2 / 48
第2話
しおりを挟む
「そこまで苛つくなら煙草くらい付き合うと何度も言っているだろう」
「貴方を真冬の寒風に晒して風邪を引かせる訳にいきませんから」
「だったら隠していないで私の服を出せ」
「嫌です。そんな上手いこと言って、勝手に着替えて脱走する気でしょう?」
「夫で上司の私がそんなに信用できないのか?」
「当然です」
即答されて今度は霧島が眉間に不機嫌を溜めた。入院時に着てきたスーツ一式を隠された霧島はペラペラの患者用ガウンしか着ていないため、徘徊してもさすがに病院内に留まっている。
仕方ない、一度は実父の霧島カンパニー会長が危篤だと大嘘吐いて、クソ親父と仲のいい京哉を半端でなく焦らせてしまい、自分がビビったのだ。
互いに詰んだ状態で黙り込んだ。そこで京哉の携帯が震える。手にした携帯をチラリと見てから京哉は振動を止めた。メール、それも危篤でなく元気な霧島会長からである。本文を黙読し霧島に目を向けた。整った白い顔の柳眉がひそめられている。
「忍さん、御前からのメールを何通読まずにデリートしたんですか?」
「あのクソ親父からのメールなど覚えているものか。脳のメモリを食うだけ無駄だ」
「ご自分で『危篤』とか嘘吐いておいて、よく言えたものですね」
「私が今までどれだけクソ親父に利用されたと思っている! こればかりはデリートしたくてもOSレヴェルで焼き付いて忘れられん! 一度の嘘など可愛いものだ」
今度は京哉が溜息をつく。京哉にとって霧島会長は話の分かる好々爺であり、御前と呼んで親しんでいる。少々黒い話もできる気の合う相手だった。
だが霧島にとっては生みの母を愛人とした上に、自分を本社社長の椅子に座らせようと、あの手この手で画策してくる敵でしかないらしく、寄ると触ると喧嘩腰になるのだ。
「でも今回は本当にSOSみたいですよ。御前は奥さんの佳恵さんが腎臓結石、本社社長も胆石で両方緊急入院。でも明日の夜に白藤経済振興会の定例会があるんですって」
「定例会と名のついたパーティーか。それが私にどう関係する?」
「ピンチヒッターで出席して欲しいって。あの御前が【頼む】とまで書いてますよ」
「お前は騙されている。あれは舌を出しながら百回でも【頼む】と書いて寄越すぞ」
「けどピンチには違いないでしょう。実際どうするんですか?」
明日の検査は午前中で終わり、午後一番で結果を聞き問題がなければ退院である。
「何処で何時からだ?」
「今回はミリアムホテルで二十時からです」
「ミリアム……ああ、県内トップランクのウィンザーに対抗して白藤市駅の西口側に新規オープンしたホテルだな。なるほど、後学のために中に入ってみるのもアリかも知れん」
「じゃあ御前に仮出席の返信、しちゃっていいですか?」
「『これは貸しだ』と忘れずに打ってくれ。それとあとふたつ条件がある」
「ふたつなんて欲張りな……一応聞いてあげます。何ですか?」
「妻たるお前の同伴。パーティーで夫の私一人を晒し者にする気ではあるまい」
「うーん、仕方ないですね。御前の頼みを聞かない訳にはいきませんし」
これまでも何度か霧島に同伴してパーティーに出席してきた京哉だ。今更セレブ相手に臆することはない。ただ霧島カンパニー代表たる振る舞いをするのが面倒なだけである。そして最後に霧島が何を条件として提示するのか予測して京哉は身構えた。
「では、これがもうひとつの条件だ。京哉、キスしてくれ」
「えっ、キス?」
拍子抜けした気分で京哉は霧島を見返す。てっきり『今晩抱かせろ』と言い出すと思っていたのだ。住処のマンションでは毎晩抱き合って眠っているのだが、昨夜はベッドも別々だった。狭くても京哉のベッドに引っ越してこようとした霧島を京哉が断固として拒否したのである。
ここで『その気』になられたら検査結果に響くと思ったのが理由だ。
お蔭で今日一日、自分を見る灰色の目に切ない情欲が湛えられているのに気付いていたが、いつも我が儘を通す年上の男をたしなめるのも自分の役目と心得ている京哉は、霧島がどんなきっかけで言い出すのかと警戒し、それをどう躱そうかと考えていたのである。
「何だ、京哉。キスより煙草の方がいいのか?」
「忍さんってば、煙草にまで嫉妬してるんですか?」
「……悪いか?」
大の男が本気で拗ねているのを見て京哉は可笑しくなった。だが年上の男のプライドを尊重し笑いを堪えて立ち上がる。窓側のベッドに近づくと、あぐらをかいていた霧島もベッドから滑り降りた。小柄な京哉は頭を抱かれながら霧島の腰に腕を回す。
「京哉……私の京哉」
「んんぅ……んんっ、ん……っん!」
重ねた唇を貪られ、僅かに割った歯列から舌をねじ込まれた。だが荒々しい求め方ながらも絶妙なテクニックで舌を絡め取られ、口内をまさぐられる。幾度も唾液を要求されて送り込みながら、舌先を甘く噛まれた。次にはまた激しく届く限りをねぶり回される。
「んっ、ふ……ぅうん、んんっ……はあっ! 忍さん、卑怯――」
言いつつ京哉は膝が砕けそうになり、力強い腕に救われた。苦しくなる寸前まで攻められている間、霧島はずっと京哉の躰に己を擦りつけていたのだ。薄い衣服越しに熱く太く硬く成長した霧島の形が分かるくらい感じさせられ、京哉の方が堪らなくなっていた。
「僕、どうしよう……すごく忍さんが欲しいかも。愛してる……忍さん!」
「晩飯も食った。消灯前のこの時間は誰も来ん。ロックもしてある。遠慮要らんぞ」
年上の男の冷静な計算の勝利で京哉はもう霧島が欲しいとしか考えられず、その躰の中心を衣服越しに撫で始めていた。切実な手つきで霧島のガウンの紐を解く。
前をはだけられた霧島はベッドに腰掛けて脚を開いた。その足元に京哉は跪くと露わになった霧島の引き締まった腹から逞しい胸にまで手を這わせる。
「そんなに私が欲しかったのか」
「くれますよね……っん、忍さん?」
「全てお前のものだ、好きにしていい」
「貴方を真冬の寒風に晒して風邪を引かせる訳にいきませんから」
「だったら隠していないで私の服を出せ」
「嫌です。そんな上手いこと言って、勝手に着替えて脱走する気でしょう?」
「夫で上司の私がそんなに信用できないのか?」
「当然です」
即答されて今度は霧島が眉間に不機嫌を溜めた。入院時に着てきたスーツ一式を隠された霧島はペラペラの患者用ガウンしか着ていないため、徘徊してもさすがに病院内に留まっている。
仕方ない、一度は実父の霧島カンパニー会長が危篤だと大嘘吐いて、クソ親父と仲のいい京哉を半端でなく焦らせてしまい、自分がビビったのだ。
互いに詰んだ状態で黙り込んだ。そこで京哉の携帯が震える。手にした携帯をチラリと見てから京哉は振動を止めた。メール、それも危篤でなく元気な霧島会長からである。本文を黙読し霧島に目を向けた。整った白い顔の柳眉がひそめられている。
「忍さん、御前からのメールを何通読まずにデリートしたんですか?」
「あのクソ親父からのメールなど覚えているものか。脳のメモリを食うだけ無駄だ」
「ご自分で『危篤』とか嘘吐いておいて、よく言えたものですね」
「私が今までどれだけクソ親父に利用されたと思っている! こればかりはデリートしたくてもOSレヴェルで焼き付いて忘れられん! 一度の嘘など可愛いものだ」
今度は京哉が溜息をつく。京哉にとって霧島会長は話の分かる好々爺であり、御前と呼んで親しんでいる。少々黒い話もできる気の合う相手だった。
だが霧島にとっては生みの母を愛人とした上に、自分を本社社長の椅子に座らせようと、あの手この手で画策してくる敵でしかないらしく、寄ると触ると喧嘩腰になるのだ。
「でも今回は本当にSOSみたいですよ。御前は奥さんの佳恵さんが腎臓結石、本社社長も胆石で両方緊急入院。でも明日の夜に白藤経済振興会の定例会があるんですって」
「定例会と名のついたパーティーか。それが私にどう関係する?」
「ピンチヒッターで出席して欲しいって。あの御前が【頼む】とまで書いてますよ」
「お前は騙されている。あれは舌を出しながら百回でも【頼む】と書いて寄越すぞ」
「けどピンチには違いないでしょう。実際どうするんですか?」
明日の検査は午前中で終わり、午後一番で結果を聞き問題がなければ退院である。
「何処で何時からだ?」
「今回はミリアムホテルで二十時からです」
「ミリアム……ああ、県内トップランクのウィンザーに対抗して白藤市駅の西口側に新規オープンしたホテルだな。なるほど、後学のために中に入ってみるのもアリかも知れん」
「じゃあ御前に仮出席の返信、しちゃっていいですか?」
「『これは貸しだ』と忘れずに打ってくれ。それとあとふたつ条件がある」
「ふたつなんて欲張りな……一応聞いてあげます。何ですか?」
「妻たるお前の同伴。パーティーで夫の私一人を晒し者にする気ではあるまい」
「うーん、仕方ないですね。御前の頼みを聞かない訳にはいきませんし」
これまでも何度か霧島に同伴してパーティーに出席してきた京哉だ。今更セレブ相手に臆することはない。ただ霧島カンパニー代表たる振る舞いをするのが面倒なだけである。そして最後に霧島が何を条件として提示するのか予測して京哉は身構えた。
「では、これがもうひとつの条件だ。京哉、キスしてくれ」
「えっ、キス?」
拍子抜けした気分で京哉は霧島を見返す。てっきり『今晩抱かせろ』と言い出すと思っていたのだ。住処のマンションでは毎晩抱き合って眠っているのだが、昨夜はベッドも別々だった。狭くても京哉のベッドに引っ越してこようとした霧島を京哉が断固として拒否したのである。
ここで『その気』になられたら検査結果に響くと思ったのが理由だ。
お蔭で今日一日、自分を見る灰色の目に切ない情欲が湛えられているのに気付いていたが、いつも我が儘を通す年上の男をたしなめるのも自分の役目と心得ている京哉は、霧島がどんなきっかけで言い出すのかと警戒し、それをどう躱そうかと考えていたのである。
「何だ、京哉。キスより煙草の方がいいのか?」
「忍さんってば、煙草にまで嫉妬してるんですか?」
「……悪いか?」
大の男が本気で拗ねているのを見て京哉は可笑しくなった。だが年上の男のプライドを尊重し笑いを堪えて立ち上がる。窓側のベッドに近づくと、あぐらをかいていた霧島もベッドから滑り降りた。小柄な京哉は頭を抱かれながら霧島の腰に腕を回す。
「京哉……私の京哉」
「んんぅ……んんっ、ん……っん!」
重ねた唇を貪られ、僅かに割った歯列から舌をねじ込まれた。だが荒々しい求め方ながらも絶妙なテクニックで舌を絡め取られ、口内をまさぐられる。幾度も唾液を要求されて送り込みながら、舌先を甘く噛まれた。次にはまた激しく届く限りをねぶり回される。
「んっ、ふ……ぅうん、んんっ……はあっ! 忍さん、卑怯――」
言いつつ京哉は膝が砕けそうになり、力強い腕に救われた。苦しくなる寸前まで攻められている間、霧島はずっと京哉の躰に己を擦りつけていたのだ。薄い衣服越しに熱く太く硬く成長した霧島の形が分かるくらい感じさせられ、京哉の方が堪らなくなっていた。
「僕、どうしよう……すごく忍さんが欲しいかも。愛してる……忍さん!」
「晩飯も食った。消灯前のこの時間は誰も来ん。ロックもしてある。遠慮要らんぞ」
年上の男の冷静な計算の勝利で京哉はもう霧島が欲しいとしか考えられず、その躰の中心を衣服越しに撫で始めていた。切実な手つきで霧島のガウンの紐を解く。
前をはだけられた霧島はベッドに腰掛けて脚を開いた。その足元に京哉は跪くと露わになった霧島の引き締まった腹から逞しい胸にまで手を這わせる。
「そんなに私が欲しかったのか」
「くれますよね……っん、忍さん?」
「全てお前のものだ、好きにしていい」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる