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第三章 謎と試練

52 オスメスパスパス

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 「せいっ……あ、やべ」

 蹴ってから失態に気づくレオ。しかし蹴ったボールは止まらない。
 焦る俺たち3人。しかし……

 「ありがとうございます!」

 俺たちの心配はなんだったのか、失敗などすることはなく、ストンとラーラの足元にボールが落ちる。
 下手どころか充分に上手なパスだ。

 「え? 下手ってどこが」

 思わずレオに聞いてしまう俺だが、レオの様子を見れば一目瞭然。口をポカーンと開けて驚いている。予想外の事態というわけか。

 「んー? 何が起こったー?」

 ペペも不思議そうな様子。
 と、そんな俺たちに疑問を抱かないはずがなく。

 「さっきから何言ってるのよ。下手とかなんとか。なんの話?」

 やべ、近くにミアがいるのを忘れていた。誤魔化さないと……

 「あ、ち、違うんだよミアちゃん。
 これはえっと、その、あ、キ、キャプテンがさ! 女の子と話すの下手だから俺たちがレクチャーしてたんだよ! 全く、こんな状況なのになんの話してるんだって感じだよなー! でもさ、ミアちゃんたちが可愛いのが悪いんだって! 俺たち男子にとって可愛い子との会話は毎回毎回が大勝負なんだぜ?」

 は!? と思ったがここは堪える。女慣れしてないのは残念ながら事実だし。咄嗟にここまで話せるレオの話術に免じて許してやろう。

 「そ、そうなんだよ。特にトップアイドルの2人がいるんだし、緊張しっぱなしでさー。キャプテンとして情けないぜ、あはは」

 乗ってやったぞレオ! いやー、ちょっと懐が深すぎるな俺は。これは本当の本当に本気出したらモテるんじゃないだろうか。
 で、ミアの反応は……?

 「か、可愛いとかトップアイドルとか、そ、そんなお世辞言われても嬉しくなんかないんだからね!!!」

 良かった。平常運転だ。なんとかやりすごせたようだ。

 「ラーラちゃーん!」

 「は、はい! なんでしょう!」

 すると、隣でペペがラーラちゃんを呼ぶ声が聞こえる。

 「一応ボールもう一球だけ送っとくよー! もしものときのために!」

 「え! ボールならこっちにたくさんあるのでいりませんがー!」

 「いいからいいから!」

 半ば無理やりボールを渡そうとするペペ、一体何を……?

 「はいレオ、ラーラちゃんにボール送ってあげて」

 「は!? ちょっ、待てって、さっきのは偶然だって! 俺には無理無理無理」

 小声で焦るレオ。対照的にペペは笑みを崩さず言葉を続ける。

 「大丈夫だって、多分!」

 「多分じゃなくてさ!」

 「うーん、でも普通にパスしてもつまらないよなー。そうだ、ヒールキックでパス! これなら面白いだろー!」

 「はー!? お前本気で言ってんの??」

 無茶苦茶言うなあ。ヒールキック、かかとを使って後ろに向かって蹴る蹴り方だ。この距離をヒールキック、パスの上手なクレやネイトでも難しいだろう。ここでできないと言いきれないのがあの2人の怖いところだが……。

 「無理無理無理無理無理だって!」

 「できるって! 俺の目を信じろ!」

 「今更だけどお前の目は時々信じられないときあるんだよー」

 「あのー、まだですかー?」
 「なになに? なにかやるの?」

 「ほらほら、女の子たちも期待してるぞ!」

 うわ、逃げ道も封じた、えぐぅ。

 「わかったわかったやるから! これで失敗したら許さないからな!」

 「へへ、まあフォローくらいはしてやるよ!」

 覚悟を決めたのか、ボールの前で背面立ちをするレオ。チラチラと後ろを向いて蹴る角度を調整しているが、その表情からは緊張しているのがひしひしと伝わってくる。
 そんなレオをミアとラーラは不思議そうな表情で見つめている。

 調整が終わったのか、レオは一度深呼吸をする。そして、足を振り上げ……

 「頼む……よっ!」

 「「蹴った!」」

 ボールはふわっと宙に浮き上がり、そのまま一切ブレることなく一直線にラーラの元へ届いた。

 「「わあっ!」」

 「す、凄いですねえっ、レオさん! とても上手なヒールキックでした!」
 「ふんっ! 中々やるじゃない! 少しくらいなら認めてあげてもいいわ!」

 沸き立つ女子2人、そして俺、ペペも感心半分驚き半分といった感じだ。
 そして肝心のレオは、呆然とした雰囲気で立ち尽くしている。

 「おーいレオ! 成功じゃん! すげぇなぁー」
 「レオ、お前実はパスの天才なんじゃないのか……?」

 「はっ!? 成功!? 何が起こったんだ!?」

 レオは未だに現実を受け入れられていないご様子だ。

 「じゃ、私マネージャーの仕事あるから。ちょーっとだけだけどいいもの見せてもらったわ。それじゃ」

 去っていくミア。
 なんとか凌ぎきったな。これで再び話ができる。

 「さてと、レオくん、これは一体どういうことかね?」

 「いやいやまじでわかんないんだって! パス下手なのはガチだしさ! ペペ! なんでできるって思ったんだ!?」

 「えー? 何となく? 俺基本感覚派だからさー、なんでって聞かれると困るんだよねー」

 「こいつ……失敗してたら1年間強制俺の彼女作りに協力させるの刑だったぜ」

 「まあまぁー、成功したんだからいいじゃん!」

 「うーん、とはいえこれはちょっと興味深いな。俺1回ちょっと離れるからさ、俺に向かってパスしてみてくれないか? もちろん女子からは見えない角度に立つから」

 「了解キャプテン!」

 こうしてレオに蹴らせてみたが、結果は残念。あらぬ方向へボールは飛んでいってしまった。

 「この一瞬で急激に成長したわけじゃあなかったか。
 それでレオ、そもそもなんでパスが苦手なんだ? シュートは普通にできてたし狙ったところにボールが蹴れないってわけじゃないんだろ?」

 「うーん、パスってさ、どこにほしいのか、どんなパスがほしいのかって、仲間の気持ちを考えて蹴らなくちゃじゃん? それがいまいちわからないっていうかぁ」

 「な、なるほど……? でも棒立ちしてる俺へのパスもミスってたよな。あんなの気持ちとか考えなくても蹴れるくないか?」

 「そうだなぁ。あとやっぱりさ、パスって相手に対するプレゼントって感じじゃん? だからさ、なんか気持ちが乗らないんだよなあ」

 「それって俺には何もプレゼントしたくないってことか?」

 「……正解! えへっ!」

 「可愛くねえから!」

 全く、男に対してはどこまでも失礼なやつだ。
 あれ? でもこれって……。

 もしかしてと思い隣のペペの顔を見る。するとペペも同じことに気がついたのか同じように俺の顔を見つめてきた。

 「「てことはさ」」

 「……え?」

 ***

 「クレ、アラン、どうだ? レオの様子は」

 「いい感じだな。今もラーラとパス練習をしている。俺目線からしても上手な人パスだ」

 「それにしてもレオくんがまさか"女性に対してだけは完璧なパスが出せる"とは。女性好きだとは聞いていましたが、少し呆れますよ」

 レオは女子スポーツの試合観戦が趣味だと言っていた。普段からよく見ている分、相手がどういうボールを欲しているか感覚的にわかるのだろう。
 逆に男にはどれだけ興味無いんだって話だが……。

 とはいえ、こういった趣味も含めて女子を人生としているレオのことだ。女子の気持ちに詳しく、女子に尽くすことが彼の幸せ。
 そんな生き方をしているのだから、レオが女子に対してだけ完璧なパスが出せるのも必然だったのかもしれないな。

 「それで、監督たちはなんと?」

 「ああ、特訓場に専用の施設を作るみたいだ。
 女子に対するパスみたいに完璧なものにはならないかもだけど、最低限のパスはできてもらわないと困るからな。
 スパルタ施設にするから覚悟しといてってフィロさんも言ってたよ」

 「それは……また大変になりそうですね」

 ***

 チームにはたくさんの選手がいて、みんなそれぞれ悩みを抱えている。
 そんな悩みを少しずつ解決に近づけていくのもキャプテンの仕事だ。

 ヘンディやレオの件から1週間が経った。今、俺たちのチームは好調。チームの仲も深まりつつあり、連携も強化されてきた。

 フロージア戦まであと1週間。
 このタイミングで午後から半日の休暇が入る。何をしようかと部屋で考えていると、突然インターフォンが鳴った。
 誰かと思い名前を確認すると、白花未来の名前が表示されている。

 「龍也くん、今日暇? デート行こうよっ!」
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