Green Eyed[グリーン アイド]~楽園21~

志賀雅基

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第13話

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 居心地の悪い沈黙の中、ハイファがそっとシドのジャケットの袖を引っ張った。

「シド、スティーブもヤンソン三佐も冗談が好きだから。真に受けないで」

 囁きに「ふん」と鼻を鳴らしただけで応えると、スティーブが声を張り上げる。

「とにかくだ。この第二ホステージ・レスキュー部隊はシド=ワカミヤ二等陸尉とハイファス=ファサルート二等陸尉を含めて十名。部隊長はイリヤ=ヤンソン三等陸佐で副長は俺、スティーブ=ノーラン一等陸尉だ。だが全員階級抜きのパーソナルネームで呼び合う、いいな?」

「それよりスティーブ、こいつをさっさと切ってくれよ!」

 後ろ手に縛られた男の一人が情けない声を出し、皆で笑った。制服の一人がデスクの引き出しからハサミを持ってきて四人の結束バンドを切る。情けない声の男が溜息をついた。

「ふう。俺はアドリアンだ。隊長・副長に続いて美人が二人も増えた。俺は嬉しいぜ」

 明るい気性らしいアドリアンはドレッドにした黒髪を縛っている。あとの戦闘服がそれぞれ自己紹介し、ジェロームとリュノーにゲイリーだと名乗った。残りの制服二人はロイにテレンスという名だ。シドとハイファも改めてパーソナルネームだけを名乗る。

 だが暢気に馴れ合うよりも、さっさと任務完了したいシドが訊いた。

「んで、エレボス騎士団とやらにカチコミ掛けるのはいつなんだよ?」

 笑って答えたのはスティーブである。

「まだ殴り込みをする案件は決まってないな。テラ連邦議会が決定次第、上から命令が下る」
「ふん。何処もここも暢気なもんだぜ」
「焦るなシド。ときに待つことも我々の仕事だ。今日は訓練もない。躰を動かしたければジムにでも行け。そうでないなら第一HRTの担当したファンリントンの案件でも読むんだな」

 その言葉で皆が散った。戦闘服組のうち右ストレートを食らったゲイリーと脇腹を蹴られたリュノーは大事を取って近くの医務室行き、残る二人は部屋の隅のキャビネットで沸いていたコーヒーを紙コップに淹れてダベりだす。

 制服の四名はデスクに着いて端末のホロディスプレイを眺め、これもホロのキィボードを叩き始めた。デスクはまだ幾つも空いていたのでファンリントンの案件を読むことも可能だったが、言われた通りにするのは癪で、シドはコーヒーを確保すると、これも部屋の隅の煙缶エンカンと呼ばれる灰皿代わりの大きな缶の前に立って煙草に火を点ける。

 紫煙を吐きながらデカ部屋の泥水並みに不味いコーヒーを啜った。そうしながらハイファを目で追うと、スティーブの隣のデスクに着いて端末を起動している。しかし端末に集中するでもなく、スティーブとの会話に熱中しているようだ。

 時折イリヤも会話に参加し、三人で何やら盛り上がっている。
 面白い筈もなく、シドは煙草一本とコーヒー一杯を消費すると、捻った紙コップをダストボックスに投げ込んで部屋を縦断し、視線を引きずりながらDルームを出た。

 出たのはいいが何処にも行くアテがない。仕方なく考えを巡らせた挙げ句、エレベーターで一階に降りて外を歩き出す。二十分も歩いて辿り着いたのは軍病院だった。過去に何度かお世話になったことがあり、勝手は分かっている。

 リモータチェッカと警衛隊を別室リモータで黙らせ、有料オートドリンカでホットコーヒー二本を手にして通路を辿った。
 着いたのは第八処置室なる部屋で、中ではマルチェロ医師が煙草を吸っていた。

「おう、シド。どうした、脳ミソ水洗いの予約か?」
「サド医者に用はねぇよ。ヒマだから遊びに来ただけだ」
「ほう、そうかい。なら所場代にそのコーヒーを寄越せ」

 コーヒー一本を医師に放り投げると、置いてあったパイプ椅子に前後逆に腰掛ける。自分もコーヒーを飲みながら煙草を吸い始めた。医師は怪訝な顔でシドを眺める。

「シケた顔してますねえ。ハイファスと喧嘩でもしたかい?」
「喧嘩以前の問題だぜ」
「そいつは重症ですねえ。嫁さんの過去の男でも出現したか?」

 思わず医師を凝視してしまい、シドは医師に大笑いされた。自分が顔色を読まれるなど想定外で、シドはますますムッとする。ひとしきり笑ったのち、案外真面目に医師は言った。

「巡り合わせの悪い任務、旦那もご愁傷さんだな。だがハイファスは旦那にベタ惚れだぞ?」
「別にハイファが過去を蒸し返すとは思っちゃいねぇよ」
「なら問題ねぇだろうが」
「こいつはたぶん俺一人の問題なんだ。敵はトップ二人、のっけから神経戦かましやがった」

 気の毒そうな視線を寄越して、医師は無精ヒゲを一本引っこ抜く。

「最終的に勝ったのは旦那だ、鷹揚に構えてろとしか言えねぇなあ」

 暫し愚痴を聞いて貰うと、答えは出ずとも少々気は晴れた。そこで別室戦術コンとダイレクトリンクしたデスク端末を借りると、ファンリントンの案件を読み始める。
 ネオニューヨークで大手アパレル会社のファンリントン株式会社会長が略取誘拐され、二十五億クレジットの身代金を支払って、同じくネオニューヨークで解放されたのは知っていた。

 案件発生は十日前で、その二日後には第一HRTが招集され介入している。

「ふうん、エレボス騎士団を名乗る誘拐団も、最末端の実働部隊は殆ど地元採用なのか」

 聞きつけてマルチェロ医師もホロディスプレイを覗き込んだ。

「どれ……表面的な交渉ネゴは全て保険屋の専門官に任せて、その間に第一ホステージ・レスキュー部隊は誘拐団末端の実働部隊員を調べ上げた、と」
「調べた上に、直接その家族から誘拐実働員本人に揺さぶりを掛けさせたらしいな」
「それで会長は上手く解放と。何だかAD世紀の有名なPMCの逸話みたいですねえ」

 何のことか分からず、シドは医師を見て首を傾げる。

「大昔に、とある大会社の役員がテロリストに誘拐されてな。その会社は役員救出のために傭兵会社PMCを雇ったんだ。そのPMCはテロリストを徹底的に調べた挙げ句、その家族のポラと一緒に無関係の死体から切り取った指一本をテロリストに送りつけたんだよ」

「へえ、なかなかエグいが効果抜群だろうな」
「その通り。役員は解放され、以降その大会社には誰も悪さしなくなったんだとよ」

 なるほどと思いシドは先を読み進めたが、あとは大したことは載っていなかった。

 二十五億クレジットは悪名高いロニアの闇銀行口座を振り込み先に指定され、次々とカネは転送されて惑星警察が誇るICS・インテリジェンスサイバー課も追い切れなかったことや、捕まえた最末端の誘拐実働員は子供の使い並みで、エレボス騎士団本体には到底迫れなかったことが分かっただけである。

「他はベルトリーノ理化学工業会長の件も、スズモト製鋼株式会社専務の件も二分署と八分署には届け出ていねぇのか。ふあーあ、信用ねぇな」
「仕方ありませんて。一度ファンリントンで軍が成功したんだ、ベルトリーノもスズモトも最大手、カネもコネもある以上、惑星警察より軍に縋りたいだろうよ」

「カネは取られたんだ、成功じゃねぇだろ?」
「保険屋が損するだけ、自社の腹は痛まん。人質が帰ってこれば万々歳ですって」
「だよなあ……っと、もう課業終了近いじゃねぇか。俺は戻る。先生、サンキュ」
「おう、何かあればまたこい」

 マルチェロ医師に片手を挙げ、シドは第八処置室を飛び出した。
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