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第4話
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機捜の詰め所では置いてきぼりを食らった小田切がムッとして煙草を吸っていた。
「人には仕事をさせておいて二人でドライブとは、いいご身分だよな!」
「遊んでいた訳ではないが、なかなか楽しかったぞ」
涼しい声で言って霧島はデスクに就く。京哉は一番上等な茶を三人分淹れて上司と自分に配給してから席に着いた。立ち上げっ放しのノーパソを操作してみて驚く。
「ええっ、督促メールの来てた書類が全部出来上がってる!」
まさか留守の間に小田切が本当に仕事をしていたとは思いも寄らなかったのだ。
「うわあ、信じられない!」
「俺様に掛かればこのくらいチョロいさ」
「すごいすごい、明日はこの辺りに雪が降るかも!」
「確かに大したものだ。雪どころかカエルでも降ってくるかも知れん」
「本気で言ってるのが分かる辺り、つくづくあんたらって酷い奴だな」
茶を飲み、煙草を吸いながら騒ぎつつ、京哉は関係各所に書類をメールで送る。するともう十八時を過ぎていた。ノートパソコンの電源を落とし、湯呑みや灰皿を片付けて帰り支度をする。
だが明日の朝まで勤務する隊員たちに三人が敬礼しようとした途端、室内の空気が震えて皆が凍ったように身構えた。またもスピーカーから音声が流れ出す。
今度は事の重大さが違った。指令部から直接流れる同時通報、通称同報である。
《指令部より各局。真城市内の鈴吉山中にて男性が倒れていると携帯からの一般入電。先に現着した交番からの一報では男性は射殺された模様。関係各局は速やかに現場に急行されたし。繰り返す――》
晩飯休憩で戻ってきていた隊員たちが立ち上がり一斉に出入り口に殺到した。今度は殺しだ。京哉が鋭く霧島を見ると霧島は灰色の目を煌かせて頷いた。
「もし射殺が狙撃ならお前の経験と勘が必要だ。鳴海、来い!」
「待てよ! 俺だって狙撃のプロだぜ。今度こそ俺も行くからな」
宣言した小田切に霧島は一瞥をくれ、背を向けてから声を投げる。
「ふん。好きにしろ」
詰め所を出ると三人で階段を駆け下り、裏口から出てメタリックグリーンの覆面に乗った。今度もステアリングを握るのは運転が一番巧みな霧島だ。助手席に京哉が乗り込み小田切は後部座席に収まる。大通りに出るとパトライトと緊急音を出した。
真城市は白藤市の隣で霧島と京哉の暮らすマンションもある。故に途中までは慣れた道だが既に日も暮れた雨の帰宅ラッシュだ。おまけに白藤市内は高低様々なビルが林立する大都市である。ブレーキランプを雨に滲ませる車列がぎっしりだった。
緊急走行していても上手く避けてくれる車ばかりではない。特に金曜の夜ともなると普段運転しないホリデードライバーもいる。窓外を透かし見て京哉が呟いた。
「結構かかりそうですね」
「でも死体は逃げないだろ?」
ルームミラーに映った小田切をチラリと見やり、霧島が吐き捨てるように言う。
「本っ当に馬鹿だな、貴様は。ホシと手掛かりが逃げるんだ」
「あ、もしかして小田切さん、狙撃以外で死体見るの初めてじゃないんですか?」
揶揄したつもりはなかったが、京哉の言葉はビンゴを引いたらしく小田切はむくれた。事実として大学を卒業して入庁し経験的に交番勤務したのみで、まともに現場に出たことがないのは他のキャリアと同じである。
敢えて言うなら警備部SAT狙撃班所属として狙撃現場に出た経験があるだけマシと言えるのだが、それでも小田切はスコープ越しの死体しか見たことがなかった。
「誰にだって初めてはあるだろ」
「馬鹿になんかしてませんよ、自分から出張るなんてすごいなあって思っただけで」
「やっぱり優しいなあ、京哉くんは」
「心がけは立派だが、初心者向けであるのを祈っておくんだな」
言いつつ霧島は見事な運転技術で他車を追い抜いてゆく。まもなくバイパスに乗って、やがて真城市に入った。真城市は白藤市のベッドタウンといった存在で二次元的な光景が広がっている。時折郊外一軒型の店舗が過剰なほど明かりを灯していた。
暫く走ってバイパスを降り、毎日通っている道から逸れる。鈴吉山方面に向かうと外灯も少なくなった。雨も手伝って非常に淋しい道である。
しかし現場はGPSと無線を利用したカーロケータによりピンポイントで分かっているので迷うことはない。
橋を渡り峠道を辿って道路脇に緊急車両が列を成して駐められた場所に辿り着く。京哉がサイレンを止め霧島は覆面を並べて駐めた。まだ雨は降っていたが構わず三人は降車する。京哉は辺りを見回した、ここは斜面の中腹にある道路らしい。
道路の片側は上り斜面、片側が下り斜面になっていて、どちらも鬱蒼と茂った笹薮になっていた。下り斜面の方に鑑識が灯した強力なライトとブルーシートがある。
この場の最上級者である霧島を見つけてやってきたのは、またも捜一の三係長だ。
「雨ん中を隊長さんはご苦労さんですなあ」
「そちらこそ。状況はどうだ?」
「第一発見者は野鳥を獲るのに違法な罠を仕掛けに来た男でしてな。笹薮の中にカスミ網を仕掛けようとして男の死体を発見。幸い逃げ隠れせずにその場で通報してくれまして。そうでなきゃ時間が掛かっとったでしょうなあ」
「死体の身元は判明したのか?」
「所持していた免許証から都内在住の村西正行、三十二歳で間違いないかと」
「死亡推定時刻はどの辺りだ?」
「約二十時間。雨で冷えとりますから解剖で多少前後するかも知れませんがね」
「二十時間か……」
つまり初動捜査専門の機捜としては今回の案件に関して殆ど出番がないということだった。それでも今後似たような案件が発生する可能性もある。そのとき何も知らないでは話にならない。時間経過した案件についても詳細を掴んでおくのは機捜隊長の霧島の方針だった。
警視の自分が出れば皆に悪いと分かっていたが、事件を前に遠慮はしない。
「よし、臨場するぞ」
濡れた笹薮は滑りやすく、踏み入りながら霧島はごく自然に京哉に片手を差し出している。京哉もしっかりその手を握ってブルーシートに辿り着いた。
こういった姿も皆は既に違和感なく受け入れるくらい見慣れている。あとから小田切もついてきた。
「十八時五十八分、臨場と。わあ、やっちゃってますね」
「まともに顔に食らっているな。おまけにこの雨だ」
と、二人の背後から覗き込んだ小田切が喉の奥で呻いた。途端に霧島が叱咤する。
「小田切、現場を荒らすな!」
捜一や所轄の真城署刑事課員たちが笑って小田切の背を見送った。
「人には仕事をさせておいて二人でドライブとは、いいご身分だよな!」
「遊んでいた訳ではないが、なかなか楽しかったぞ」
涼しい声で言って霧島はデスクに就く。京哉は一番上等な茶を三人分淹れて上司と自分に配給してから席に着いた。立ち上げっ放しのノーパソを操作してみて驚く。
「ええっ、督促メールの来てた書類が全部出来上がってる!」
まさか留守の間に小田切が本当に仕事をしていたとは思いも寄らなかったのだ。
「うわあ、信じられない!」
「俺様に掛かればこのくらいチョロいさ」
「すごいすごい、明日はこの辺りに雪が降るかも!」
「確かに大したものだ。雪どころかカエルでも降ってくるかも知れん」
「本気で言ってるのが分かる辺り、つくづくあんたらって酷い奴だな」
茶を飲み、煙草を吸いながら騒ぎつつ、京哉は関係各所に書類をメールで送る。するともう十八時を過ぎていた。ノートパソコンの電源を落とし、湯呑みや灰皿を片付けて帰り支度をする。
だが明日の朝まで勤務する隊員たちに三人が敬礼しようとした途端、室内の空気が震えて皆が凍ったように身構えた。またもスピーカーから音声が流れ出す。
今度は事の重大さが違った。指令部から直接流れる同時通報、通称同報である。
《指令部より各局。真城市内の鈴吉山中にて男性が倒れていると携帯からの一般入電。先に現着した交番からの一報では男性は射殺された模様。関係各局は速やかに現場に急行されたし。繰り返す――》
晩飯休憩で戻ってきていた隊員たちが立ち上がり一斉に出入り口に殺到した。今度は殺しだ。京哉が鋭く霧島を見ると霧島は灰色の目を煌かせて頷いた。
「もし射殺が狙撃ならお前の経験と勘が必要だ。鳴海、来い!」
「待てよ! 俺だって狙撃のプロだぜ。今度こそ俺も行くからな」
宣言した小田切に霧島は一瞥をくれ、背を向けてから声を投げる。
「ふん。好きにしろ」
詰め所を出ると三人で階段を駆け下り、裏口から出てメタリックグリーンの覆面に乗った。今度もステアリングを握るのは運転が一番巧みな霧島だ。助手席に京哉が乗り込み小田切は後部座席に収まる。大通りに出るとパトライトと緊急音を出した。
真城市は白藤市の隣で霧島と京哉の暮らすマンションもある。故に途中までは慣れた道だが既に日も暮れた雨の帰宅ラッシュだ。おまけに白藤市内は高低様々なビルが林立する大都市である。ブレーキランプを雨に滲ませる車列がぎっしりだった。
緊急走行していても上手く避けてくれる車ばかりではない。特に金曜の夜ともなると普段運転しないホリデードライバーもいる。窓外を透かし見て京哉が呟いた。
「結構かかりそうですね」
「でも死体は逃げないだろ?」
ルームミラーに映った小田切をチラリと見やり、霧島が吐き捨てるように言う。
「本っ当に馬鹿だな、貴様は。ホシと手掛かりが逃げるんだ」
「あ、もしかして小田切さん、狙撃以外で死体見るの初めてじゃないんですか?」
揶揄したつもりはなかったが、京哉の言葉はビンゴを引いたらしく小田切はむくれた。事実として大学を卒業して入庁し経験的に交番勤務したのみで、まともに現場に出たことがないのは他のキャリアと同じである。
敢えて言うなら警備部SAT狙撃班所属として狙撃現場に出た経験があるだけマシと言えるのだが、それでも小田切はスコープ越しの死体しか見たことがなかった。
「誰にだって初めてはあるだろ」
「馬鹿になんかしてませんよ、自分から出張るなんてすごいなあって思っただけで」
「やっぱり優しいなあ、京哉くんは」
「心がけは立派だが、初心者向けであるのを祈っておくんだな」
言いつつ霧島は見事な運転技術で他車を追い抜いてゆく。まもなくバイパスに乗って、やがて真城市に入った。真城市は白藤市のベッドタウンといった存在で二次元的な光景が広がっている。時折郊外一軒型の店舗が過剰なほど明かりを灯していた。
暫く走ってバイパスを降り、毎日通っている道から逸れる。鈴吉山方面に向かうと外灯も少なくなった。雨も手伝って非常に淋しい道である。
しかし現場はGPSと無線を利用したカーロケータによりピンポイントで分かっているので迷うことはない。
橋を渡り峠道を辿って道路脇に緊急車両が列を成して駐められた場所に辿り着く。京哉がサイレンを止め霧島は覆面を並べて駐めた。まだ雨は降っていたが構わず三人は降車する。京哉は辺りを見回した、ここは斜面の中腹にある道路らしい。
道路の片側は上り斜面、片側が下り斜面になっていて、どちらも鬱蒼と茂った笹薮になっていた。下り斜面の方に鑑識が灯した強力なライトとブルーシートがある。
この場の最上級者である霧島を見つけてやってきたのは、またも捜一の三係長だ。
「雨ん中を隊長さんはご苦労さんですなあ」
「そちらこそ。状況はどうだ?」
「第一発見者は野鳥を獲るのに違法な罠を仕掛けに来た男でしてな。笹薮の中にカスミ網を仕掛けようとして男の死体を発見。幸い逃げ隠れせずにその場で通報してくれまして。そうでなきゃ時間が掛かっとったでしょうなあ」
「死体の身元は判明したのか?」
「所持していた免許証から都内在住の村西正行、三十二歳で間違いないかと」
「死亡推定時刻はどの辺りだ?」
「約二十時間。雨で冷えとりますから解剖で多少前後するかも知れませんがね」
「二十時間か……」
つまり初動捜査専門の機捜としては今回の案件に関して殆ど出番がないということだった。それでも今後似たような案件が発生する可能性もある。そのとき何も知らないでは話にならない。時間経過した案件についても詳細を掴んでおくのは機捜隊長の霧島の方針だった。
警視の自分が出れば皆に悪いと分かっていたが、事件を前に遠慮はしない。
「よし、臨場するぞ」
濡れた笹薮は滑りやすく、踏み入りながら霧島はごく自然に京哉に片手を差し出している。京哉もしっかりその手を握ってブルーシートに辿り着いた。
こういった姿も皆は既に違和感なく受け入れるくらい見慣れている。あとから小田切もついてきた。
「十八時五十八分、臨場と。わあ、やっちゃってますね」
「まともに顔に食らっているな。おまけにこの雨だ」
と、二人の背後から覗き込んだ小田切が喉の奥で呻いた。途端に霧島が叱咤する。
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