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第26話
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食事を終えた二人は煙草を部屋で吸うことに決めて席を立つ。フロントで連泊を告げ、パソコンの貸し出し延長も申し出ておいて九〇七号室に戻った。
戻るなり二人して煙草タイム、京哉は吸いながらもノートパソコンと格闘である。
「忍さん、たぶん例のログの完全版が落とせたと思いますけど、見ますか?」
場所を霧島に譲っておいてもう一台のパソコンをブートさせると、じっと動かなくなった霧島を前に京哉はナルコム社のビル=スレーダー社長について調べ始めた。元PMC、今ではPSCと呼ぶが、とにかくその事務職に元々就いていたことや、数ヶ月前に妻子を観光バスの事故で亡くしたこと、自身も事故で長く入院していたことなどはすぐに出てきた。
亡くなった妻子の保険金で現在のナルコム社を立ち上げ、社長となってからは部下に殆どを任せて悠々自適の生活を送っているらしい。だがそれ以上は何処にも載ってはいなかった。
ここまで調べるのもいちいち日本語サイトで怪しい翻訳と格闘し、時には翻訳サイトを通して解読しなければならなくて霧島に恨めしい思いを抱く。英語のできる霧島が調べれば、おそらく京哉よりも早く確実にもっと大量の情報が得られる筈なのだ。
それなのに京哉に任せきりにしているのは、たぶん京哉に実地で英語の勉強をさせるのと、ごく低い京哉の特別任務へのモチベーションを何とか維持させるためと思われた。
ここ暫く機捜にいる方が短いくらい特別任務が立て込んで、それも命懸けのさんざんな目に遭わされ続けてきたのである。これで喜んで特別任務を受けるほど二人も能天気ではない。一ノ瀬本部長は霧島に何かあったら霧島カンパニー会長に何と申し開きしようかと心配で……などと言う割に容赦なく『上』からの任務を橋渡しする。
だが懲戒処分を受けた霧島がこれだけ重用されるのはいい傾向と云えるのだ。
懲戒処分を受けると以降の昇任の道が殆ど断たれるために誰もが依願退職する。
しかし霧島は警察を辞めなかった。京哉と同様に知りすぎた男として辞めたら何が身に降り掛かるか分からなかったというのもあるが、何より自分は間違っていないという信念があったのと、京哉と出会ってから全て独りで企てた暗殺肯定派一斉検挙までのシナリオを内側から見守りイレギュラーな事態に対処するためでもあったのだ。
結果として霧島の企ては成功し、懲戒処分を下した暗殺肯定派の本部長は汚職で秘密裏に退職金を全額返納の上、勇退の形で退職に追い込まれた。後任は現在の一ノ瀬本部長でかつての暗殺反対派の急先鋒、つまりは霧島や京哉の事情を知る味方と言っていい。
けれど数々の警察内部の極秘事項を知った霧島と京哉は却って便利に使われ、たびたび特別任務に携わることになった。上層部も二人も互いに秘密を知り重ねてゆくという無視できない存在である。
国家間機密にまで関わらせるのは、風向きが変わった証左であった。
だが霧島が命懸けの特別任務を泰然と受けているように見えて、じつは毎回全力で戦っているのも京哉は知っていた。二人して何度も心身を傷つけられ死の淵も彷徨いそのたびに傍で見守る方も心を引き裂かれる思いを味わった。
だからこそ京哉は地雷を踏むかも知れないリライ事務など探らずナルコム社が白か黒かだけ分かれば回れ右で日本に帰りたかったのだが、年上の愛し人はまたしても義憤で動こうとしている。それこそ本来のサツカンらしい霧島の正義感の表れであり、誰より理解している京哉も付き合うしかないが、一線を越える前に引き戻すのもバディの務めだ。
そんなことを思いながら次に京哉はリライ事務について探り始める。さほど苦労せずとも、これもすぐに出てきた。ここでのリライ事務は霧島の読み通りに死の商人、いわゆる武器メーカーとして名が通っていた。大規模支社がこのカランドにも存在している。
おまけに企業が複雑に絡み合う化石燃料とガリアのレアメタルの利権争いにも積極参加し、PSC、単純に訳せば民間軍事会社と呼ばれる代理戦争屋とも契約しているのは他企業と同じだった。
夢中で調べていると、ふいに向かいで霧島が立ち上がる。何となく顔を上げると、またゲームに酔ったのか霧島は眉間に嫌悪を浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
「ん、ああ、問題ない。だが……悪いが、お前もこのラストだけ見てくれるか?」
「構いませんけど」
霧島側のパソコンを移動させて覗き込む。タッチパッドで再生させた。
いきなり映ったのはパイプラインの間から見上げた中年男だった。白いヘルメットにスーツ姿だ。昨夜霧島が説明した『おびき出した産業スパイ』がこの男だと思われた。人物は合成されたゲーム映像という雰囲気ではなくカメラ映像そのもので、はっきりと顔の造作まで判別できる。それが一瞬恐怖に引き歪んで、次には上半身が消し飛んでいた。
昨日の霧島の説明を抜きにしてもスナイパーで結構な軍事ヲタでもある京哉には、いったい何が起こったのか分かっていた。UAVオルトロスが搭載したチェーンガンで男を撃ったのだ。真っ赤なそれは飛び散って、まさにミンチ以下だった。
毎分六百発以上の速度で発射されるチェーンガンの二十五ミリ榴弾は殆どの場合、砲身の過熱防止と弾薬温存のために、射手がレリーズを押し続けても一回につき二秒で撃ち止まる。おそらくこの場合もゲーマーが撃ったのは一射のみ。それでも二秒でこの有様だ。
帰りはオートパイロットで淡々と飛ぶのを知り、京哉は映像を停止した。
「京哉、お前はこれをどう思う?」
「どうって、それこそR18指定したってPTSDものだと思いますけど、所詮はゲームの世界でしょう? ただ映画みたいに良くできた映像なのと、あの産業スパイの顔がどう見てもアジア人、それも日本人に見えたのは珍しい気はしますが」
「お前がそう言うなら、それでいい。ビル=スレーダーについてはどうだ?」
調べ上げた概要を説明しながら、要所は検索したサイトを霧島にも直接見せる。
「元PMC事務員か。それにしても不幸を背負った男だな」
「奥さん子供も亡くして、自分も事故ですもんね」
検索履歴を辿って霧島は様々な記事を斜め読みしながら呟いた。
「今も続くバス事故の訴訟団には一人不参加か」
「悠々自適でお金に困ってないからじゃないですか?」
「だがこういう訴訟はカネを取るだけが目的ではない」
「精神的苦痛を相手に訴えるのが主目的ですよね。自分も事故に遭って気が抜けちゃったんじゃないですか?」
「では、その辺りを聞き込みに行くか」
宣言して立ち上がった霧島を京哉は見上げて首を傾げる。
「ナルコム社にアポでも取りますか?」
「ナルコム社ではない、ビル=スレーダーが元いたPMC、現在のPSCだ」
戻るなり二人して煙草タイム、京哉は吸いながらもノートパソコンと格闘である。
「忍さん、たぶん例のログの完全版が落とせたと思いますけど、見ますか?」
場所を霧島に譲っておいてもう一台のパソコンをブートさせると、じっと動かなくなった霧島を前に京哉はナルコム社のビル=スレーダー社長について調べ始めた。元PMC、今ではPSCと呼ぶが、とにかくその事務職に元々就いていたことや、数ヶ月前に妻子を観光バスの事故で亡くしたこと、自身も事故で長く入院していたことなどはすぐに出てきた。
亡くなった妻子の保険金で現在のナルコム社を立ち上げ、社長となってからは部下に殆どを任せて悠々自適の生活を送っているらしい。だがそれ以上は何処にも載ってはいなかった。
ここまで調べるのもいちいち日本語サイトで怪しい翻訳と格闘し、時には翻訳サイトを通して解読しなければならなくて霧島に恨めしい思いを抱く。英語のできる霧島が調べれば、おそらく京哉よりも早く確実にもっと大量の情報が得られる筈なのだ。
それなのに京哉に任せきりにしているのは、たぶん京哉に実地で英語の勉強をさせるのと、ごく低い京哉の特別任務へのモチベーションを何とか維持させるためと思われた。
ここ暫く機捜にいる方が短いくらい特別任務が立て込んで、それも命懸けのさんざんな目に遭わされ続けてきたのである。これで喜んで特別任務を受けるほど二人も能天気ではない。一ノ瀬本部長は霧島に何かあったら霧島カンパニー会長に何と申し開きしようかと心配で……などと言う割に容赦なく『上』からの任務を橋渡しする。
だが懲戒処分を受けた霧島がこれだけ重用されるのはいい傾向と云えるのだ。
懲戒処分を受けると以降の昇任の道が殆ど断たれるために誰もが依願退職する。
しかし霧島は警察を辞めなかった。京哉と同様に知りすぎた男として辞めたら何が身に降り掛かるか分からなかったというのもあるが、何より自分は間違っていないという信念があったのと、京哉と出会ってから全て独りで企てた暗殺肯定派一斉検挙までのシナリオを内側から見守りイレギュラーな事態に対処するためでもあったのだ。
結果として霧島の企ては成功し、懲戒処分を下した暗殺肯定派の本部長は汚職で秘密裏に退職金を全額返納の上、勇退の形で退職に追い込まれた。後任は現在の一ノ瀬本部長でかつての暗殺反対派の急先鋒、つまりは霧島や京哉の事情を知る味方と言っていい。
けれど数々の警察内部の極秘事項を知った霧島と京哉は却って便利に使われ、たびたび特別任務に携わることになった。上層部も二人も互いに秘密を知り重ねてゆくという無視できない存在である。
国家間機密にまで関わらせるのは、風向きが変わった証左であった。
だが霧島が命懸けの特別任務を泰然と受けているように見えて、じつは毎回全力で戦っているのも京哉は知っていた。二人して何度も心身を傷つけられ死の淵も彷徨いそのたびに傍で見守る方も心を引き裂かれる思いを味わった。
だからこそ京哉は地雷を踏むかも知れないリライ事務など探らずナルコム社が白か黒かだけ分かれば回れ右で日本に帰りたかったのだが、年上の愛し人はまたしても義憤で動こうとしている。それこそ本来のサツカンらしい霧島の正義感の表れであり、誰より理解している京哉も付き合うしかないが、一線を越える前に引き戻すのもバディの務めだ。
そんなことを思いながら次に京哉はリライ事務について探り始める。さほど苦労せずとも、これもすぐに出てきた。ここでのリライ事務は霧島の読み通りに死の商人、いわゆる武器メーカーとして名が通っていた。大規模支社がこのカランドにも存在している。
おまけに企業が複雑に絡み合う化石燃料とガリアのレアメタルの利権争いにも積極参加し、PSC、単純に訳せば民間軍事会社と呼ばれる代理戦争屋とも契約しているのは他企業と同じだった。
夢中で調べていると、ふいに向かいで霧島が立ち上がる。何となく顔を上げると、またゲームに酔ったのか霧島は眉間に嫌悪を浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
「ん、ああ、問題ない。だが……悪いが、お前もこのラストだけ見てくれるか?」
「構いませんけど」
霧島側のパソコンを移動させて覗き込む。タッチパッドで再生させた。
いきなり映ったのはパイプラインの間から見上げた中年男だった。白いヘルメットにスーツ姿だ。昨夜霧島が説明した『おびき出した産業スパイ』がこの男だと思われた。人物は合成されたゲーム映像という雰囲気ではなくカメラ映像そのもので、はっきりと顔の造作まで判別できる。それが一瞬恐怖に引き歪んで、次には上半身が消し飛んでいた。
昨日の霧島の説明を抜きにしてもスナイパーで結構な軍事ヲタでもある京哉には、いったい何が起こったのか分かっていた。UAVオルトロスが搭載したチェーンガンで男を撃ったのだ。真っ赤なそれは飛び散って、まさにミンチ以下だった。
毎分六百発以上の速度で発射されるチェーンガンの二十五ミリ榴弾は殆どの場合、砲身の過熱防止と弾薬温存のために、射手がレリーズを押し続けても一回につき二秒で撃ち止まる。おそらくこの場合もゲーマーが撃ったのは一射のみ。それでも二秒でこの有様だ。
帰りはオートパイロットで淡々と飛ぶのを知り、京哉は映像を停止した。
「京哉、お前はこれをどう思う?」
「どうって、それこそR18指定したってPTSDものだと思いますけど、所詮はゲームの世界でしょう? ただ映画みたいに良くできた映像なのと、あの産業スパイの顔がどう見てもアジア人、それも日本人に見えたのは珍しい気はしますが」
「お前がそう言うなら、それでいい。ビル=スレーダーについてはどうだ?」
調べ上げた概要を説明しながら、要所は検索したサイトを霧島にも直接見せる。
「元PMC事務員か。それにしても不幸を背負った男だな」
「奥さん子供も亡くして、自分も事故ですもんね」
検索履歴を辿って霧島は様々な記事を斜め読みしながら呟いた。
「今も続くバス事故の訴訟団には一人不参加か」
「悠々自適でお金に困ってないからじゃないですか?」
「だがこういう訴訟はカネを取るだけが目的ではない」
「精神的苦痛を相手に訴えるのが主目的ですよね。自分も事故に遭って気が抜けちゃったんじゃないですか?」
「では、その辺りを聞き込みに行くか」
宣言して立ち上がった霧島を京哉は見上げて首を傾げる。
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