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第46話
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薄く目を開けた霧島は同じベッドに京哉が眠っていないのに気付いて跳ね起きた。飲まされた睡眠薬の副作用か頭の芯が痛む。
だがそんな痛みも他人事のように無視して腕時計を見ると零時五分、日付けが一日飛んでいて一瞬呆然とした。
しかしそれより京哉だ。まずは手っ取り早く玄関に靴を見に行く。リビングやキッチンにも姿はなく靴はあった。それでバスルームに行くとトイレのドアが僅かに開いている。ドアを引くと重たい。
「京哉……京哉!?」
膝をついて薄い肩を揺さぶった。白い首筋からうなだれた頭が揺れる。覗き込んで頬を軽く叩くも全く反応はない。完全に意識を失っていた。
さらりとした髪は乱れ、ドアノブから吊った右手首は皮膚が無惨に破れている。ドレスシャツの袖口が絞れそうなくらいに血を吸っていた。
辺りに零れているのは汗なのか、かなり床が濡れていた。
そこで京哉の左手の銃に気付く。指がトリガに掛かり危険なそれをそっと取り上げた。僅かにスライドを引いて確かめるとチャンバに真鍮の煌めきがある。撃鉄も起きたままデコッキングすらされていない即時発射可能な状態で残弾十五発だ。
不調のあまり京哉はチャンバに一発を装弾し忘れたのかも知れない。おそらく空撃ちして気付いたのち、スライドを引いてチャンバに一発を送り込んだのだろう。
次こそ本気で、いや、十六発フルロードにしていたら今頃は……。
何処まで京哉が追い詰められていたか知り、霧島は安堵しながらも思わず身震いした。暖房も入っていないのに浮かんだ額の汗を袖で拭く。
立ち上がって銃を持ったまま急いでキッチンに走って調理用のハサミを持って戻った。ハサミで樹脂バンドを断ち切ると、ぐったりとした華奢な躰を横抱きにして寝室に運ぶ。そっとベッドに寝かせた。
救急箱を開けるとまるで封印してあったようにヘロインの小箱が出てきた。それを退けておいて消毒薬を出し京哉の手首の傷を洗い流す。傷薬を塗ってからガーゼを当てて包帯を巻いた。傷を見ればどれだけ苦しんだのか分かる。
今は意識のない方がマシだろうと思って数分眺めていると、細い躰がふいにビクリと震えて京哉が目を開いた。乱れきった長めの前髪を優しく撫で整えてやる。
「京哉、欲しいものはないのか?」
「……水、飲みたいです」
「分かった、待っていろ」
キッチンで水を汲んでくると京哉の頭を片手で支え、渇き切った唇に水のグラスをあてがって傾けた。本当に喉が渇いていたのだろう、京哉はグラスの水を一息で飲み干した。
だがグラスを唇から離そうとした途端、いきなり京哉はグラスのふちを噛み割る。唇から血が迸った。霧島は慌てて破片を口内から取り出そうとする。
「京哉っ! こら、やめろっ!」
「うっ……いや……やめて、いやあっ!」
口から血を溢れさせながら京哉はガラスの破片を吐き出し、身を捩らせ腕を振って全身で暴れる。素早く破片をダストボックスに投げ込んだ霧島は、渾身の力で京哉の上体を抱き締めるとベッドに押さえ付けた。
気付けば熱い涙を噴き出させた目は瞳孔が異常に収縮している。恐怖と対峙しているらしい。
「やだ、いや! いやだ……もう、やめて!」
「京哉、頼む……京哉、私だ!」
声が届いたか急に細い躰から力が抜けた。だが目はまだ怯えたような色を浮かべている。幻覚は脳の見せる幻であっても、本人にとっては経験値となり得る現実だ。
京哉の受けた心の痛みを感じ取り、縋るように抱き締めたまま霧島は何者かに祈りたいような思いで京哉の頭を自分の胸に押しつける。まだ京哉は恐怖に震えていた。
「……ねえ、忍さん。僕、このままおかしくなっちゃうんでしょうか?」
小さな震え声に少しだけ腕を緩めて乱れた前髪を再び指でかき分けてやる。
「そんなことはない、今だけだ。それとも……」
「もう吸いません。決めたんです、貴方も一緒に戦ってくれているって感じたから」
「そうか。ならばもうそれは口にするまい」
言いつつ霧島は常に銃を持つ京哉が非常に危ない状態にあるのは分かっていた。シグのチャンバで煌めく九ミリパラを思い出し、霧島はまた冷や汗が滲むのを感じる。
「なあ、京哉。病院に行くか? 少しは楽に止められるかも知れんぞ」
「だめです。ヘロイン中毒だってバレたら機捜にいられなくなりますから」
「何を優先すべきか考えてくれ。私のパートナーという立ち位置は変わらんぞ?」
「僕は忍さんのバディです。傍にいられなくなるのは嫌……絶対に嫌です!」
「分かったから落ち着け。今の具合は?」
「眩暈と、それで酔って気持ち悪い。あとは耳鳴りっていうか脳鳴りみたいな感じですごい音。手足とか唇とかが痺れてるみたいで、すごく痛くて……何かが怖い」
「脈も目茶苦茶速いようだな。まずは出血を止めるからな」
救急箱のガーゼで京哉の唇を圧迫止血する。口内の切り傷はそれほど深くなかったようで、まもなく血は止まった。だが顔色は真っ白で血の気が引いている。
「こうして喋っていて、つらくないのか?」
「つらくてもいいからこうしていたいんです。やっぱり忍さんがいないとだめなんです。貴方がいないと……ここにいて欲しい」
「離れないから安心しろ。ほら、こんなに近くにいるぞ」
ブルーの毛布の上から霧島は京哉をそっと抱き締めた。本当は霧島の方が京哉にここにいて欲しかった。離れず傍にずっと。
気持ちが伝わったのか京哉は霧島の背に回した腕を解かない。相当痛いらしいのに細腕に力を込めている。
まるで触れていないと消え去ってしまう幻を必死で繋ぎ止めようとしている、そんな風に感じて霧島はまた抱き締めてやった。互いに離れ難くて抱き締め続ける。
「気持ちいい。すごく気持ち悪いのに、忍さんにこうされてると気持ちいい」
「私もお前の状態をもっと把握したいのだが、それは複雑だな」
「単純ですよ。気持ちいいことに夢中になれば、気持ち悪いのも忘れていられます」
「それなら……抱いたら夢中になれるか?」
躰を伝わって響いた低く甘い声に、京哉は瞳を閉じて頷いた。ドレスシャツのボタンを外される。ショルダーバンドごと袖を抜かれた。
スラックスのベルトを緩められ、下着ごと取り去られる。潔く全てを脱ぎ晒した霧島がベッドに上がった。
重ねられた躰の重みは、ごく軽くしか掛けられていない。思いやってくれる霧島の優しさと慣れた肌が安らぎをもたらした。
それにいつの間にかブレナムブーケが香っていた。
「京哉、今のお前に無理をさせたら……」
「ん……いいんです、忍さんになら殺されたい」
「分かった。私もクスリなんぞにお前を殺させん。それくらいなら私が殺す」
だがそんな痛みも他人事のように無視して腕時計を見ると零時五分、日付けが一日飛んでいて一瞬呆然とした。
しかしそれより京哉だ。まずは手っ取り早く玄関に靴を見に行く。リビングやキッチンにも姿はなく靴はあった。それでバスルームに行くとトイレのドアが僅かに開いている。ドアを引くと重たい。
「京哉……京哉!?」
膝をついて薄い肩を揺さぶった。白い首筋からうなだれた頭が揺れる。覗き込んで頬を軽く叩くも全く反応はない。完全に意識を失っていた。
さらりとした髪は乱れ、ドアノブから吊った右手首は皮膚が無惨に破れている。ドレスシャツの袖口が絞れそうなくらいに血を吸っていた。
辺りに零れているのは汗なのか、かなり床が濡れていた。
そこで京哉の左手の銃に気付く。指がトリガに掛かり危険なそれをそっと取り上げた。僅かにスライドを引いて確かめるとチャンバに真鍮の煌めきがある。撃鉄も起きたままデコッキングすらされていない即時発射可能な状態で残弾十五発だ。
不調のあまり京哉はチャンバに一発を装弾し忘れたのかも知れない。おそらく空撃ちして気付いたのち、スライドを引いてチャンバに一発を送り込んだのだろう。
次こそ本気で、いや、十六発フルロードにしていたら今頃は……。
何処まで京哉が追い詰められていたか知り、霧島は安堵しながらも思わず身震いした。暖房も入っていないのに浮かんだ額の汗を袖で拭く。
立ち上がって銃を持ったまま急いでキッチンに走って調理用のハサミを持って戻った。ハサミで樹脂バンドを断ち切ると、ぐったりとした華奢な躰を横抱きにして寝室に運ぶ。そっとベッドに寝かせた。
救急箱を開けるとまるで封印してあったようにヘロインの小箱が出てきた。それを退けておいて消毒薬を出し京哉の手首の傷を洗い流す。傷薬を塗ってからガーゼを当てて包帯を巻いた。傷を見ればどれだけ苦しんだのか分かる。
今は意識のない方がマシだろうと思って数分眺めていると、細い躰がふいにビクリと震えて京哉が目を開いた。乱れきった長めの前髪を優しく撫で整えてやる。
「京哉、欲しいものはないのか?」
「……水、飲みたいです」
「分かった、待っていろ」
キッチンで水を汲んでくると京哉の頭を片手で支え、渇き切った唇に水のグラスをあてがって傾けた。本当に喉が渇いていたのだろう、京哉はグラスの水を一息で飲み干した。
だがグラスを唇から離そうとした途端、いきなり京哉はグラスのふちを噛み割る。唇から血が迸った。霧島は慌てて破片を口内から取り出そうとする。
「京哉っ! こら、やめろっ!」
「うっ……いや……やめて、いやあっ!」
口から血を溢れさせながら京哉はガラスの破片を吐き出し、身を捩らせ腕を振って全身で暴れる。素早く破片をダストボックスに投げ込んだ霧島は、渾身の力で京哉の上体を抱き締めるとベッドに押さえ付けた。
気付けば熱い涙を噴き出させた目は瞳孔が異常に収縮している。恐怖と対峙しているらしい。
「やだ、いや! いやだ……もう、やめて!」
「京哉、頼む……京哉、私だ!」
声が届いたか急に細い躰から力が抜けた。だが目はまだ怯えたような色を浮かべている。幻覚は脳の見せる幻であっても、本人にとっては経験値となり得る現実だ。
京哉の受けた心の痛みを感じ取り、縋るように抱き締めたまま霧島は何者かに祈りたいような思いで京哉の頭を自分の胸に押しつける。まだ京哉は恐怖に震えていた。
「……ねえ、忍さん。僕、このままおかしくなっちゃうんでしょうか?」
小さな震え声に少しだけ腕を緩めて乱れた前髪を再び指でかき分けてやる。
「そんなことはない、今だけだ。それとも……」
「もう吸いません。決めたんです、貴方も一緒に戦ってくれているって感じたから」
「そうか。ならばもうそれは口にするまい」
言いつつ霧島は常に銃を持つ京哉が非常に危ない状態にあるのは分かっていた。シグのチャンバで煌めく九ミリパラを思い出し、霧島はまた冷や汗が滲むのを感じる。
「なあ、京哉。病院に行くか? 少しは楽に止められるかも知れんぞ」
「だめです。ヘロイン中毒だってバレたら機捜にいられなくなりますから」
「何を優先すべきか考えてくれ。私のパートナーという立ち位置は変わらんぞ?」
「僕は忍さんのバディです。傍にいられなくなるのは嫌……絶対に嫌です!」
「分かったから落ち着け。今の具合は?」
「眩暈と、それで酔って気持ち悪い。あとは耳鳴りっていうか脳鳴りみたいな感じですごい音。手足とか唇とかが痺れてるみたいで、すごく痛くて……何かが怖い」
「脈も目茶苦茶速いようだな。まずは出血を止めるからな」
救急箱のガーゼで京哉の唇を圧迫止血する。口内の切り傷はそれほど深くなかったようで、まもなく血は止まった。だが顔色は真っ白で血の気が引いている。
「こうして喋っていて、つらくないのか?」
「つらくてもいいからこうしていたいんです。やっぱり忍さんがいないとだめなんです。貴方がいないと……ここにいて欲しい」
「離れないから安心しろ。ほら、こんなに近くにいるぞ」
ブルーの毛布の上から霧島は京哉をそっと抱き締めた。本当は霧島の方が京哉にここにいて欲しかった。離れず傍にずっと。
気持ちが伝わったのか京哉は霧島の背に回した腕を解かない。相当痛いらしいのに細腕に力を込めている。
まるで触れていないと消え去ってしまう幻を必死で繋ぎ止めようとしている、そんな風に感じて霧島はまた抱き締めてやった。互いに離れ難くて抱き締め続ける。
「気持ちいい。すごく気持ち悪いのに、忍さんにこうされてると気持ちいい」
「私もお前の状態をもっと把握したいのだが、それは複雑だな」
「単純ですよ。気持ちいいことに夢中になれば、気持ち悪いのも忘れていられます」
「それなら……抱いたら夢中になれるか?」
躰を伝わって響いた低く甘い声に、京哉は瞳を閉じて頷いた。ドレスシャツのボタンを外される。ショルダーバンドごと袖を抜かれた。
スラックスのベルトを緩められ、下着ごと取り去られる。潔く全てを脱ぎ晒した霧島がベッドに上がった。
重ねられた躰の重みは、ごく軽くしか掛けられていない。思いやってくれる霧島の優しさと慣れた肌が安らぎをもたらした。
それにいつの間にかブレナムブーケが香っていた。
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