがれ』って言ったのか!」
 「ち、違う!独り言だ、悪かった…!」

 突然、柄の悪い男に胸ぐらをつかまれ、持ち上げられる。痩せ細ったトオトセは、まるで子供のように軽かった。

 「なんだ、てめえ、俺が今こんなに惨めなのは、自業自得だって言いたいのか!」

 どうやら、すれ違いざまに浮浪者に悪口を言われたと勘違いしたらしい。自分も自分だが、何もここまで反応しなくたっていいのに。

 「俺をばかにしてるんだろう!」
 
 ああ、もう、うるさいなあ。
 違うと言っているだろうが、この間抜けが。
 ただでさえ暑い日差しで目眩がしていたのに、耳元で汚い声でがなられて頭まで痛くなってきた。もはや弁明をする気にもなれなかった。

 「そこまでだ」

 ぼんやりと男が拳を固めるのが見えたところで、低くて耳障りのよい声が聞こえた。そう、まるですっと頭に入ってくるような、冷たい泉のような声。

 「…領主様!」
 
 いつの間にか周りには人だかりができており、その中から、白い上等な服を纏った「領主」が進み出る。
 その髪は湖の水面のように、日の光を浴びてきらめいていた。頭の先から腰にかけて、小川のごとく流れ落ちている。
 そして、晴れた空のような瞳をしていた。

 こんなにもきれいな人間を見たのは初めてだった。先ほどまで目眩がしていたというのに、すっかり目覚めた。

 「離してやれ、街中で騒ぎは起こすな」
 
 男はまだ納得がいかないようだったが、乱暴にトオトセを投げ捨てた。殴れなかった代わりに、少しでも気が済むようにと。
 ずしゃっと日影の地面に投げ戻されたトオトセは、体が冷やされる感覚を案外心地よく感じた。
 ああ、助かった。
 どこの誰かは知らないけど、とにかく礼を言うぜ。
 頬をひんやりとした地面に当てながら、彼はゆっくりと目を閉じた…。
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