Green Eyed[グリーン アイド]~楽園21~

志賀雅基

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第14話

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 課業終了は十七時半である。現在時十七時二十五分、シドは軍病院から出るなり走った。幾ら訓練の日であっても行方不明隊員は拙いような気がしたのである。

 だが急いだもののF‐2ビルに駆け込んだところで十七時半となり、ラッパの音が放送された。課業終了の十七時半には本部庁舎に掲げられたテラ連邦旗が降ろされ、その儀式の間は全ての隊員がひととき動きを止め、またテラ連邦旗が見える場所にいる者は旗に対して挙手敬礼をし、敬意を捧げるという妙な習慣が軍にはあるのだ。

 軍に潜入する任務を何度かこなしてきたシドも、仕方なくその場で立ち止まる。テラ連邦旗降下のラッパが止み、続けて課業終了のラッパと食堂開放のメシラッパが鳴り出すと、エレベーターに乗って十五階に上がった。通路を走ってDルームへ。

 リモータチェッカをクリアして息を整え、涼しい顔で部屋に足を踏み入れる。すると室内にはハイファとスティーブにイリヤしかいなかった。またも不機嫌の芽が首をもたげたが、極力無視して話をやめた三人の許に近づくと、イリヤとスティーブに挙手敬礼する。

「只今戻りました。遅れて申し訳ありません」
「そう堅くなるなよ。俺たちはあんた待ちのハイファスに付き合ってただけだ」

 笑ってスティーブが言ったが、出て行く間際にシドの肩を叩いて付け加えた。

「まあ、課業終了時には居合わせてくれ。フリーダムなルーキーくん」

 イリヤと共に先に出ていくのを見送ったのち、シドはハイファから怒られる。

「ったくもう、何処に行ってたのサ? 明日の予定も分からないんじゃ困るでしょ!」
「んなもん、端末見れば分かるだろ。ちょっと迷ってただけだって」

「だからって全員集まってるのに、僕だけバディがいないんだもん。恥ずかしいったら!」
「分かった、悪かったって。んで、俺たちの宿は何処なんだ?」

 プリプリと怒るハイファに続いてDルームを出る。オートロックが掛かったのを確かめてから、ショルダーバッグを担いだハイファはエレベーターホールへと歩き出した。

「ここの三十階三〇二七号室だよ。一階・十階・二十階に食堂はあるから」
「もしかして第二ホステージ・レスキュー部隊の全員がそこに住んでるのか?」

「ううん、イリヤやスティーブはこのセントラル基地に元々いたから、原隊の営内から動いてないし、他のメンバーも殆どが他のビルに住んでるよ」
「へえ。妻帯者はいねぇのか」

「そうだね。士官でも全員独身、希望してないから基地の外に住んでる人はいない……って、みんなでこの話もしたばっかりなのに、肝心なときにいないんだから、もう!」

 何を言われても自分が悪いのは分かっているので、シドは甘んじて小学生のように怒られ続けた。それでも二十階の食堂に着く頃には、ハイファも怒るのに飽きたようだった。

 食堂はビュッフェ形式で本日のメインメニューは鶏の香草焼きである。トレイにプレートを並べ、シドも何ら戸惑うことなく料理を載せてテーブル席に着いた。

「じゃあ、いただきまーす」
「いただきます。おっ、この肉は結構旨いな」
「そうかなあ、少し硬い、焼きすぎだよ。こっちの野菜のチャウダーは及第点だけど」
「主夫は採点も辛口だな」

 ハイファに追加された酸っぱいドレッシングの掛かったサラダも何とか食べ終え、オレンジジュースのストローを咥える。優雅にハイファが食し終えるのを待って席を立ち、トレイを返して食堂の隣にあるPXと呼ばれる売店に立ち寄った。最低限の生活物資を買い揃えて三十階の三〇二七号室に向かう。

 三〇二七号室は当然ながら二人部屋で、ビジネスホテルのような印象だった。ベッドも二段ではなく左右にひとつずつ、端末付きデスクにチェア、キャビネットにクローゼットもふたつずつで、フリースペースは殆どない。だが小さな食器棚に湯沸かしポットもあって、インスタントコーヒーくらいなら淹れられるようになっている。あとはバス・トイレ・洗面所完備だ。

 担いでいたショルダーバッグをハイファは降ろし、中身の私服をクローゼットに収める。テロの標的とならないよう、基本的に制服で外出はしない。そのための私服だ。

 クローゼットの中には制服から戦闘服に下着まで、着替えが既に揃っていた。ブーツや野外装備品なども並べられている。それら二人分を点検し、納得するとハイファはデスク端末を起動した。シドは一旦廊下に出て、所定の場所に重ねられていた軽金属の灰皿を持ち帰る。

「コーヒーでも淹れようか?」
「あー、俺が淹れるから座ってろ」

 咥え煙草でポットを洗面所に持ち込んで洗った。水を張って湯を沸かす。PXで買ったチューブ入りのインスタントコーヒーをマグカップの湯に溶かした。スプーン要らずで分子が均一に溶けるというシロモノである。
 カップひとつをハイファのデスクに置いてやり、自分は隣のデスクに着いて煙草とコーヒーを味わった。ハイファがホロディスプレイを示す。

「これ、明日の訓練予定だから見ておいてよね」
「んあ。午前中が射撃、午後が市街地ゲリラ戦シミュレーションか。くたびれそうだが、訓練が目的じゃねぇんだよな。本当に任務完了するのか怪しい気がしてきたぜ。ふあーあ」
「あーた、フリーダムな初日にして、もう飽きちゃってるでしょ?」

 その言い方にカチンときてシドはハイファを横目で睨んだ。

「フリーダムって、お前までスティーブみたいなこと、言うなよな」
「だって本当のことじゃない。あの時間、いったい何やってたのサ?」
「何でそう細かいことを詮索しようとするんだよ、別に何もしてねぇって」
「へえ、何もしてないのに話せないんだ? 女性隊員と話が弾んでたんじゃないの?」

 小馬鹿にしたような口調にシドはいよいよ頭にきて、思わず余計なことを口にしてしまう。

「お前こそ昔の男、それも二人に囲まれて話が弾んでたじゃねぇか!」
「それは……」

 否定せず言葉を詰まらせたハイファを前に、シドはもう後悔していたが遅かった。自分だって過去には殆ど途切れなく彼女がいたのだ、ハイファだけを責める気は毛頭ない。ハイファのことなら全て知りたいという独占欲はあるが、過去をほじくり返したいのとは違う。

 いや、違うと思っていただけだった。それをたった今、シドは思い知らされていた。

 自分の知らないハイファを知る男がいる。そう思うだけで嫉妬の炎が腹の底を炙り、酷く苛立って息苦しさまで覚えた。同時にハイファからの愛を無視し続けた七年間が重たくのしかかってきて、自分を否定するような後悔までしそうになる。

 取り戻せないものを乞うて子供のように駄々をこね、みっともない自分を晒してしまうのではと思い、ふいに怖くなった。煙草を消すと逃げるように立ち上がる。

「悪いがリフレッシャ、先に浴びるぞ」

 宣言してバスルームに向かった。洗面所の前で衣服を脱ぎ捨て、ワイシャツと下着に靴下だけダートレスに放り込む。あとは放置しバスルームで頭から洗浄液を浴びた。暫し何も考えずに浴び続け、熱い湯に切り替える。泡を流しきりドライモードで適当に乾かした。

 出てみると脱いだ制服が消え、ダートレスの上に黒のTシャツと下着に戦闘服のズボンが置かれていて、有難く身に着ける。部屋に出て行くとハイファはベッドに腰掛けていた。

「お先。服、すまん」
「いいえ、どういたしまして。僕も入ってくるね」

 立ち上がったハイファの背後に回り、髪を留めた銀の留め金を外してやる。腰まで届く長い髪がさらりと零れた。
 生みの母の出身星系セフェロは異星系の血がかなり混じっていて、ハイファの髪は異様に伸びるのが早いのだが、ここまで伸ばしているのはシドの趣味を尊重してくれているからである。
 眠るときにさらさらの髪を指で梳くのがお気に入りなのだ。

 そんな髪の一本一本までが愛しくて、すくい上げると口づける。するとハイファは薄い肩越しに振り返り、ほんの小さな声で呟いた。

「シド、ごめんね」

 決定的な言葉を残してハイファはバスルームに消える。シドはまた腹の底を炙る嫉妬に苛まれた。冷め切ったコーヒーを飲み干し、煙草に火を点けて室内を意味なくうろうろする。 
 全ては終わったことなのだ。分かっているのに、自分の感情の昂ぶりがハイファを追い詰めてしまうのに、切迫したような感覚を抑えることができずに、シドは己を持て余す。

「チクショウ、十代のガキじゃねぇのによ――」

 物音がしてハイファが出てきた。シドと同じ黒いTシャツに戦闘ズボン姿である。手にしていた制服をクローゼットに仕舞い、ハイファも冷めたコーヒーを飲んだ。

「こんなにヒマなら、官舎から通っても良かったかもな」
「今からでも外出届を出せば帰れるよ。普通外出なら今夜の零時まで、特別外出なら明日の課業開始の八時半までに戻ればいいし」

「あ、いや、ヒマなのは帰っても一緒だし、七分署の奴らに見られるリスクもあるしな」
「そっか、そうだよね。TVでも視るか、貴方、PXに飲みに出たっていいんだよ?」

 なるほど、そんな手もあるのかと思い、期待してハイファに訊いてみる。

「お前は一緒に行かねぇのか?」
「うーん、今日はパス」
「なら、俺も遠慮しとく。……あのさ、お前の何もかもを知りたい、俺のものにしたいってのは驕りだって分かってるんだ。でも俺、こんなの初めてで、何だかよく分からねぇんだよ」

 ベッドに腰掛けたハイファの隣に座ってシドは言葉を継ぐ。

「俺さ、どんな女と付き合ってきても、過去も未来も気にしたことがなかった。なのに何でだろうな、ハイファ、お前のことは過去も未来も全部欲しくて堪らねぇんだ。欲しくて、淋しい」
「淋しいって、どうして?」
「手に入らねぇ、取り戻せねぇ分が、すかすかして淋しいんだよ」
「シド、貴方って……」

 溜息と共にハイファが呟き、そっと頭を抱いてくれた。黒髪を優しい指で梳かれた途端、シドは胸を錐で突かれたような欲望を感じる。立ち上がるなりハイファを抱いてベッドに放り出していた。急な出来事にハイファは目を丸くしている。構わず押し倒した。

 Tシャツをむしり取るように引き剥がして捨てる。ベルトを緩めて戦闘ズボンごと、下着も引き下ろして足を抜かせた。のしかかって白い首筋を吸い上げる。

 何も考えられずに通常の衣服では隠せない処にまで赤く穿った。 

「シド、そんな処……明日困っちゃうよ?」
「構わねぇよ……ハイファ、俺のものだ……ハイファ!」
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