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第12話
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更に二日間電話番を務めたのちに盗犯係の人員と仮のバディを組んでの地取り仕事が舞い込み、京哉は平日の午前も早くから外回りに出掛けた。
組んだのは中年男性で沢野というベテラン巡査長だ。
聞き込みの案件は駅前商店街の裏手にある新興住宅街で連続して金品が盗まれたというものだった。三十分ほど歩いて現場の住宅街に着き、聞き込みを始めたが何処も出勤・登校中で留守ばかりである。それでも粘り強く一軒一軒を訪ね歩いた。
「これじゃあ空き巣も入り放題だわな」
「あー、そうですね」
ベテラン巡査長に同意して京哉も留守だった家屋を見上げる。そこの風呂場の窓は風通しのつもりか十センチくらい開いていた。アルミ格子が付いてはいるが、そんなものなどドライバー一本で取り外せる。
そういう不用心な住宅街である上に新興地の特性として、近所同士の付き合いも薄い。隣人の顔も定かでない住人に聞き込んでも成果は非常に乏しかった。
要は自分たち刑事がうろついて空き巣に対し牽制の意を示しているだけである。それも仕事のうちだが、どうにも気合いが入らないのは仕方がない。
「そろそろ飯でも食って、午後からは商店街でも回るとするか」
「はい。何処で食事にしますか?」
「穴場を知ってるんだ、たらふく食わせてやる」
つれて行かれたのは商店街の外れにあるゲーム喫茶で、確かにランチの盛りは良かったが五月蠅くて京哉は閉口した。
一方で沢野巡査長は食いつつピコピコとゲームをしている。相当嵌っているらしいのを横目に食事を終えた京哉は煙草を吸いながら溜息をついた。
巡査長というのは巡査の上だが正式な階級ではない。つまり階級的には自分が上、『食わせてやる』と言われても奢らせる訳にはいかない。
都合一時間半もその店に居座り、割り勘で食事代を払ってやっと外に出た。
それなりに賑わう商店街で聞き込みを始めて三十分ほど経った頃だった。
歩道の先の方で派手にガラスの割れる音が響いた。咄嗟に京哉は沢野巡査長と共に前方を注視する。ドラッグストアの前に人だかりができていた。男の喚き声も聞こえる。
次々と通行人が野次馬の輪に参加し車道にまで膨らんでいた。
「喧嘩ですかね?」
「分からんが行くぞ!」
二人で駆け出し野次馬をかき分ける。何度も「警察です!」と自己主張したが、輪の内側に出るまでかなり苦労した。小柄な京哉は前も見えず揉みくちゃにされる。
都市部なら危険とは関わり合いを避け、却って野次馬もここまで集まらないのだろうが、中途半端に田舎で皆がイヴェントに飢えているらしく、誰もが特等席を得ようと押し合いへし合いで祭りの如き騒ぎだ。
それでも何とか最前列に出ると、やはりそれは喧嘩だった。
制帽も落としたタクシー運転手と若い金髪の男が掴み合っている。路肩に停まったタクシー後部ドアの窓が割れていた。若い金髪男は昼間から酔っているようで支離滅裂なことを喚いている。
どうやら酔っ払いを乗車拒否したタクシー運転手に金髪男が喧嘩を売ったらしい。ごついシルバーの指輪を嵌めたこぶしで力任せに窓を叩き割ったのだろう。おまけにタクシー運転手は鼻血を出していた。
一瞥してそこまで見取った京哉は携帯で署に連絡し、応援と救急の手配を頼んだ。その間に沢野巡査長が再びの自己主張にチャレンジしている。
「真城警察署だ! そこの二人、離れて両手を挙げろ!」
だが喧嘩する二人は頭に血が上り切っているらしくて掴み合いを止めない。しかし無闇に割って入るのも危険で……と京哉が思っているうちに沢野巡査長は突っ込んで行ってしまった。
半ば唖然としたが、まあ任せるのもアリかと考える。
けれど新たに参戦したのが私服で警察官だと認識できなかったのか、酔った金髪男は沢野巡査長にもこぶしと蹴りを見舞い始めた。京哉は耳に嵌めている受令機から朗報が流れてくるのを待ちながら冷静に呟く。
「うーん、傷害に公妨も込みか……応援、早く来ないかなあ」
この商店街にも交番があるのに何の具合か現着が遅い。一発で警察官だと分かる制服なら効き目がありそうなのに、などと考えている間に沢野巡査長はタコ殴りにされ、厄介なことに京哉に助けを求めた。
「鳴海巡査部長……何をしている、早く逮捕を……ゴフッ!」
「そんな、僕は肉体派じゃありませんから」
「何をほざいている、頭脳派だとでも言い張る気か!」
大きなお世話だったが文句を垂れている場合ではない。だが自分から進み出るのもためらいがあった。しかし野次馬から期待の視線を浴びせられ、囲んだ輪を狭められて押し出されては仕方ない。京哉も前に出るしかなくなる。
ごく控えめに立ったつもりだったが金髪男は京哉に目を留めた。
そして鼻で嗤う。
「おいおい、こんな小さなお嬢ちゃんもサツカンかよ?」
呂律も回らない口で揶揄されて京哉は少々ムッとした。
それでも自分が非力なのは充分承知している。非力でも相手の力をも利用し、被疑者をなるべく傷つけずに捕縛するのが逮捕術というものだが、武道全般が苦手な京哉はその逮捕術ですら今頃脳内で基本形を組み立てているという宜しくない状況だった。
棒立ちになった京哉に嗜虐心を煽られでもしたか、金髪男は白いジャージのポケットからバタフライナイフを取り出し、鮮やかな手つきで刃を出すと構えてみせる。野次馬がどよめいた。
そこでボロ布のように歩道に放り出されていた沢野巡査長がまたも叫ぶ。
「逮捕しろ、鳴海! 銃刀法違反で現逮だ!」
もうやめてくれよと思った次の瞬間、白と茶色のブロックで模様を形作った歩道に赤いものが散った。京哉は何が起こったのか分からない。ただ左の上腕が熱かった。
一瞬の静けさを野次馬の悲鳴が破る。そこでようやく緊急音が聞こえてきた。
金髪男と対峙しながら手も足も出ず、だがなけなしの意地で睨みつけたまま膠着状態に陥っていた京哉は、野次馬の輪が割れて覆面パトカーが現着したのを目に映し、冷や汗をかいた全身で安堵の溜息をつく。
慣れた動きで素早く飛び降りてきた私服二名を五体投地して迎えたいくらい有難く感じた。
おまけに私服の一人が霧島だと気付いた途端、場違いにも声を弾ませてしまう。
「あっ、霧島警視じゃないですか!」
「刺されたのか、鳴海巡査部長!」
「えっ、あっ……嘘?」
我ながら間抜けな反応で霧島の視線を辿り、そこで初めて自分の左腕を見た。すると二の腕をざっくり切られて血が溢れ出している。思わず悲痛な声を上げた。
「あああ、スーツがっ!」
「服の心配をしている場合か!?」
「だってこの他にもう一着しか持ってなくて」
「スーツなど幾らでも買ってやる、いいから下がっていろ!」
ためらいなく霧島は京哉の前に出る。
敵側の援軍にテンパった金髪男がバタフライナイフを幾度も大きく振り回した。霧島は白刃をスウェーバックで避ける。長身の鼻先ギリギリを銀光が薙いだ。更に深くナイフが突き出されて野次馬がまた悲鳴を上げたが、それも最小限の動きで躱す。
落ち着き払った霧島が金髪男の足に軽くフェイントを掛け、超速の上段回し蹴りで手首を打った。ナイフを弾き飛ばされて金髪男が気を取られた隙に間合いを詰めると長身を屈ませて懐に飛び込む。
むしゃぶりついてきた金髪男の勢いも利用し、その右袖と胸ぐらを掴むと身を返して腰に体重を載せ、背負い投げて歩道に叩きつけた。
鮮やかな一本背負いに野次馬が歓声を上げ、拍手で称える。
歩道に金髪男を押さえつけたまま霧島が京哉に向かって叫んだ。
「鳴海巡査部長、ワッパは持っているか!?」
「あっ、はい。でも……」
「早く掛けるんだ」
「はい。十四時四十三分、銃刀法違反と傷害及び公務執行妨害で現行犯逮捕します」
犯人逮捕の金星を与えられることに対して僅かにためらったが、結局京哉は金髪男の両手首に手錠を掛けた。セオリー通りの身体検査で金髪男の白いジャージのポケットからパケと呼ばれる小さな袋に入った白い粉と注射器も発見される。
叩けばもっとホコリの出そうなホシをようやく駆けつけたPBの人員に一旦任せ、真城署刑事課員がやってくるのを待つ間に霧島が京哉の傷を看てくれた。
「痛いか?」
「いえ、殆ど痛みはありません。熱いだけで」
「痛くないのは拙いぞ。傷が深い証拠だ」
「そうなんですか?」
「ああ」
と、ハンカチで傷の上部を縛りながら、
「あと二分早く現着していれば……」
悔しげな呟きを耳にして京哉は何もできなかった自分に恥ずかしさを覚える。犯罪被害を広げてしまったことも含め、申し訳ない気持ちで霧島に頭を下げた。
「すみません。有難うございました、助かりました」
「綺麗な躰に傷などつけるな、京哉」
耳元で囁いた低音に思わず横顔を見返したが、そのとき既に現場責任者として霧島は動き始めていた。
まもなく駆けつけた真城署員たちに指示を飛ばして二台現着した救急車の一台に、まずは鼻血を出して顔を腫らしたタクシー運転手と殴られ蹴られてへたり込んでいた沢野巡査長を乗せ、制服二名を付き添わせて送り出す。
薬物中毒らしい金髪男はパトカーで真城署送りだ。
申し訳なさから実況見分まで終わらせると主張した京哉だったが、片腕を血だらけにしての言い分を霧島は聞き入れず、即刻もう一台の救急車に押し込まれる。
十分ほどで真城市民病院に辿り着いて救急処置室で医師の処置を受けた。
結果として傷は深い処で二センチにも達していた。
麻酔を打たれて血管縫合され、長さ六センチほどの傷を十二針縫われる。
ガーゼを当てて包帯を巻かれ、首から左腕をアームホルダーで吊られると、随分と仰々しいように感じた。けれど早く治さなければ、もうひとつの仕事にも支障が出る。
組んだのは中年男性で沢野というベテラン巡査長だ。
聞き込みの案件は駅前商店街の裏手にある新興住宅街で連続して金品が盗まれたというものだった。三十分ほど歩いて現場の住宅街に着き、聞き込みを始めたが何処も出勤・登校中で留守ばかりである。それでも粘り強く一軒一軒を訪ね歩いた。
「これじゃあ空き巣も入り放題だわな」
「あー、そうですね」
ベテラン巡査長に同意して京哉も留守だった家屋を見上げる。そこの風呂場の窓は風通しのつもりか十センチくらい開いていた。アルミ格子が付いてはいるが、そんなものなどドライバー一本で取り外せる。
そういう不用心な住宅街である上に新興地の特性として、近所同士の付き合いも薄い。隣人の顔も定かでない住人に聞き込んでも成果は非常に乏しかった。
要は自分たち刑事がうろついて空き巣に対し牽制の意を示しているだけである。それも仕事のうちだが、どうにも気合いが入らないのは仕方がない。
「そろそろ飯でも食って、午後からは商店街でも回るとするか」
「はい。何処で食事にしますか?」
「穴場を知ってるんだ、たらふく食わせてやる」
つれて行かれたのは商店街の外れにあるゲーム喫茶で、確かにランチの盛りは良かったが五月蠅くて京哉は閉口した。
一方で沢野巡査長は食いつつピコピコとゲームをしている。相当嵌っているらしいのを横目に食事を終えた京哉は煙草を吸いながら溜息をついた。
巡査長というのは巡査の上だが正式な階級ではない。つまり階級的には自分が上、『食わせてやる』と言われても奢らせる訳にはいかない。
都合一時間半もその店に居座り、割り勘で食事代を払ってやっと外に出た。
それなりに賑わう商店街で聞き込みを始めて三十分ほど経った頃だった。
歩道の先の方で派手にガラスの割れる音が響いた。咄嗟に京哉は沢野巡査長と共に前方を注視する。ドラッグストアの前に人だかりができていた。男の喚き声も聞こえる。
次々と通行人が野次馬の輪に参加し車道にまで膨らんでいた。
「喧嘩ですかね?」
「分からんが行くぞ!」
二人で駆け出し野次馬をかき分ける。何度も「警察です!」と自己主張したが、輪の内側に出るまでかなり苦労した。小柄な京哉は前も見えず揉みくちゃにされる。
都市部なら危険とは関わり合いを避け、却って野次馬もここまで集まらないのだろうが、中途半端に田舎で皆がイヴェントに飢えているらしく、誰もが特等席を得ようと押し合いへし合いで祭りの如き騒ぎだ。
それでも何とか最前列に出ると、やはりそれは喧嘩だった。
制帽も落としたタクシー運転手と若い金髪の男が掴み合っている。路肩に停まったタクシー後部ドアの窓が割れていた。若い金髪男は昼間から酔っているようで支離滅裂なことを喚いている。
どうやら酔っ払いを乗車拒否したタクシー運転手に金髪男が喧嘩を売ったらしい。ごついシルバーの指輪を嵌めたこぶしで力任せに窓を叩き割ったのだろう。おまけにタクシー運転手は鼻血を出していた。
一瞥してそこまで見取った京哉は携帯で署に連絡し、応援と救急の手配を頼んだ。その間に沢野巡査長が再びの自己主張にチャレンジしている。
「真城警察署だ! そこの二人、離れて両手を挙げろ!」
だが喧嘩する二人は頭に血が上り切っているらしくて掴み合いを止めない。しかし無闇に割って入るのも危険で……と京哉が思っているうちに沢野巡査長は突っ込んで行ってしまった。
半ば唖然としたが、まあ任せるのもアリかと考える。
けれど新たに参戦したのが私服で警察官だと認識できなかったのか、酔った金髪男は沢野巡査長にもこぶしと蹴りを見舞い始めた。京哉は耳に嵌めている受令機から朗報が流れてくるのを待ちながら冷静に呟く。
「うーん、傷害に公妨も込みか……応援、早く来ないかなあ」
この商店街にも交番があるのに何の具合か現着が遅い。一発で警察官だと分かる制服なら効き目がありそうなのに、などと考えている間に沢野巡査長はタコ殴りにされ、厄介なことに京哉に助けを求めた。
「鳴海巡査部長……何をしている、早く逮捕を……ゴフッ!」
「そんな、僕は肉体派じゃありませんから」
「何をほざいている、頭脳派だとでも言い張る気か!」
大きなお世話だったが文句を垂れている場合ではない。だが自分から進み出るのもためらいがあった。しかし野次馬から期待の視線を浴びせられ、囲んだ輪を狭められて押し出されては仕方ない。京哉も前に出るしかなくなる。
ごく控えめに立ったつもりだったが金髪男は京哉に目を留めた。
そして鼻で嗤う。
「おいおい、こんな小さなお嬢ちゃんもサツカンかよ?」
呂律も回らない口で揶揄されて京哉は少々ムッとした。
それでも自分が非力なのは充分承知している。非力でも相手の力をも利用し、被疑者をなるべく傷つけずに捕縛するのが逮捕術というものだが、武道全般が苦手な京哉はその逮捕術ですら今頃脳内で基本形を組み立てているという宜しくない状況だった。
棒立ちになった京哉に嗜虐心を煽られでもしたか、金髪男は白いジャージのポケットからバタフライナイフを取り出し、鮮やかな手つきで刃を出すと構えてみせる。野次馬がどよめいた。
そこでボロ布のように歩道に放り出されていた沢野巡査長がまたも叫ぶ。
「逮捕しろ、鳴海! 銃刀法違反で現逮だ!」
もうやめてくれよと思った次の瞬間、白と茶色のブロックで模様を形作った歩道に赤いものが散った。京哉は何が起こったのか分からない。ただ左の上腕が熱かった。
一瞬の静けさを野次馬の悲鳴が破る。そこでようやく緊急音が聞こえてきた。
金髪男と対峙しながら手も足も出ず、だがなけなしの意地で睨みつけたまま膠着状態に陥っていた京哉は、野次馬の輪が割れて覆面パトカーが現着したのを目に映し、冷や汗をかいた全身で安堵の溜息をつく。
慣れた動きで素早く飛び降りてきた私服二名を五体投地して迎えたいくらい有難く感じた。
おまけに私服の一人が霧島だと気付いた途端、場違いにも声を弾ませてしまう。
「あっ、霧島警視じゃないですか!」
「刺されたのか、鳴海巡査部長!」
「えっ、あっ……嘘?」
我ながら間抜けな反応で霧島の視線を辿り、そこで初めて自分の左腕を見た。すると二の腕をざっくり切られて血が溢れ出している。思わず悲痛な声を上げた。
「あああ、スーツがっ!」
「服の心配をしている場合か!?」
「だってこの他にもう一着しか持ってなくて」
「スーツなど幾らでも買ってやる、いいから下がっていろ!」
ためらいなく霧島は京哉の前に出る。
敵側の援軍にテンパった金髪男がバタフライナイフを幾度も大きく振り回した。霧島は白刃をスウェーバックで避ける。長身の鼻先ギリギリを銀光が薙いだ。更に深くナイフが突き出されて野次馬がまた悲鳴を上げたが、それも最小限の動きで躱す。
落ち着き払った霧島が金髪男の足に軽くフェイントを掛け、超速の上段回し蹴りで手首を打った。ナイフを弾き飛ばされて金髪男が気を取られた隙に間合いを詰めると長身を屈ませて懐に飛び込む。
むしゃぶりついてきた金髪男の勢いも利用し、その右袖と胸ぐらを掴むと身を返して腰に体重を載せ、背負い投げて歩道に叩きつけた。
鮮やかな一本背負いに野次馬が歓声を上げ、拍手で称える。
歩道に金髪男を押さえつけたまま霧島が京哉に向かって叫んだ。
「鳴海巡査部長、ワッパは持っているか!?」
「あっ、はい。でも……」
「早く掛けるんだ」
「はい。十四時四十三分、銃刀法違反と傷害及び公務執行妨害で現行犯逮捕します」
犯人逮捕の金星を与えられることに対して僅かにためらったが、結局京哉は金髪男の両手首に手錠を掛けた。セオリー通りの身体検査で金髪男の白いジャージのポケットからパケと呼ばれる小さな袋に入った白い粉と注射器も発見される。
叩けばもっとホコリの出そうなホシをようやく駆けつけたPBの人員に一旦任せ、真城署刑事課員がやってくるのを待つ間に霧島が京哉の傷を看てくれた。
「痛いか?」
「いえ、殆ど痛みはありません。熱いだけで」
「痛くないのは拙いぞ。傷が深い証拠だ」
「そうなんですか?」
「ああ」
と、ハンカチで傷の上部を縛りながら、
「あと二分早く現着していれば……」
悔しげな呟きを耳にして京哉は何もできなかった自分に恥ずかしさを覚える。犯罪被害を広げてしまったことも含め、申し訳ない気持ちで霧島に頭を下げた。
「すみません。有難うございました、助かりました」
「綺麗な躰に傷などつけるな、京哉」
耳元で囁いた低音に思わず横顔を見返したが、そのとき既に現場責任者として霧島は動き始めていた。
まもなく駆けつけた真城署員たちに指示を飛ばして二台現着した救急車の一台に、まずは鼻血を出して顔を腫らしたタクシー運転手と殴られ蹴られてへたり込んでいた沢野巡査長を乗せ、制服二名を付き添わせて送り出す。
薬物中毒らしい金髪男はパトカーで真城署送りだ。
申し訳なさから実況見分まで終わらせると主張した京哉だったが、片腕を血だらけにしての言い分を霧島は聞き入れず、即刻もう一台の救急車に押し込まれる。
十分ほどで真城市民病院に辿り着いて救急処置室で医師の処置を受けた。
結果として傷は深い処で二センチにも達していた。
麻酔を打たれて血管縫合され、長さ六センチほどの傷を十二針縫われる。
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