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第26話
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救急処置室で訊くと既に患者のうち二人は病室に移され、一人は手術中だと聞いて外科病棟に足を向ける。まずはナースステーションで患者の怪我の様子を聞いた。
「特別室の魚住さんは左腕を擦り剥いただけよ。ショックはあるみたいだけれど明日には退院できるわ。六〇五号室の香坂さんは左肩を八針縫ったけど入院は三日くらいであとは通院、でも手術中の小田切さんは左鎖骨骨折だから長期は覚悟しておいて」
礼を述べて二人は六〇五号室に向かい、ノックして香坂の声を聞いてからスライド式のドアを開ける。香坂は横になり点滴されていた。二度目の弾傷を負って顔色は更に白い。
だが容赦なく霧島は知りたいことを開口一番で訊く。
「いったい誰がメインで狙われた?」
鋭い目をした霧島に香坂は溜息をついた。
「おそらく僕だ。初弾が外れて車にヒット、それが支社長を掠めた直後に二発連続で撃たれた。先に僕の肩に当たって車の陰まで回り込もうとした僕の前に基生が出たんだ。全く、あの餃子男は余計な真似を」
それが本当に悔しそうで却って霧島と京哉は笑わせられる。だが小田切が香坂を庇わなければ身長差から見て銃弾は香坂の頭を砕いていた可能性が高い。
これで全弾ぶち込まれなかったが本気で殺すつもりだったのは、はっきりした訳である。
ホシはスコープ内で香坂が生きているのを見ただろうが、小田切が邪魔でそれ以上は撃てず仕方なく撤退を決めたのだ。
そこまで知るとさすがに霧島も男として小田切が気の毒になり援護に出る。
「ねじ曲がった見方をせずに、たまには小田切の愛情を素直に受け取ってやれ」
「そうは言うがあの男は僕の運転するパトカーと住宅の塀を全損させたんだぞ。それだけじゃない、ドロドロの人間関係編もあるんだが聞きたいか?」
僅かに霧島が引く。そこでノックがして看護師二人がベッドごと小田切を運んできた。ここは二人部屋、香坂は嫌がりそうだが小田切と同居を余儀なくされるらしい。
香坂の点滴もついでに刺し替えて看護師が出て行くと社用車を勝手に持ち出し仕事も放り出してきた霧島と京哉は辞去しようとする。しかし香坂まで起き出してパイプ椅子に掛けてあった血だらけの衣服を身に着けようとした。
霧島が眉をひそめる。
「何をしている、あんたは入院だろう?」
「だから何だって言うのさ? 寝ていたらいつまで経っても案件は終わらない」
「たった三日だ、我慢しろ。ここの看護師長がどれだけ怖いか知っているのか?」
「それはぞっとする話だが、戻ってこなきゃいいってことだろ?」
「私も京哉も怪我人の世話を焼いているヒマはないのだがな」
言い合っていると声に気付いたか小田切がもう麻酔から醒めて目を覚ました。局所麻酔での手術だったらしく起き上がるなり動き出す。点滴をぶち切る勢いでベッドから降りると香坂を右腕一本でベッドにねじ伏せた。
目的は当然、香坂の脱走を防ぐことだったようだが、顔色はともかくまるで支障ない動きで香坂は小田切に膝蹴りを入れた。
「あ痛っ! それは反則、互いに男だろっ!」
男性のウィークポイントに膝蹴りを入れられて小田切はしゃがみ込む。だが更に香坂は小田切の腹と頭に容赦ない蹴りを見舞った。蹴り倒しておいて肩で息をする香坂を眺め、京哉は余程酷い目に遭ったんだなあと思いつつ、小田切に手を貸してベッドに上がらせてやる。
幾ら何でも部下として負傷中の副隊長を転がしたまま放置する訳にいかない。
「でも小田切さんが香坂さんを庇って護った事実は変わらないんですよね」
「恩を着せるつもりはない。だが俺は怜、お前が出て行くのを許さないからな」
「基生、あんたに護って欲しいと言ってない。出て行く許可もあんたに求めてない」
「そんな顔色して何を言っているんだい? あとは霧島さんたちに任せろ」
「僕がいないと香坂堂本社が全員退かせる可能性があるんだ、分からないのか? 後を霧島警視に任せたらそれこそ霧島カンパニーの二の舞だ。それを防ぎつつ案件を解決するのが今の僕の職務だぞ。クスリも武器弾薬も放置できない。僕は行く」
「だからって怜、霧島さんの言う通りだ。怪我人に何ができる?」
延々言い争うも平行線で互いに譲らず、聞き飽きて霧島は大欠伸し、京哉は締めたタイをひねくり回した。そこで仕方なく霧島は欠伸で滲んだ涙を拭いながら妥協案を提出してやる。
「どうせ入院ならうちの保養所で寝ていても同じだと思うんだがな」
「おっ、それは名案だな。だけどそこまで迷惑をかけてもいいのかい?」
「あんたらの話を聞いていると構う構わんの問題ではない気がしてきた。喋りだけで病院食のカロリーを全消費するだろう。それにここより保養所の方が狙われづらい」
「それなら僕が抜けた事実も隠せる。捜査も続行できるし有難い」
名は存在し香坂堂白藤支社での悪事が露見した場合には上層部と図って実効的に采配を振るうのだろうが、事実として香坂は霧島と京哉に捜査を丸投げする気らしい。
確かに怪我人でもあり霧島と京哉は本部長勅令でこの捜査に専従する任務を与えられている。だからといって都合良すぎないか? などと約二名は思ったが仕方ない。
仕方ないので保養所の今枝に霧島が連絡を取った。ナースコールを押して京哉が簡潔に事情を話す。保養所には専属医師もいるので香坂と小田切の転院許可はすぐに下りた。まもなく看護師と担当医がきて点滴を抜き診察して釈放となる。
ここまできたので保養所に戻る前に霧島と京哉は魚住支社長を見舞うことにした。
特別室をノックして返事を待ち、スライドドアを開けるとそこには野坂だけでなく聴取を終えたドライバーも立っていた。野坂はツーポイント眼鏡の奥から変わらず冷たい目で二人を見た。だが何も言わず代わりに上体を起こしていた支社長が微笑む。
「やあ、大した怪我でもないのに驚かせてしまってすまないね。香坂くんと小田切くんは大怪我だそうだが、もう会ってきたかね?」
「はい。小田切と香坂は暫く研修も休みを頂くことになりそうです」
「ゆっくり療養して欲しいものだ。それで霧島くんと鳴海くんはどうするかね?」
「私と鳴海はまだお世話になります」
「それは良かった。秘書室も二人だと淋しいからね」
元気そうな支社長だったがやはりショックがあるのか顔色がやや悪く、霧島と京哉は早々に特別室を辞した。六〇五号室に戻ると怪我人組の鎮痛剤が効いている間に移動しようとナースステーションで挨拶する。外の駐車場に置いた社用スリードアまで歩いて乗り込んだ。
狭い上に足回りが硬くて乗り心地は悪かったが仕方ない。
出発して最初のガソリンスタンドで給油してから貝崎市の保養所に向かった。四十分ほどで着くと怪我人組は今枝執事に任せ、霧島と京哉は香坂堂白藤支社に戻る。
車を元に戻して三十八階の秘書室に入ると、先に帰っていた野坂が不審そうな目を向けてきた。あくまで二人は気付かないふりでバインダーを抱えると秘書室を出る。
「あんなに睨まなくてもいいと思いませんか?」
「確かに私に付随して我々が現職警察官だという事実も知っている筈だしな」
「何があんなに気に食わないんでしょうね?」
「知らんが、そういう人間もいるだろう。気にしないことだ」
喋りながらも残り二枚の書類にサインを貰うのは簡単だった。昨日と同じく総務に書類を全て預けると戻った秘書室に人事部長の大釜氏がいた。聞けば午後から迎えた来客二件をキャンセルできず、支社長に次ぐ権限者の人事部長が代打で客の相手をしたらしい。
「やあ、きみたちも立派に秘書室の業務を果たしてくれているようで助かるよ」
などという大釜氏の話を聞きながら幸恵の淹れた紅茶を飲み、京哉は煙草を吸う。あと五分で定時の十七時半だ。
だがその時ノックもせずにドアが開いて男が二人入ってきた。見るからにガラの悪い男二人は大釜部長に目を止めるとニヤリと笑う。
「何処にもいねぇと思ったら、こんな所に隠れてやがったのか」
「部長さん、例の引き渡し期限が過ぎているんですけれどもねえ」
ねっとりと喋りながら男の一人がドブ色のスーツのポケットから煙草を出して火を点けると、大釜部長にまともに煙を吹きかけた。関係性は分からないが、赤の他人であっても通常ならこれはビビる。
急激に顔色を悪くした大釜部長は浮かんだ汗をハンカチで拭きつつ、何の対応も取れずに硬直していた。それでも結局は男たちに果敢に告げる。
「く、詳しい話はあとだ、わたしは部屋に戻る。きみらも一緒に来てくれ」
「ふん。けどここは何なんだ、男も女も美人揃いでハーレムみたいだぜ」
「秘書って奴は美人じゃないと務まらねぇんだろう」
「客のものを咥えてなんぼってか?」
「けどそこの女以外は食いちぎりそうな目ぇしてて危ねぇぞ」
下品に嗤う男たちに人事部長は同じ言葉を繰り返した。それで男らは肩を竦める。
「へいへい、分かりましたよ、部長さん」
「皆さん、お騒がせしましたねえ。また美人を見に来るぜ」
「早く来てくれ! こっちだ!」
大釜部長とガラの悪い男二人が消えると凍った空気が融け流れ始めたようだった。
「特別室の魚住さんは左腕を擦り剥いただけよ。ショックはあるみたいだけれど明日には退院できるわ。六〇五号室の香坂さんは左肩を八針縫ったけど入院は三日くらいであとは通院、でも手術中の小田切さんは左鎖骨骨折だから長期は覚悟しておいて」
礼を述べて二人は六〇五号室に向かい、ノックして香坂の声を聞いてからスライド式のドアを開ける。香坂は横になり点滴されていた。二度目の弾傷を負って顔色は更に白い。
だが容赦なく霧島は知りたいことを開口一番で訊く。
「いったい誰がメインで狙われた?」
鋭い目をした霧島に香坂は溜息をついた。
「おそらく僕だ。初弾が外れて車にヒット、それが支社長を掠めた直後に二発連続で撃たれた。先に僕の肩に当たって車の陰まで回り込もうとした僕の前に基生が出たんだ。全く、あの餃子男は余計な真似を」
それが本当に悔しそうで却って霧島と京哉は笑わせられる。だが小田切が香坂を庇わなければ身長差から見て銃弾は香坂の頭を砕いていた可能性が高い。
これで全弾ぶち込まれなかったが本気で殺すつもりだったのは、はっきりした訳である。
ホシはスコープ内で香坂が生きているのを見ただろうが、小田切が邪魔でそれ以上は撃てず仕方なく撤退を決めたのだ。
そこまで知るとさすがに霧島も男として小田切が気の毒になり援護に出る。
「ねじ曲がった見方をせずに、たまには小田切の愛情を素直に受け取ってやれ」
「そうは言うがあの男は僕の運転するパトカーと住宅の塀を全損させたんだぞ。それだけじゃない、ドロドロの人間関係編もあるんだが聞きたいか?」
僅かに霧島が引く。そこでノックがして看護師二人がベッドごと小田切を運んできた。ここは二人部屋、香坂は嫌がりそうだが小田切と同居を余儀なくされるらしい。
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「たった三日だ、我慢しろ。ここの看護師長がどれだけ怖いか知っているのか?」
「それはぞっとする話だが、戻ってこなきゃいいってことだろ?」
「私も京哉も怪我人の世話を焼いているヒマはないのだがな」
言い合っていると声に気付いたか小田切がもう麻酔から醒めて目を覚ました。局所麻酔での手術だったらしく起き上がるなり動き出す。点滴をぶち切る勢いでベッドから降りると香坂を右腕一本でベッドにねじ伏せた。
目的は当然、香坂の脱走を防ぐことだったようだが、顔色はともかくまるで支障ない動きで香坂は小田切に膝蹴りを入れた。
「あ痛っ! それは反則、互いに男だろっ!」
男性のウィークポイントに膝蹴りを入れられて小田切はしゃがみ込む。だが更に香坂は小田切の腹と頭に容赦ない蹴りを見舞った。蹴り倒しておいて肩で息をする香坂を眺め、京哉は余程酷い目に遭ったんだなあと思いつつ、小田切に手を貸してベッドに上がらせてやる。
幾ら何でも部下として負傷中の副隊長を転がしたまま放置する訳にいかない。
「でも小田切さんが香坂さんを庇って護った事実は変わらないんですよね」
「恩を着せるつもりはない。だが俺は怜、お前が出て行くのを許さないからな」
「基生、あんたに護って欲しいと言ってない。出て行く許可もあんたに求めてない」
「そんな顔色して何を言っているんだい? あとは霧島さんたちに任せろ」
「僕がいないと香坂堂本社が全員退かせる可能性があるんだ、分からないのか? 後を霧島警視に任せたらそれこそ霧島カンパニーの二の舞だ。それを防ぎつつ案件を解決するのが今の僕の職務だぞ。クスリも武器弾薬も放置できない。僕は行く」
「だからって怜、霧島さんの言う通りだ。怪我人に何ができる?」
延々言い争うも平行線で互いに譲らず、聞き飽きて霧島は大欠伸し、京哉は締めたタイをひねくり回した。そこで仕方なく霧島は欠伸で滲んだ涙を拭いながら妥協案を提出してやる。
「どうせ入院ならうちの保養所で寝ていても同じだと思うんだがな」
「おっ、それは名案だな。だけどそこまで迷惑をかけてもいいのかい?」
「あんたらの話を聞いていると構う構わんの問題ではない気がしてきた。喋りだけで病院食のカロリーを全消費するだろう。それにここより保養所の方が狙われづらい」
「それなら僕が抜けた事実も隠せる。捜査も続行できるし有難い」
名は存在し香坂堂白藤支社での悪事が露見した場合には上層部と図って実効的に采配を振るうのだろうが、事実として香坂は霧島と京哉に捜査を丸投げする気らしい。
確かに怪我人でもあり霧島と京哉は本部長勅令でこの捜査に専従する任務を与えられている。だからといって都合良すぎないか? などと約二名は思ったが仕方ない。
仕方ないので保養所の今枝に霧島が連絡を取った。ナースコールを押して京哉が簡潔に事情を話す。保養所には専属医師もいるので香坂と小田切の転院許可はすぐに下りた。まもなく看護師と担当医がきて点滴を抜き診察して釈放となる。
ここまできたので保養所に戻る前に霧島と京哉は魚住支社長を見舞うことにした。
特別室をノックして返事を待ち、スライドドアを開けるとそこには野坂だけでなく聴取を終えたドライバーも立っていた。野坂はツーポイント眼鏡の奥から変わらず冷たい目で二人を見た。だが何も言わず代わりに上体を起こしていた支社長が微笑む。
「やあ、大した怪我でもないのに驚かせてしまってすまないね。香坂くんと小田切くんは大怪我だそうだが、もう会ってきたかね?」
「はい。小田切と香坂は暫く研修も休みを頂くことになりそうです」
「ゆっくり療養して欲しいものだ。それで霧島くんと鳴海くんはどうするかね?」
「私と鳴海はまだお世話になります」
「それは良かった。秘書室も二人だと淋しいからね」
元気そうな支社長だったがやはりショックがあるのか顔色がやや悪く、霧島と京哉は早々に特別室を辞した。六〇五号室に戻ると怪我人組の鎮痛剤が効いている間に移動しようとナースステーションで挨拶する。外の駐車場に置いた社用スリードアまで歩いて乗り込んだ。
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車を元に戻して三十八階の秘書室に入ると、先に帰っていた野坂が不審そうな目を向けてきた。あくまで二人は気付かないふりでバインダーを抱えると秘書室を出る。
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「確かに私に付随して我々が現職警察官だという事実も知っている筈だしな」
「何があんなに気に食わないんでしょうね?」
「知らんが、そういう人間もいるだろう。気にしないことだ」
喋りながらも残り二枚の書類にサインを貰うのは簡単だった。昨日と同じく総務に書類を全て預けると戻った秘書室に人事部長の大釜氏がいた。聞けば午後から迎えた来客二件をキャンセルできず、支社長に次ぐ権限者の人事部長が代打で客の相手をしたらしい。
「やあ、きみたちも立派に秘書室の業務を果たしてくれているようで助かるよ」
などという大釜氏の話を聞きながら幸恵の淹れた紅茶を飲み、京哉は煙草を吸う。あと五分で定時の十七時半だ。
だがその時ノックもせずにドアが開いて男が二人入ってきた。見るからにガラの悪い男二人は大釜部長に目を止めるとニヤリと笑う。
「何処にもいねぇと思ったら、こんな所に隠れてやがったのか」
「部長さん、例の引き渡し期限が過ぎているんですけれどもねえ」
ねっとりと喋りながら男の一人がドブ色のスーツのポケットから煙草を出して火を点けると、大釜部長にまともに煙を吹きかけた。関係性は分からないが、赤の他人であっても通常ならこれはビビる。
急激に顔色を悪くした大釜部長は浮かんだ汗をハンカチで拭きつつ、何の対応も取れずに硬直していた。それでも結局は男たちに果敢に告げる。
「く、詳しい話はあとだ、わたしは部屋に戻る。きみらも一緒に来てくれ」
「ふん。けどここは何なんだ、男も女も美人揃いでハーレムみたいだぜ」
「秘書って奴は美人じゃないと務まらねぇんだろう」
「客のものを咥えてなんぼってか?」
「けどそこの女以外は食いちぎりそうな目ぇしてて危ねぇぞ」
下品に嗤う男たちに人事部長は同じ言葉を繰り返した。それで男らは肩を竦める。
「へいへい、分かりましたよ、部長さん」
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