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第31話
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有無を言わさぬ霧島の口調に、しぶしぶといった風だが野坂は支社長室に入ってゆく。すぐにドアが開き野坂が出てきた。
頷く野坂を見て二人は支社長室に足を踏み入れた。応接セットのソファに座した魚住支社長は一晩で頬をこけさせていた。
勧められて京哉は向かいに霧島と座りながら支社長をじっと見つめる。憔悴しているのは怪我が原因ではなく、部下が殺された事実に依るものと思われた。
そんな支社長に対して霧島は形ばかり体調を労わったのちに切り出した。
「ここからは研修員ではなく捜査員として扱い願いたい。人事部長に何があった?」
「もう何度も警察諸氏に訊かれて……いや、すまない。だがわたしは何も知らんのだよ、昨夜十九時頃に人事部長がわたしを見舞いに来た以外は」
独りきりで白藤大学付属病院の特別室を訪ねた人事部長は、いつもの朗らかさで支社長を元気づけながらも気を遣い、たった十分ほどで辞去したのだという。
「残していったのはこれだけだ」
言いつつ支社長が出したのは『お見舞い』と印刷された封筒だった。一万円が入ったその封筒と万札は県警鑑識が指紋を採取して返却されたものらしい。京哉が手に取ってみたが何処といって異状も見受けられない、ただの封筒と万札である。
「では人事部長が県下の指定暴力団と付き合いがあった事実を知っているか?」
捜査員から『付き合いがあったか』なら再三訊かれていたのだろうが、『事実』と断定的に言われたのは初めてだったのだろう。支社長は目を瞬かせて答える。
「そんなことは初耳だ。あの大釜くんに限って……」
「事実だ。それに貴方も大釜部長たちと一緒に高級クラブに通っていた。違うか?」
「単身赴任の無聊を慰めに誘ってくれたのも大釜くんだが恥じることはしていない」
「高級クラブで遊んだツケを経費で落とすのが当然なら恥じもしないだろう」
痛烈な皮肉に赤面しながらも支社長は言い返した。
「経費で落としてなどいない、それは会計部長の口からはっきりと聞いている」
「ふん。だがそれより拙い事態になっていたのに気付かなかったとでも言うのか?」
「霧島くん。婉曲的に仄めかされても、わたしは知らないんだよ」
「端的に言えば暴力団に接待され、タダで遊ばせて貰えると思うのか訊いている」
冷ややかな灰色の目と言葉から逃れるように支社長は口ごもりつつ俯く。
「それは……わたしも知らされないまま、それとなく考えてはいたが……」
「事なかれ主義の無能な支社長の許で働かされる従業員は気の毒極まりないな」
「忍さんっ! さすがにそれは言い過ぎです、発言を撤回して下さい」
口を挟んだ京哉にも霧島は温度の低い目を向けた。
「前にも言った筈だぞ、京哉。社長の椅子など座るものではなく背負うものだと」
「だからといってご自身の考えを他人にまで強要するのはどうかと思われます。生まれや育ちも違えば社長や支社長になった理由や過程も違います。そんな人たちの全てに貴方の考え方を押しつけるのはファッショという他ありません。訂正して下さい」
「なるほど……そうか、そうだな。悪かった、私が間違っていた。許してくれ」
二人のやり取りを唖然と見ていた支社長は霧島に頭を下げられて笑い出していた。
「はっは、霧島くんでも敵わない人間がいるとは思いも寄らなかったよ。社交界に流れる色々な噂を耳にしてはいたが、やはりこの目で見るに勝るものはないね。本当に素晴らしい伴侶じゃないか。何と運のいい男だろうね。全く、羨ましい限りだよ」
「この鳴海は私の自慢の妻だからな」
堂々と言い放った霧島に倣い、京哉も羞恥を堪えて真っ直ぐ支社長に目を向ける。
「魚住支社長、貴方にも自慢のご家族がいらっしゃるんじゃないですか?」
「ああ。単身赴任ばかりで顧みることもしてこなかったがね」
「そのご家族を裏切る前に、本当のことを全て話して頂けませんか?」
京哉の問いに支社長は締めていたタイを緩めて溜息を洩らした。
「たった二億の使途不明金を埋めようと、会計部長はスナックのホステスを介して西尾組の幹部を紹介された。西尾組幹部はこの白藤支社の船便で違法物の密輸・密売をするよう囁いた。会計部長は脅されて甘言に乗せられたのだよ――」
西尾組幹部が会計部長を唆した内容は勿論、香坂堂コーポレーションの化粧品の原料を運ぶ自社船便を利用してのヘロインや武器弾薬の密輸・密売だった。
うっかりホステス相手に二億の穴を喋ってしまった気弱な会計部長は、それをネタに脅されて西尾組幹部に原材料研究部長を紹介し、更に原材料研究部長は昵懇だった人事部長も引っ張り込んだ。
人事部長の采配で研究用原材料に混ぜ隠された違法物を運ぶ人員の配置も万全となり、こうして密輸が行われ始めた。
それが約一年前のことだった。
「――だが西尾組への密売があちらの業界で噂になったらしくてね。勝手にルートが枝葉を伸ばし始め、気付いた時には笹山組や柏仁会まで相手にせねばならなくなったらしい」
しかし船便はそう多くなく、需要と供給が釣り合わなくなった。更にとっくに二億は埋まったのに接待名目で暴力団は高級クラブに毎週誘ってくる。
断れず足を向ければ『カネは出すからネタを寄越せ』とにこやかに嗤って恫喝だ。ここまでくると、とてもではないが素人の部長三人は犯罪から足を引き抜くことなどできなくなる。
あとはお約束通りに骨までしゃぶり尽くされるのを待つだけだった。
「そんな時に間抜けなわたしは三人が高級クラブに通い詰めているのを知り、『行ってみたい』などと名乗りを上げてしまったのだ。待ち構えていたのは西尾組の組長だったよ」
「けれど支社長ご自身は何ら罪になることはされていないんですよね?」
甘いと思いつつ京哉は言ってみたが、支社長は首を横に振った。
「いや、立派な背任行為だよ。悪事を知りながら黙っていたんだ。おまけにその場で断ったとはいえ、西尾組組長には密輸品の優先的横流しまで打診されたんだからね」
「そうですか。では支社長は大釜部長を殺した人物に心当たりがありますか?」
「分からんが……もしかしたら会計部長と原材料研究部長かも知れない」
「なっ、本当ですか?」
思わず京哉は支社長の方に身を乗り出す。そこで霧島が聴取を交代した。
「あんたが二人の部長を疑う根拠は何なんだ?」
「大釜くんが病院でわたしに言ったんだよ、『社にまで取り立て屋がきた、限界だ』とね。『これで終わりにする』とまで言った大釜くんは会計部長と原材料研究部長を説得して共に自首するつもりだった、と思う」
「そうか、なるほどな」
「こうなったら窮地に陥っても明るさを忘れなかった大釜くんの遺志を継ぎ、わたしが会計部長と原材料研究部長を説得して皆で出頭するよ。だから逮捕するのは少し待ってくれないか?」
真剣に言われて京哉は霧島の表情を窺う。だが捜査員として霧島は頷かなかった。
「暢気に待っているヒマはない。人が殺されているんだぞ」
「そこを何とか頼めないだろうか? 辞表が本社に受理されるまでだけでいい」
身を折って深々と頭を下げた支社長が京哉は気の毒になる。
「せめてそれまで待ってあげられませんかね?」
「わたし自身はいつでも本社に提出できるよう、弁護士に辞表を預けてある」
「できる限り綺麗に辞めたいのは分かる。だが京哉、お前は大釜部長を殺した銃と真城市の鈴吉山中で見つかった二名を殺った銃が同一品というのを忘れたのか?」
「あっ、そうだ! 支社長の勘が当たってたら二人の部長はもう三人も殺してる可能性がある……」
これは放置しておけない。追い詰められた二人の部長は何をするか分からない。
「だがこのヤマは元々警視庁公安部の案件だ。香坂警視に連絡し警視庁を通して県警捜一に部長二名を重要参考人として手配し任意同行させる。いいな?」
言い切ると霧島は携帯を出して香坂に連絡する。その間に京哉は支社長に訊いた。
「ところで支社長たちはスナイパーを雇いましたか?」
「それなら西尾組から紹介された男を大釜くんが五百万で雇ったそうだ。わたしも知りつつ……香坂くんと小田切くんには本当に申し訳ないことをした」
もはや覚悟を決めてしまったらしい支社長はさらさらと述べて目を閉じてしまう。気の毒ではあったが何もかも死者や他人に押しつけているような気がして京哉は複雑な気分だった。知らなかった、それが罪になってしまうのも立場故だろう。
霧島が普段は口を挟まず捜査も班長以下に任せて、責任を取るのが己の仕事だと言うのを改めて思い出した。その霧島が電話を切ると目を開いた支社長が訊く。
「わたしが辞表を出す時間は残っていそうかね?」
「それについては香坂怜に一任している。だがおそらく警視庁も必要以上の管轄破りをしないよう、我が県警の本部長に根回しをしてからあんたを迎えに来る筈だ。早くても逮捕は今晩以降、遅ければ週明けになるだろう。了解か?」
「ああ、有難いね。ではそれまで支社長席の座り心地を堪能しておこうかな」
可笑しくもないのに支社長は妙に透明な目をして笑い、話は終わったとばかりに重厚な造りのデスクに戻るとチェアに腰掛けて再び目を瞑ってしまった。
邪魔しては悪いと思いつつ、京哉が支社長にもうひとつだけ訊いてみた。
「そういえば全ての元凶の、穴を開けた二億の不明金は使途が判明したんですか?」
「いや、分からんね。私も知りたいものだよ」
目を閉じたまま支社長は小さく欠伸をする。それで京哉は目前の男が余計に分からなくなった。仲間で部下だった人間がその仲間をも含む三人の命を奪ったと悟ってなお、会社のために綺麗に辞めてから出頭するという思考回路は京哉には謎という他なかった。
京哉と霧島は支社長室から退室した。冷たいようだが喩え支社長が自殺という形で決着をつけたとしても二人には関係ない。一ノ瀬本部長から拝命した『武器弾薬及び違法薬物の密輸・密売について』の疑惑は解明され事態は二人の手を離れたのだ。
長話をして出てきた二人を野坂は胡散臭そうな冷たい目で見たが何も言わなかったので構わない。二人も黙ったまま秘書室から出た。エレベーターから地下駐車場に降りるとワンボックスタイプのパトカーから制服警官らが降りてくるのに出くわす。
「あれ、何ですかね?」
「支社長の自殺及び暗殺防止に警視庁が県警に依頼して差し回した警備部だろう」
「ああ、なるほど。支社長も危なそうでしたもんね」
「逮捕まで二十四時間張り付く。だが止めようのないこともあるからな」
「変な予言をしないで下さいよ。それより人を殺した部長たちの方が危ないかも」
頷く野坂を見て二人は支社長室に足を踏み入れた。応接セットのソファに座した魚住支社長は一晩で頬をこけさせていた。
勧められて京哉は向かいに霧島と座りながら支社長をじっと見つめる。憔悴しているのは怪我が原因ではなく、部下が殺された事実に依るものと思われた。
そんな支社長に対して霧島は形ばかり体調を労わったのちに切り出した。
「ここからは研修員ではなく捜査員として扱い願いたい。人事部長に何があった?」
「もう何度も警察諸氏に訊かれて……いや、すまない。だがわたしは何も知らんのだよ、昨夜十九時頃に人事部長がわたしを見舞いに来た以外は」
独りきりで白藤大学付属病院の特別室を訪ねた人事部長は、いつもの朗らかさで支社長を元気づけながらも気を遣い、たった十分ほどで辞去したのだという。
「残していったのはこれだけだ」
言いつつ支社長が出したのは『お見舞い』と印刷された封筒だった。一万円が入ったその封筒と万札は県警鑑識が指紋を採取して返却されたものらしい。京哉が手に取ってみたが何処といって異状も見受けられない、ただの封筒と万札である。
「では人事部長が県下の指定暴力団と付き合いがあった事実を知っているか?」
捜査員から『付き合いがあったか』なら再三訊かれていたのだろうが、『事実』と断定的に言われたのは初めてだったのだろう。支社長は目を瞬かせて答える。
「そんなことは初耳だ。あの大釜くんに限って……」
「事実だ。それに貴方も大釜部長たちと一緒に高級クラブに通っていた。違うか?」
「単身赴任の無聊を慰めに誘ってくれたのも大釜くんだが恥じることはしていない」
「高級クラブで遊んだツケを経費で落とすのが当然なら恥じもしないだろう」
痛烈な皮肉に赤面しながらも支社長は言い返した。
「経費で落としてなどいない、それは会計部長の口からはっきりと聞いている」
「ふん。だがそれより拙い事態になっていたのに気付かなかったとでも言うのか?」
「霧島くん。婉曲的に仄めかされても、わたしは知らないんだよ」
「端的に言えば暴力団に接待され、タダで遊ばせて貰えると思うのか訊いている」
冷ややかな灰色の目と言葉から逃れるように支社長は口ごもりつつ俯く。
「それは……わたしも知らされないまま、それとなく考えてはいたが……」
「事なかれ主義の無能な支社長の許で働かされる従業員は気の毒極まりないな」
「忍さんっ! さすがにそれは言い過ぎです、発言を撤回して下さい」
口を挟んだ京哉にも霧島は温度の低い目を向けた。
「前にも言った筈だぞ、京哉。社長の椅子など座るものではなく背負うものだと」
「だからといってご自身の考えを他人にまで強要するのはどうかと思われます。生まれや育ちも違えば社長や支社長になった理由や過程も違います。そんな人たちの全てに貴方の考え方を押しつけるのはファッショという他ありません。訂正して下さい」
「なるほど……そうか、そうだな。悪かった、私が間違っていた。許してくれ」
二人のやり取りを唖然と見ていた支社長は霧島に頭を下げられて笑い出していた。
「はっは、霧島くんでも敵わない人間がいるとは思いも寄らなかったよ。社交界に流れる色々な噂を耳にしてはいたが、やはりこの目で見るに勝るものはないね。本当に素晴らしい伴侶じゃないか。何と運のいい男だろうね。全く、羨ましい限りだよ」
「この鳴海は私の自慢の妻だからな」
堂々と言い放った霧島に倣い、京哉も羞恥を堪えて真っ直ぐ支社長に目を向ける。
「魚住支社長、貴方にも自慢のご家族がいらっしゃるんじゃないですか?」
「ああ。単身赴任ばかりで顧みることもしてこなかったがね」
「そのご家族を裏切る前に、本当のことを全て話して頂けませんか?」
京哉の問いに支社長は締めていたタイを緩めて溜息を洩らした。
「たった二億の使途不明金を埋めようと、会計部長はスナックのホステスを介して西尾組の幹部を紹介された。西尾組幹部はこの白藤支社の船便で違法物の密輸・密売をするよう囁いた。会計部長は脅されて甘言に乗せられたのだよ――」
西尾組幹部が会計部長を唆した内容は勿論、香坂堂コーポレーションの化粧品の原料を運ぶ自社船便を利用してのヘロインや武器弾薬の密輸・密売だった。
うっかりホステス相手に二億の穴を喋ってしまった気弱な会計部長は、それをネタに脅されて西尾組幹部に原材料研究部長を紹介し、更に原材料研究部長は昵懇だった人事部長も引っ張り込んだ。
人事部長の采配で研究用原材料に混ぜ隠された違法物を運ぶ人員の配置も万全となり、こうして密輸が行われ始めた。
それが約一年前のことだった。
「――だが西尾組への密売があちらの業界で噂になったらしくてね。勝手にルートが枝葉を伸ばし始め、気付いた時には笹山組や柏仁会まで相手にせねばならなくなったらしい」
しかし船便はそう多くなく、需要と供給が釣り合わなくなった。更にとっくに二億は埋まったのに接待名目で暴力団は高級クラブに毎週誘ってくる。
断れず足を向ければ『カネは出すからネタを寄越せ』とにこやかに嗤って恫喝だ。ここまでくると、とてもではないが素人の部長三人は犯罪から足を引き抜くことなどできなくなる。
あとはお約束通りに骨までしゃぶり尽くされるのを待つだけだった。
「そんな時に間抜けなわたしは三人が高級クラブに通い詰めているのを知り、『行ってみたい』などと名乗りを上げてしまったのだ。待ち構えていたのは西尾組の組長だったよ」
「けれど支社長ご自身は何ら罪になることはされていないんですよね?」
甘いと思いつつ京哉は言ってみたが、支社長は首を横に振った。
「いや、立派な背任行為だよ。悪事を知りながら黙っていたんだ。おまけにその場で断ったとはいえ、西尾組組長には密輸品の優先的横流しまで打診されたんだからね」
「そうですか。では支社長は大釜部長を殺した人物に心当たりがありますか?」
「分からんが……もしかしたら会計部長と原材料研究部長かも知れない」
「なっ、本当ですか?」
思わず京哉は支社長の方に身を乗り出す。そこで霧島が聴取を交代した。
「あんたが二人の部長を疑う根拠は何なんだ?」
「大釜くんが病院でわたしに言ったんだよ、『社にまで取り立て屋がきた、限界だ』とね。『これで終わりにする』とまで言った大釜くんは会計部長と原材料研究部長を説得して共に自首するつもりだった、と思う」
「そうか、なるほどな」
「こうなったら窮地に陥っても明るさを忘れなかった大釜くんの遺志を継ぎ、わたしが会計部長と原材料研究部長を説得して皆で出頭するよ。だから逮捕するのは少し待ってくれないか?」
真剣に言われて京哉は霧島の表情を窺う。だが捜査員として霧島は頷かなかった。
「暢気に待っているヒマはない。人が殺されているんだぞ」
「そこを何とか頼めないだろうか? 辞表が本社に受理されるまでだけでいい」
身を折って深々と頭を下げた支社長が京哉は気の毒になる。
「せめてそれまで待ってあげられませんかね?」
「わたし自身はいつでも本社に提出できるよう、弁護士に辞表を預けてある」
「できる限り綺麗に辞めたいのは分かる。だが京哉、お前は大釜部長を殺した銃と真城市の鈴吉山中で見つかった二名を殺った銃が同一品というのを忘れたのか?」
「あっ、そうだ! 支社長の勘が当たってたら二人の部長はもう三人も殺してる可能性がある……」
これは放置しておけない。追い詰められた二人の部長は何をするか分からない。
「だがこのヤマは元々警視庁公安部の案件だ。香坂警視に連絡し警視庁を通して県警捜一に部長二名を重要参考人として手配し任意同行させる。いいな?」
言い切ると霧島は携帯を出して香坂に連絡する。その間に京哉は支社長に訊いた。
「ところで支社長たちはスナイパーを雇いましたか?」
「それなら西尾組から紹介された男を大釜くんが五百万で雇ったそうだ。わたしも知りつつ……香坂くんと小田切くんには本当に申し訳ないことをした」
もはや覚悟を決めてしまったらしい支社長はさらさらと述べて目を閉じてしまう。気の毒ではあったが何もかも死者や他人に押しつけているような気がして京哉は複雑な気分だった。知らなかった、それが罪になってしまうのも立場故だろう。
霧島が普段は口を挟まず捜査も班長以下に任せて、責任を取るのが己の仕事だと言うのを改めて思い出した。その霧島が電話を切ると目を開いた支社長が訊く。
「わたしが辞表を出す時間は残っていそうかね?」
「それについては香坂怜に一任している。だがおそらく警視庁も必要以上の管轄破りをしないよう、我が県警の本部長に根回しをしてからあんたを迎えに来る筈だ。早くても逮捕は今晩以降、遅ければ週明けになるだろう。了解か?」
「ああ、有難いね。ではそれまで支社長席の座り心地を堪能しておこうかな」
可笑しくもないのに支社長は妙に透明な目をして笑い、話は終わったとばかりに重厚な造りのデスクに戻るとチェアに腰掛けて再び目を瞑ってしまった。
邪魔しては悪いと思いつつ、京哉が支社長にもうひとつだけ訊いてみた。
「そういえば全ての元凶の、穴を開けた二億の不明金は使途が判明したんですか?」
「いや、分からんね。私も知りたいものだよ」
目を閉じたまま支社長は小さく欠伸をする。それで京哉は目前の男が余計に分からなくなった。仲間で部下だった人間がその仲間をも含む三人の命を奪ったと悟ってなお、会社のために綺麗に辞めてから出頭するという思考回路は京哉には謎という他なかった。
京哉と霧島は支社長室から退室した。冷たいようだが喩え支社長が自殺という形で決着をつけたとしても二人には関係ない。一ノ瀬本部長から拝命した『武器弾薬及び違法薬物の密輸・密売について』の疑惑は解明され事態は二人の手を離れたのだ。
長話をして出てきた二人を野坂は胡散臭そうな冷たい目で見たが何も言わなかったので構わない。二人も黙ったまま秘書室から出た。エレベーターから地下駐車場に降りるとワンボックスタイプのパトカーから制服警官らが降りてくるのに出くわす。
「あれ、何ですかね?」
「支社長の自殺及び暗殺防止に警視庁が県警に依頼して差し回した警備部だろう」
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