カーキの鳩

楠丸

文字の大きさ
12 / 16
11章

牛車

しおりを挟む
 リアカーに山積みとなった屍が、続々と運ばれていた。運んでいる人間達は、一般と呼ばれる者達だった。物言わぬ屍の手足を二人で持ち、手分けして載せる中年や壮年の男女を、兵徒が怒罵の命令を浴びせている。

 運ばれる先は、この裏手にある公園跡と決まっている。ここに、今回の戦争で死んだ兵徒が埋葬される。

 ジープの後部座席に、賢と釈を両脇に座る篠野が、増女面越しに、感情の籠らぬ視線をその光景に投げかけている。その目線の先では、中年男がリアカーを引き、後ろから、短機関銃を持った兵徒が、そのリアカーを蹴飛ばしながら、その動きに合わせて歩み進んでいる。

 例えれば、牛。今、兵徒達に使われている男女は、人の尊厳という自我をすでに喪失して久しい者達であり、せいぜいその日の酒だけを愉しみに生きている。

 暴威を振るう人間達、その幹部から頂点の者らが、贅を全て占めているのだ。

 リックがハンドルを取るジープは、公園跡地へ移動した。入口からだいぶ進んだ場所に掘られた大穴の前には、ショベルカーが一台停まり、全てを諦めた表情を浮かせた中壮年男女が、何塊か集められていた。

 二人一組で持たれた、腸を垂らした動かぬ動かぬ兵徒の死体がリアカーから下ろされ、荷物のように穴底へとフォールする。死体が積み重なるごとに、それとそれのぶつかる音が鳴る。

「按配はどうなってる」「一時停戦の話を、こちら代貸同士でまとめてます。こちら側の損益を抑えるための、ぎりぎりんとこでの決断を、この戦争の責任者として下しました」増女面通しの高く底枯れする声の問いに、賢が答えた。


「組裁。そこで自分が個人的に思うことなんですが」賢が言った時、中年の男が、兵徒二人がかりで、銃把で頭を殴られ、腹にキックを入れられるという制裁を受けていた。うずくまったその男は、兵徒二人に両脇を抱えられ、穴へ投げ込まれた。

「今、これからは、奴らを巧い転がしに掛ける頃合ですよ」

 篠野の増女面の顔は、死体処理の様子に向けられたままだった。

「形式上の手打ちをやって、それから奴らをこちらの下に取り込みます。旅団の火力、兵力は、すでのこっちの手の中じゃないですか。今なら、それが出来ます。いや、自分が全責任を持って、必ず成し遂げます。無論、立場は組裁が上です。あいつは、明座は、組裁の小間遣い頭にでも任命すりゃいい」

 増女面の顔は、変わらず死体処理に向いている。駆り出された臨時の苦力二人につき、一体の死体が、背中から、または尻、顔から、飛び出した腸をたなびかせ、落下していく。兵徒らの怒声、罵りが落下音に混じる。近くから銃声がした。苦力が射殺されたようだ。

 下級兵徒の立場、暮らしに恵がない以上、その鬱積が向く相手は、自分よりも下に位置する、武力を持たざる者達になる。

「やれんのか」死体処理現場に目を向けたきりの篠野が問うた。

「口先ばっかだったら、てめえも髑髏だぜ」「はなからその覚悟、所存ですよ」賢が答えると、篠野は増女面の顔を正面向きに直し、枯れた笑いを漏らした。


「饅頭片し、終わったか」略奪品のソファに背中を反り返らせた明座が、スペアリブをくちゃくちゃと噛みながら問うた。

「遅くても、今日の夕方には終わらせろと命じてます。片しきれないのは、少々野晒しが出てもいいと」「篠の本部へ特攻送り込むための路、さっさと開けさせろよ。転がる饅頭なんてもんは、邪魔でしかたねえ。般人の奴ら、もっと掻き集めろ」答えた砂山に、明座はやんわりと命じ、またスペアリブを貪り始めた。

 なお、そのスペアリブは、人間の乳児の脚だった。

 その部屋は、明座と砂山、二人だけだった。玄関口では一人の少年兵徒が立哨しているが、いつも詰めている幹部達は、自組織構成員の死体処理指揮に動員されている。

 この世界に、人権は存在しない。もしもそれらしきものがあるとすれば、暴威の組織のみの自衛権、侵略権であり、そういった者らの上部が、下に就く者達を遣った略奪、命ごとの奪取によって手に入れた物資で贅の限りを尽くす権利のみだ。

「会長。自分に明案があるんですが」テーブルを挟み、目前に立った砂山に、明座は目も向けずに、人肉のスペアリブを貪り食っていた。

「これの親、たかがボンバ二枚に目が眩んで、こいつを俺に売りやがった」言った明座は、肉の削げた骨をせせった。

 そこへ女が来た。ボディに貼りつくようなセンスのスカートルックの上にミンクコートを着、センター分けしたロングヘアを茶金色にブリーチした女だった。三日間戦争の直前にこの部屋で明座の殺した女は、裏の竈で焼かれ、残った骨は、適当な場所へ捨てられたようだ。

 ミンクコートの女は表情なく明座の隣に座り、やがて僧服の腕がその腰を抱いた。明座の腕に抱かれた女は、マニキュアセットをバッグから出し、グリーンのカラーを、伸ばした爪に塗り始めた。

「何だ、おら。話してみろよ。まさか、奴らの軍門に下れとかじゃねえだろうな」明座は顔を上げ、砂山を睨んだ。

「その真逆ですよ」

 部屋にはシンナー臭が漂い始めていた。女のマニキュアが発する臭いだ。

「前代、お若い頃の会長は、警察官だったじゃないですか。それで、この旧市に警察力を敷くお気持ちを今も持ってます」

 明座は女の股倉に指を差し入れながら、神妙な顔をした。女は、あん、という小さな喘ぎを発し、マニキュアを塗る手を止めた。

「それを本格的に始めましょう。奴らを取り込めば、それが成ります」「なるほど、篠野を潰して、こっち寄りの人間を新しい頭目として擁立させるって話か」「やり方的には、極めてそれに近いです。自分が全責任を背負って、それを仕切りますんで」

 砂山が述べ、女が小さく喘ぎ始めた時、階下の玄関前から単発の銃声が聞こえた。

 明座の面持ちは少し改まったが、砂山の顔色が変わることはなかった。

 玄関前の稚い立哨が撃たれたことは分かる。

 殺した足音が、階段を昇り、迫ってくる。やがて、拳銃を手にした中年の男が一人、部屋に入ってきて、焦燥明らかな顔で、明座に銃口を向けた。いかにして監視の目を潜ってここに来たかは不明だが、死体処理の苦力として使われていた者と見える。

「明座!」中年男は叫んで、回転式拳銃の銃口を明座に向けた。銃把が強く握られ、指は引金に掛かっている。

「娘の仇だ!」さらに叫んだ男が引金に力を込めようとした時、砂山の両腕が、その男の頸に、目にも止まらぬ速さで巻きついた。

 銃口が泳いだ。チョークスリーパーを極められた中年男は、力の抜けた膝ごと、砂山を背に、床に崩れ臥した。

「ぶち殺せ」明座は女にのしかかり、陰部と乳房をまさぐりながら命じた。

「会長を補佐する立場の人間として、忌憚のない意見を言わせてもらいます」男の躰は、砂山の右膝と左手で拘束されている。

「労働用の家畜は、生かしておくものです。こいつらは俺達の鉄牛です。こいつらが生きていてこそ、使う価値が発生するものじゃないですか。みだりに死なせることもなく、生かしておけば、何かの役には立つものです。その食物連鎖こそが、この自転の止まった世界の摂理であって、俺達、黒土の存在理由のはずだ」

 砂山は述べ、拘束を解いた男の足許に、奪った回転式の銃弾を一発撃ち込んだ。男は、ひっという声を上げ、階段口に向かって、腰の抜けた躰を這わせた。男が消える様子を、砂山の目だけが追った。

 明座は、女のコンシャスを剥いて、露わになった乳房を吸っていた。砂山に気圧されたことを誤魔化している様子が明らかだった。

 賢が幹部二人とともにここに来た、少し前の日。組織が身柄を管理する女の一人が、首を断たれる前に叫んだこと。弱い生き物が、強い生き物を噛むことだってある、と。だが、弱い生き物など、所詮は噛むことしか出来ない、微力なゲリラ。

 会長の痴態を背にしばし立ちすました砂山は、何も言わず、階段を降りた。

 地下一階に設けられた鍛練室では、今回の戦争を生き残った兵徒らが、数組に分かれ、打撃の組手と寝技、絞め技の練習を行っていた。

 サンドバッグを打ち続けている者、徒手ナイフ戦の訓練を行っている者もいる。砂山はそれを目端に掃きながら、デストラクション前に死んだ父親の顔を思い出していた。

 肩口に彫りが入っているが、馬鹿と呼んでもいいほどのお人好しで、どこまでも優しい父だった。

 その父親を、稚い砂山の目の前で殺した者は。

 

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...