Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基

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第21話

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 肩からスリングを外してハイファは銃を下ろす。

 ミラッドラインM9000はブルパップ方式でトリガよりもマガジンが後ろについている。そのマガジンを抜き、ハイファは七発ロードして一旦マガジンを装着、ボルトを引いてチャンバに一発送り込み、マガジンを再度抜いて減った一発を足した。
 もう一度マガジンを叩き込むと七発プラス、チャンバ一発のフルロードだ。

「弾薬もかさばって大変そうだな」
「まあねえ。でも数はあんまり持たないのが普通だよね。これのフルロードでこと足りなかったらRPGでもぶちかました方が早いもん」

「確かにな。でも破壊力を度外視すればRPGよりこっちの方が初速の速さと連射性能に射程距離、どれをとっても有利じゃねぇか?」

「そう。動標に対してはRPGの十倍以上の初速を出すこれが有利、連射性能も比べようがないよ。有効射程だってRPGはせいぜい数百メートルだから、こっちの勝ちだね」
「有効射程が三キロっつーとビームライフルと同じくらいか」

「一応ビームライフルはスペックとして有効射程三キロを謳ってるけど、実際に三キロオーダーを叩き出す人って、僕はまだお目に掛かったことがないよ」
「お前がいるじゃねぇか」
「ふふん。でもやっぱり有質量弾のストッピング・パワーは捨て難いからね」

 それでもこれだけのものを持ち運ぶのはいかにも厄介で、それは最大の欠点だった。
 補給係にオリーブドラブ色のショルダーバッグを借りて残りの弾薬五十二発を詰め込むと、ずっしり重いバッグをハイファは超小型反重力装置を付けた銃に引っ掛けて担ぐ。
 礼を言って外に出ると、また四人でコイルに乗り込んだ。

「オットーも第二基地まで付き合ってくれるの?」

 ハイファの問いにオットーは前を向いたままで頷く。シドとハイファの射撃云々よりもキースのお目付役なのだろう。

 正門を出てからコイルは真っ直ぐ郊外へと向かう。
 三十分近く走って辿り着いた第二基地はコルダの街の外縁にあった。
 屋外射場は基地の裏手で、いっそ清々しいほど何もない荒れ地に割と新しい標的システムを備えた射座と、ユニット建築の整備室が造られていた。

 整備室で迷いなく化け物銃を分解するハイファにシドが訊く。

「お前さ、そういうのを何処で覚えてくるんだ?」
「僕の膨大なカタログコレクション、知らなかった?」
「夜中に眺めてニヤニヤしてるのか」
「貴方がエロ動画見てる間にね」
「うるせぇな、付き合ってやらねぇぞ」

 軍人らしくオットーは姿勢良く立ったままでハイファの手元を眺め、キースは目を輝かせている。まるきり子供のようだ。

 組み上げた銃を担いで射座に出て行くと射撃演習をしていた他の兵士たちが目を剥いてハイファを見つめた。ソフトスーツのまま、華奢に見えるほど細い躰で自分の身長を越えるような巨大銃を撃つというのである。誰もが動きを止めて注目していた。

 おまけにここでも殆ど正体を知られていないらしいキースと隻腕のシドもいて、これで目を惹かなければ嘘だという一団である。
 衆目にまるで構わずハイファは上着を脱いで愛銃を抜き射座の脇に置いた。バイポッドと呼ばれる二脚を立てて反重力装置を外したアンチ・マテリアル・ライフルを射座に据える。

「何処からいくんだ?」
「零点規正、一キロからでお願い」
「一キロ、コピー」
「何だかまた、こういう任務みたいだね」
「任務なあ。すっ飛んじまってる気がするが、まあ、愉しめよ」

 このときばかりはシドが女房役、スポッタという補佐だ。スポッタは雑事をこなして狙撃手にシューティング以外のことを考えさせないようにするという重要な役目を負う。実戦時には狙撃に集中するスナイパーの護衛でもあり、スナイパーが負傷した際のスペアでもあった。

 射座にある標的システムをハイファが操作、シドは首から提げたレーザースコープのアイピースを覗き、片手で難儀しながら一キロ先の標的にフォーカスを合わせる。

「見える?」
「ああ、問題ねぇよ」

 本来ならスポッタの商売道具はスポッティングスコープという専用の大口径望遠鏡、だがシドが分捕ってきたレーザースコープもかなり高性能だった。
 元より今は実戦ではなく機能としては充分である。スコープ付属の機器で測定した緯度・経度・標高、風向・風速・温度・湿度・気圧までをも、シドは律儀に読み上げてゆく。

 狙撃はスコープのレティクルの十字に目標を合わせ、ただトリガを引けば当たるというものではない。様々に変わる条件ごとにデータを基に緻密な計算をして、旋回しながら放物線を描いて飛ぶ弾丸のぶれを修正しなければ、弾は決して的に当たりはしないのだ。

 スポッタからのデータと経験からの勘でハイファは銃付属のスコープを調整した。
 こうして二人が連携してなお最終的にはスナイパーの腕と勘がものをいう、そのセンスに全てが委ねられるのが狙撃という繊細な作業なのである。

 シドもハイファの集中を損ねないよう、もう無駄口は叩かない。キースとオットーも黙って見守っている。射撃演習をしていた兵士たちまでが手を止め口を噤んでハイファの一挙一動に耳目を傾けていた。

 一番安定する伏射姿勢をハイファは取った。腹這いになって両肘をつき上体を反らせて起こす。右脚はバレルの延長線からやや左に真っ直ぐ伸ばし、左脚は角度をつけて開く。

 ブルパップ方式のミラッドラインM9000は銃の後端下に収納可能なハンドルがついている。下に引き出したそのハンドルを左手で強く掴むと右胸に抱え込むようにして、しっかりと肩付けした。左腕とバイポッドで三点支持した形だ。

 可動式トリガガードをスライドさせて除ける。右手でグリップを握った。人差し指をトリガに掛ける。全長百七十七センチ、スコープは遠く接眼できない。レンズカバーを跳ね上げると三十センチほども離れた位置からサイトを覗く。

「いくよ」

 沈黙の数秒後、轟音と共に周囲の空気が固体のようにビリビリと震えた。
 ミラッドラインはセミ・オートマチックだが、通常の弾薬と違いAPFSDS弾なのでエンプティケース、空薬莢は排出されない。二射、三射と撃つ度に、強烈な反動でハイファの全身は二十センチほども前後に揺さぶられていた。油断をすると肩の骨折か、むちうちだ。

 耳栓をしていても鼓膜に突き刺さる音は三回で止み、ハイファは大きく息を吐いてグリップを離した。シドだけでなくオットーとキースも双眼鏡タイプのスコープを整備室から持ち出してきていて、真剣に覗いている。

「三射、オールヒット。やや右上だな」

 シドから渡されたレーザースコープをハイファが覗いて確認した。

「初弾から当てていくとはさすがだが、納得してねぇんだな」
「あと三射やらせて。それから百刻みで三キロまで」
「ラジャー」

 油断はできないが、慣れてくると多少の会話を交わす余裕も出てくる。

「それにしてもすげぇ反動リコイル、銃っていうより小型の砲だな」
「それは言えるかもね。バレル内部はライフリングがなくて滑腔砲みたいなものだから」
「バカみてぇにデカい弾だが思ったよりマズルフラッシュは派手じゃねぇな」

「うん、僕も思った。空気抵抗で分離するサボの引っ掛かり防止に、フラッシュハイダーの類は何もついていないんだけどね」
「これなら重戦コイルの装甲だっていけるんじゃねぇか」

「データでは一キロの距離から五センチ厚の防弾鋼鈑を破れることになってるよ。おまけにスコープは特殊サイト、光量自動調節機能付きの光学照準器を標準装備だからね。肉眼よりも夜はよく見える筈」
「へえ。肩は大丈夫なのか?」

「反動の逃がし方は分かってるから」
「無理はするなよ」
「アイ・サー」

 結局、標的システムの限界の三キロまでをハイファは見事にヘッドショットでクリアした。その頃には周囲の兵士全員がスコープを手にしており、ハイファが射座から立ち上がると拍手喝采が湧き起こった。微笑んだハイファは芝居がかった優雅な礼で応える。

 ランチの誘いを七回断ったハイファはミラッドラインを整備室で丁寧に分解清掃して再び組み上げ、四人はコイルに乗って中央基地に戻った。
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