Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

文字の大きさ
28 / 59

第28話

しおりを挟む
 明るく言った京哉の言葉と霧島の通訳につり込まれたように担当者は初めて笑う。

「ご存じでしたか。家族を亡くし彼も事故に遭い、一時は掛ける言葉にも困ったものでしたがハードラック転じて彼はラッキィでしたよ。リライ事務にまで見込まれて」
「リライ事務がナルコム社を見込んだとは、どういうことなんですか?」

「それはご存じないのですか? ああ、そういえば刑事さんたちは日本から来られたんでしたね。英語がお上手なので失念して……例のハンターキラーがヒットした理由はリライが新型専用コントローラで以てバックアップしたのが大きな要因なんです」
「ほう。自ら売り込んだのでしょうか、それとも向こうから見込まれた?」

「さあ、そこまでは。しかし我が国でゲーム関連機器の製造販売をするには政府の認可が必要なんです。人体に有害だと許可が下りない、というのは建前で内実は兵器への転用防止が主目的ですが。そこでリライ事務が新型コントローラを政府関係者に対するプレゼンのデモの際、使用したのが例のハンターキラーだったという話です」
「えっ、それって逆効果じゃ……ハンターキラーをデモに使ったら、間違いなく兵器転用を疑われそうな気がするんですけど?」

「それも分かりかねますが、敢えて際どい作品を使用し、『それでも兵器への転用はない』との証明をしたとかしないとか。その辺りまでは知りません。まあ、それでも通ったことを含めてラッキィですよ」

 聞いて霧島と京哉は顔を見合わせる。直接的ではないかも知れないにしろ、ビル=スレーダーのナルコム社とリライ事務は関係があるということだ。

「これで一応、マクミランとナルコム社にリライ事務が一直線に繋がりましたね」
「だがまだピースが足りん。麻取四人に堂本一佐の部下二人は何を知り消された?」
「それは勿論、クスリの流れじゃないんですか?」

「クスリの流通経路を知って消されたのなら、日本のヤクザの手口として埋めるか沈めるかだろう。ああも派手に見せしめ的殺し方をしたのは『手を出すな』との警告だぞ。それも真っ向、厚生局と自衛隊に対してだ」
「まあ、そうでしょうけれど、クスリの経路にも手を出して欲しくないんじゃ?」
「いや。もっと絶対的に知られたくない何かがある筈だ」
「絶対的な何か、ねえ……」

 雑談を始めた客に担当者は用が済んだと思ったらしい。ロウテーブルから紙切れを取り上げると、立ってシュレッダーに掛けに行ってしまった。霧島と京哉は早々に退散する。
 建物から出るのは呆気なかった。再びタクシーを捕まえる。

「ついでにナルコム社を見物に行ってみるか」
「そうですね、ホテルから行くより近いですし」

 霧島が行き先を告げるとタクシードライバーは鼻歌混じりに郊外を走らせ始めた。
 辺りは郊外一軒型の家電屋やレストラン、マンションなどが建ち並び、間を埋める緑地では木々が白やピンクの花を咲かせている。時折マンションの前に花壇ではなく野菜畑があったりして面白く、眺めていて目に飽きない。

 二十分ほども走っただろうか、タクシーは車線変更して路肩に寄ると停止した。

 歩道越しに街路樹の隙間から見える一戸建ての社屋がナルコム・コーポレーションだった。膝くらいの高さから広く取られた大きな窓があり、事務所の中が丸見えという従業員には非常にサボりづらい環境である。だが見える範囲にいる少数の人間は何ら気にすることなくパソコンの画面に向かったまま、ゆったりとマグカップを口に運んでいた。

 何れにせよ新しそうな建物は内部も広く明るくて今どきのIT企業たる雰囲気だ。

「ふむ。困っていないというのは確からしい」
「郊外でも首都に一軒家ですからね。奥もかなり広そうだし」
「だが張り込みには向かない造りのようだな」

 ずっとここにタクシーを停めているのは不自然だ。向かって左隣には美容院とコンビニが並んでいたが、駐車場がのっぺりと前に広がっていて身を隠す場所もない。
 暫し霧島は事務所の中を注視する。だが女性一人に男性二人の事務員がデスクに就いてパソコンに向かい茶を飲んでいるだけで、資料の写真で見たビル=スレーダーの姿はなかった。奥に見えるドアの向こう、社長室にでもいるのだろうと思われる。 

「仕方ない、出直すとするか……いや、待ってくれ」

 コンビニから出てきた人影に見覚えがあったのだ。それはあの空港で出会った少年だった。確か沢井雅人といったか。小さな人影はやや肩を落として淋しげだ。

「ナルコム社に用ありっぽかったから、訪ねてきたんじゃないでしょうかね?」
「そうだな、用は済んだのかも知れん」
「えっ、降りるんですか?」

 返事もせず霧島は料金精算するとタクシーを降りてしまう。仕方なく京哉も続く。

「親切心もあんまり出さない方がいいと思いますけど」
「ちょっと声を掛けるだけだ。おい、雅人!」

 大声、それも日本語に驚いたのか紺のジャケットがビクリと揺れる。恐る恐るといった風に振り向いた雅人は二人を認めて胸を撫で下ろしたようだった。足早に近づいてくる。

「空港ではごちそうさまでした。霧島さんと鳴海さんでしたっけ?」
「ああ、おじさんではない」と霧島は土鍋性格を垣間見せ、「雅人はナルコムか?」

 訊かれて雅人は足元に目を落とした。こぶしを握り締め、思い詰めた様子から未だ目的を達してはいないらしい。いったいどんな用件があるのか知らないが、目的を目前にして最後の一歩を踏み出せないでいるようだ。言葉の壁や自身の年齢もあるのだろう。

「そうか。ならばそこまで一緒に行ってやるか」
「えっ、一緒に……いいんですか?」

 大人の味方を得て雅人は顔色を明るくする。小さなショルダーバッグを担ぎ直し、霧島と京哉を見比べた。大きく息をついて頷く。安堵で目に力が湧いていた。

「ごめんなさい、一人じゃ勇気が出なくて」
「では、今すぐでも大丈夫か?」
「はい……すみません」
「私たちには謝らなくていい、大したことではないのだからな」

 長身の霧島は雅人の黒髪をクシャリと掴んでから肩に手を置いた。その肩にはまだ力が入っていたが、おどおどした様子はない。覚悟を決めたか雅人は先に立って歩き始めた。
 ナルコム社のドアの前で雅人は足を止める。霧島と京哉はあとからついて行くだけだ。雅人は深呼吸を一回、ポケットから出した紙切れを開く。日本で準備してきたのだろう、英語とカタカナで綴られた挨拶文をインターフォンに向かって読み上げようとした。

 そのとき乾いた音が響いた。同時に右側の窓が破片を飛び散らせる。

「京哉、銃撃だ!」
「分かってますっ!」
「雅人は伏せろ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...