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第27話
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「何だったんでしょうか、あれは?」
訊いたが初めてのことだったらしく幸恵は黙って首を横に振る。怖かったのか顔色が酷く悪い。一方で霧島に負けない鉄面皮の野坂は表面上は何ら変わらず、だが明らかに不機嫌に眼鏡を押し上げつつ言った。
「わたしたちに訊かれても知りませんが、大釜部長個人の問題かと思われます。社にとって不名誉なことですから支社長に裁定を仰ぎ早急に対処しましょう」
このあとまた病院に向かう野坂は定時のチャイムと同時に皆にタイムカードを打たせて幸恵まで秘書室から追い出す。怒涛の帰宅ラッシュはエレベーターから始まっていたが、何とか三人は一階エントランスに無事に立つことができた。
外の風で目が覚めたような気分になった京哉が幸恵に訊く。
「白川さんは何処に住んでいるんですか?」
「白川さんなんて。幸恵でいいです。わたしは市内の四菱学園近くのマンションに」
「結構遠いですね。秘書室はいつからなんでしょうか?」
「会計課から移ってもう二年近くになります。じつは野坂室長の先輩なんですよ」
普段は他人にあまり個人的なことを訊きたがらない京哉だったが社内で密輸・密売のヒントを掴もうと誰にでも訊き回っていたのでクセになってしまっていたのだ。
喋りながらエントランス前で待っていると客待ちのタクシーが数台停まった辺りに人が列を成している。帰宅時まで公共交通機関を使えとは指示されていない。京哉が霧島を見上げて訊くと霧島も頷いた。
「僕らは県警本部まで行くんですけど、幸恵さんも途中までどうですか?」
「じゃあ、割り勘なら言葉に甘えます」
順番がやってくるとタクシーの助手席に京哉が座り、後部座席に霧島と幸恵が乗り込む。京哉と女性を同席させまいとする霧島の無言の威圧的主張でこうなったのだ。だが喋るのは京哉と幸恵ばかりである。
「幸恵さんは入社して何年ですか?」
「あら、それは内緒です。鳴海さんや霧島さんよりずっと年上なのがバレますから」
「あっ、すみません。女性に失礼なことを訊いちゃいました」
「そうですよ、歳と体重は女性のトップシークレットなんですからね」
どうでもいいことを話しているうちにタクシーは県警本部の前に着いた。言った通りに割り勘で料金を支払う。本部前にもバス停はあるので幸恵も一緒に降りた。もう日が暮れているので気を付けるように念を押した京哉はバス停の客列に並んだ幸恵と手を振り合う。
「随分と早く帰れそうで嬉しいです。有難うございました」
「割り勘でお礼もないですよ。じゃあ、月曜日にまた」
手を降ろして背を向けると京哉は霧島を見上げた。予想通り年上の男は全く気にしていない素振りをしながらも、シャープなラインを描く頬にでかでかと『不愉快だ』と大書きしてあるようだった。京哉は笑ったが霧島は余計に不機嫌を溜める。本部庁舎に向かいながら吐き捨てた。
「タラシはお前のようだな、京哉」
「何もタラしていませんよ。聞いていたでしょう、情報収集の一環です」
「その確信犯的なところがタラシだと言っている。大体、秘書室でも幸恵はお前の方ばかり見ていた。気付いていなかったとは言わさんぞ」
「それはたまたまでしょう。喩え僕を見ていたとしても僕は忍さんだけですから」
「調子のいいことを言っても、証拠を見せて貰うまでは騙されんからな」
言うなり霧島は長身を屈めて京哉の耳に「今晩な?」と囁き、舌先で耳朶まで舐めてから離れる。まだ帰宅ラッシュで本部庁舎から職員たちが続々と出てくる中の不意打ちに、京哉はぞくりと身を震わせてから慌てて辺りを見回した。幸い見知った顔はいない。
しかしこちらが見知っていなくても霧島と京哉の二人はある意味、非常に顔が売れている。霧島は『県警本部版・抱かれたい男ランキング』でトップを独走、及び停職中の密会スクープに本部長企画での全国ネット記者発表だ。
京哉は密会スクープされても写真が不鮮明だったのと辛うじて名前も伏せ字だったので助かったのは確かだが、霧島とペアリングまで嵌めたパートナーとして有名人になってしまったのは変わりない。
おまけに今では『鳴海巡査部長を護る会』まで出来ている始末である。
そんな二人を県警本部で知らない人間はモグリという状態で、皆が二人を目にしては笑いかけてゆく。だが視線など気にも留めない霧島は更に京哉と手を繋ごうとし、焦って振り解いた京哉に酷く淋しい顔をしてみせた。
だからといって一線を越えさせると図に乗るので京哉は情けをかけない。そうして歩いているうちに本部庁舎に到着する。
張り番をしている警備部制服組の巡査二名に労いの言葉をかけ、二人は足を踏み入れるとエレベーターに乗った。目的地は三階にある組対で会いに行く相手は薬銃課長の箱崎警視である。霧島の知己だ。
忙しい組対の課長はここに棲んでいるんじゃないかと京哉が思うほど、不在ということがなかった。今日も警電と携帯を両手に持って怒鳴っていたが二人の姿を認めて両方即切りする。部下に指示を出し、書類の山をぶちまけながら出てきてくれた。
「おう、昼間にお宅の副隊長が撃たれたって?」
「ああ。だが憎まれっ子、世に憚るだ。左の鎖骨一本やられただけで済んだ」
「そうか。それで何の用だ?」
「笹山組と西尾組に柏仁会のリストでチンピラの面割りをしたい」
「洒落にならない数がいるが、それでもいいなら。こっちだ」
今回も理由など訊かず箱崎課長はノートパソコン二台を部下に用意させてくれる。部下の一人は紙コップのコーヒーもデスクに置いてくれた。
ひとくち飲んだ京哉は出がらしなのに煮詰まっているコーヒーに、所轄署刑事課員だった頃を思い出して懐かしくなる。
あとは今日の大釜氏への不穏な来訪者二名を割り出す作業だ。もしかしたら完全に空振りかも知れなかったが最初から投げる訳にはいかない。組対が執念で集めた一枚一枚の隠し撮りや捕まった際に撮られた写真などを眺めてはクリックしてゆく。
三十分ほど経った頃、霧島がガラの悪い二人組の両方を見つけた。
「おい、京哉。あったぞ」
「どれですか……あ、ビンゴですね。西尾組の若衆でしたか」
だがそれだけだ。しかし捜査とはこうしたコツコツとした作業を積み重ねである。納得した二人に箱崎警視がノートパソコンの写真を眺めて口を挟んだ。
「坂下と本木か、厄介な奴らと知り合ったらしいな。こいつらは普段、盛り場の店に絡んではショバ代だのミカジメ料だのと小金を巻き上げている。逆を言えば取り立てのプロともいえるな。その程度の頭の出来だが取り立て向き、つまり執念深い」
「なるほど。頭の軽い粘着気質は嫌だな、別に知り合いではないが」
「頭の軽くない粘着気質はもっと嫌だぞ、霧島」
ニヤリと笑われたが霧島は涼しい顔だ。
「私のことか? それより最近、銃や薬物関係でこの辺りの組に動きはないか?」
「活発も活発、昨日と今日連続で真っ昼間から、市内の盛り場で互いのシマに銃弾ぶち込む『ガラス割り』だ。逃げる気もないホシは引っ張ってもダウナー決めてやがって抜けるまで聴取もできん。病院に張り付かせる人員を備から借りるのも限界だ」
「備はそれが仕事だ、割り切るんだな。その警備部のハムに動きは?」
「そこまでは読めん。だがまさかハムがダウナー絡みか?」
箱崎警視の勘の良さに京哉は少々驚くが、霧島同様に表情は動かさない。特別任務であるヘロインや武器弾薬の存在を洩らす訳にはいかない。だから自分たちが動いているのだし、無理を押しても香坂は身を隠すように保養所に移ったのだ。
「いや、何でもない。だがキメて御就寝とはいいご身分だな。助かった、礼を言う」
「いつかあんたにはロイヤルハウスホールドの風呂にでも浸からせて貰うさ」
互いにラフな挙手敬礼、京哉だけは身を折る敬礼をして、二人は組対のフロアを出た。出張名目の二人は機捜にも寄らずに本部を出て再びタクシーに乗る。真っ直ぐ保養所に帰ると十九時五十分だった。手を洗っただけでそのまま小食堂に赴く。
基本的に夕食は二十時からだ。滑り込みセーフで間に合ったが、そこに香坂だけでなく霧島会長の姿もあって霧島はあからさまに嫌な顔をする。ムッとしながら椅子を引かれて着席したが、乾杯も待たずに手酌でグラスにシャンパンを注ぐとごくごく飲み干した。
「やっぱり小田切さんは起きられないんですか?」
「そのようだ。偉そうに僕にはあんな言い方をしたクセに部屋から出ようとしたんだ。だからまた膝蹴りを入れてみたら伸びた。ここの絨毯は寝心地がいいらしい」
「うわあ、放置プレイですか?」
「京哉、はしたないぞ」
「すみません、ついうっかり」
「だがそういうのが好みなら遠慮せずに言ってくれ、私もお前に応えて――」
「――忍さんっ! 僕は普通の……そうじゃなくて!」
誤魔化しきれず真っ赤になった京哉に御前までが笑う。そこにサラダとスープが運ばれてきて皆はシャンパンと共に味わった。
新たな怪我も痛んでいないらしく、香坂は難なくフォークやスプーンを操っている。次にテリーヌに取り掛かったがナイフの扱いも危なげないどころか、さすがは香坂堂の御曹司でマナーも完璧だった。
魚料理が控えめだった代わりに貧血改善週間らしく、肉料理は鴨の紅茶煮ソテーの次に牛タンのシチューまで出される。それを食しながら御前が何気ない口調で喋り始めた。
「桜木情報の続報じゃが、今までこの辺りの主要ヤクザのシノギはシャブと女に粗悪拳銃だったそうじゃ。けれどここ暫くはヘロインと高級拳銃にシフトしているという話での。しかしそのシノギも争奪戦で、ガラス割りだの小競り合いだのが多発しておるらしい」
「それでシノギのネタの催促に支社にまで取り立てにきたんですね」
今日の夕方のことや今まで仕入れた情報を京哉が説明する。聞いて御前は頷いた。
「おそらくそれで間違いなかろう。じゃがそうなると香坂堂白藤支社内で悪さをしておる奴もしくは奴らは、目一杯稼ぎたい訳ではないようじゃのう」
「会計部で発覚した使途不明金の二億が埋まればいいんじゃないのか?」
「忍さんも二億が理由だと思いますか?」
「今のところ、それしか見えんからな」
それまで黙って造血メニューを食していた香坂も同意する。
「ネタはヘロインとベレッタの高級品、二億くらいとっくに埋まった筈だよ。だが相手は金づるを掴んだら骨までしゃぶり尽くす指定暴力団だからね。今更マイナスが埋まったからといって『はい、さようなら』なんて甘い真似はさせない」
「ですよね。違法行為を逆手に取ってもっとネタを吐き出させる気でしょう」
「ならばその線で桜木に再調査させようかの」
それで厄介な話は切り上げ、四人はせっかくのシェフの心づくしを堪能した。
「このシチュー、お肉が柔らかくて美味しいですね」
「鴨のフルーツソースは絶品だね。香坂堂のシェフにも見習わせたいな」
綺麗に食し終えるとナプキンを乱しシェフに料理への賛辞と礼を述べてからロビーに場を移す。けれど二人掛けソファに腰を下ろした霧島の隣に香坂が座って京哉はムッとした。
だがさりげなく立った霧島は京哉の隣の独り掛けに座り直す。勝った京哉は笑いながらも香坂にべーっと舌を出した。
香坂はつんと顔を背ける。
子供のようなやり取りに霧島親子は苦笑し、そこにメイドと今枝執事がワゴンでデザートを運んできた。肉料理が多かったからか本日のデザートはさっぱりと柑橘類のゼリーとヨーグルトムースを重ねたケーキだった。
全員がコーヒーを貰う。
訊いたが初めてのことだったらしく幸恵は黙って首を横に振る。怖かったのか顔色が酷く悪い。一方で霧島に負けない鉄面皮の野坂は表面上は何ら変わらず、だが明らかに不機嫌に眼鏡を押し上げつつ言った。
「わたしたちに訊かれても知りませんが、大釜部長個人の問題かと思われます。社にとって不名誉なことですから支社長に裁定を仰ぎ早急に対処しましょう」
このあとまた病院に向かう野坂は定時のチャイムと同時に皆にタイムカードを打たせて幸恵まで秘書室から追い出す。怒涛の帰宅ラッシュはエレベーターから始まっていたが、何とか三人は一階エントランスに無事に立つことができた。
外の風で目が覚めたような気分になった京哉が幸恵に訊く。
「白川さんは何処に住んでいるんですか?」
「白川さんなんて。幸恵でいいです。わたしは市内の四菱学園近くのマンションに」
「結構遠いですね。秘書室はいつからなんでしょうか?」
「会計課から移ってもう二年近くになります。じつは野坂室長の先輩なんですよ」
普段は他人にあまり個人的なことを訊きたがらない京哉だったが社内で密輸・密売のヒントを掴もうと誰にでも訊き回っていたのでクセになってしまっていたのだ。
喋りながらエントランス前で待っていると客待ちのタクシーが数台停まった辺りに人が列を成している。帰宅時まで公共交通機関を使えとは指示されていない。京哉が霧島を見上げて訊くと霧島も頷いた。
「僕らは県警本部まで行くんですけど、幸恵さんも途中までどうですか?」
「じゃあ、割り勘なら言葉に甘えます」
順番がやってくるとタクシーの助手席に京哉が座り、後部座席に霧島と幸恵が乗り込む。京哉と女性を同席させまいとする霧島の無言の威圧的主張でこうなったのだ。だが喋るのは京哉と幸恵ばかりである。
「幸恵さんは入社して何年ですか?」
「あら、それは内緒です。鳴海さんや霧島さんよりずっと年上なのがバレますから」
「あっ、すみません。女性に失礼なことを訊いちゃいました」
「そうですよ、歳と体重は女性のトップシークレットなんですからね」
どうでもいいことを話しているうちにタクシーは県警本部の前に着いた。言った通りに割り勘で料金を支払う。本部前にもバス停はあるので幸恵も一緒に降りた。もう日が暮れているので気を付けるように念を押した京哉はバス停の客列に並んだ幸恵と手を振り合う。
「随分と早く帰れそうで嬉しいです。有難うございました」
「割り勘でお礼もないですよ。じゃあ、月曜日にまた」
手を降ろして背を向けると京哉は霧島を見上げた。予想通り年上の男は全く気にしていない素振りをしながらも、シャープなラインを描く頬にでかでかと『不愉快だ』と大書きしてあるようだった。京哉は笑ったが霧島は余計に不機嫌を溜める。本部庁舎に向かいながら吐き捨てた。
「タラシはお前のようだな、京哉」
「何もタラしていませんよ。聞いていたでしょう、情報収集の一環です」
「その確信犯的なところがタラシだと言っている。大体、秘書室でも幸恵はお前の方ばかり見ていた。気付いていなかったとは言わさんぞ」
「それはたまたまでしょう。喩え僕を見ていたとしても僕は忍さんだけですから」
「調子のいいことを言っても、証拠を見せて貰うまでは騙されんからな」
言うなり霧島は長身を屈めて京哉の耳に「今晩な?」と囁き、舌先で耳朶まで舐めてから離れる。まだ帰宅ラッシュで本部庁舎から職員たちが続々と出てくる中の不意打ちに、京哉はぞくりと身を震わせてから慌てて辺りを見回した。幸い見知った顔はいない。
しかしこちらが見知っていなくても霧島と京哉の二人はある意味、非常に顔が売れている。霧島は『県警本部版・抱かれたい男ランキング』でトップを独走、及び停職中の密会スクープに本部長企画での全国ネット記者発表だ。
京哉は密会スクープされても写真が不鮮明だったのと辛うじて名前も伏せ字だったので助かったのは確かだが、霧島とペアリングまで嵌めたパートナーとして有名人になってしまったのは変わりない。
おまけに今では『鳴海巡査部長を護る会』まで出来ている始末である。
そんな二人を県警本部で知らない人間はモグリという状態で、皆が二人を目にしては笑いかけてゆく。だが視線など気にも留めない霧島は更に京哉と手を繋ごうとし、焦って振り解いた京哉に酷く淋しい顔をしてみせた。
だからといって一線を越えさせると図に乗るので京哉は情けをかけない。そうして歩いているうちに本部庁舎に到着する。
張り番をしている警備部制服組の巡査二名に労いの言葉をかけ、二人は足を踏み入れるとエレベーターに乗った。目的地は三階にある組対で会いに行く相手は薬銃課長の箱崎警視である。霧島の知己だ。
忙しい組対の課長はここに棲んでいるんじゃないかと京哉が思うほど、不在ということがなかった。今日も警電と携帯を両手に持って怒鳴っていたが二人の姿を認めて両方即切りする。部下に指示を出し、書類の山をぶちまけながら出てきてくれた。
「おう、昼間にお宅の副隊長が撃たれたって?」
「ああ。だが憎まれっ子、世に憚るだ。左の鎖骨一本やられただけで済んだ」
「そうか。それで何の用だ?」
「笹山組と西尾組に柏仁会のリストでチンピラの面割りをしたい」
「洒落にならない数がいるが、それでもいいなら。こっちだ」
今回も理由など訊かず箱崎課長はノートパソコン二台を部下に用意させてくれる。部下の一人は紙コップのコーヒーもデスクに置いてくれた。
ひとくち飲んだ京哉は出がらしなのに煮詰まっているコーヒーに、所轄署刑事課員だった頃を思い出して懐かしくなる。
あとは今日の大釜氏への不穏な来訪者二名を割り出す作業だ。もしかしたら完全に空振りかも知れなかったが最初から投げる訳にはいかない。組対が執念で集めた一枚一枚の隠し撮りや捕まった際に撮られた写真などを眺めてはクリックしてゆく。
三十分ほど経った頃、霧島がガラの悪い二人組の両方を見つけた。
「おい、京哉。あったぞ」
「どれですか……あ、ビンゴですね。西尾組の若衆でしたか」
だがそれだけだ。しかし捜査とはこうしたコツコツとした作業を積み重ねである。納得した二人に箱崎警視がノートパソコンの写真を眺めて口を挟んだ。
「坂下と本木か、厄介な奴らと知り合ったらしいな。こいつらは普段、盛り場の店に絡んではショバ代だのミカジメ料だのと小金を巻き上げている。逆を言えば取り立てのプロともいえるな。その程度の頭の出来だが取り立て向き、つまり執念深い」
「なるほど。頭の軽い粘着気質は嫌だな、別に知り合いではないが」
「頭の軽くない粘着気質はもっと嫌だぞ、霧島」
ニヤリと笑われたが霧島は涼しい顔だ。
「私のことか? それより最近、銃や薬物関係でこの辺りの組に動きはないか?」
「活発も活発、昨日と今日連続で真っ昼間から、市内の盛り場で互いのシマに銃弾ぶち込む『ガラス割り』だ。逃げる気もないホシは引っ張ってもダウナー決めてやがって抜けるまで聴取もできん。病院に張り付かせる人員を備から借りるのも限界だ」
「備はそれが仕事だ、割り切るんだな。その警備部のハムに動きは?」
「そこまでは読めん。だがまさかハムがダウナー絡みか?」
箱崎警視の勘の良さに京哉は少々驚くが、霧島同様に表情は動かさない。特別任務であるヘロインや武器弾薬の存在を洩らす訳にはいかない。だから自分たちが動いているのだし、無理を押しても香坂は身を隠すように保養所に移ったのだ。
「いや、何でもない。だがキメて御就寝とはいいご身分だな。助かった、礼を言う」
「いつかあんたにはロイヤルハウスホールドの風呂にでも浸からせて貰うさ」
互いにラフな挙手敬礼、京哉だけは身を折る敬礼をして、二人は組対のフロアを出た。出張名目の二人は機捜にも寄らずに本部を出て再びタクシーに乗る。真っ直ぐ保養所に帰ると十九時五十分だった。手を洗っただけでそのまま小食堂に赴く。
基本的に夕食は二十時からだ。滑り込みセーフで間に合ったが、そこに香坂だけでなく霧島会長の姿もあって霧島はあからさまに嫌な顔をする。ムッとしながら椅子を引かれて着席したが、乾杯も待たずに手酌でグラスにシャンパンを注ぐとごくごく飲み干した。
「やっぱり小田切さんは起きられないんですか?」
「そのようだ。偉そうに僕にはあんな言い方をしたクセに部屋から出ようとしたんだ。だからまた膝蹴りを入れてみたら伸びた。ここの絨毯は寝心地がいいらしい」
「うわあ、放置プレイですか?」
「京哉、はしたないぞ」
「すみません、ついうっかり」
「だがそういうのが好みなら遠慮せずに言ってくれ、私もお前に応えて――」
「――忍さんっ! 僕は普通の……そうじゃなくて!」
誤魔化しきれず真っ赤になった京哉に御前までが笑う。そこにサラダとスープが運ばれてきて皆はシャンパンと共に味わった。
新たな怪我も痛んでいないらしく、香坂は難なくフォークやスプーンを操っている。次にテリーヌに取り掛かったがナイフの扱いも危なげないどころか、さすがは香坂堂の御曹司でマナーも完璧だった。
魚料理が控えめだった代わりに貧血改善週間らしく、肉料理は鴨の紅茶煮ソテーの次に牛タンのシチューまで出される。それを食しながら御前が何気ない口調で喋り始めた。
「桜木情報の続報じゃが、今までこの辺りの主要ヤクザのシノギはシャブと女に粗悪拳銃だったそうじゃ。けれどここ暫くはヘロインと高級拳銃にシフトしているという話での。しかしそのシノギも争奪戦で、ガラス割りだの小競り合いだのが多発しておるらしい」
「それでシノギのネタの催促に支社にまで取り立てにきたんですね」
今日の夕方のことや今まで仕入れた情報を京哉が説明する。聞いて御前は頷いた。
「おそらくそれで間違いなかろう。じゃがそうなると香坂堂白藤支社内で悪さをしておる奴もしくは奴らは、目一杯稼ぎたい訳ではないようじゃのう」
「会計部で発覚した使途不明金の二億が埋まればいいんじゃないのか?」
「忍さんも二億が理由だと思いますか?」
「今のところ、それしか見えんからな」
それまで黙って造血メニューを食していた香坂も同意する。
「ネタはヘロインとベレッタの高級品、二億くらいとっくに埋まった筈だよ。だが相手は金づるを掴んだら骨までしゃぶり尽くす指定暴力団だからね。今更マイナスが埋まったからといって『はい、さようなら』なんて甘い真似はさせない」
「ですよね。違法行為を逆手に取ってもっとネタを吐き出させる気でしょう」
「ならばその線で桜木に再調査させようかの」
それで厄介な話は切り上げ、四人はせっかくのシェフの心づくしを堪能した。
「このシチュー、お肉が柔らかくて美味しいですね」
「鴨のフルーツソースは絶品だね。香坂堂のシェフにも見習わせたいな」
綺麗に食し終えるとナプキンを乱しシェフに料理への賛辞と礼を述べてからロビーに場を移す。けれど二人掛けソファに腰を下ろした霧島の隣に香坂が座って京哉はムッとした。
だがさりげなく立った霧島は京哉の隣の独り掛けに座り直す。勝った京哉は笑いながらも香坂にべーっと舌を出した。
香坂はつんと顔を背ける。
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