交換条件~Barter.1~

志賀雅基

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第11話

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 翌日になって真城署刑事課の強行犯係に出勤した京哉は信輔を誘って盗犯係の聞き込み支援に率先して参加し、なるべく外回りをして過ごした。
 まだ躰は少々つらかったが前原を始めとする女性職員たちの視線と秤にかけた結果である。
 
 そして定時前に帰ってきてTVで警察庁広域重要指定A五六三号・スナック連続放火殺人事件が動いたのを知った。皆と一緒にTVニュースをじっと見つめる。

 七年前の事件は殆ど迷宮入り扱いで県警本部に置かれた帳場、いわゆる特捜本部も専属捜査員を削られ規模は縮小された筈だった。

 だが急に何のキャンペーンか本部の鑑識課が過去検挙された微罪案件の指紋照合を改めて精密に行った結果、二年前に真城市内のパチンコ店で緊逮された置き引き犯の指紋と、スナック放火のマル被のものと思しき指紋の一部が酷似していたらしい。

 そこで帳場の捜査員が置き引き男を別件で引っ張り厳しく追及すると、男は観念したのか過去の悪行を洗いざらい吐いたという。

「マル暴でもないのに別件逮捕か。今更ながら荒技に出たもんだな」
「でもさ、そいつでビンゴを引いた帳場は大金星だぜ」
「金星は鑑識だろ。まあ、お蔭で俺たちも仕事って訳だが。あーあ」

 TV報道を見て騒ぐ刑事課員を江波課長が集めた。

「さて、仕事だ諸君。今夜から我々も本部の帳場を支援し裏付け捜査に着手する。確保済みのマル被の供述を元にここ数年の足取りを追って貰う。まずは市内のパチンコ店及びその周囲を総当たりし――」

 強行犯係の係長である警部補が手回し良くコピーした真城市の地図を配った。地図はカラーペンで地区割りされている。
 地取り、つまり対象地域の住人への聞き込みのことだが、その担当者の名前も二人一組で書き込まれていた。

 しかしそこに京哉の名はない。事件のマル害の肉親である京哉は捜査に参加できないのだ。

 課長以下係長クラスまでしか知らない事実で皆から不思議そうに見られたが京哉は釈明しなかった。あとでバディの信輔に告げれば済むことだ。

 こうしてその晩から真城署刑事課は久々のまともな仕事に突入したが、捜査に信輔を取られてバディのいない京哉は深夜番にも当たらず、だからといって一人早帰りをする気にもなれなくてデカ部屋の電話番を買って出た。

 だがこれといって事件の報も入らず、二十一時に切り上げて京哉は帰り支度する。しかしこれも安物のダッフルコートに袖を通した途端に外線電話が鳴った。
 深夜番は居眠り中で仕方なく受話器を取ってからデジタル表示を見ると非通知だった。

「はい、真城警察署刑事課の鳴海巡査部長です」
《――本当に鳴海京哉か?》
「えっ、ええ。どちら様でしょう?」
《鳴海巡査部長、きみの父上の件についてだが……きみの父親の強殺は冤罪だ》
「って、ちょっと待って下さい。貴方のお名前を聞かせて頂けますか?」
《訳あって名前は明かせない。だが強殺については監察官室も調査に乗り出している。まもなく容疑は晴れる筈だ。きみはもう殺人を犯すことはない》
「あっ、あの……ちょっと?」

 焦るばかりでまともな質問も繰り出せないまま、気付くと既に通話は切れていた。喉元まで心臓の鼓動がせり上がってきたような思いをしながらも、さりげなく受話器を置く。

 こんなことを誰かに知られる訳にはいかない。外線で山ほど架かる悪戯の中に記録が埋もれてしまうのを祈りつつ、そそくさとデカ部屋を出た。

 階段を降りながら考え続ける。父の強殺は警察内部でも隠蔽されているのだ。明るみに出ると京哉を脅す材料として機能しなくなり、暗殺をさせている与党重鎮以下サッチョウ上層部や霧島カンパニーはキープしたスナイパーを失うからである。

 今では強殺の証拠を握るのはサッチョウ上層部のみと聞いていた。あとは桜木が知っているくらいか。だがその件を、警察官の規律を正し不正を暴く監察官室が調査しているという。

 もしそれが本当なら京哉に暗殺をさせている者たちは拙い事態に陥る可能性が高かった。そして父の件が冤罪なら二重に拙い。

 父は手配されたが捕まらないまま、十年以上前に関西で死んだと聞かされていた。電話の声の主が事実を告げているならば死者に罪を被せたことになる。それはもはや冤罪というより罪の捏造だ。
 メディアにでも洩れたら大騒ぎになるだろう。

 上手く監察官室が動いてくれたらスナイパーの仕事から解放されるかも知れない、それは京哉も理解していた。だがその反面、下手すれば自分がスナイパーというのも露見するかも知れないのだ。
 幾ら狙撃が立件されず警察が事件そのものを認知していなくても、スナイパーとしての京哉の存在が明るみに出たら捜査くらいするだろう。

 つまり事実の洩れ具合によっては今度こそ本当に逮捕・勾留だ。迂闊に諸手を挙げて喜ぶほど京哉は脳天気ではないつもりだった。

 一階まで降りて署のエントランスに立つ警備課制服組の張り番に労いの言葉を掛けてから、やや寒さの緩んだ夜道を歩き出す。まずはコンビニを目指した。

 歩きながらも思い出すのはやはり電話の声である。いったい誰だか分からないが、自分も知らない自分のことを見知らぬ他人が知っているというのは据わりの悪いものだ。
 おまけに偶然にも七年間もの沈黙を破り、母の案件までが急展開したのである。

 だが京哉自身はどちらにも関与できず、ただの傍観者でいるしかない。まるで勝手に回り始めた大きな車輪に押し潰されるようなイメージまで湧いて頭を振った。

 躰の調子も完全ではないのに一日中歩き回ったのだ。疲れているのに違いない。

「まあ、いいか。ふあーあ」

 欠伸をしながらコンビニに足を踏み入れる。空々しいような過剰に明るい照明の下で弁当と缶コーヒーに煙草を買い込み、そこから五分ほど歩いてマンションが立ち並ぶエリアに辿り着いた。一番古くオートロックもない二棟が官舎になっている。

 公園に面した手前側の二階に京哉の部屋はあった。

 ヒビの入ったコンクリートの階段を上がり部屋のドアロックを解く。明かりを点けて靴を脱いだ。ワンルームマンションといえばスタイリッシュに聞こえるが、六畳のフローリングにミニキッチンとトイレ付きユニットバスがあるだけの独身者専用官舎である。

 ダッフルコートやスーツを脱ぎ、さっさとシャワーを浴びて部屋着の長袖Tシャツとジャージの下に着替えた。弁当をレンジで温めて五分で食べ終える。煙草を二本吸うと早々にシングルベッドの毛布に潜り込んだ。すぐに眠気が全身を包み込む。

 だがトロトロと浅い眠りに引き込まれながら、京哉は電話の声が最後に告げた一節を何故か霧島の低い声に変換し何度もリピートさせていた。


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