俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

文字の大きさ
5 / 20

第5話・休日初日午後中盤〈画像解説付属〉

しおりを挟む
 のっしのっし歩き、苦労して堤防から降りると辺りを見回す。

「仕掛けはブラクリくらいか」

 呟いた『ブラクリ』とはおもりの下に針が付いた簡素な仕掛けで、これも底物狙いである。大概の錘には色がついていて真っ赤なのが多い。
 しかしこれは大和好みのブン投げ方式ではなく目前でポチャンと垂直落下させ、底に着いたらゆっくり上下して獲物が掛かるのを待つという地味な釣り方だ。



 主に岩場を棲み処にしているアイナメなどを狙うが、感覚としては金魚釣りだった。
 それでもアイナメその他の『岩場のヌシ』的な大物がヒットすることもある、地味でもバカに出来ない釣りだ。

 大和は堤防下の反対側、広がる砂浜の手前にある岩場に目を付けた。遠歩きするには海水の入ったクーラーボックスが重たかったのもある。
 ごく近場に荷物を下ろし、二本ある竿のうちまだ使っていない短めの「ちょい投げ用」を取り出した。短めの竿に幹糸を通して伸ばし、先っちょにブラクリをつけるとエサはここでも青イソメだ。

 準備ができると荷物を置いた堤防の土台と磯場の間に良さそうな隙間を見つけた。割と深さもありそうだ。大和はその隙間にポチャンとブラクリを落とし込む。
 底に着いた手応えでリールのベールを返し、僅かに糸を巻いた。

 ここからは根気の勝負である。アタリが無ければ僅かずつ歩いてはまんべんなく底を探って、エサを上下させながら獲物を誘うのだ。
 そこに魚がいなければ意味は無いのでアタリのある場所を見つけるまでが何とも気怠く、大男が小さな竿を上下にしゃくりつつ、俯いたままチョボチョボと歩いている姿はうら寂しいような風情だった。

 しかし大和は自分がどう見えているかなど全く頭になく、またも別れた男の事ばかりに思考を占められていた。
 逃がした魚は大きかったなどと言うが、自分もその典型なのではないか。どうしてホストのヘルプを黙っていたくらいで詰問し、返事がないことに激怒してしまったのか。

 もっとキチンと話し合ったなら、あいつと今もこうして一緒に……あいつは釣りはしないんだよな。あの言い種からすると自然からナニかを強奪せずとも、この現代で生きられるだろう? その趣味は野蛮な行為じゃないのかい、とでもいったところか。

 ――ほら見ろ、やっぱりあいつとは最初から合わなかったんだ。

 ぐるぐると同じ思考を飽かず脳内でこねくり回す。投げ釣りと違って地味かつ根気の要る単調なブラクリ釣りは、結果として大和の脳ミソに、

『いい歳こいて独りは淋しいなあ……』

 という負の答えを浮かばせていた。ソノ手の盛り場で一夜の相手を見つけるのは好きではなく、マザコンではないがそもそも母と暮らしている以上、これまでも付き合った相手は母に紹介してきた。
 外泊するなら母に余計なコトを詮索され会社に電話でもされるより、自分で連絡して実家の戸締りや火の元の確認をしてから母には眠って欲しいからである。

 それをマザコンというのだと笑った男も過去にはいたが、大和自身は曖昧な笑いで誤魔化した。本気で笑えないのだ。

 あるとき学校から帰ったら実家は無人なのにガスコンロの火がついていた。そして見覚えある片手鍋の柄だけが半分焦げて床に落ちていたのである。コンロ上の火の中には元はタマゴだったと思しき丸い炭がふたつ。長年使い込んだアルミ鍋本体は何処にも見当たらなかった。母が茹で卵を作っている途中だというのを忘れて出掛けた結果だった。

 それも二度だ。
 意外とアルミは蒸発するんだなと感心する以外、得るモノは無かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...