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42章
~束の間の奪還~
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義毅、松前、他二人の四人は、区道を挟んで100メーター前にある都営集合住宅を見張った。二時から詰め、オペラグラスで見ているが、それらしい人間の出入りが確認されない。
ある勘を働かせた義毅による無言の号令で、彼を筆頭とする四人は、東京グループが言うなれば業務用に所有しているセダンを降りた。時刻は三時半だった。空にはまだ闇が張り、薄紫色の雲が流れている。
エレベーター前で黒のバラクラバを被り、顎下まで下ろした。ドアチェーンを切断する小さな手斧も携帯し、懐は、違法の道具、得物を呑んで膨らんでいるが、義毅は効率的な指揮の下、時間をかけず、スマートに事を行う計算を立てている。
エレベーターで十二階建ての六階まで上がり、松前他の僚者を左右に潜ませ、インターホンを鳴らした。そっちのマネージャーから使いを頼まれた人間で、電話じゃ埒が明かないことを伝えに来た、という台詞を用意していた。
義毅の指が二回、ホンのボタンを押したが、応答はない。
義毅は、昨日、宍戸から受け取った合鍵を差し込み、静かに回した。ドア前に身を忍ばせ、ゆっくりと開けた。
怒号も誰何も聞こえてはこなかった。まずは義毅が足音を忍ばせて土足で踏み入り、松前らが続いた。
部屋は狭いキッチンに、あとは二部屋という間取りで、キッチン、襖の開いた一部屋の灯りは消えていた。襖の閉まった奥の部屋から灯りが漏れ、そこからは言葉を形成していない男女の声が聞こえていた。低い吐息と、泣くように高い、女の喘ぎだった。
義毅の勘騒ぎは、おおかた当たっていたと見える。
今、残っている男は。判断した義毅が襖を開け放つと、畳の上に裸の体を繋げている男と女の姿があった。
中背の男が、四角い輪郭を持つ顔を義毅達に向けた。その下に背中を着けた女は、泣いている顔で義毅を見た。野暮ったい髪型に、風船のような輪郭の顔をした、一重瞼の女だった。
女は、別段に助けを求めているような様子は見えなかったが、両目の光と垂れた口許には悲しみが浮き出ていた。男のほうは、今現在、自分の身に差し迫っていることを、極めて愚鈍に受け止めている表情だった。
二人の足許に回り込んだ義毅が、男の首をチョークスリーパーのように腕で軽く締め、女の体から引き離した。他の三人は、囲むようにして二人の周囲に立った。
丸く豊かな乳房に卵型の体をした女は、広げた腿を閉じようともせず、陰毛の下の陰裂を義毅達の目下に露出したまま、悲しみの目で義毅を見上げた。
「お前も尊教純法の人間か?」義毅は問いながら、全裸の男の首を締める力を強めた。男は答えなかった。
義毅は無答の男を、首を締めたまま立たせた。義毅の目の下で、勃起の萎えかけた陰茎が揺れた。女はしなを作るように膝を閉じ、乳房を腕で隠した。
「イエスとノーは関係ねえ。時間が押してんだ。答えは早えほうが、やりたくねえことを俺達がやらねえで済むようになるんだ」義毅と同程度の身長をした男は、弱く喘ぎながら小さく頷いた。
「やめて! その人、いじめないで!」立ち上がった女が懇願した。
「その人、私に優しくしてくれたの! さっきまでここにいた男の人達、捕まるからって言って、みんないなくなっちゃって、これから二人で逃げようってお話してたの! その人、いい人なんだよ! だから、ぶったりとか、蹴っ飛ばしたりとか、酷いことやらないで! お願い!」女は乳房を揺らして、拳を振り上げて訴えた。
義毅は男の首を締めていた腕をほどいた。男は喉を押さえて咳き込み、義毅の前にくたりとうずくまった。
「お姉ちゃん、ちょっと訊くぞ。お姉ちゃんは、いつ、ここに連れてこられたんだい?」義毅は優しく努めて、女に問いかけた。
「一昨日ぐらい‥」「どうしてなんだ?」「フェリーっていう船に乗って、韓国にお嫁さんに行くことになってたの。うちのお母さん、私が純法さんやってること、反対してたんだけど、男の人達からお金いっぱいもらったの。言われたんだ。お前がお嫁さん行ってくれると、お家が助かるんだって。でも、お母さん、お仕事してない彼氏の人に、そのお金、みんな取られちゃったんだ。その彼氏の人、そのお金、全部パチンコで使っちゃったんだ。それですごい泣いてたの。それでも彼氏とまだ付き合ってるの。でも、私がお嫁行けば、韓国のお義父さん、お義母さんが、いつもお金送ってくれることになってるから‥」「お姉ちゃんのお名前は?」「私、渡辺由紀‥」「そうか、ゆきちゃんか。今、いくつなの?」「十九歳‥」由紀と名乗った女は、唇を震わせて、啜り上げ始めた。
「前、私の見てる前で、知ってる女の子、お巡りさんのおじさんに殺されたの。私、すごい怖かったけど、誰にも助けて言えなかったの‥」由紀は言って、大粒の涙と洟を流し、天井を仰いで泣き始めた。義毅はその叫泣が落ち着くのを待った。
「由紀ちゃんの他に、ここに女の子はいなかったかい?」「女の人、一人いた。でも、その人、昨日の夜、連れていかれたの」義毅の問いかけに、由紀は哭きながら答えた。
「立て」義毅は男の髪を掴んで立たせ、仲間の男達に顎をしゃくった。
「お前らはこの子、見てろ。俺と松前でいい。別の部屋で吐かせる」義毅が促し、彼と松前で全裸の男をキッチンへと引いた。
松前がキッチンルームの灯りを点け、義毅は懐から回転式拳銃を抜き、座らせた男の頬を親指と他の四本で掴み、「う」と発音する形に開いた口に銃身を挿し込み、撃鉄を起こした。
「通報する奴はいねえよ。お前の頭蓋骨と脳味噌がサイレンサーの役割をしてくれてな、近隣の人間は、誰かが何か重てえもんを落としたくれえにしか思わねえはずだからな。さ、こいつが抜かれるかどうかは、お前の頷き次第だ。昨日の夜にここから連れ出された女がどこへ送られたかをしゃべってもらう。どこの大字で、何って苗字の家に行くことになってんのかだ。お前は知ってるはずだ。ついで言うと、優しいふりして、知的障害の女の子たぶらかすのもやめろよ」
男は肩を震わせながら、二回、頷いた。義毅はそっと、男の口腔から銃身を抜いた。
「命だけは助けてくれ‥」男は言い、涙の滲んだ目で義毅を見た。義毅の懐、もう片方のポケットでは、タブレットの録音が回っている。
「これでも俺は、警察官だったんだ。だけど、飲酒の轢き逃げ死亡をやって、市原の交通刑務所で二年食らって、その間に離婚になって、子供とも別れなくちゃならなくなったんだ。それでやっと就けたパートタイムの巡回警備員の仕事だけじゃ、自分の生活を回すことと被害者の家族への賠償金を支払い続けることの両立が出来なくて困ってる時に、純法が声をかけてきたんだよ」「さらわれた女に、お前のそんな身の上話に同情する間があるわけねえだろう。お前はこっちの訊くことだけに答えろ」義毅は低い凄味を含んだ言葉を男に刺した。
「あの子ともう一人、女の子が、昨日の一時過ぎまでいたんだ。俺は監視役の一人に過ぎなくて、その子の拉致には加わってはいない。名前は、なみっていうらしい。ずっと泣いてた。むらせさんっていう名前を呼び続けながらだよ」元警察官だという男は、視線を下に伏せながら、憐みを行いに移せなかった悔しさを込めた口調で述べた。
「その女は、広島に住むとかの、どいつの家へ行ったんだ」義毅は同じ内容の尋問をリピートした。男が義毅を見上げた。
「都市部からかなり離れた、部落って言っていい地域の、菊谷(きくや)っていう豪農の家だ。主人の名前は忠夫、その祖父の代からの地元名士で、地区の行政や教育機関にも口を出して、指図してる。女は、その一粒種の銅鑼息子の嫁にされる。その取引で、一千万の金が動いたんだ。息子の名前は一裕(かずひろ)だ」
玄関側の部屋からは、由紀の泣き声が聞こえ続けている。その声は、悲しみの抑揚をさらに増していた。
「分かった。それ以上のことは、これからこっちで調べる」義毅は言い、男の目線から立ち上がった。
「今泣いてるあの女の子は、家に帰す。お前と一緒に逃げさせるわけにはいかねえ。とても思えねえからだ。その先、その果てに、お前とあの子の幸せがあるとはな」義毅は、泣き声の上がる閉まった襖のほうを振り返り、男の頭上から言葉を落とした。男はそれに苦肉の納得をしたように、肩を落として俯いた。
うなだれた男を背にして、義毅は襖の部屋に入った。東京グループの男達に見下ろされる由紀の泣き方は、いくらか静かなものになっていた。
「服、着ろ。家、帰るぞ」義毅が言うと、由紀は何本もの涙と鼻水の筋が引かれた顔を向けた。
「女を優しく甘くたらし込んで、利用する男なんぞたくさんいることは、君が自分で経験してよく分かったはずじゃねえか。経歴の肩書ばかりが無駄に聞こえがいい、そのくせ卑劣なことやって仕事を失くした挙句、悪い人間の頭数に加わるような男を信用しちゃ駄目だ。とは言え、君が信じた奴らと俺は鏡みてえなもんだけどな」義毅は鱈子唇の片端を吊り上げて笑ってみせた。
「家はどこなんだ」義毅が問うと、由紀は泣きながら、聞き取れない言葉で答えた。「何だ、どこなんだ」「新松戸‥」義毅の問い直しに、由紀は震える声で答えた。
「千葉の新松戸だ。これで余るだろ?」ウェブで呼び出したタクシーの運転手に、バラクラバを脱いだ義毅は十枚ほどの万札を扇の形に広げて差し出した。エレベーター前だった。隣には、毛糸編み上げの上着にジーンズという姿の由紀がいる。
若禿げの頭をした三十代の、真面目そうだが暗い表情をした運転手だったが、何かを思い詰めているようなその顔に、ぱあっとなった歓喜が挿した。
「詳しい番地やなんかは、この子本人から直接訊いてくれ。余った分は俺からのチップってことでいい。受け取れ」義毅の促しに、喜びながらもどこか怖ずとした手つきで札の束を握った運転手はボタンを押し、リアドアを開けた。そこへ、まだいくらか涙気の残る顔をした由紀が乗り込んだ。
タクシーは、ゆっくりとその車体姿を遠ざけ、葉の落ちた銀杏の木が並ぶ通りを抜け、殺風景な区道へと消えた。
そこへ、バラクラバを取り払って素顔になった松前達が降りてきて、義毅の左右に立った。
「お前らは上がれ。ハイヤーを別途、呼んでやっから。その運賃もこっちで出す。報酬は、話がまとまった分、払うぜ」義毅は松前以外の二人の男に指示した。
二人はそれぞれ別のタイミングで表情なく小さく頷いた。
「俺と松前で、少しばかし休んでから、行く。広島だ」義毅は言い、煙草を唇に軽く挟み、まだ白みを見せていない台東区の曇り空を仰ぎ見た。
高い杉、松の木群が立つ斜面の雑木林を切り拓いた所にあるその家は、三百坪の広さを持つ敷地の中に、黒瓦の三角屋根をした二階建ての大きな母屋、向かいにもう一回り小さな一階建ての家、収納された農具類を開け放しの扉から覗かせる二つの小屋を配した造りだった。駐車スペースには、軽トラックと、紺のメルセデスベンツ、その隣には、センスの悪い光沢消しブラックに塗装されたポルシェの三台が停まっている。
その構えの家の前には、赤土の未舗装路が南北に延び、後ろには数百ヘクタールの畑が拡がっている。その未舗装路に、品川のナンバープレートを付けた紺のメルセデスが停車していた。
幅10メーターのその畑沿いの道に、黒のセダンが現れ、メルセデスの進路を塞ぐように、バンパーにサイドを着ける風にして停まり、フロントガラスの内側に座る二人の男が、気色ばんだ目を見開いた。
セダンの助手席から降りた義毅は、メルセデスの車鼻前に、通せんぼをするように立った。
「何だ、誰よ、お前」メルセデスの助手席から、髪を短く刈り、ゼブラ柄のジャケットを着た男が顔を出し、訝りを込めた威嚇の誰何を吐いた。
「悪いな。今、この家の中にいる女に用があるんだ。お前ら、発送係を兼ねた、女が逃げ出さねえようにするための見張りだよな。悪いんだけど、ちょっくら寝てくれよ」義毅が言うと、男はラフにサイドドアを開けて車を飛び降り、スパッツの尻ポケットに手を滑り込ませた。
その時、義毅はすでに、さっと男に鼻先を詰めていた。
濁った音とともに、義毅のパチキが男の鼻柱に叩き込まれ、逆突き加減の拳が鳩尾を抉り上げた。
声もなく足許に丸く崩れた男の側頭部を、義毅は鋭く蹴り、男は薙がれて斃れた。男の手から、黒メッキ仕上げのブレードを持つフレームロックナイフがこぼれて落ちた。義毅に蹴りやられたナイフは、畑の土の上に飛んで落ちた。
松前は、運転席から飛び出してきた黒スーツの男の腕をひしいで制圧し、その男の後頭部に、二回、ごすごすと拳を叩きつけた。男はメルセデスの車体に顔をなすりながら頽れた。
それから、二人の懐からまさぐり抜いた携帯を畑に投擲する作業を忘れずに行い、家の高い石門から、母屋へ進んだ。小屋脇の犬舎から、黒の体毛を持つロットワイラー犬が鎖をじゃらつかせながら飛び出してきて、低く掠れた声で吠え立てたが、松前に頭から首、背中を撫でられてすぐに大人しくなった。
壁棚のトロフィーやメダル、昔に飼っていたらしい土佐犬や先代主人の写真、先々代の肖像画に見下ろされる居間の長座卓には、尾頭付きの鯛、伊勢海老、その他の刺身類、鶏肉の煮込み、豆物などの数種類の料理が狭しと並び、ウイスキー、ビールの瓶も載っている。
その家の主人は、上背のある細身の体をした七十過ぎの人物で、上座に胡坐をかき、先からにこりともせずにビールを手酌で呑んでいる。その座卓には中、壮年域の男が前後に三人いるが、主人への遠慮か、酒と料理にほとんど手をつけず、黙って俯いている。
菜実の真前には、四十二歳だと事前に聞いている、この家の一人息子が座っている。元々は筋肉質だったらしいものを、長年の不摂生で贅肉をつけた体つきをしている。髪型は茶髪のソフトモヒカンで、肉の多い頬、常に欲望の対象物を探しているように光る三白眼をしていた。服装は、牡丹の図柄が刺繍された銀のジャージだった。
その男は、母親がその手で自分の手元に移す豪奢な皿料理を、縁の黒ずんだ歯を見せて貪り食いながら、ビールを鯨飲し、服の生地を越えて下着の裏まで潜り込む眼で、菜実の顔、体を眺め回している。
「あんた、さっきからほんに何も言わん子ね」夫人は菜実を睨みながら、クレームめいた言葉を彼女に投げた。
「あんたは、今日、この家に入ったんよ。何が気に入らんとそんな顔しとるんだか知らんけど、ここに来た以上は、この家の働き手になって、うちの一裕君にしっかり仕えてもらわんことには、私ら困るんよ。どんな思い出があるんか知らんけど、千葉は千葉、ここはここなんじゃけ。さ、明日からさっそく小松菜とピーマンの苗植えに入ってもらうけんね。今日のうちに体を休めときんさい」六十代の夫人が言った時、チャイムが鳴った。
「はい」「地域に住んでまして、こちらの一裕君と知り合いの者ですが」「一裕の?」「はい。一裕君のお嫁さんがどんな方か、一目だけ見させていただきたくて、それで来たんですけれど」機転の効いた義毅の弁に、夫人は引戸を開けた。
「上がりんさい」夫人は義毅と松前に促し、二人は脱靴して上がった。
義毅と視線を合わせた菜実の顔に、たちまち驚きが拡がった。義毅は人差し指を唇に当てて微笑したが、ここにいる者達には、そのランゲージの意味が分かりかねているようだった。
「菜実ちゃん、帰るよ」義毅が落とした言葉に、上座でビールを飲む主人が不審の目を向けた。
菜実は下を向いた顔で、座布団を立った。彼女の手を、義毅が軽く繋いだ。
「待て、お前ら、誰じゃ! こん子はうちの息子の嫁じゃぞ」主人が人相を上に吊らせ、声を荒らげて立ち上がった。
「悪かったよ、嘘をついたことは。でもね」義毅は言い、目を据わらせた笑顔で、主人をまっすぐに見た。
「あんた達みたいな人達の常識手帳に、人権意識ってもんがどの程度携えられてんのかも知りたいところでね。この子は支援区分3の知的障害者なんだ。常にいろいろな方面から支援されていなくちゃいけねえ立場の人なんだよ。それがこんな教養も何もねえ、糞脳味噌の見苦しい若作りのおっさんの嫁にされて、欲望を処理するためだけにある便器にされて、小遣い程度の賃金しか発生しねえ過酷な長時間労働を毎日強いられるようなことは、あっちゃいけねえことのはずだよな、今の日本にはさ。県政や学校にしゃしゃり出て、どうこう言ってんだったらさ、この程度のことぐれえ弁えてなきゃ駄目だぜ」義毅の述べに、主人は目を大きく剥いた。
「この子は、俺の兄貴が心底愛して、命懸けで守ってきた女だ。やくざ者(もん)の兄貴分じゃねえ。俺の血縁者だよ。その兄貴は、傍から見てても苛々するくれえの堅物な感情向きを持ってる人間だ。ある意味、俺が知ってるこの子の性格に近えんだ。その兄貴が愛した女には、間違いってもんはねえ。だから、こんなあからさまにボタンを掛け違えて、そのままずるずる来ちまった人間にゃふさわしくねえってこったよ」「おどれ!」「踊ってやるよ。あんたの世代が若い頃に親しんだツイストでいいかな。それともジルバがいいかい?」義毅はドドンパのリズムを口ずさんで、モンキーダンスを踊ってみせた。
主人は床を軋ませて、一階の奥へ走った。スチールの扉をがちゃがちゃと開ける音がした。戻ってきた主人の手には、木製の銃体をした一丁のハンティングライフルが持たれていた。
主人は銃床を胸に着ける際に、義毅は懐のリボルバーを抜き、素早く撃鉄を起こして主人に向けた。
主人が義毅に向けた銃口が、躊躇を帯びて、狙う圏内を外れた。
「どうしたんだ。撃ってみなよ」義毅がからかうように言うと、主人は表情を硬直させ、持ったライフルの銃身を震わせ始めた。
「相手が懐に手ぇやった時点でトリガー引かなきゃ。もっぺん、向けろよ。どっちが引くの早えか賭けてみようぜ」
主人はうろたえきった顔で銃身を下ろした。義毅は歩を詰めてその銃身を掴んで半転させ、主人に鋭い足払いをかけた。主人は尻から転がった。
主人を転がした義毅は、奪ったライフルを置き、料理の並ぶテーブルを睥睨するように見た。この家の親戚筋、または近い知人らしい中壮年の男達は顔を伏せ、中には眠っているように目を閉じている者もいる。夫人は凍りついたように立ち尽くしているだけだった。息子の一裕も同様に、隠しようのない怯えを顔に刻んで見上げている。
「そんなにこの女が好きで取り返したきゃ、実力で来いよ。お前、張ってんだろ?」義毅が言うと、一裕は尻で畳をいざり、逃げの姿勢を見せた。
「何だ。恰好いい髪に恰好いい服して。ぱっと見にゃそこそこやるように見えっけど、竜頭蛇尾もいいとこじゃねえか」言った義毅がどかどかと足を鳴らして近づくと、一裕は、ひっと鳴いて、体を震わせた。
「いじめるの、かわいそです」菜実が言い、義毅の前に立った。
「いじめてるわけじゃねえさ」義毅は呟いて、菜実の肩を叩いて、一裕の前に進んだ。
「このクラスの女を正々堂々と口説いてものにしたけりゃ、こんな馬鹿げた家をさっさと出る気概ってもんを持てよ」義毅は言いながら、ただ固まっているだけの席の人間達を見回した。
「ただじゃすまんよ!」夫人が脅しの言葉を義毅、松前の背中に浴びせてきたのは、引戸を開けた時だった。主人は尻餅をついたきり、立ち上がらない。
「うちの人は、与党の代議士とか、裁判官とか、侠客の親分との付き合いもあるんじゃけんね! その気になれば、お前達ごときのちまいごろつき、虫けらみたいに潰すことが出来るんじゃ! 覚えとれ!」義毅はからからと笑い、菜実の手を引いて玄関を出た、後ろから松前が続いた。
メルセデスの男達はまだ気絶から覚めていなかった。黒スーツの男は車のサイドドアに頭を預けて眠り、ゼブラ柄の男は、大股開きの恰好で、剥いた白目を空に向けていた。
次は松前がハンドルを握り、義毅が助手席、菜実がリアシートに座るセダンが、東の方角へ走り出した。
その日、その時、中国地方の空は雲一つなく晴れていたが、千葉は曇り時々雨だと松前が言い、義毅は、ああ、と返した。ルームミラーに映る菜実は、柏で始まったこの二日間の疲労に埋没するように、深く項を垂れていた。
まんじりとしない時間が、無限と感じる長さをもって、じわりじわりと緩慢に過ぎる中、村瀬は博人とともにコンビニ弁当の食事を摂り、烏の行水のような風呂に入り、布団に入った。弁当の食事は、なかなか箸が進まなかった。
夕食後に、恵みの家に電話すると、あの日サロ肌の女子スタッフが出た。彼女が言うには、今日さっそくこちらの佐々木が明日に法テラスを予約しているという。村瀬はその個人用の携帯番号を訊き出し、恵みの家との通話を終了させてから、佐々木紅美子の番号に電話をかけ、明日は十時から予約を入れており、九時半に本千葉駅で待ち合わせし、一緒に行く約束を交わした。
刑事が機能しない事案なら、民事。あてが保証されているわけではないが、気持ちは少し楽になるかもしれない。思いながら目を閉じた時、チャイムと、けたたましいノックが階下から聞こえた。目を開け、枕元の時計を見遣ると、二時近い時間だった。
村瀬は階段を降り、インターホンに応答した。
「トヨニイ、俺だよ」インターホンから聞こえた義毅の低い声にはっとなった村瀬は、急いだ手つきでチェーンを外し、内鍵を回してドアを開けた。
やつれて小さくなったように見える菜実が、義毅に肩を抱かれて立っていた。服装はピンクのトレーナーに、タック入りの膝下スカートで、ローヒールパンプスの姿だった。
顔を合わせるのは、あの正月時以来の一ヶ月半と少しぶりだった。涙を誘う懐かしさが、村瀬の胸に迫った。
二人の後ろには、眉脇に傷のある顔をした、村瀬の知らない男が立っている。
「広島までさらわれてたのを助け出した」義毅が言い、村瀬は彼と菜実の顔を見た。
「これから車の中で仮眠させて、明日の朝一にグループホームへ送り届ける」「義毅‥」村瀬が礼を言いかけた時に、義毅の口が開いた。
「抱きしめてやれ。ずっと泣いてたんだってよ。トヨニイの名前を呼んでさ」義毅が言い、菜実の肩を叩くと、彼女は村瀬の前に進み出た。焦燥がまだ収まっていないこと、また疲労によると見える、よろついたフットステップだった。
「菜実ちゃん」村瀬が言うと、菜実は彼の体にすがろうとするように腕を広げた。村瀬を見上げる眼は泣いていた。村瀬の両掌が菜実の上腕に載ると、彼女は固く瞼を閉じ、唇を歪め、南洋の珍種の猿が懐いた時のように、強い力で村瀬の首を抱き、胸に顔を埋めた。熱の涙が、村瀬の胸を濡らし始めた。
「この五日の間に、俺はやることがある」「おい、お前も命を粗末にするなよ」「死にに行くようなこっちゃねえよ。今、あいつらの中枢にいる奴を動けなくしなきゃならねえかんな。権力は、そういう時のために利用する価値があるんだ」「お前‥」
義毅が言っていることの意味は分かる。彼はこれから、黒い力で、警察、検察の上部を揺さぶる。それにより、李、平の立場にある人間達を実刑を受けさせる所まで持っていくのだ。だが、義毅の命が危ぶまれる案じの思いもある。まして堅気の商売を始め、来年には父親になる身だ。
彼の命が失われることになれば、社会福祉士の妻は後家、子供は父無し子の母子家庭となる。
「よしよし‥」村瀬は自分の胸で声を圧して泣く菜実の背中を左腕に巻いて抱き、右手で彼女の頭をさすった。
「怖かっただろう。よく頑張ったね」言うと、菜実は圧した咽びを激しくした。村瀬の目にも涙が滲んだ。
「行こうか」義毅の声かけに、菜実は村瀬から腕を離し、体を半回転させた。その手を、義毅の手が繋いだ。
「じゃあな」義毅は肩越しに言って、菜実の手を引いて、門へ向かって歩き出した。眉に傷のある男も、義毅と菜実の前を歩く形になって、雨を吸って光る石畳の上を歩み始めた。
「ありがとう。本当に恩に着る」村瀬は義毅と、氏名の分からない傷の男の背中に礼を投げた。三人の姿は、街灯に照らされる路地へと消え、やがて、車のエンジンが唸った。
チャイムとノックの音を聞いた時、紅美子は、浅い眠りから覚めたばかりだった。今日は午前中いっぱいで夕夏と交代し、予約していた千葉の法テラスへ行く予定だが、睡眠が充分に摂れていないため、体が重い。
何かの知らせが届く時には夜中でも飛び出せるように、着の身着のまま、寝ていた。
「早くにすいませんです。こちらの菜実さんと一緒なんすよ。開けてくれますか」インターホンの向こうの男が言い、紅美子はドアを開けた。
やつれ果て、泣かんばかりの顔をした菜実が、やくざにしてはどこか優しげだが、堅気と呼ぶには少々怪しげな男に肩を抱かれて立っていた。服装は、一昨日にホームを出た時のものと同じだった。
「池ちゃん‥」紅美子は息を呑み、菜実の両手を握った。菜実は唇の端を下げ、眉に皺を寄せた顔になり、深く俯いた。
「自分は、この子と縁のある人間の関係者で、ちょっと、話すのを憚らなきゃいけないような仕事をしてる者なんす。あるつてで、この子が東京で監禁されて、遠くへ連れ去られたって聞いて、昨日、助け出したんすよ。それをやったのは、ひょっとしたらそちらさんも少しは掴んでるかもしれないですけど、今、ニュースで騒がれかけてる、横浜を本拠地にして活動してるカルト団体っす。そんで、こちらもこれからいろいろな方面に働きかけようとしてる所なんすよ。これが自分の連絡先になりますんで、何かあったら、電話、下さい」男は言い、090の携帯番号が走り書きされた付箋を差し出した。
「どこにいてはったんですか?」「広島の農家です」付箋を受け取りながら訊いた紅美子に、男は答えた。
「無理ないこってすけど、今、ショックを受けてます。ここが一番守られるはずなんで、しっかりフォローしてやって下さい」男は言って、体向きを外門へ返した。
「おおきにです」男は紅美子の礼に振り返ることなく、レザージャケットの背中を揺すって門の外へ消えた。
「よかった‥」紅美子は菜実を抱きしめた。菜実が渾身の力で紅美子の体を抱き返した。
階段から降りてきた佳代子が、あっと目を丸くした。
「菜実さん‥」佳代子は抱き合う紅美子と菜実の許へ寄った。
「池ちゃん、戻ってきたで」紅美子が言うと、佳代子は菜実の手を握り、グレー色をした皺ばんだ頬に涙滴を落とした。菜実も涙の顔で佳代子の目を見た。
ある勘を働かせた義毅による無言の号令で、彼を筆頭とする四人は、東京グループが言うなれば業務用に所有しているセダンを降りた。時刻は三時半だった。空にはまだ闇が張り、薄紫色の雲が流れている。
エレベーター前で黒のバラクラバを被り、顎下まで下ろした。ドアチェーンを切断する小さな手斧も携帯し、懐は、違法の道具、得物を呑んで膨らんでいるが、義毅は効率的な指揮の下、時間をかけず、スマートに事を行う計算を立てている。
エレベーターで十二階建ての六階まで上がり、松前他の僚者を左右に潜ませ、インターホンを鳴らした。そっちのマネージャーから使いを頼まれた人間で、電話じゃ埒が明かないことを伝えに来た、という台詞を用意していた。
義毅の指が二回、ホンのボタンを押したが、応答はない。
義毅は、昨日、宍戸から受け取った合鍵を差し込み、静かに回した。ドア前に身を忍ばせ、ゆっくりと開けた。
怒号も誰何も聞こえてはこなかった。まずは義毅が足音を忍ばせて土足で踏み入り、松前らが続いた。
部屋は狭いキッチンに、あとは二部屋という間取りで、キッチン、襖の開いた一部屋の灯りは消えていた。襖の閉まった奥の部屋から灯りが漏れ、そこからは言葉を形成していない男女の声が聞こえていた。低い吐息と、泣くように高い、女の喘ぎだった。
義毅の勘騒ぎは、おおかた当たっていたと見える。
今、残っている男は。判断した義毅が襖を開け放つと、畳の上に裸の体を繋げている男と女の姿があった。
中背の男が、四角い輪郭を持つ顔を義毅達に向けた。その下に背中を着けた女は、泣いている顔で義毅を見た。野暮ったい髪型に、風船のような輪郭の顔をした、一重瞼の女だった。
女は、別段に助けを求めているような様子は見えなかったが、両目の光と垂れた口許には悲しみが浮き出ていた。男のほうは、今現在、自分の身に差し迫っていることを、極めて愚鈍に受け止めている表情だった。
二人の足許に回り込んだ義毅が、男の首をチョークスリーパーのように腕で軽く締め、女の体から引き離した。他の三人は、囲むようにして二人の周囲に立った。
丸く豊かな乳房に卵型の体をした女は、広げた腿を閉じようともせず、陰毛の下の陰裂を義毅達の目下に露出したまま、悲しみの目で義毅を見上げた。
「お前も尊教純法の人間か?」義毅は問いながら、全裸の男の首を締める力を強めた。男は答えなかった。
義毅は無答の男を、首を締めたまま立たせた。義毅の目の下で、勃起の萎えかけた陰茎が揺れた。女はしなを作るように膝を閉じ、乳房を腕で隠した。
「イエスとノーは関係ねえ。時間が押してんだ。答えは早えほうが、やりたくねえことを俺達がやらねえで済むようになるんだ」義毅と同程度の身長をした男は、弱く喘ぎながら小さく頷いた。
「やめて! その人、いじめないで!」立ち上がった女が懇願した。
「その人、私に優しくしてくれたの! さっきまでここにいた男の人達、捕まるからって言って、みんないなくなっちゃって、これから二人で逃げようってお話してたの! その人、いい人なんだよ! だから、ぶったりとか、蹴っ飛ばしたりとか、酷いことやらないで! お願い!」女は乳房を揺らして、拳を振り上げて訴えた。
義毅は男の首を締めていた腕をほどいた。男は喉を押さえて咳き込み、義毅の前にくたりとうずくまった。
「お姉ちゃん、ちょっと訊くぞ。お姉ちゃんは、いつ、ここに連れてこられたんだい?」義毅は優しく努めて、女に問いかけた。
「一昨日ぐらい‥」「どうしてなんだ?」「フェリーっていう船に乗って、韓国にお嫁さんに行くことになってたの。うちのお母さん、私が純法さんやってること、反対してたんだけど、男の人達からお金いっぱいもらったの。言われたんだ。お前がお嫁さん行ってくれると、お家が助かるんだって。でも、お母さん、お仕事してない彼氏の人に、そのお金、みんな取られちゃったんだ。その彼氏の人、そのお金、全部パチンコで使っちゃったんだ。それですごい泣いてたの。それでも彼氏とまだ付き合ってるの。でも、私がお嫁行けば、韓国のお義父さん、お義母さんが、いつもお金送ってくれることになってるから‥」「お姉ちゃんのお名前は?」「私、渡辺由紀‥」「そうか、ゆきちゃんか。今、いくつなの?」「十九歳‥」由紀と名乗った女は、唇を震わせて、啜り上げ始めた。
「前、私の見てる前で、知ってる女の子、お巡りさんのおじさんに殺されたの。私、すごい怖かったけど、誰にも助けて言えなかったの‥」由紀は言って、大粒の涙と洟を流し、天井を仰いで泣き始めた。義毅はその叫泣が落ち着くのを待った。
「由紀ちゃんの他に、ここに女の子はいなかったかい?」「女の人、一人いた。でも、その人、昨日の夜、連れていかれたの」義毅の問いかけに、由紀は哭きながら答えた。
「立て」義毅は男の髪を掴んで立たせ、仲間の男達に顎をしゃくった。
「お前らはこの子、見てろ。俺と松前でいい。別の部屋で吐かせる」義毅が促し、彼と松前で全裸の男をキッチンへと引いた。
松前がキッチンルームの灯りを点け、義毅は懐から回転式拳銃を抜き、座らせた男の頬を親指と他の四本で掴み、「う」と発音する形に開いた口に銃身を挿し込み、撃鉄を起こした。
「通報する奴はいねえよ。お前の頭蓋骨と脳味噌がサイレンサーの役割をしてくれてな、近隣の人間は、誰かが何か重てえもんを落としたくれえにしか思わねえはずだからな。さ、こいつが抜かれるかどうかは、お前の頷き次第だ。昨日の夜にここから連れ出された女がどこへ送られたかをしゃべってもらう。どこの大字で、何って苗字の家に行くことになってんのかだ。お前は知ってるはずだ。ついで言うと、優しいふりして、知的障害の女の子たぶらかすのもやめろよ」
男は肩を震わせながら、二回、頷いた。義毅はそっと、男の口腔から銃身を抜いた。
「命だけは助けてくれ‥」男は言い、涙の滲んだ目で義毅を見た。義毅の懐、もう片方のポケットでは、タブレットの録音が回っている。
「これでも俺は、警察官だったんだ。だけど、飲酒の轢き逃げ死亡をやって、市原の交通刑務所で二年食らって、その間に離婚になって、子供とも別れなくちゃならなくなったんだ。それでやっと就けたパートタイムの巡回警備員の仕事だけじゃ、自分の生活を回すことと被害者の家族への賠償金を支払い続けることの両立が出来なくて困ってる時に、純法が声をかけてきたんだよ」「さらわれた女に、お前のそんな身の上話に同情する間があるわけねえだろう。お前はこっちの訊くことだけに答えろ」義毅は低い凄味を含んだ言葉を男に刺した。
「あの子ともう一人、女の子が、昨日の一時過ぎまでいたんだ。俺は監視役の一人に過ぎなくて、その子の拉致には加わってはいない。名前は、なみっていうらしい。ずっと泣いてた。むらせさんっていう名前を呼び続けながらだよ」元警察官だという男は、視線を下に伏せながら、憐みを行いに移せなかった悔しさを込めた口調で述べた。
「その女は、広島に住むとかの、どいつの家へ行ったんだ」義毅は同じ内容の尋問をリピートした。男が義毅を見上げた。
「都市部からかなり離れた、部落って言っていい地域の、菊谷(きくや)っていう豪農の家だ。主人の名前は忠夫、その祖父の代からの地元名士で、地区の行政や教育機関にも口を出して、指図してる。女は、その一粒種の銅鑼息子の嫁にされる。その取引で、一千万の金が動いたんだ。息子の名前は一裕(かずひろ)だ」
玄関側の部屋からは、由紀の泣き声が聞こえ続けている。その声は、悲しみの抑揚をさらに増していた。
「分かった。それ以上のことは、これからこっちで調べる」義毅は言い、男の目線から立ち上がった。
「今泣いてるあの女の子は、家に帰す。お前と一緒に逃げさせるわけにはいかねえ。とても思えねえからだ。その先、その果てに、お前とあの子の幸せがあるとはな」義毅は、泣き声の上がる閉まった襖のほうを振り返り、男の頭上から言葉を落とした。男はそれに苦肉の納得をしたように、肩を落として俯いた。
うなだれた男を背にして、義毅は襖の部屋に入った。東京グループの男達に見下ろされる由紀の泣き方は、いくらか静かなものになっていた。
「服、着ろ。家、帰るぞ」義毅が言うと、由紀は何本もの涙と鼻水の筋が引かれた顔を向けた。
「女を優しく甘くたらし込んで、利用する男なんぞたくさんいることは、君が自分で経験してよく分かったはずじゃねえか。経歴の肩書ばかりが無駄に聞こえがいい、そのくせ卑劣なことやって仕事を失くした挙句、悪い人間の頭数に加わるような男を信用しちゃ駄目だ。とは言え、君が信じた奴らと俺は鏡みてえなもんだけどな」義毅は鱈子唇の片端を吊り上げて笑ってみせた。
「家はどこなんだ」義毅が問うと、由紀は泣きながら、聞き取れない言葉で答えた。「何だ、どこなんだ」「新松戸‥」義毅の問い直しに、由紀は震える声で答えた。
「千葉の新松戸だ。これで余るだろ?」ウェブで呼び出したタクシーの運転手に、バラクラバを脱いだ義毅は十枚ほどの万札を扇の形に広げて差し出した。エレベーター前だった。隣には、毛糸編み上げの上着にジーンズという姿の由紀がいる。
若禿げの頭をした三十代の、真面目そうだが暗い表情をした運転手だったが、何かを思い詰めているようなその顔に、ぱあっとなった歓喜が挿した。
「詳しい番地やなんかは、この子本人から直接訊いてくれ。余った分は俺からのチップってことでいい。受け取れ」義毅の促しに、喜びながらもどこか怖ずとした手つきで札の束を握った運転手はボタンを押し、リアドアを開けた。そこへ、まだいくらか涙気の残る顔をした由紀が乗り込んだ。
タクシーは、ゆっくりとその車体姿を遠ざけ、葉の落ちた銀杏の木が並ぶ通りを抜け、殺風景な区道へと消えた。
そこへ、バラクラバを取り払って素顔になった松前達が降りてきて、義毅の左右に立った。
「お前らは上がれ。ハイヤーを別途、呼んでやっから。その運賃もこっちで出す。報酬は、話がまとまった分、払うぜ」義毅は松前以外の二人の男に指示した。
二人はそれぞれ別のタイミングで表情なく小さく頷いた。
「俺と松前で、少しばかし休んでから、行く。広島だ」義毅は言い、煙草を唇に軽く挟み、まだ白みを見せていない台東区の曇り空を仰ぎ見た。
高い杉、松の木群が立つ斜面の雑木林を切り拓いた所にあるその家は、三百坪の広さを持つ敷地の中に、黒瓦の三角屋根をした二階建ての大きな母屋、向かいにもう一回り小さな一階建ての家、収納された農具類を開け放しの扉から覗かせる二つの小屋を配した造りだった。駐車スペースには、軽トラックと、紺のメルセデスベンツ、その隣には、センスの悪い光沢消しブラックに塗装されたポルシェの三台が停まっている。
その構えの家の前には、赤土の未舗装路が南北に延び、後ろには数百ヘクタールの畑が拡がっている。その未舗装路に、品川のナンバープレートを付けた紺のメルセデスが停車していた。
幅10メーターのその畑沿いの道に、黒のセダンが現れ、メルセデスの進路を塞ぐように、バンパーにサイドを着ける風にして停まり、フロントガラスの内側に座る二人の男が、気色ばんだ目を見開いた。
セダンの助手席から降りた義毅は、メルセデスの車鼻前に、通せんぼをするように立った。
「何だ、誰よ、お前」メルセデスの助手席から、髪を短く刈り、ゼブラ柄のジャケットを着た男が顔を出し、訝りを込めた威嚇の誰何を吐いた。
「悪いな。今、この家の中にいる女に用があるんだ。お前ら、発送係を兼ねた、女が逃げ出さねえようにするための見張りだよな。悪いんだけど、ちょっくら寝てくれよ」義毅が言うと、男はラフにサイドドアを開けて車を飛び降り、スパッツの尻ポケットに手を滑り込ませた。
その時、義毅はすでに、さっと男に鼻先を詰めていた。
濁った音とともに、義毅のパチキが男の鼻柱に叩き込まれ、逆突き加減の拳が鳩尾を抉り上げた。
声もなく足許に丸く崩れた男の側頭部を、義毅は鋭く蹴り、男は薙がれて斃れた。男の手から、黒メッキ仕上げのブレードを持つフレームロックナイフがこぼれて落ちた。義毅に蹴りやられたナイフは、畑の土の上に飛んで落ちた。
松前は、運転席から飛び出してきた黒スーツの男の腕をひしいで制圧し、その男の後頭部に、二回、ごすごすと拳を叩きつけた。男はメルセデスの車体に顔をなすりながら頽れた。
それから、二人の懐からまさぐり抜いた携帯を畑に投擲する作業を忘れずに行い、家の高い石門から、母屋へ進んだ。小屋脇の犬舎から、黒の体毛を持つロットワイラー犬が鎖をじゃらつかせながら飛び出してきて、低く掠れた声で吠え立てたが、松前に頭から首、背中を撫でられてすぐに大人しくなった。
壁棚のトロフィーやメダル、昔に飼っていたらしい土佐犬や先代主人の写真、先々代の肖像画に見下ろされる居間の長座卓には、尾頭付きの鯛、伊勢海老、その他の刺身類、鶏肉の煮込み、豆物などの数種類の料理が狭しと並び、ウイスキー、ビールの瓶も載っている。
その家の主人は、上背のある細身の体をした七十過ぎの人物で、上座に胡坐をかき、先からにこりともせずにビールを手酌で呑んでいる。その座卓には中、壮年域の男が前後に三人いるが、主人への遠慮か、酒と料理にほとんど手をつけず、黙って俯いている。
菜実の真前には、四十二歳だと事前に聞いている、この家の一人息子が座っている。元々は筋肉質だったらしいものを、長年の不摂生で贅肉をつけた体つきをしている。髪型は茶髪のソフトモヒカンで、肉の多い頬、常に欲望の対象物を探しているように光る三白眼をしていた。服装は、牡丹の図柄が刺繍された銀のジャージだった。
その男は、母親がその手で自分の手元に移す豪奢な皿料理を、縁の黒ずんだ歯を見せて貪り食いながら、ビールを鯨飲し、服の生地を越えて下着の裏まで潜り込む眼で、菜実の顔、体を眺め回している。
「あんた、さっきからほんに何も言わん子ね」夫人は菜実を睨みながら、クレームめいた言葉を彼女に投げた。
「あんたは、今日、この家に入ったんよ。何が気に入らんとそんな顔しとるんだか知らんけど、ここに来た以上は、この家の働き手になって、うちの一裕君にしっかり仕えてもらわんことには、私ら困るんよ。どんな思い出があるんか知らんけど、千葉は千葉、ここはここなんじゃけ。さ、明日からさっそく小松菜とピーマンの苗植えに入ってもらうけんね。今日のうちに体を休めときんさい」六十代の夫人が言った時、チャイムが鳴った。
「はい」「地域に住んでまして、こちらの一裕君と知り合いの者ですが」「一裕の?」「はい。一裕君のお嫁さんがどんな方か、一目だけ見させていただきたくて、それで来たんですけれど」機転の効いた義毅の弁に、夫人は引戸を開けた。
「上がりんさい」夫人は義毅と松前に促し、二人は脱靴して上がった。
義毅と視線を合わせた菜実の顔に、たちまち驚きが拡がった。義毅は人差し指を唇に当てて微笑したが、ここにいる者達には、そのランゲージの意味が分かりかねているようだった。
「菜実ちゃん、帰るよ」義毅が落とした言葉に、上座でビールを飲む主人が不審の目を向けた。
菜実は下を向いた顔で、座布団を立った。彼女の手を、義毅が軽く繋いだ。
「待て、お前ら、誰じゃ! こん子はうちの息子の嫁じゃぞ」主人が人相を上に吊らせ、声を荒らげて立ち上がった。
「悪かったよ、嘘をついたことは。でもね」義毅は言い、目を据わらせた笑顔で、主人をまっすぐに見た。
「あんた達みたいな人達の常識手帳に、人権意識ってもんがどの程度携えられてんのかも知りたいところでね。この子は支援区分3の知的障害者なんだ。常にいろいろな方面から支援されていなくちゃいけねえ立場の人なんだよ。それがこんな教養も何もねえ、糞脳味噌の見苦しい若作りのおっさんの嫁にされて、欲望を処理するためだけにある便器にされて、小遣い程度の賃金しか発生しねえ過酷な長時間労働を毎日強いられるようなことは、あっちゃいけねえことのはずだよな、今の日本にはさ。県政や学校にしゃしゃり出て、どうこう言ってんだったらさ、この程度のことぐれえ弁えてなきゃ駄目だぜ」義毅の述べに、主人は目を大きく剥いた。
「この子は、俺の兄貴が心底愛して、命懸けで守ってきた女だ。やくざ者(もん)の兄貴分じゃねえ。俺の血縁者だよ。その兄貴は、傍から見てても苛々するくれえの堅物な感情向きを持ってる人間だ。ある意味、俺が知ってるこの子の性格に近えんだ。その兄貴が愛した女には、間違いってもんはねえ。だから、こんなあからさまにボタンを掛け違えて、そのままずるずる来ちまった人間にゃふさわしくねえってこったよ」「おどれ!」「踊ってやるよ。あんたの世代が若い頃に親しんだツイストでいいかな。それともジルバがいいかい?」義毅はドドンパのリズムを口ずさんで、モンキーダンスを踊ってみせた。
主人は床を軋ませて、一階の奥へ走った。スチールの扉をがちゃがちゃと開ける音がした。戻ってきた主人の手には、木製の銃体をした一丁のハンティングライフルが持たれていた。
主人は銃床を胸に着ける際に、義毅は懐のリボルバーを抜き、素早く撃鉄を起こして主人に向けた。
主人が義毅に向けた銃口が、躊躇を帯びて、狙う圏内を外れた。
「どうしたんだ。撃ってみなよ」義毅がからかうように言うと、主人は表情を硬直させ、持ったライフルの銃身を震わせ始めた。
「相手が懐に手ぇやった時点でトリガー引かなきゃ。もっぺん、向けろよ。どっちが引くの早えか賭けてみようぜ」
主人はうろたえきった顔で銃身を下ろした。義毅は歩を詰めてその銃身を掴んで半転させ、主人に鋭い足払いをかけた。主人は尻から転がった。
主人を転がした義毅は、奪ったライフルを置き、料理の並ぶテーブルを睥睨するように見た。この家の親戚筋、または近い知人らしい中壮年の男達は顔を伏せ、中には眠っているように目を閉じている者もいる。夫人は凍りついたように立ち尽くしているだけだった。息子の一裕も同様に、隠しようのない怯えを顔に刻んで見上げている。
「そんなにこの女が好きで取り返したきゃ、実力で来いよ。お前、張ってんだろ?」義毅が言うと、一裕は尻で畳をいざり、逃げの姿勢を見せた。
「何だ。恰好いい髪に恰好いい服して。ぱっと見にゃそこそこやるように見えっけど、竜頭蛇尾もいいとこじゃねえか」言った義毅がどかどかと足を鳴らして近づくと、一裕は、ひっと鳴いて、体を震わせた。
「いじめるの、かわいそです」菜実が言い、義毅の前に立った。
「いじめてるわけじゃねえさ」義毅は呟いて、菜実の肩を叩いて、一裕の前に進んだ。
「このクラスの女を正々堂々と口説いてものにしたけりゃ、こんな馬鹿げた家をさっさと出る気概ってもんを持てよ」義毅は言いながら、ただ固まっているだけの席の人間達を見回した。
「ただじゃすまんよ!」夫人が脅しの言葉を義毅、松前の背中に浴びせてきたのは、引戸を開けた時だった。主人は尻餅をついたきり、立ち上がらない。
「うちの人は、与党の代議士とか、裁判官とか、侠客の親分との付き合いもあるんじゃけんね! その気になれば、お前達ごときのちまいごろつき、虫けらみたいに潰すことが出来るんじゃ! 覚えとれ!」義毅はからからと笑い、菜実の手を引いて玄関を出た、後ろから松前が続いた。
メルセデスの男達はまだ気絶から覚めていなかった。黒スーツの男は車のサイドドアに頭を預けて眠り、ゼブラ柄の男は、大股開きの恰好で、剥いた白目を空に向けていた。
次は松前がハンドルを握り、義毅が助手席、菜実がリアシートに座るセダンが、東の方角へ走り出した。
その日、その時、中国地方の空は雲一つなく晴れていたが、千葉は曇り時々雨だと松前が言い、義毅は、ああ、と返した。ルームミラーに映る菜実は、柏で始まったこの二日間の疲労に埋没するように、深く項を垂れていた。
まんじりとしない時間が、無限と感じる長さをもって、じわりじわりと緩慢に過ぎる中、村瀬は博人とともにコンビニ弁当の食事を摂り、烏の行水のような風呂に入り、布団に入った。弁当の食事は、なかなか箸が進まなかった。
夕食後に、恵みの家に電話すると、あの日サロ肌の女子スタッフが出た。彼女が言うには、今日さっそくこちらの佐々木が明日に法テラスを予約しているという。村瀬はその個人用の携帯番号を訊き出し、恵みの家との通話を終了させてから、佐々木紅美子の番号に電話をかけ、明日は十時から予約を入れており、九時半に本千葉駅で待ち合わせし、一緒に行く約束を交わした。
刑事が機能しない事案なら、民事。あてが保証されているわけではないが、気持ちは少し楽になるかもしれない。思いながら目を閉じた時、チャイムと、けたたましいノックが階下から聞こえた。目を開け、枕元の時計を見遣ると、二時近い時間だった。
村瀬は階段を降り、インターホンに応答した。
「トヨニイ、俺だよ」インターホンから聞こえた義毅の低い声にはっとなった村瀬は、急いだ手つきでチェーンを外し、内鍵を回してドアを開けた。
やつれて小さくなったように見える菜実が、義毅に肩を抱かれて立っていた。服装はピンクのトレーナーに、タック入りの膝下スカートで、ローヒールパンプスの姿だった。
顔を合わせるのは、あの正月時以来の一ヶ月半と少しぶりだった。涙を誘う懐かしさが、村瀬の胸に迫った。
二人の後ろには、眉脇に傷のある顔をした、村瀬の知らない男が立っている。
「広島までさらわれてたのを助け出した」義毅が言い、村瀬は彼と菜実の顔を見た。
「これから車の中で仮眠させて、明日の朝一にグループホームへ送り届ける」「義毅‥」村瀬が礼を言いかけた時に、義毅の口が開いた。
「抱きしめてやれ。ずっと泣いてたんだってよ。トヨニイの名前を呼んでさ」義毅が言い、菜実の肩を叩くと、彼女は村瀬の前に進み出た。焦燥がまだ収まっていないこと、また疲労によると見える、よろついたフットステップだった。
「菜実ちゃん」村瀬が言うと、菜実は彼の体にすがろうとするように腕を広げた。村瀬を見上げる眼は泣いていた。村瀬の両掌が菜実の上腕に載ると、彼女は固く瞼を閉じ、唇を歪め、南洋の珍種の猿が懐いた時のように、強い力で村瀬の首を抱き、胸に顔を埋めた。熱の涙が、村瀬の胸を濡らし始めた。
「この五日の間に、俺はやることがある」「おい、お前も命を粗末にするなよ」「死にに行くようなこっちゃねえよ。今、あいつらの中枢にいる奴を動けなくしなきゃならねえかんな。権力は、そういう時のために利用する価値があるんだ」「お前‥」
義毅が言っていることの意味は分かる。彼はこれから、黒い力で、警察、検察の上部を揺さぶる。それにより、李、平の立場にある人間達を実刑を受けさせる所まで持っていくのだ。だが、義毅の命が危ぶまれる案じの思いもある。まして堅気の商売を始め、来年には父親になる身だ。
彼の命が失われることになれば、社会福祉士の妻は後家、子供は父無し子の母子家庭となる。
「よしよし‥」村瀬は自分の胸で声を圧して泣く菜実の背中を左腕に巻いて抱き、右手で彼女の頭をさすった。
「怖かっただろう。よく頑張ったね」言うと、菜実は圧した咽びを激しくした。村瀬の目にも涙が滲んだ。
「行こうか」義毅の声かけに、菜実は村瀬から腕を離し、体を半回転させた。その手を、義毅の手が繋いだ。
「じゃあな」義毅は肩越しに言って、菜実の手を引いて、門へ向かって歩き出した。眉に傷のある男も、義毅と菜実の前を歩く形になって、雨を吸って光る石畳の上を歩み始めた。
「ありがとう。本当に恩に着る」村瀬は義毅と、氏名の分からない傷の男の背中に礼を投げた。三人の姿は、街灯に照らされる路地へと消え、やがて、車のエンジンが唸った。
チャイムとノックの音を聞いた時、紅美子は、浅い眠りから覚めたばかりだった。今日は午前中いっぱいで夕夏と交代し、予約していた千葉の法テラスへ行く予定だが、睡眠が充分に摂れていないため、体が重い。
何かの知らせが届く時には夜中でも飛び出せるように、着の身着のまま、寝ていた。
「早くにすいませんです。こちらの菜実さんと一緒なんすよ。開けてくれますか」インターホンの向こうの男が言い、紅美子はドアを開けた。
やつれ果て、泣かんばかりの顔をした菜実が、やくざにしてはどこか優しげだが、堅気と呼ぶには少々怪しげな男に肩を抱かれて立っていた。服装は、一昨日にホームを出た時のものと同じだった。
「池ちゃん‥」紅美子は息を呑み、菜実の両手を握った。菜実は唇の端を下げ、眉に皺を寄せた顔になり、深く俯いた。
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