Hope Maker[ホープメーカー]~Barter.12~

志賀雅基

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第40話

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 ニコルは付き合いの長いナイジェルを、ある意味信用しているらしく頷いた。

「まずは一ヶ所。この安全圏の爆破音と衝撃で工場付近の人員を避難させる。社屋側からスティードが煽る手筈だから問題ないだろう。五分後に戦闘薬工場爆破のスイッチを押す。それでいいな?」

 ここにいないスティード以外の全員が頷きナイジェルが起爆スイッチを手にする。

「まず、一発」

 二秒後、腹の底を揺さぶられるような爆発音と地響きがした。

「ああ、この響き……いいですねえ、うっとりしますぜ」
「気持ちの悪い感想はいいから! 今ので本当に大丈夫なんですか?」
「あんまり怒ると美人が台無しじゃないっすか」
「そんなことは訊いていません。や、触んないで、この変態ヤク中爆弾魔!」

「私の妻に触れるな、その手を離せ」
「うわあっ、そんな銃で……暴力反対!」
「爆弾は暴力ではないのか? 用は済んだ。世のため人のためにミンチにしてやる」
「ここでは目立つ、霧島。撃つならせめてトラックの中にしろ」
「トラックの中でもわたしは掻き集めるのは嫌ですからね、ニコル。……三分経過」

 五分を待たずにニコルの携帯が震える。スティードから全員退避完了の合図だ。

「じゃあ、いきますぜ。俺の世紀の作品を照覧あれ!」

 全員が耳を塞いだ瞬間、カッと辺りが明るくなり空気が固体のように震えた。心配になった霧島と京哉は工場の見える位置まで走る。黒煙に混じって火柱が見えたのは一瞬で、それもすぐに収まった。火災は起きていない。

 社屋側に殆ど被害はないようだ。数枚の窓に亀裂が入っているのは爆破のせいか元からなのか分からなかった。何事かと駆け出してきた社員たちが口を開けて工場だった場所を仰ぎ見ている。走り寄ってその野次馬的な人の輪に霧島と京哉も混ざった。

 爆薬を仕掛けた工場とタンクは、そこだけが瓦礫の積まれた更地となっていた。

「うーん、変態でもすごいですよね」
「華麗な爆破を成功させるのは、愛、ですぜ」
「わっ、また来た! しっしっ」

 マゾの気でもあるのか妙に京哉に懐いたナイジェルは、容赦なく蹴りを入れられながら嬉しそうにトラックに戻る。そうして六人揃うと霧島は地元組の表情を窺った。

 ニコルもルーカスもスティードも、ナイジェルでさえも、ここにきて希望の光を目に映したように瞳を輝かせている。これまで唯一の希望としてきたものを自らの手で打ち砕いたにも関わらず、誰一人として感傷的に過去を振り向いてはいない。

 彼らは子孫に新たな希望を作り受け渡してゆくため、今、古い希望を脱ぎ捨てたのだ。自分たちの生き方そのものが希望であり、未来を切り拓くという強い決意を宿していた。

 口元に笑みを浮かべたニコルが霧島と京哉に頷いたのち、号令を掛ける。

「オペレーション終了。全員、車両に乗れ」

 前席にスティードとニコルにルーカス、後席に霧島と京哉にナイジェルというぎゅう詰めで駐屯地に向かった。この配置はナイジェルが京哉から離れなかったからだ。それでも狭い座席で京哉は僅かでも爆弾魔の変態と隙間を空けようと霧島側に身を寄せていた。

「そんなに避けなくてもいいじゃないっすか」
「変態と腐女子は伝染病、うつると困るんです!」
「爆破成功のご褒美に、この辺にチュウっとか」
「忍さんに脳ミソをミートソースにされたくなければ黙った方がいいと思う」

 頭にガツンと銃口を押し当てられ、ナイジェルは歯の溶けた口を閉じた。これ以上ない本気を感じ取ったようだ。だが密かに足を京哉に寄せて容赦なく踏み潰される。

 後席の騒ぎを聞きながらニコルが霧島に声を投げた。

「あんたたちはこれで任務完了だな。帰るんだろう、日本国へ」
「ああ、そうなるな。羨ましいか?」

 大柄な二人に挟まれたルーカスが僅かに口許を緩める。

「どんな所であろうとも、ここがわたしたちの国、故郷なんです。これで何が変わるか分かりませんが、貴方たちには自分の戦場でわたしたちを見ていて欲しい」

「そうか。じつは私たちの本業は警察官なんだが、何故かたびたびスパイじみた任務ばかりに就かされてな。日本のヤクザに潜入させられたり、三毛猫一匹を奪い合いって銃撃戦をしたり、砂漠で干物になりかけたり、それはそれで日々が戦争なんだ」
「何だ、そりゃ。軍人じゃないのか。どうりで緩い、話の分かる奴らだと思ったぜ」

 そのとき京哉が身を乗り出して前方を指差した。

「ちょっと待って。あれ、あそこ見て下さい!」

 プロのスナイパーである京哉が抜群の視力で見つけたのは星空を黒々と切り取る機影だった。一機ではない、二十はいる。やがてそのローター音がトラックの窓も震わせ始めた。街の建物に次々と明かりが灯る。窓が開いて人々が上空を見上げていた。

 その数に呆然として誰もが黙った中、ニコルが呟く。

「爆撃ヘリだ……」
「半端な数じゃない!」

 呼応した京哉が夜目にもざっと数えただけで、その機数は約三十。その間にも既に貨物トラックは街を抜けかけていた。
 第四十二駐屯地方向から飛来した爆撃ヘリ群はトラックの上空を飛び去ってゆく。まもなく背後から爆発音が轟いてきた。
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