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1章 人藁
人藁
しおりを挟む外壁は黒くトーストされ、窓ガラスの消え果てた団地だった。どの棟にも痛々しいクラックが入り、遊歩道のアスファルトは割けている。傾き、焼けた外灯、倒れ伏せ、路面に電線を垂らす電柱が、十五年前に襲った自然、人災を連ねた二重惨禍の凄まじさを物語っていた。
棲む場所のない襤褸者達が端に座り込む遊歩道を、埃を被ったコートを着た男の引くリアカーが、タイヤを軋ませながら、重く、遅く移動していた。
リアカーを引いている男は、齢の頃は三十前後の若さだが、眼、表情に、精魂の尽きが出ている。リアカーには、男と同年代の女が乗せられていた。
女は布マスクを着け、喘ぐ呼吸を漏らし、その呼吸の中にはえずきも混じっていた。そのえずきが、廃団地の壁に悲しく響き渡っていた。
そこへ、リアカーの男を見下ろすような身の丈をした四人の男が、前からやってきて立ち塞がり、リアカーを前後左右に囲んだ。
皆、黒の戦闘服姿で、赤地に金色をした蜘蛛の図柄が染め抜かれた腕章を着け、皆、額に蜘蛛を彫っている。
リアカーの上で喘ぎ続けている女に、好色な視線が集中した。
「前からよく見かけたよ。栄養が行き渡ってねえわりにはいかす躰してんなって思っててな」死んだ魚のような眼をした、一際の凶相をした男が言い、男達の間から、低く沈めた笑いが沸き起こった。
「どこ行くんだよ」「医者に診せるんだ」別の男の問いかけに、女の夫では答えた。
「貸せや。もっと上等な医者、知ってんだよ。俺らでそこ、運んでやっからさ」「通してくれ。肺の疾患に罹ってて、呼吸もままならないんだ」懇願する夫に、男らはより残忍な表情を刻んだ。
「姦らせろよ」死魚の眼をした男が言って、リアカー上の妻の、公社配給品のスカートをまくり上げた。
「俺ら明座商会が、ここいら一帯の警察力だってことは知ってんだろうが。俺らがいなきゃな、もっとたちの悪い黒土にここいらが食い荒らされて、もうとっくにお前らの命はねえんだぜ。言わば、こっちはおめえらを守ってる立場なんだよ。ここらで、少しぐれえ、感謝の心を見せろや」男はうそぶいて、妻のパンツに手を差し込み、陰部をまさぐった。
「やめてくれ! 妻は病気なんだ!」夫はリアカーのバーを潜り、死魚の眼の男に詰めた。
「やめろと言われたら、一層だよ。病気や障害の女は、その味を覚えたら病みつきの、絶品の珍味だからよ!」
その言葉を号令とするように、リアカーの蓋が外されて投げ捨てられ、妻の躰が、男達の手で引きずり降ろされた。
「やめろ!」制止しようと、妻を掴んでいる男達に駆け寄った夫に、死魚眼の男が、腰から抜いた、渡数の長いナイフを、その顎下に突きつけた。
その間に、妻は配給品の衣類を毟り剥がされ、乳房も陰毛も露わの裸体にされていた。
「やめてもらいたきゃ、黒電話がプーさんから買ったツァーリ・ボンバが東京に落ちた、八時二十一分時計の銅貨を十だ」「そんな金はない! 妻を離してくれ!」
妻は、一人の男に髪を掴まれ、二人の男に足首を取られ、腿を大きく開かされ、性器をあからさまにされていた。
かなりの下付きだ、色も悪くねえ、という言葉が飛び交っている。男達は、戦闘服ズボンを脱ぎ払い、勃起した陰茎を剥き出しにしていた。
「どうしてだ! 俺達がそっちに何をしたっていうんだ! どうして、理由もなく、こんな酷いことが出来るんだ!あんた達は、どうして俺達みたいな立場の人間を、いつも力で抑えつけようとするんだ!」詰まった声で叫んだ夫の顔は、涙に濡れて光っていた。
「理由はあるぜ。酷えこととかってのは、そっちの主観だよ。俺らは、この世界の中でも、天寿の全うを待たねえで死ぬために生まれてきた人間だ。率って意味でもな。その俺らは、この女を前から気に入ってたんだ。これから死ぬ率の先頭走る人間と、ちょっとやそこら、シェアしたっていいだろう。借りたら返す、そのけじめは、こっちも守ろうっつってんだ」「やめて下さい!お願いです!私はどうなってもいいから、妻だけは助けてくれ!」泣きながら叫ぶ夫の声に、上空で群れを成す鴉の声が重なった。
妻は、リアカーの脇で四つ這いにされ、髪を掴まれた頭を路面に押しつけられ、後ろから貫かれていた。
粘膜の音に、男らの囃し声が交わった。
そこへ、残像めいた影が、足音を殺して疾走してきた。色は、カーキだった。それが現れたことを、その場の誰もが察知しなかった。
そのカーキの男が頭上高く振り上げた、反った長得物が、薄笑いを刻んだまま振り向いた、死んだ魚の眼をした男のスカルを鼻梁まで斬り下げた時、夫がその存在に気づいた。涙の顔に、驚きが広がった。
額の蜘蛛が真二つになり、神経の束に繋がれた眼球が、左右へ踊り出た。男の頭頂部から脳漿と、大量の血が噴き上がり、痙攣するその手から、ナイフが落ちた。
男の躰が前のめりに倒れた時、他の三人はまだ妻を玩具にしていた。一人の男が、仰向けにした妻の上にのしかかり、別の男が、鎖骨の上から回した手で、乳房を揉み立てている。発赤した妻の頬には涙が伝っていた。
現れた男は、カーキ色のポンチョを着、フードを目深に被り、顔半分を雑布で隠しているが、覗く眼を見ると、かなりの女形であることが分かる。
自分の番を待っていた一人は、仲間が一人屍となってから、やっとその存在に気づき、背中をリアカーに貼りつかせ、悲鳴を上げかけた。
悲鳴が上がる刹那、大きく脚を開き、野球のバッティングに似た構えで振り上げられた刀身が、袈裟を切るように、下半身裸のその男の肩口から、右脇腹にかけて、食い込んだ。黒戦闘服の生地、皮膚、脂肪層が割れ、肋骨の断面、白と、暗い紫色の臓腑が腹圧で飛び出し、夥しい量の血漿を振り撒いた男が、リアカーに背中を摺りつけながら倒れた。
その時、妻を犯していた二人が、わっとなった顔を向けたが、それはすぐに威嚇の顔に変わった。
妻にのしかかっていた男が陰茎を抜いた。乳房を玩んでいた男が、懐から自動拳銃を抜いた。拳銃の照準が合う前に、若者が動いた。刀身が横へ一閃し、男の頭部が浮いた。浮いた頭部は、背中側へ落ち、動脈を断たれた頸の断面から流れ出した血が、戦闘服を赤く汚した。
ポンチョの若者は、その立ち死体が膝から崩れた時、最後に残った男に歩を詰めた。男は後退りを始めていた。男は、若者に何かを言わんと、口をぱくつかせた。下半身裸のその男が合掌し、座り込んだ。
じゃっという水音とともに、男の尻の下に、泡の立った尿が広がり始めた。男は顔を歪め、喉仏を震わせ、泣き声混じりの呼吸を漏らしている。
肩上に構えられた刀が、横薙ぎに払われた。男の首が、両手首とともに切断された。首は横へ飛び、手首は蛙のように跳ね、路面に落ちた。残された躰は、くたりと後ろへ倒れ、血池に沈んだ。
犯されていた妻は、自失呆然という体で、膣孔も露わに腿を広げたまま、えずきの混じる息をついでいる。
夫は、起こっていることの概要を掴みかねた顔で、刀を手に立ち果てる若者を見ている。
新しい死者の垂れ流す悪臭が漂い始めていた。
「あかり‥」一部始終を見ていた夫は名を呼び、チアノーゼ呼吸に胸を上下させる全裸の妻に縋った。
「殺すのはやめてくれ」夫が、涙の顔で若者を見上げながら切願した。
「俺達は、こんな世界でも、働いて銅貨を稼いで飯にありついてる、一般の人間なんだ」夫の訴える言葉を受けた若者は、広い背中を向け、刀身を懐から出したウエスで拭い、ポンチョの中の鞘に納刀し、現れた時と同じ速さで、旧本町方面へと走り去った。
厚い雲の下では、死肉の味を覚えた鴉の大群が、不吉な声とはためきを立てながら、輪舞していた。
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