俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

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第8話・釣りの後2

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 食うつもりの獲物を捌き終え、残りの奴らを海水魚水槽に入れる際の心得として、クーラーボックスの水温と水槽の水温とを合わせるために少しずつ水を交換しつつ、大和は迷っていた。

 クーラーボックスの中で存在感をアピールしているのはハリセンボンだ。

 確かにあの時は『食ってやる』と思ったのだが、今、眺めているとヒレが透明で美しい。背中の薄茶と黄色に黒っぽい斑点も派手ではないが、水槽のバックに貼ってある青いシートに映えそうだ。
 これは活かしておくべきか……でもこいつ、何を食うのだろう?

 そこまで考えた時、母が帰ってきた。また熱帯魚店に行ったらしく、エコバッグからエアで膨らませたビニール袋が幾つか見えていた。

「ただいま。大和、貴方は大きいんだから、そんな所にいたら邪魔よ」
「ああ、うん。このカニとなべかと変なエビ、こっちの水槽に入れるから」
「あら、いいんじゃない。どうせ殆ど面倒見てるの貴方だもの。好きにしなさい」

 いいつつ母は丁寧に取り出したビニール袋の水草を熱帯魚水槽に植えようと、既に袖を捲り始めていた。水槽は父が生きていた頃から使っている物で古いが頑丈、進化する濾過システムなどを取り替えながら、一度も中の水棲生物が絶えたことのないシロモノだ。

 母に倣って大和も海水魚水槽の上部にある蛍光灯や濾過システムにガラス板のフタを除け、イソガニその他をそっと放してやる。
 新天地にやってきた彼らはふわふわと底に沈み、着地するなり探索行動を始めた。貫通穴のある石を上手く元あった岩と組み合わせて固定するなり、貫通穴になべかが先を争って潜り隠れる。

 一匹は顔だけ出して警戒係か。黄色と茶の縞々が可愛い。

 そこでまたアバサー、もといハリセンボンをどうするか悩んだ。カレイやハゼは既に棲んでいて、ホームセンターで買った魚のエサや釣りで余ったイソメ、味噌汁のアサリを取り除けておいた生の貝などを適当に与えてきた。喜んでいるかどうかは分からないが、それで生きているので拙くは無いのだろう。

 しかし全長10センチ以上あるハリセンボンとなると、維持管理も面倒なことになりそうな気がする。そもそも何を食うのか、そこから調べなければならない。
 迷う大和の傍に水草を植え終えて満足した母がやってきた。

「何それ、食べられるの?」
「ハリセンボン。一応、食えるし食う地方もある」
「じゃあ、唐揚げ?」
「……え?」
「膨らませてカリッと揚げればインスタ映えしそうねえ」

 この母はジョークと思えて本気で言っているから怖い。インスタをやっているのは母であって大和ではない。

「一本一本の針をポリッと折って食べるの。塩味でいいわ」
「膨らませたまま揚げるのって無理だと思うよ」
「寸胴鍋を出して油を沢山入れたら?」

 言われて大和はひらひら泳ぐハリセンボンの最期が油地獄か……と思い、何だか溜息が出た。釣った魚には大抵はヒレや魚体に小キズくらいあるものだが、このハリセンボンは珍しくも水族館で見るより綺麗な個体だった。

「食わないよ。飼う、決めた」
「ふうん。ハリセンボンって何を食べるの?」
「調べるけど、フグなんだし飼って飼えないことはないだろ」

「そうねえ。ところで釣りはどうだったの?」
「ムニエルと天ぷら。期待してていいよ、舞茸いっぱい買ってきたから」
「その程度だったのね」

 笑う母を無視して大和はクーラーボックス内で泳ぐハリセンボンをそっと両手ですくう。今度は膨らまずに大人しく大和の手でじっとしていた。水槽に放してやると上層をたゆたう如く泳ぎ出す。
 まるでその海水魚水槽に元からいた『ヌシ』のような存在感があり、綺麗な模様と透明なヒレが思った通りに青い背景に見事に映えた。

「その子、結構いいわねえ。名前をつけなきゃ」

 トンデモな名を付けられる前に大和は思い付きを口走った。

「プー助、プー助だ。他の名前で呼ばないでよ」
「プー助ねえ、面白味のない。いがぐり17号の方が――」

 腹が減っていた大和は母の相手をせず天ぷらとムニエルを作るべく台所に立った。
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