俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

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第4話・休日初日午後前半〈画像解説付属〉

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 暫し歩いて釣り人らが一定間隔を空けつつも大勢いる場所に辿り着いた。眺めるに突端まで既にびっしりと人で埋まっている。やはり遅かったようだ。仕方なく一番手前で大和は荷物を下ろして釣る準備を始めた。

 こちら側は手前でも充分深い。ただ手前のこの辺りだと海底に岩が点在しているので釣り針が引っ掛かる『根掛ねがかり』が起きやすいのが難点だった。浮き釣りと違い、消波ブロックの向こうに投げなければならないのは当然で、それも大和が好む「どりゃああ~っ!」と投げるタイプの釣りは大抵が底物釣りである。

 これは早々に仕掛けをダメにしてしまうかも知れないパターンだなあと思ったが、その半面「誰よりデカい獲物を釣って周囲を驚かせてやる」とも考えていた。これも釣り人のステレオタイプな思考である。ギャンブル依存症の元である『射幸心しゃこうしん』にかなり近い。

 一発当ててやろうというヤツだ。

 そんな期待を胸に大和はいそいそと降ろした荷物から投げ竿を取り出し、釣り具箱に仕舞った仕掛けを取り出す。まずはジェット天秤と既成の仕掛けをリールから引き出した幹糸に繋いだ。次には水汲みバケツの紐をしっかり握って海面に放り投げ、水を汲む。汲んだ水はクーラーボックスに入れ、携帯用エアレーション装置も付けて準備良し。

「さあて、釣るぞ」

 エサの青イソメに咬まれながらも針に付け、竿を握った指に糸を掛けて押さえるとスピニングリールのベールアームを返した。ここは突端の灯台まで電線が頭上を通っている。背の高い大和がまともに投げては仕掛けが引っ掛かってしまう。

 真上からではなく、やや斜めから振りかぶってぶん投げた。

「うおおお~っ!!」

 別にダジャレでもなかったが一番近くの同志であるおじさんがツボったらしく、ゲラゲラ笑い始めていた。

◇◇◇◇

 昼飯の自家製巨大昆布おにぎりを食い尽くすと同時に地面に置いてあった竿先の鈴が鳴り、慌ててアルミ箔を丸めてポケットに突っ込み、竿を手にする。立ち上がると確実なアタリを感じた。合わせる必要もなく獲物は針を呑んだらしい。

「今度こそは大物の予感」
「おー、兄ちゃん。掛かったのかね?」
「はい。これは結構きてます。何だろう、カレイかキスか……ヒラメ?」
「はっは、刺身をまたバラすんじゃないぞ」

 隣のおじさんとやり取りしながらも大和は慎重に、だが素早くリールを巻いた。針を呑んだ獲物はおそらくバレない、つまり針から外れて逃げることはないが、何せ距離がある。斜め投げとはいえ大和の高身長でぶん投げると軽く100メートルは飛ぶ。

 糸を切られないよう竿を立てたまま、せっせと巻いた。
 既に微々たるものといえど釣果は得ていたが、仕掛けは根掛かりで2セットをダメにし、同じ釣り方だとこれで最後の仕掛けである。

 ――と、思ったら嫌な手応え。また根掛かりだ。

 今、使っているのは三本のエダスにひとつずつ針がついているが、そのうち獲物が掛かっていない針が海底の岩か繁茂した海藻にでも引っ掛かったらしい。
 少し糸を緩めてみたり角度を変えて引いてみたりする。

「あっ、やった! 外れた!」

 そこから順調に巻き上げてテトラポッド付近まで持ってくると一気に海面から引き抜いた。いやに引きがいいと思ったら獲物は通称・靴底なる黒舌平目クロシタビラメだった。結構な型で、ゆうに40センチはあった。


「やったねえ、兄ちゃん。今夜はムニエルで一杯だ」
「はあ、そうですね」

 全身で暴れてくれるので舌平目の引きはかなり豪快だ。本当は黒より赤舌平目の方が高級で旨いというが、大和の頭にそんな贅沢は微塵も浮かんでいなかった。
 ビタンビタン暴れる黒舌平目の呑んだ針を外して海水を溜めたクーラーボックスに入れてやると、すぐに大人しくなって底で明るい茶色になった。精一杯の擬態をとる黒舌平目を眺める。

 汲んだ水には電池式のエアレーション装置で新鮮な空気をずっと送り込んでいた。釣りを終えて最後にリリースする小物を死なせないための心掛けだ。お蔭でクーラーボックスの中の魚たちはみんな元気だった。

 シロギスにハゼ、メゴチ、舌平目。魚は元気だが大和自身は予想していたほど爽快ではない。仕掛けを投げてアタリを待つ間も別れたあいつの事ばかり考えてしまうのである。

 一緒に釣ろうと言ったが『僕は見てるよ』と精一杯の笑顔を作って見せたあいつ。エサのイソメを見て引き攣りつつ『まさか、これを食べた魚を僕らが食べるんじゃないよね?』と訊いたあいつの目は笑っていなかった。
 他にも『釣っておいて逃がすんだ? 育ててから食べるのって何でも同じだね、魚は鳴かないだろうけど』とシニカルな響きを持たせて言っていた。

 あいつは優しすぎて、最初から俺とは噛み合っていなかったのだ。

 ホストのヘルプだって他人から頼まれて断れなかったのかも知れない。少なくとも魚を殺すよりは他人を愉しませる行為だ。太平洋を眺めているより儲かるし。

 今となってはそう思うしかないし、仕掛けもエダスがボロボロでもう使えそうにない。仕方ない、投げ釣りはここまでだ。だが帰るには早いので場所替えして新たな獲物にトライである。

 荷物を手早くまとめると海水と獲物が入って重たくなったクーラーボックスを持ち上げた。釣り具も担ぎ抱えて隣のおじさんに目礼すると、大和は堤防を引き返し始める。
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