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第27話
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そこまで見取ってから気付かれないよう、そっと幣殿の裏口に向かい階段を上る。足音を忍ばせ楽屋裏のような小部屋から舞台袖に回り、静かに片膝を床について息を殺した。
その間に向坂安里はためらいなくきざはしを上り、御簾の前で声を発している。
「御剣透夜殿に申し上げたき儀あり参じました、向坂安里という者です。御簾内でご尊顔を拝することを許されるなら、まずはお声を頂戴したい」
外連味たっぷりの言い回しに、京哉はうんざりしながらも返事をした。
「いいですよ、入って下さい」
「では、失礼つかまつる」
時代劇の見過ぎじゃないのかと思いながら、褥のふちに腰掛けた京哉は向坂安里なる男が入ってくるのを見守った。礼儀は正しいらしく、正座して御簾をくぐった安里はそのまま深々と一礼する。京哉も会釈したがこの暗さでは伝わったかどうか分からなかった。
その場に座ったきりの安里に京哉は再び声を投げる。
「近づいて貰って構いませんけど、そこが好きなんですか?」
自分からは動きたくなかった。霧島から遠ざかることになるからだ。眺めていると安里は立ち上がり足袋で板の間を踏んで近づいてきた。傍まで来た安里を見上げ京哉は観察する。和服を着慣れているらしく立ち姿はなかなか凛々しい男だった。
身長はそう高くない。短い黒髪で黒の紋付にグレイの縞の袴という大時代的な衣装を身に着けている。顔立ちはあっさりめで京哉の第一印象は雛人形のお内裏様だ。
「貴殿が透夜殿か?」
「そうです。初めまして、今晩は」
「初めてではないが……」
(聞いてないよ~っ、透夜とタバネの馬鹿~っ!)
心の叫びは顔に出さず、京哉は曖昧に笑って誤魔化した。
「確かお会いしたのは十五の頃、宮中の新嘗祭に参じた時だった」
「ああ、そうでしたっけ、そうですね、はい」
「相変わらず、いや、更にお美しくなられたようだ。その御身で我が向坂神社までをも咥え込もうとする気概には恐れ入るが、そう簡単にタラし込まれはしない」
「……」
女装とはいえ互いにこちらが男だと分かっている筈で、かなり嫌な罵倒のされ方をしたように思えるのは気のせいなのか、京哉は判断がつかず安里をじっと見つめる。安里は口元に冷笑を浮かべ京哉を見下ろしていた。
「向坂の者を引っ張り出す口実に西岡幹事長をくすぐったのも、その美貌ゆえか」
「喩え僕が『売った』としても、ダボハゼみたいに釣れたのが貴方ですよね?」
のほほんと言い放った京哉に安里はいきり立つ。
「ダボハゼとは……侮辱するつもりか!?」
「いいえ、滅相もないってゆうか、面倒臭い。でも貴方、昨日僕に刺客を差し向けましたよね。僕がそんなに怖いですか?」
「怖くなど、千里眼など怖くはないっ!」
「ふうん、それが怖かったんですね。大丈夫ですよ、貴方の余命は占いません……見えてもね」
安里の目に明らかな恐怖がよぎって京哉は満足する。
「夜更かしは美容の敵ですから用が済んだならお帰り下さい」
「俺は、いや、わたしの用事は済んでない。貴殿に妻問いをしにきたのだ」
「向坂は御剣を吸収しようとしている。そのために僕を我が物にしたい、違いませんよね?」
「十数世紀に渡る遺恨を水に流そうというのだ、互いにとって益ではあるまいか」
「殺伐とした夫婦になりそうだなあ。ってゆうか男同士だし神事でしかないし。婚姻の儀をしたあとまで僕を拘束できると思ってるんですか?」
「皆の前で向坂と御剣が結ばれるのだ、そこに意味がある。分からないのか?」
「もし僕が貴方を選んでも御剣は向坂に隷属はしません。貴方を遣わした方々には、そうお伝え下さい。どうもご苦労様でした」
段々このやり取りに飽きてきた京哉は切り上げる口調で言って、うーんと伸びをした。その左腕をいきなり安里が掴む。ぐいと持ち上げられて白絹の袖口から二の腕までが露わになった。その白さに目を射られて安里の視線に僅かながら明らかな欲望が走る。
確かに安里は京哉を思い通りにしたかったのだろう。ののしりながらも細腕を捻じ伏せるのは簡単だと言わんばかりの舐め切った態度だった。だが相手は本気で飽きた京哉である。
「調子に乗るなよ、この売女もどきが……うっ!」
「それはこっちの科白です、向坂さん」
自由な右手で衾の下から出したシグ・ザウエルP226を握り、京哉は安里の顎の下に銃口を捩じ込んでいた。冷たく固い感触に安里は冷や汗を流して身を震わせる。
「首から上を割れた西瓜に変えられたくなければ、この手を離してくれますか?」
「くっ……卑怯な!」
「どっちがですか? 貴方も懐に呑んでるじゃないですか」
咄嗟に和服の懐に手を入れた安里だが、場数は踏んでいないらしく握った武器を抜くこともできずに固まっている。そんな男に付き合う気など京哉は完全に失せていた。
「帰ってくれますよね?」
「……分かった。分かったが、何を優先すべきか考えて結論を出してくれ」
「はいはい。では、さようなら」
御簾から出て下駄を鳴らして帰って行く安里を、京哉は霧島と共に見送った。
「予想を上回るつまらなさでしたね」
「確かにな。美容の敵なんだろう、帰って寝るとしよう」
その間に向坂安里はためらいなくきざはしを上り、御簾の前で声を発している。
「御剣透夜殿に申し上げたき儀あり参じました、向坂安里という者です。御簾内でご尊顔を拝することを許されるなら、まずはお声を頂戴したい」
外連味たっぷりの言い回しに、京哉はうんざりしながらも返事をした。
「いいですよ、入って下さい」
「では、失礼つかまつる」
時代劇の見過ぎじゃないのかと思いながら、褥のふちに腰掛けた京哉は向坂安里なる男が入ってくるのを見守った。礼儀は正しいらしく、正座して御簾をくぐった安里はそのまま深々と一礼する。京哉も会釈したがこの暗さでは伝わったかどうか分からなかった。
その場に座ったきりの安里に京哉は再び声を投げる。
「近づいて貰って構いませんけど、そこが好きなんですか?」
自分からは動きたくなかった。霧島から遠ざかることになるからだ。眺めていると安里は立ち上がり足袋で板の間を踏んで近づいてきた。傍まで来た安里を見上げ京哉は観察する。和服を着慣れているらしく立ち姿はなかなか凛々しい男だった。
身長はそう高くない。短い黒髪で黒の紋付にグレイの縞の袴という大時代的な衣装を身に着けている。顔立ちはあっさりめで京哉の第一印象は雛人形のお内裏様だ。
「貴殿が透夜殿か?」
「そうです。初めまして、今晩は」
「初めてではないが……」
(聞いてないよ~っ、透夜とタバネの馬鹿~っ!)
心の叫びは顔に出さず、京哉は曖昧に笑って誤魔化した。
「確かお会いしたのは十五の頃、宮中の新嘗祭に参じた時だった」
「ああ、そうでしたっけ、そうですね、はい」
「相変わらず、いや、更にお美しくなられたようだ。その御身で我が向坂神社までをも咥え込もうとする気概には恐れ入るが、そう簡単にタラし込まれはしない」
「……」
女装とはいえ互いにこちらが男だと分かっている筈で、かなり嫌な罵倒のされ方をしたように思えるのは気のせいなのか、京哉は判断がつかず安里をじっと見つめる。安里は口元に冷笑を浮かべ京哉を見下ろしていた。
「向坂の者を引っ張り出す口実に西岡幹事長をくすぐったのも、その美貌ゆえか」
「喩え僕が『売った』としても、ダボハゼみたいに釣れたのが貴方ですよね?」
のほほんと言い放った京哉に安里はいきり立つ。
「ダボハゼとは……侮辱するつもりか!?」
「いいえ、滅相もないってゆうか、面倒臭い。でも貴方、昨日僕に刺客を差し向けましたよね。僕がそんなに怖いですか?」
「怖くなど、千里眼など怖くはないっ!」
「ふうん、それが怖かったんですね。大丈夫ですよ、貴方の余命は占いません……見えてもね」
安里の目に明らかな恐怖がよぎって京哉は満足する。
「夜更かしは美容の敵ですから用が済んだならお帰り下さい」
「俺は、いや、わたしの用事は済んでない。貴殿に妻問いをしにきたのだ」
「向坂は御剣を吸収しようとしている。そのために僕を我が物にしたい、違いませんよね?」
「十数世紀に渡る遺恨を水に流そうというのだ、互いにとって益ではあるまいか」
「殺伐とした夫婦になりそうだなあ。ってゆうか男同士だし神事でしかないし。婚姻の儀をしたあとまで僕を拘束できると思ってるんですか?」
「皆の前で向坂と御剣が結ばれるのだ、そこに意味がある。分からないのか?」
「もし僕が貴方を選んでも御剣は向坂に隷属はしません。貴方を遣わした方々には、そうお伝え下さい。どうもご苦労様でした」
段々このやり取りに飽きてきた京哉は切り上げる口調で言って、うーんと伸びをした。その左腕をいきなり安里が掴む。ぐいと持ち上げられて白絹の袖口から二の腕までが露わになった。その白さに目を射られて安里の視線に僅かながら明らかな欲望が走る。
確かに安里は京哉を思い通りにしたかったのだろう。ののしりながらも細腕を捻じ伏せるのは簡単だと言わんばかりの舐め切った態度だった。だが相手は本気で飽きた京哉である。
「調子に乗るなよ、この売女もどきが……うっ!」
「それはこっちの科白です、向坂さん」
自由な右手で衾の下から出したシグ・ザウエルP226を握り、京哉は安里の顎の下に銃口を捩じ込んでいた。冷たく固い感触に安里は冷や汗を流して身を震わせる。
「首から上を割れた西瓜に変えられたくなければ、この手を離してくれますか?」
「くっ……卑怯な!」
「どっちがですか? 貴方も懐に呑んでるじゃないですか」
咄嗟に和服の懐に手を入れた安里だが、場数は踏んでいないらしく握った武器を抜くこともできずに固まっている。そんな男に付き合う気など京哉は完全に失せていた。
「帰ってくれますよね?」
「……分かった。分かったが、何を優先すべきか考えて結論を出してくれ」
「はいはい。では、さようなら」
御簾から出て下駄を鳴らして帰って行く安里を、京哉は霧島と共に見送った。
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