カーキの鳩

楠丸

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10章

ウォーフェア

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 傾いた墓石のような焼け焦げた団地の、ガラスの失われた窓は、腐乱した死者の眼窩を思わせた。その棟群を背に、荷台に十数人の男を乗せたトラックが一台、疾走してくる。

 黒の戦闘服に腕章、額に蜘蛛を彫り込んだ明座商会の兵徒達だった。皆、AKー47や、解放軍流れの自動歩槍銃で武装している。

 そこへ、脇の歩道から、タンデムの軽二輪が三台、涌いて出るように現れた。トラック荷台の男達が銃口を向けるよりも、タンデムシートの男らが、自衛軍流れの焼夷手榴弾を投げるほうが早かった。

 荷台から炎が上がり、慌てふためきの声とともに、トラックがジグザグに走行し、やがて停まったトラックから、下半身に火をまとわりつかせた蜘蛛の男達が飛び降り、のたうち回った。

 停車したトラックの周囲を、数台の軽二輪、一台の大型二輪が包囲し、輪を描いて、ゆっくりと嬲るように鈍走した。

 焼夷手榴弾の炎が、下半身から全身に回り、のたうつ明座の兵徒達に、タンデムシートから、短機関銃が掃射された。跳弾の音とともに、兵徒らの躰が、熱のフライパンに投げ込まれた活海老のように跳ねた。

 その中の、躰を炎に舐められながらも着弾を免れ、まだ息のある一人の男が、ハーレーダビッドソンを降りた鹵に向かい、長匕首を手に斬りかかった。

 その時、トラックが、どん、と振動し、車体が業火に包まれた。荷台の炎が燃料タンクに引火したのだ。

 長匕首の男は、頸許まで炎に包まれながらも、得物で鹵の首を斬り落とすことを試みた。鹵は身を沈めてその一撃をかわし、造作もなくその兵徒の腹部を切り裂き、棒立ちの体勢になったところを、青龍刀を横打ちに一閃させた。男の頭部が落ち、斃れた躰から飛び出た腸が、じりじりと脂の音を立て、濃いオレンジの色に燃えた。

「一度、撤収」青龍刀の血を振った鹵は、全体に号令した。

「習う」という一文字が残る駅舎の前だった。二台のジープと一台のトラックが、真正面からかち合った。トラックの幌から、カラシニコフ銃、自動拳銃、撲殺アイアンバーを提げた、額に蜘蛛、黒戦闘服に腕章を巻いた男達が数人吐き出され、ジープを囲み、一斉に銃口とバーを向けた。

「ここで死ぬのも、命乞いすんのも、お前ら次第だぜ。命乞いすりゃ、俺達の嬲りもの要員として、うちに置いてやるよ。俺達の糞ぐれえの飯は食わしてやっからよ。そうなりゃ、会長の虫の居所の如何で、畳の上で死ねるかもしれねえぜ。ここでくたばるよりはましだろうが。断然いいぞ、そっちのほうがよ」一団を率いてるらしい蜘蛛の男が言い、先頭車の後部座席に座る釈は、その男を静かに睨みながら、静かに嗤った。

 数十メーター向かいと後ろから、蠅の羽音を思わせる軽二輪のコールが響いてきた。一団の指揮を取る明座の男が、顔色を少し改めた。

 トラックを挟み撃ちする形で、それぞれ反対方向から、獣革衣の男達が跨る軽二輪の群れが現れた。

 タンデムシートに乗る男が、自動小銃にセットしたグレネードランチャーを発射し、擲弾がトラックの前輪を直撃した。爆発とともにタイヤが飛び、車体が沈んだ。

 短機関銃、自動小銃の火線が、明座兵徒に集中した。明座側が応戦し、二台の軽二輪が脳と腸を下げた射殺体ごと倒れたが、兵員数、火力の量では、襲撃側が圧倒している。

 脳片、臓腑片、骨片が撒かれ、路面が血浸しになり、怒号と断末魔の鳴が交わる中、釈達に、死ぬか従うかを突きつけた指揮官の男が、中腰歩きで逃亡を図った。

 だいぶ屍が積み重なった頃に、銃撃が止み、軽二輪のコールのみが響き続けた。命の灯がまだ消えておらず、路面に這いつくばり、苦悶している者もいる。

 戦意を削がれ、半ば這うようにして、丸腰で坂のほうへ逃げていく男の後ろ姿に、釈の短機関銃の銃口が向いた。短い速射音とともに、頭部の変形した躰がくたりと前のめりに倒れ、動かなくなった。

 生きている者は、二名いた。コールの中、右下腕を失い、這っている男の背中に、釈は速射弾を撃ち込んだ。躰の下から湧き出た赤い泉に顔を伏せ、その男は絶命した。

 もう一人の息ある者は、裂けた腹の脂肪層から、胃、大小の腸、肝臓、腎臓の内臓一式を露出させ、湧き上がる血塊に咳き込み、眼を見開き、空を見ている、まだ未成年者の年齢域にある若者だった。

 一度、その若者の頭に銃口を当てた釈は、思案の顔でそれを下ろすと、ジープ前にマシューテ・ソードを提げて立つ兵徒を目で促した。兵徒は歩を詰めて、仰向けに倒れている若者の躰を跨ぎ、マシューテを肩上まで振り上げた。刃が路面を掻く音とともに、若者の首が跳ねて飛んだ。

 
 旧私鉄沿いの県道を、四台の軽二輪に護衛されたジープが、団地方面へ向かっていた。そのジープを、一台の国産車が追っていた。獣革の上下をまとった二輪の男達が、ちらちらと一人づつ振り返った。

 国産車が、ジープの左後ろを走る二輪にバンパーをぶつけた。二輪は転倒し、運転者の背中、頭部に国産車のタイやが載った。倒れた二輪と、頭蓋の中身をばら撒いた死体を残し、国産車は二輪を引っかけ、轢き始めた。舞い、落ちた運転者の頭を、腰を、タイヤが踏んだ。四人の運転者の命をタイヤが踏みつぶしたところで、ジープの車輪が短機関銃で撃ち抜かれた。

 ジープに乗る四人のカーキ戦闘服の男達は、狼狽しながらも、揺れるシートで火器を構えていた。

 ジープが、路を斜めに塞いで停まった。

 銃器を構えたカーキの男達がジープを降り、国産車を囲んだ。後方には、国産車に潰された二輪運転者達の原形を留めない死体が貼りついている。

 国産車のリアドアから降り立った男の美しさは、腕章の男達の判断を、一瞬遅れさせたと見えた。真正面の男の頭蓋に、その男、雄大の国宗が食い込んだ。雄大はその篠総業兵徒の鳩尾下まで刀身を斬り下げ、躰から国宗を抜いた。

 脳漿を流し、臓腑を垂らしたその兵徒の躰を蹴り飛ばし、後ろに展開していた三人に肉薄した。

 自動拳銃の照準を微調整の躰捌きで狂わせ、兵徒の腹を薙いだ。残りの二人が明らかに恐れをなしていることが、時の瞬きの間に察せられた。軍流れの飛び道具で武装しており、それでいて、カルテルの兵士として命のやり取りを搔い潜ってきた人間達が、唯の一人の男が手にする、唯の一本の刀に、動きさえままならなくされ、操られてさえいるという現実への恐怖だ。

 腹を割られ、戦闘の続行が不可能となった兵徒の躰を踏み越えた雄大の太刀は、驚きのあまり自動拳銃の操作も覚束なくなっている男の首を断った。頸骨の切れる音とともに、男の頭部が落ちた。首を失った躰が、切断面から血を涌き出させ、膝から崩れて路面に這った。

 気配が遠ざかった。残された男がエスケープを始めたのだ。男は自動小銃を放り、元は商店街であったと思われる小路を走り、それを雄大が追った。ほんの数十メーターほどを走ったところで、その篠総業兵徒は転倒した。

「勘弁してくれ! 助けてくれ!」男は路面から合掌し、恐怖に顔を歪ませて叫んだ。雄大は、その命乞いも耳に入っていないように、肩の上に国宗を振り上げた。国宗が、男の首を手首二つを同時に斬り払った。頭部と両手首の飛んだその兵徒の躰は、座礼をするように前にのめり、動かなくなった。

 国産車を降りた砂山が、後ろからやってきて、刀身を下ろして荒い息をついでいる雄大の肩を叩いた。「昇格も考えなきゃいけねえかもしれねえな」砂山が言い、雄大は汗玉の浮いた顔を上げた。

「これから、組織で大きな改変がある。その時に、またお前に手伝ってもらいたいことがあるんだ。それはとてもじゃねえが、お前の力なしじゃ成し遂げられんことなもんでな」砂山の言葉を受けた雄大は、国宗を下ろし構えたまま、深く項を垂れた。

 砂山が、黒戦闘服の上に羽織ったジャケットの懐からフォンを出し、番号をプッシュし、通話口を耳に当てた。

「もう三日で、ちょうどいい頃合だな。お互い、ここらで神輿を説得して停戦打つか。ちなみに打ち明けると、そちらの島内で殺られた親子にエンブレムが彫られてた一件は、うちの下級の戯れだったんだ。そちらを挑発するためにやったことらしい。そいつらは、もう処分済みだ」

 雄大は、国宗の血を振り、鞘に納刀し、目の前に伏せる首のない死体を見つめていた。

 




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