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第30話
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「僕って結構寝てました?」
「十五分ほどか。だが寝ていた訳ではなくて……すまん。また失神させてしまった」
「そうですか。あっ!」
手首と足首にはくっきりと赤くタイで縛った痕がついていた。今日明日は休みで何とかしのぐとしても、明後日の出勤までに手首の痕が消えるのを祈るばかりである。
そこで唐突に京哉は先程までの自分を思い出し、顔に血が上ってくるのを感じた。
「忍さん、こんな僕ですけど嫌わないで下さいっ!」
「何のことだ? ああ、縛ってやったことか。嫌いになる訳がなかろう、大好きだ」
「本当にこんないやらしい僕でもいいんですか?」
「だから大好きだと言っている。大体、嫌いなら一度に五回もいくものか」
「貴方が規格外なのは知ってますが、失神した僕を相手にもう一回いったんですね」
「すまん、許せ」
喋りながら霧島は服を脱いで脱衣所のかごに放り込み、京哉を横抱きにしてバスルームに移動する。京哉は全身を洗われてシャワーで泡を流されバスタブに浸け込まれた。霧島は自分も洗ってヒゲを剃り、流すと再び京哉を抱いてバスルームを出る。
ぺたりと座らせた京哉と自分をバスタオルで拭い、部屋に戻ると下着とパジャマを身に着けさせた。京哉とお揃いを着た霧島はベッドのシーツを手早く交換する。
ソファに鎮座した京哉は上機嫌の霧島を眺めながら、書類仕事もここまでスムーズにこなしてくれたらと思った。
「よし、これで安眠態勢は整ったぞ」
「でも僕、結構眠りましたから、本当にまだ眠たくないんですよね」
「そうか。では腹は減らないか?」
「そう言われれば空きましたけど、まだ朝も五時過ぎですよ?」
「大丈夫だ、少し待っていろ」
パジャマ姿のまま霧島はすたすたと部屋から出て行ってしまう。京哉はロウテーブルに投げ出してあった煙草を吸いながら霧島が戻るのを待った。
やがて戻ってきた霧島はプレートを片手に持ち、ミネラルウォーターを一本抱えていた。
「待たせたな。ほら、夜食だぞ」
霧島が鹵獲してきたプレートにはスライスされたハムとチーズが結構なボリュームで載っている。おそらく朝になって厨房のシェフたちが困るのだろうが、腹の虫が鳴り出しそうな京哉も食料品泥の片棒を担ぐのにやぶさかではない。
二人並んでソファに座り、TVを点けて眺めながら霧島は手を合わせるとハムに赤いピックを刺して食い始める。京哉も手を合わせてからチーズを口にした。ミネラルウォーターは二リットルボトルだったが、敢えてワイルドにラッパ飲みだ。
そこでTVが深夜の通販番組からニュースに変わる。
「忍さん、これ! このニュース見て下さい!」
全国放送のトップニュースでは、香坂堂白藤支社の人事部長である大釜勝重氏が昨夜遅く貝崎市内の漁港に射殺死体で浮いたことを伝えていた。
◇◇◇◇
朝六時半まで待ってから京哉と霧島は怪我人組を叩き起こし、小田切の部屋に集まってTVニュースを見せた。
ニュースによると大釜部長は腹に二発と頭に一発の銃弾を食らっていたらしい。
霧島が機捜を通して捜一に問い合わせたところ、体内に二発残された銃弾は九ミリパラベラムで、それぞれ違う銃から発射されたものという話だった。
更に鈴吉山中で見つかった二名の死体からも九ミリパラが見つかり、大釜部長を死なせた銃弾のライフルマークが一致したとの情報も得ていた。つまり香坂堂本社から出向名目で白藤支社に潜り込んだスパイ二名と大釜部長を殺した銃二丁は同一品ということだ。
「もしかして大釜部長は、あのチンピラ取り立て屋さんに殺されたんでしょうか?」
「分からん。だがあのチンピラが実行犯ならば命令した本ボシが西尾組にいる筈だ」
「でもこれで密輸・密売に大釜部長が関わっていた可能性が高くなったんだよな?」
「そんなことは分かってるさ」
そう香坂が小田切に目を向けてこれもセオリー的な事項を口にする。
「けれど大釜部長を殺したのが取り立て屋や所属組織の西尾組とは限らない。ヤクザはプラスにならない殺しをしない」
この意見に関しても霧島も頷いて同意した。
「確かに金づるを消すのは西尾組にとってマイナスだ」
「だからって支社内の犯人が単独じゃなかった場合、有効な脅しの手段ですよね?」
「大釜の単独犯行ではなく、高級クラブに通う原材料研究部長や会計部長も仲間か。大釜に他の部長と魚住支店長……ヤクザと口利きするなら大釜という気はするな。例えば『接待しろ』との注文にしても『社にまで乗り込むな』という文句にしても」
「実際に取り立て屋さんは大釜人事部長を訪ねてきた訳ですしね」
皆が考え込んだところで霧島が仕切った。
「これ以上の予断は益にならん。大釜主犯・複数犯説で固まりつつあって危険だ。想像するより事実確認が先。飯を食ったら私と京哉は白藤支社に行く。香坂は本庁管理官名で県警捜一及び組対の情報を引き出せ。現場の拒絶反応を考慮しハムである事実は隠せ。それでだめならウチの公安を通して捩じ込んでいい」
これも天性の人を従わせる力のある口調に香坂は姿勢を正して目で頷く。だがその直後に横になったままの小田切が挙手し、間延びした声を発した。
「ところで京哉くんの手首と隊長の首筋の赤い痕は何か関連性があるのかい?」
涼しい顔をして答えたのは霧島ではなく京哉だった。
「あると言えばありますね。ねえ小田切さん。また後悔したくないですよね?」
「いったい何のことだい?」
「今度は力ずくでも捕まえておいて欲しいって話ですよ」
言うなり京哉は小田切のベッドのふちに腰掛けていた香坂の左頬を張り飛ばす。その場の皆が驚いたが殴られた香坂が一番驚いたようだ。その隙を逃さず京哉は更に香坂の両肩を押し下げると同時に腹に膝蹴りを入れる。思い切り咳き込んで涙を滲ませた香坂は身を折った。
一片の容赦もなく怪我人を這わせ、見下ろした京哉は暢気とも思える声で告げる。
「香坂さん。幸いでしたね、ここが僕の大切な場所で。貴方の脳漿をぶちまけて汚すのはご免なんです、みんなに悪いですから。でも他の場所なら掃除の必要もありません。僕は二キロ先からでも確実に貴方の頭を砕けますよ、一発で。疑うなら小田切さんに訊いてみて下さい」
皆が凍り付いたように黙り込んだ中、一人だけ通常運転の京哉は香坂に手を差し出したが、香坂はその手を取らずビクリと身を揺らした。
仕方ないなあとでも言うように肩を竦めた京哉は霧島の灰色の目に微笑み、さっさと自分の部屋に戻って行く。
ようやく自力で立ち上がった香坂は本庁時代からSAT狙撃班員の小田切に目で問い、茶色い目が逸れ気味に頷いたのを見て明らかに身を固くした。そんな怪我人組を観察していた霧島は溜息を洩らしてから、怪我に障らない程度に香坂の背を叩く。
「実際舐めていると命取りだが、今回は京哉なりに落とし前はつけた筈だ」
「心臓に悪い恋人だね、霧島さん。でもちょっと普通に思えないな」
「今度は私に殴られたいのか? 京哉は京哉なりの戦い方を身に付けている。それが多少珍しい形態というだけだ。とにかく身を以て知ったなら我々二人に手を出すな」
言い置いて霧島も京哉の部屋に戻った。すると五分と待たずに今枝執事とメイドが朝食をワゴンで運んできた。朝食はここであまり見掛けないおにぎりと味噌汁に漬物だった。
「朝食の食材の一部が何者かによって盗まれまして、いやはや」
ホットサンドの材料を盗んだ頭の黒いネズミ二匹は両手を合わせて挨拶し、おにぎりにかぶりつく。中身の具は鮭にイクラと昆布だった。あっという間に大きめのそれを三つずつ平らげ、豆腐となめこの味噌汁の最後の一滴まで飲み干して二人は再び手を合わせる。
「このあと私と京哉は出てくるからな」
「お車はどうされますでしょうか?」
「黒塗りを借りる」
「承知致しました。では、のちほど」
湯呑み一杯の玄米茶を飲む間に京哉は食後の煙草を吸った。二本で切り上げて出勤準備する。クローゼットには霧島のオーダーメイドスーツと京哉のセミオーダースーツが何着も揃っていたが、二人共サラリーマンとしてなるべく目立たない品を選んで身に着けた。
あとはベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒の付いた帯革を締める。タイを締めてから銃の入ったショルダーホルスタを吊り、ジャケットを羽織った。二人は頷き合ってから部屋を出る。黒塗りの防弾車両は既に車寄せに停められていた。
「ではお気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
まだ京哉は本調子ではなくステアリングを握るのは霧島だ。土曜で混んでいないバイパスを安定した運転で走らせ続ける。細い路地を利用して渋滞を抜ける機捜流運転術も披露しない。
本格的に香坂が狙われた以上、敵のターゲットが自分たち二人にシフトしないとも限らないのだ。細い路地や一方通行路で狙われたら退路がない。
それでも四十五分で香坂堂白藤支社の地下駐車場に黒塗りを押し込む。
エレベーターで三十八階に上がってみると大釜部長の遺体が発見された漁港を管轄とする貝崎署の刑事課員や県警捜一に組対の捜査員たちがうようよしていた。
霧島と京哉を目に留めては敬礼していく。極秘の特別任務だが捜査員は誰もが二人を人事部長殺人事件の捜査だと思い込んでいるようで不審な視線は投げられない。
「でもここって被害者側なのにガサ入れ並みじゃないですか?」
「香坂堂コーポレーション社長の次男が狙撃を食らった挙げ句に部長射殺、その前にも従業員二名射殺体だ。痛い腹を探られるのは当然、仕方あるまい」
灰色の目で頷くだけで答礼を済ませながら秘書室に出勤すると、野坂が口を開かず冷たい目だけで休日出勤の理由を訊いてくる。それには答えず霧島は質問返しだ。
「室長、あんたは何故出勤している?」
「大釜部長の件を知った支社長が急遽退院、出勤されたので私も出勤したまでです」
「そうか、ご苦労だな。だが丁度いい、支社長に会わせてくれ」
「十五分ほどか。だが寝ていた訳ではなくて……すまん。また失神させてしまった」
「そうですか。あっ!」
手首と足首にはくっきりと赤くタイで縛った痕がついていた。今日明日は休みで何とかしのぐとしても、明後日の出勤までに手首の痕が消えるのを祈るばかりである。
そこで唐突に京哉は先程までの自分を思い出し、顔に血が上ってくるのを感じた。
「忍さん、こんな僕ですけど嫌わないで下さいっ!」
「何のことだ? ああ、縛ってやったことか。嫌いになる訳がなかろう、大好きだ」
「本当にこんないやらしい僕でもいいんですか?」
「だから大好きだと言っている。大体、嫌いなら一度に五回もいくものか」
「貴方が規格外なのは知ってますが、失神した僕を相手にもう一回いったんですね」
「すまん、許せ」
喋りながら霧島は服を脱いで脱衣所のかごに放り込み、京哉を横抱きにしてバスルームに移動する。京哉は全身を洗われてシャワーで泡を流されバスタブに浸け込まれた。霧島は自分も洗ってヒゲを剃り、流すと再び京哉を抱いてバスルームを出る。
ぺたりと座らせた京哉と自分をバスタオルで拭い、部屋に戻ると下着とパジャマを身に着けさせた。京哉とお揃いを着た霧島はベッドのシーツを手早く交換する。
ソファに鎮座した京哉は上機嫌の霧島を眺めながら、書類仕事もここまでスムーズにこなしてくれたらと思った。
「よし、これで安眠態勢は整ったぞ」
「でも僕、結構眠りましたから、本当にまだ眠たくないんですよね」
「そうか。では腹は減らないか?」
「そう言われれば空きましたけど、まだ朝も五時過ぎですよ?」
「大丈夫だ、少し待っていろ」
パジャマ姿のまま霧島はすたすたと部屋から出て行ってしまう。京哉はロウテーブルに投げ出してあった煙草を吸いながら霧島が戻るのを待った。
やがて戻ってきた霧島はプレートを片手に持ち、ミネラルウォーターを一本抱えていた。
「待たせたな。ほら、夜食だぞ」
霧島が鹵獲してきたプレートにはスライスされたハムとチーズが結構なボリュームで載っている。おそらく朝になって厨房のシェフたちが困るのだろうが、腹の虫が鳴り出しそうな京哉も食料品泥の片棒を担ぐのにやぶさかではない。
二人並んでソファに座り、TVを点けて眺めながら霧島は手を合わせるとハムに赤いピックを刺して食い始める。京哉も手を合わせてからチーズを口にした。ミネラルウォーターは二リットルボトルだったが、敢えてワイルドにラッパ飲みだ。
そこでTVが深夜の通販番組からニュースに変わる。
「忍さん、これ! このニュース見て下さい!」
全国放送のトップニュースでは、香坂堂白藤支社の人事部長である大釜勝重氏が昨夜遅く貝崎市内の漁港に射殺死体で浮いたことを伝えていた。
◇◇◇◇
朝六時半まで待ってから京哉と霧島は怪我人組を叩き起こし、小田切の部屋に集まってTVニュースを見せた。
ニュースによると大釜部長は腹に二発と頭に一発の銃弾を食らっていたらしい。
霧島が機捜を通して捜一に問い合わせたところ、体内に二発残された銃弾は九ミリパラベラムで、それぞれ違う銃から発射されたものという話だった。
更に鈴吉山中で見つかった二名の死体からも九ミリパラが見つかり、大釜部長を死なせた銃弾のライフルマークが一致したとの情報も得ていた。つまり香坂堂本社から出向名目で白藤支社に潜り込んだスパイ二名と大釜部長を殺した銃二丁は同一品ということだ。
「もしかして大釜部長は、あのチンピラ取り立て屋さんに殺されたんでしょうか?」
「分からん。だがあのチンピラが実行犯ならば命令した本ボシが西尾組にいる筈だ」
「でもこれで密輸・密売に大釜部長が関わっていた可能性が高くなったんだよな?」
「そんなことは分かってるさ」
そう香坂が小田切に目を向けてこれもセオリー的な事項を口にする。
「けれど大釜部長を殺したのが取り立て屋や所属組織の西尾組とは限らない。ヤクザはプラスにならない殺しをしない」
この意見に関しても霧島も頷いて同意した。
「確かに金づるを消すのは西尾組にとってマイナスだ」
「だからって支社内の犯人が単独じゃなかった場合、有効な脅しの手段ですよね?」
「大釜の単独犯行ではなく、高級クラブに通う原材料研究部長や会計部長も仲間か。大釜に他の部長と魚住支店長……ヤクザと口利きするなら大釜という気はするな。例えば『接待しろ』との注文にしても『社にまで乗り込むな』という文句にしても」
「実際に取り立て屋さんは大釜人事部長を訪ねてきた訳ですしね」
皆が考え込んだところで霧島が仕切った。
「これ以上の予断は益にならん。大釜主犯・複数犯説で固まりつつあって危険だ。想像するより事実確認が先。飯を食ったら私と京哉は白藤支社に行く。香坂は本庁管理官名で県警捜一及び組対の情報を引き出せ。現場の拒絶反応を考慮しハムである事実は隠せ。それでだめならウチの公安を通して捩じ込んでいい」
これも天性の人を従わせる力のある口調に香坂は姿勢を正して目で頷く。だがその直後に横になったままの小田切が挙手し、間延びした声を発した。
「ところで京哉くんの手首と隊長の首筋の赤い痕は何か関連性があるのかい?」
涼しい顔をして答えたのは霧島ではなく京哉だった。
「あると言えばありますね。ねえ小田切さん。また後悔したくないですよね?」
「いったい何のことだい?」
「今度は力ずくでも捕まえておいて欲しいって話ですよ」
言うなり京哉は小田切のベッドのふちに腰掛けていた香坂の左頬を張り飛ばす。その場の皆が驚いたが殴られた香坂が一番驚いたようだ。その隙を逃さず京哉は更に香坂の両肩を押し下げると同時に腹に膝蹴りを入れる。思い切り咳き込んで涙を滲ませた香坂は身を折った。
一片の容赦もなく怪我人を這わせ、見下ろした京哉は暢気とも思える声で告げる。
「香坂さん。幸いでしたね、ここが僕の大切な場所で。貴方の脳漿をぶちまけて汚すのはご免なんです、みんなに悪いですから。でも他の場所なら掃除の必要もありません。僕は二キロ先からでも確実に貴方の頭を砕けますよ、一発で。疑うなら小田切さんに訊いてみて下さい」
皆が凍り付いたように黙り込んだ中、一人だけ通常運転の京哉は香坂に手を差し出したが、香坂はその手を取らずビクリと身を揺らした。
仕方ないなあとでも言うように肩を竦めた京哉は霧島の灰色の目に微笑み、さっさと自分の部屋に戻って行く。
ようやく自力で立ち上がった香坂は本庁時代からSAT狙撃班員の小田切に目で問い、茶色い目が逸れ気味に頷いたのを見て明らかに身を固くした。そんな怪我人組を観察していた霧島は溜息を洩らしてから、怪我に障らない程度に香坂の背を叩く。
「実際舐めていると命取りだが、今回は京哉なりに落とし前はつけた筈だ」
「心臓に悪い恋人だね、霧島さん。でもちょっと普通に思えないな」
「今度は私に殴られたいのか? 京哉は京哉なりの戦い方を身に付けている。それが多少珍しい形態というだけだ。とにかく身を以て知ったなら我々二人に手を出すな」
言い置いて霧島も京哉の部屋に戻った。すると五分と待たずに今枝執事とメイドが朝食をワゴンで運んできた。朝食はここであまり見掛けないおにぎりと味噌汁に漬物だった。
「朝食の食材の一部が何者かによって盗まれまして、いやはや」
ホットサンドの材料を盗んだ頭の黒いネズミ二匹は両手を合わせて挨拶し、おにぎりにかぶりつく。中身の具は鮭にイクラと昆布だった。あっという間に大きめのそれを三つずつ平らげ、豆腐となめこの味噌汁の最後の一滴まで飲み干して二人は再び手を合わせる。
「このあと私と京哉は出てくるからな」
「お車はどうされますでしょうか?」
「黒塗りを借りる」
「承知致しました。では、のちほど」
湯呑み一杯の玄米茶を飲む間に京哉は食後の煙草を吸った。二本で切り上げて出勤準備する。クローゼットには霧島のオーダーメイドスーツと京哉のセミオーダースーツが何着も揃っていたが、二人共サラリーマンとしてなるべく目立たない品を選んで身に着けた。
あとはベルトの上から手錠ホルダーと特殊警棒の付いた帯革を締める。タイを締めてから銃の入ったショルダーホルスタを吊り、ジャケットを羽織った。二人は頷き合ってから部屋を出る。黒塗りの防弾車両は既に車寄せに停められていた。
「ではお気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
まだ京哉は本調子ではなくステアリングを握るのは霧島だ。土曜で混んでいないバイパスを安定した運転で走らせ続ける。細い路地を利用して渋滞を抜ける機捜流運転術も披露しない。
本格的に香坂が狙われた以上、敵のターゲットが自分たち二人にシフトしないとも限らないのだ。細い路地や一方通行路で狙われたら退路がない。
それでも四十五分で香坂堂白藤支社の地下駐車場に黒塗りを押し込む。
エレベーターで三十八階に上がってみると大釜部長の遺体が発見された漁港を管轄とする貝崎署の刑事課員や県警捜一に組対の捜査員たちがうようよしていた。
霧島と京哉を目に留めては敬礼していく。極秘の特別任務だが捜査員は誰もが二人を人事部長殺人事件の捜査だと思い込んでいるようで不審な視線は投げられない。
「でもここって被害者側なのにガサ入れ並みじゃないですか?」
「香坂堂コーポレーション社長の次男が狙撃を食らった挙げ句に部長射殺、その前にも従業員二名射殺体だ。痛い腹を探られるのは当然、仕方あるまい」
灰色の目で頷くだけで答礼を済ませながら秘書室に出勤すると、野坂が口を開かず冷たい目だけで休日出勤の理由を訊いてくる。それには答えず霧島は質問返しだ。
「室長、あんたは何故出勤している?」
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