カーキの鳩

楠丸

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9章

生首の契約

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 褥の上で、痩せぎすの女が、背を天井に向けた体勢で貫かれ、躰を前後に揺すっていた。髪は静電気を帯びたように乱れ、額と鼻には血が光っている。後ろから躰を沈めている男は、片手で女の髪を引き、もう片手を乳房に回していた。増女面に紫のシルクケープを着け、総身が倶利伽羅に覆われた男の陰茎を呑み込んだ肛門の縁が、スラストごとに、内へ窄み、外へ伸びる。そのたび、泥をこねる音が立つ。

 立ち込める悪臭。断末魔の呻きを思わせる女の喘悶。

「派遣の口は当たれねえのか」増女面の男、組裁である篠野は、褥の前に直立不動で立つ賢に、詰る調子の声を投げた。

「あれは使い物にならねえのばっかです。それよりも、島の外からヘッドハンティングするほうが理に叶ってると思いますよ。俺が責任持って、柄を買い取ってもいいです。それまで、下の血気は俺が抑えます」「出来んのか」「やるしかない以上、やります。北の方面から、使える奴をって考えてるとこです。腕章違いと共同張ることの難しさは、俺もよく分かってますから。真面目な話ですよ」

 篠野はその答えに苦々しい黙を返し、腰遣いを抉り立てるものに変えた。女の悶えも激しくなった。女の額と鼻から滴った血が、褥を汚している。篠野によるプレイのためだ。

 その時、扉の外から、二輪のエンジンコールと、衛兵役の兵徒が怒号誰何する声が聞こえた。賢は、氏名素性不詳の女の直腸を抉る篠野に一礼し、同衾の部屋を出た。

「妙な奴らが」部屋の外に、リックを隣に立ち控えていた釈が報告した。

 兵徒らは自動拳銃やマシンピストルの銃把を握りしめ、銃口を向け、殺気を凝らした表情を刻んでいる。

 賢は兵徒達の垣を分け、エントランス前に出た。

 粉砕されたコンクリート片が骨晶のように転がる本部前に、それぞれ大型と中型の二輪に跨った非日アジアンの男が二人いる。中型の男は、片手に袋を提げていた。

「篠総業の与野さんで」肩後ろから中華刀の柄を覗かせた大型二輪の男が、日本語で賢に訊ねた。

「そうだ。華語のほうが話し勝手が良きゃ、そっちでで話が出来んぞ」「与野先生」大型の男が大陸語で呼びかけた。

「自分達も同じ黒土です。明座商会と向かい合っているとお聞きし、力をお貸しさせていただきたいと存じ、ここに来た次第です。先生は代貸とお聞きしています。是非とも、先生のほうから、こちら様の大人のほうへお話を繋いでいただければと思います。自分は鹵英朋と申します」「自分は周路紀です」

 二人の二輪乗りは、ネイティブの大陸語で説明し、名乗った。

「こちらに付くという意思を証明出来るものは持っているのか」賢が訊ねると、周が、底が赤く染まった白布の袋に手を入れ、出したものをかざした。

 周の手に髪を握られた人頭の目は、片方が半眼に見開かれ、ぽっかりと口を開けた表情をし、額には、明座の構成員であることを示す蜘蛛が刻まれている。

「明座の支部長です。滝の不動尊一帯の縄張を仕切っていた人間です」言った鹵が懐から出したフォンの通話ボタンを押し、それを持つ手を下ろした。明座幹部の生首は、周の手で投げられ、賢の足許近くに落ちた。賢はその首を拾い上げた。

 数百台のものと思われる軽二輪のコールが、9号線、14号線の方角から鳴り響き始めた。

 賢は頷き、生首の耳を持ち、提げ、エントランスを潜り、篠野が女と交わる居室に入った。

 褥上に伏し倒れた女の頸は、顎と肩が付く角度に曲がっていた。賢のほうを向く顔の目は見開かれたままで、血、涙、洟で濡れた顔は、自分の身に何が起こったかも分からないという様相で、尻周りは糞で汚れていた。

 女は篠野に扼殺されたのだ。

 褥の前では、増女面越しに深い呼吸を漏らす篠野が、ナイトガウンのポケットに両手を差し、立ち寛いでいる。

 南北二線からのコールは響き続けている。

「組裁。派遣の口を求める必要はもうなくなりましたよ。よそから引き抜く手間も省けました。こいつが、それを証明するものです」賢は言い、自分と篠野の間に、腰を屈めて明座幹部の生首を置いた。

「旅団がうちに加わるってことでいいんだな」「そういうことですよ」「そいつはいい。願ってもねえことだ」篠野は増女面の奥から、その面の表情と一体化したような笑いを吐いた。

「たかが一匹の示現流遣いなんてもんは、数の力でぶっ潰してやる」「生け捕りがベストだと思いますが。それこそ、引き抜きです」「てめえ、出来る自信あんのか」「いざとなりゃやるしかねえじゃないですか」

 篠野は振り返り、褥に横たわる女の死体を眺めた。

「明座を落とせば、こんな女で代理満足する必要はなくなんな。大卒級が選び放題だ」篠野は言って、また笑った。

 
 賢は一礼して褥の部屋からエントランス前に出た。鹵と周は、それぞれの二輪にエンジンを掛けている。

「お前達は組裁から認められた」賢が言い、二人は少しだけ表情を緩ませた。

「寝蔵と糧は大丈夫か」「百年前の日本鬼子に倣った徴発が、俺達の生業です」「了解した」

 エントランス前に、ナイトガウン姿の篠野が立っている。賢は篠野に歩み寄り、増女面に耳を当て、しばしののちに、二人の許へ詰め直した。

 二線からのコールは続いていた。

「明日にでも開戦だ。お前達の手勢に、まんべんなく伝えろ。奴らの持てるもの全てを奪うための全面戦争だ」「到」賢の静かな檄に鹵が答え、二人は二輪のヘッドを14号のほうへ向けた。

 コールが続く中、賢は二台の二輪を目で送った。

 後ろでは、眦を決めた兵徒達の真中で、篠野が満足げに頷いていた。

 マガボニーのテーブルには、めり込んだ女の顔を中心に、放射状のウッドクラックと、血の小池が広がっていた。流れ出した血が、テーブルの縁からたらたらとこぼれ続けている。テーブルに顔面部を埋めた女は、蜘蛛のような姿勢で、動かぬ両腕をその卓面に這わせ、息絶えていた。

 支部長が首を引き切られた報告を受けた明座が、愛人である女の頸を掴み、上体ごとテーブルに叩きつける様を目前で見ていた雄大の心に、何ら感傷めいた気持ちが起こることはなかった。目先で屍となったこの女は、自分の復讐には何の関係もない他人でしかないからだ。

 半月前、廃墟公団の遊歩道で、明座の兵徒らを斬り倒した動機も、あの夫婦を助けたいという殊勝な思いからではなかった、というつもりを、自分に納得させている。

 テーブル隣に立つ砂山の表情にも、体勢にも、何らの動きもない。幹部達が詰める部屋の中で、涼しい顔をして立っている。

「何ぼけっと突っ立ってんだ、てめえら!」明座は怒号し、隣に立っていた幹部の顔面中央に拳を叩き込んだ。鼻骨の弾ける音がし、その男は窓ガラスまで吹き飛んだ。後頭部から背中の打ちつけられたガラスが割れた。それから明座は、前に立つ男の腹部に、前蹴り加減のキックをぶち込んだ。躰を折って崩れたその男が、砂山の足で転がされた。サッカーボールを戯れに転がすような足遣いだった。

「砂山、てめえ。俺があれほど奴らの本部に毒饅頭っつったことを、てめえが濁したためにこうなったんだぞ」「会長」唸り立てる明座を前に、砂山の態度は全くの平静を保っている。

「てめえ、けじめ通して、兵隊の指揮取って、篠総業、ぶっ潰してこい。篠野と、奴らの代貸の首、俺の前に持ってこい。でねえと、てめえの命も飛ぶぞ」「会長。今は内輪の命がどうのと言ってる場合じゃないはずじゃないですか。島を守るために、利権のために戦争が必要になることもあります。俺達はそうして大きくなりました。けど、その大きさをぶれずに保つためには、草の根レベルの冷静さが必要になります。まして、こういう時だからこそですよ。指揮は、責任持って、俺が取ります」

 明座の顔に満ちた怒りが引くことはなかった。

「この佐久間をハントしたことは、俺の責任感の賜物です。間違いのない働きをすると言い切れます」砂山は述べ、雄大を手で指した。

「じゃ、今日は朝から詰めてますんで、ちょっと、一服がてらのドライブ、行ってきます」砂山は言い、踵を階段のほうへ向けた。

 砂山がセドリックを駆って向かった先は、先日に賢と談判した、円形の道路に囲まれた廃公団だった。

 公団の遊具ベンチ前には、賢が一人で立っていた。

 一対のベンチに、二人は向かい合って座り、一本の煙草に一つのライターで点火した。

「砂山君がこっちに先駆けてハントした、あの美人さんは元気かい?」「おどおどはしてるけど、あらかた、問題はないよ」賢の問いに答えた砂山は、窄めた唇から薄い煙を吐き出した。

「今回は、派手なアポロ、打ち上げてくれたね。何? 外注だって?」砂山は言って、煙草を挟んだ口許に小さな笑いを刻んだ。

「その外注先がさ、うちに付いたんだわ」「へえ」

 上空では、鴉が黒い巨大な影を作り、南から北へと移動していた。今日は、犬の姿がない。銅貨も稼ぎ出せない、廃墟の窟に棲む者達に狩り尽くされたのだろう。

「そうみたいだな。けどね、負けてやる筋合はねえよ。あいつの身柄も、こっちが完全に押さえたわけだしさ」黙を破った砂山が笑うと、賢も笑み凄みを含んだ笑みを返した。

「双方が、ちょぼちょぼ程度の饅頭こさえた頃に、俺達の間で、停戦を打ち合わせようか」「それで問題ねえよ」賢の言葉に砂山が答えた。

「その頃に、あの明座には消えてもらうからさ」砂山は述べ、鴉の群れが集団移動する、濃い紫の落ちた空を、洋煙草を歯に挟んだ顔で睨んだ。空を睨み上げるその顔には、憎しみの色があった。それは確かな悲しみを含んだ憎しみだった。

「そいつはなおさら問題ねえ。それでこそ、俺達の大願も叶うってもんだ」賢がうそぶき、二人は互いの肚づもりと計算に同意した笑みを交わらせた。

 鴉の作る影は、沖の潮のように、南から北へと流れていった。

 


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