ラムドリーの未来

楠丸

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15章

友情のシーソー

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  曇り空の弱い陽光が、ポスターにまみれた自室に落ちていた。その部屋に立ち、一人で巡らせていた考えは、友情というものについてのことだった。

 先日、自分が加担したことは夢のために踏まなくてはいけない過程で、ペアのバニラアイスクレープによって始まった今の関係性は、誠の友情と呼べるものなのか。

 その男の友達だという男から受けた歪な扱い。彼も加わった、反倫理、反社会的行為。男が交通機関の中でやったこと。それが法律家の目に留まり、我先に逃げ出した、あの態度。

 これは、本物のロックなのだろうか。顔に水を掛けられ、裏拳で顔を殴打されるという屈辱が、立派な下積みなのだろうか。

 松村が崇める能勢は、子供の年齢域にある人間の顔に、✕の傷文字を書くことに躊躇はなかった。

 今日は、好きなロックを聴く気も失せている。

 父親は仕事に行っており、先日、精神薄弱児の鼻骨を折ったと自慢げに語り、自分が木刀を振るうリンチ現場を兄に見られ、その兄を、行け、ぶっ殺すぞ、と威嚇した弟は、今、どこで何をしているかも知れない。

 一人の家は、静まり返っている。それは今の求が感じている、心の孤独を象徴するように。

 彼の心は、独りだった。

 鳴ったドアブザーの音にも、すぐには反応しなかった。三回目のブザーで、ようやく玄関へ向けて足を進めた。

 ドアスコープの向こうには、眼鏡を掛け、青のアウターシャツを着た少年が立っていた。その姿を見た時、雲間の照射光のような明るみが心に挿した思いがした。

「今、何やってるの?」「俺、食品工場。今日は公休」中学時代、友達グループの端にいつもいた、無口で大人しい礒田尊(読み:たける)の問いに、求は答えた。二人の表情には笑みが浮いていた。

 尊は、中学時代にはよく千鶴男、徹とともに互いの家を行き来していたが、中学卒業と同時に、家を買ったということで駐屯地のある隣接市へ転居し、それから会っていなかった。

「僕、今」尊は言って、アウターシャツの胸ポケットから緑色の手帳を出し、開いた。その頁には、彼の顔写真が貼られ、療育手帳、と打たれていた。

「養護学校っていうところに通ってるんだ」「そうなんだね」

 養護学校のイメージは、求の中では、奇声を発して飛び跳ねるような子、またはよく見かける、狭い額に円らな目の同じ顔をした症候群の子供が行く所、というものだったが、自分の好きなことを訊かれると、いつもはきはきと答える尊のような人も対象内であったことに、少しの驚きを覚えた。

「千鶴男とか、徹は元気?」「千鶴男と徹は、たまに会って話するけど、今はあまり遊んでない」「そうなんだ。ちょっと、支店前のスタンドで何か食べてから、村下緑地のアスレチック公園にでも行かない?」「いいよ」

 求は部屋着から、トレーナーと、切り裂いていないジーンズに着替え、尊と二人並んで五街区へ向かった。今日は、アンドロメダコートを着、髑髏ベルトも巻く気にはなれなかった。煙草も持って行かなかった。並んで歩く二人の間に、口数はほとんどなかったが、気まずさは全く感じられなかった。これが以前からの二人の阿吽で、それでもコミュニケーションが通じてしまうのだ。

 スナックスタンドの前には、小学生をメインとする男女の子供達が集まり、華やぎ話している。

 求と尊は、自動販売機で紙パックのジュース、スタンドでお好み焼きを買い、ベンチに座った。

「川、散歩しながら行こうね」「うん」小さなお好み焼きを食べがてらに尊が言い、求が頷いた。

 冷えたジュースは喉を潤し、お好み焼は美味かった。スタンドの中年女性は、いつものように真剣な面持ちでへらを操作し、仕事に勤しんでいる。

 沼から用水路へ結ばれる川は、蒼天の光に面が煌めき、土手の緑、開花した桜を始めとする季節の花群が、散策者の目を楽しませていた。シートを敷き、クーラーボックスを携え、花見をしている人達もいる。

「今、ちょうど花見のシーズン、ピークだからね。桜だけじゃなくて、梅も咲いてるもんね」「そうだね。野球は見てる?」「今年の高校野球、谷千代西高だからね。谷千代市の名誉に懸けて、勝ってほしいよね」「そうだよね」「ペナントレースが、セリーグ、パリーグ、両方始まったしね。俺、原辰徳に打ってほしいんだよな」「きっと打ってくれるよ」

 話は弾んだ。求の中には、尊への友愛の気持ちだけが溢れていた。それは彼が、千鶴男、徹とはまた違い、友達を理屈で判断せずに慕い抜く、決して器用ではないが、どこまでも純粋な人間であることを改め知ったことによる思いだった。

 村下緑地のアスレチック公園は、深緑に囲まれた遊具に、保護者に見守られる子供達が、登ったり、渡ったりというアクションを楽しんでいた。温かい親の声と、子供の躁々とした笑い声、会話が、緑の中に響いていた。求の中に、これが最も健全で、在るべき人間の未来だという思いが巡った。勿論、それは彼の思考中枢で、はっきりとした語彙で表現はされてはいない。

 求と尊は、二人同時に、あっという声を上げた。同じ阿原中で、求とクラス、尊と小学校を同じくした金井誠二が、前から手を振っていたからだ。

「久しぶり」長身の誠二は言って歩いてきて、求と尊の肩に手を置いた。その掌からは、彼の人間的な温度が伝わってきた。

「誠二、高校はどこ行ったんだっけ」「俺、群馬の全寮制男子高に入ったんだけど、生活指導の先生と大喧嘩して辞めちゃったんだよ。今、トラックの運ちゃんの助手やってるんだ。十八になったら、自衛隊入るんだ」求の問いに、誠二は、颯爽とした笑顔で答えた。エキセントリックな奇行で、いつもクラスメート達を涌かせていた変わり者だが、芯の通った人間性をしている。

「今住んでるのが、茨城の取手なんだけど、この辺が懐かしくなって、ちょっと来てみたんだ」「じゃあ、一緒に遊ぼうか」「うん、遊ぼう」尊の求めに、誠二は頷いて答えた。求は、今の自分が心からの笑顔を浮かべていることに気づいていた。

 三人はまず、人口水路の上に掛かる丸太を渡ることにした。「体が揺れるよ」尊が言い、求が「そうだね」と返した。一番スムーズに縄を掴んで丸太を渡っている者は、誠二だった。

 丸太を渡り終えた三人は、次に、短くカットされた吊り木に捕まって斜面を滑る遊具を試すことになった。

「こんにちはー、サンデーアフタヌーンショーのお時間でーす!」三人並んで、ぶら下がって滑る際、二番手の誠二が叫んだ。このフレーズには意味はない。だが、その意味不明さが、シュールな笑いをそそる。これが阿原中学時代からの彼の乗りだった。

 求が爆笑し、尊も笑った。この時、自分が実に久しぶりに心から笑ったことに、求は気づいていた。

「あれに昇ろう。あのジム」誠二が言い、縄を編んで作られたロープジムを指した。三人は、それぞれ笑顔で、数メーター先にそびえる、高いジムへ走り出した。走る求の心には、味に例えれば甘酸く、色に例えれば若さを表す青の中に情熱の赤が混じるような、青春の高揚が沸き起こっていた。

 遊具を一通り楽しんだ時は、三人の顔には汗の玉が浮かんでいた。空は少し赤く夕ばんでいる。子供達の声がきゃあきゃあと夕空に木霊し、誠二、求、尊はそれぞれ、溜まっていたエネルギーを発散しきった顔になっていた。

「夏ぐらいにまた、こっちのほうに来るよ。その時、また遊ぼう」村下団地へ続く、裸婦像が立つ橋の手前で、誠二が言った。

「うん。尊も、また会おう」求が言い、尊は誠二と肩を並べ、村下団地方面へと姿を遠ざけていった。

 春の夕陽が、求の体を温めていた。ほかほかとした太陽光の温度を感じながら、求は、本当の友達というものがどういうものかと考え始めた。

 それをシーソーに例えてみた。現時点では、間違いなく、尊、誠二、千鶴男や徹を乗せた側に重きが傾いている。だが、ふとした心の動きで、それが暗黒側へ一気に傾くこともあり得る。それは、夢のためだ。

 川の散策コースを米原方面へ踵向けした求は、自分の気持ちを決めあぐねていた。

 だが、今日のことは、一生物の思い出の風景として、求の心に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 
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