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第四章 新たな一歩

106 失踪事件

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 ー試合当日 朝ー

 「で、結局また逃げたって? 全くとんでもねえ野郎だぜ」

 「逃げてねえつってんだろうがよ!
 連れ去られたんだネイトは敵に!」

 「ああ? だから誰にだよ!
 誰か連れ去られるところを目撃したわけじゃねえんだろ!? ああ!?」

 「じゃあネイトが逃げたところも誰も目撃してねえってことだろうが!」

 「前科があるんだからそう思うのが普通だろうがボケゴリラ!」

 「まあまあ、その辺りにしておいてください。ヒルさん、ブラドさん」

 呼び出された部屋には既にチラホラと人が。ヒルとブラドの言い合いはアランが仲裁してくれてはいるようだが、空気は悪い。
 すると、そこに現れたフィロさんが2人の言い争いを遮るように話を始める。

 「先程全員に通達した通り、ネイトくんがいなくなったわ。どこにいるのか今はわかっていない。
 とりあえずみんなが気になっているであろう、自発的にいなくなったのかそうでないのか。
 これに関してはまだ不明よ」

 「ああ? だからネイトは逃げるようなやつじゃねえって! あん時のネイトの目見てたらそうは言えねえよ! なあ? ヘンドリック? ザシャ? 龍也?」

 「ああ。そうだな。あの目は覚悟を決めた男の目をしていた」
 「そうっスね。逃げたとは考えにくいと思うっス」

 正直俺も3人と同意見だ。ネイトは逃げたわけではないと思う。しかし……

 「じゃあなんでいなくなんだよ?
 メラキュラが連れ去ったとでも? なんのメリットがある。俺たちがチクればゼラからの捜査が入る。それで向こうがやった証拠が見つかれば一発失格だ。わざわざそんなリスクを負うか?」

 「はいそこまで。
 不明ではあるけど、なんの手がかりもないわけでないわ。
 これを見て。念の為周囲に仕掛けていた監視用キューの映像よ。深夜、ここにネイトくんが映ってる」

 「ハッ、ほら見てみろ。1人だ。
 結局こいつは逃げたんだよ。覚悟なんて決められねえただのカスだ」

 「てめえ……」

 この期に及んで煽りを続けるヒル。結局、最近のヒルの様子がおかしい理由はわからないまま。
 そんなヒルと今のブラドが一触即発の状況にあるのは言わずもがなだ。
 喧嘩になる前にフィロさんが言葉を続ける。

 「いえ、そう言い切るにはまだ早いわ。
 この星にはカメラに映らないような生物が存在している。実際、一部の幽霊(仮)はカメラに映らなかった。それは昨日話したでしょ?
 そういった生物によって連れ去られたのならこのように映ってもおかしくはないわ」

 「確かに、そう言われると動きがぎこちないような……」

 「こんな時に逃げるようなやつだ。多少ぎこちねえ動きをしてても不思議ではないと思うがな」

 「そして次に銃士隊からの証言。
 ホテルから人が出てきたのは確認したけど、誰が何人いるかは暗かったからわからなかった。追いかけようとしたが、森の中の幽霊(仮)たちに紛れ込まれて巻かれてしまった。
 銃士隊の大勢をメラキュラの情報を得るために配置し、ここの守りを減らしたのが仇となったわね」

 「そういえば、全員が所持しているテルには居場所を特定できる機能が付いていましたよね。
 それなのにまだ見つけられていないということは、ネイトくんはテルを置いていったということでしょうか」

 「その通りよアランくん。
 テルさえあれば話は早かったんだけど……仕方ないわ。とりあえず今は銃士隊総動員で探してもらってる。あなたたちは試合に向けて整えておい――」
 「俺も探します」

 「……おいおい正気かよキャプテンさん。
 逃げたやつのために戦力削ってどうする。勝つ気ねえのか?」

 「逃げてねえつってんだろうがゴラァ!
 俺も行くぜ。一瞬で見つけ出して攫ったやつらをぶん殴ってきてやる」

 「ああ? 試合前に無駄な体力使うなって言ってんのが理解できねえのか!?」

 「ネイトを探しにいくことの何が無駄なんだよ! ああ!?」

 あぁ、俺が言い出したことでまたも言い争いが発生してしまった……。咄嗟に出てしまった言葉だし、正直自分でもこれが正しいのかはわかっていない。
 ヒルの言うように、もうすぐ試合だというのに体力を使ってしまうのは悪手なのだろうか。やはり銃士隊に任せるべきだろうか……。
 俺が頭を悩ませていると、珍しく黙って話を聞いていた将人が口を開く。

 「そういえばさ、この事ゼラには言ったのか?
 もし連れ去られたんだとしたら、それで俺たち不戦勝だろ?」

 「ほっほ、それはダメじゃよ。もし連れ去られていたとしてもわしらはゼラに報告できん」

 「へ? なんでだよ」

 頭にはてなマークを浮かべる将人。しかし、その理由について俺は察しがついている。そして、恐らく同じく察しのついているアランがその理由を口にする。

 「得失点差……ですよね」

 「その通りじゃ。今回の試合でのわしらの目的は大量得点。
 相手が棄権になった場合これは不可能になる。じゃからたとえ何があろうとも報告はできんのじゃ」

 「そ、そうか……。って、それなら、相手はそれをわかってて攫ったんじゃねえのか!?」

 「しかし、だからといって実行に移すのは勇気がいる行動じゃ。実際、わしらが100パーセント報告しないとは限らない。そして、報告されたのなら確実に敗退じゃ。加えて、ルールを破った結果の敗退なら、どんなペナルティがあるかわからないからの。普通は避けるじゃろう。
 とはいえ一応銃士隊にも警戒するよう伝えてはいたんじゃが、幽霊(仮)相手だと難しかったようじゃの」

 アウラス監督の冷静な意見。その意見に、ブラドは声を荒らげながら反抗する。

 「難しかったとか……点稼ぐために報告はしねえとか……人一人攫われてんだぞ! どっちが大事なんだよ!」

 「あ? 勝ちの方が大事に決まってるだろ。優先順位を見誤んなよ」

 「黙れクソ! もういい! 俺一人でも探しに――」
 「ほっほ、お前さんはこの試合での貴重な戦力じゃ。抜けるのは認めん」

 「あ? うるせえ! 止められようが俺は――」
 「わしとしては銃士隊だけに任せておけば充分じゃと思うが、それじゃあ納得しないようじゃからのう。
 龍也、お前さんに任せる」

 「え……いいんですか」

 行くべきか迷っていた俺。
 アウラス監督の話を聞く限り、選手は試合を優先する流れかと思っていたので、これは意外な言葉だ。

 「こうなってしまっては仕方がないわい。それとサポートとしてマネージャーのアリス。こやつなら幽霊も怖がらんし頼りになるじゃろう。
 チームから出すのはこの2人だけじゃ。異論はあるか?」

 「1人も行かすべきじゃねえと思うがな。まあもういい。めんどくせえ」

 「……俺も探しにいきてえが……仕方ねえ。
 龍也、ネイトを任せた」

 「……ああ! 必ず見つけてくる!
 アリスも……大丈夫か?」

 「うっ、うん!
 マネージャーとして頑張らせていただきますっ!」

 「よし。じゃあそういうことで。
 龍也くん、アリスさん。ネイトくんが見つかろうが見つからまいが、試合までには帰ってきてね。そして、無理はしないこと」

 「「はい!」」

 「じゃあ2人はネイトくんを探しに! 残りは試合に向けての最終調整よ! 解散!」

 ***

 しかし数時間後。試合開始時刻になっても、龍也、アリス、ネイトの3人は試合会場に現れなかった。
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