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第28話
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明るく言った京哉の言葉と霧島の通訳につり込まれたように担当者は初めて笑う。
「ご存じでしたか。家族を亡くし彼も事故に遭い、一時は掛ける言葉にも困ったものでしたがハードラック転じて彼はラッキィでしたよ。リライ事務にまで見込まれて」
「リライ事務がナルコム社を見込んだとは、どういうことなんですか?」
「それはご存じないのですか? ああ、そういえば刑事さんたちは日本から来られたんでしたね。英語がお上手なので失念して……例のハンターキラーがヒットした理由はリライが新型専用コントローラで以てバックアップしたのが大きな要因なんです」
「ほう。自ら売り込んだのでしょうか、それとも向こうから見込まれた?」
「さあ、そこまでは。しかし我が国でゲーム関連機器の製造販売をするには政府の認可が必要なんです。人体に有害だと許可が下りない、というのは建前で内実は兵器への転用防止が主目的ですが。そこでリライ事務が新型コントローラを政府関係者に対するプレゼンのデモの際、使用したのが例のハンターキラーだったという話です」
「えっ、それって逆効果じゃ……ハンターキラーをデモに使ったら、間違いなく兵器転用を疑われそうな気がするんですけど?」
「それも分かりかねますが、敢えて際どい作品を使用し、『それでも兵器への転用はない』との証明をしたとかしないとか。その辺りまでは知りません。まあ、それでも通ったことを含めてラッキィですよ」
聞いて霧島と京哉は顔を見合わせる。直接的ではないかも知れないにしろ、ビル=スレーダーのナルコム社とリライ事務は関係があるということだ。
「これで一応、マクミランとナルコム社にリライ事務が一直線に繋がりましたね」
「だがまだピースが足りん。麻取四人に堂本一佐の部下二人は何を知り消された?」
「それは勿論、クスリの流れじゃないんですか?」
「クスリの流通経路を知って消されたのなら、日本のヤクザの手口として埋めるか沈めるかだろう。ああも派手に見せしめ的殺し方をしたのは『手を出すな』との警告だぞ。それも真っ向、厚生局と自衛隊に対してだ」
「まあ、そうでしょうけれど、クスリの経路にも手を出して欲しくないんじゃ?」
「いや。もっと絶対的に知られたくない何かがある筈だ」
「絶対的な何か、ねえ……」
雑談を始めた客に担当者は用が済んだと思ったらしい。ロウテーブルから紙切れを取り上げると、立ってシュレッダーに掛けに行ってしまった。霧島と京哉は早々に退散する。
建物から出るのは呆気なかった。再びタクシーを捕まえる。
「ついでにナルコム社を見物に行ってみるか」
「そうですね、ホテルから行くより近いですし」
霧島が行き先を告げるとタクシードライバーは鼻歌混じりに郊外を走らせ始めた。
辺りは郊外一軒型の家電屋やレストラン、マンションなどが建ち並び、間を埋める緑地では木々が白やピンクの花を咲かせている。時折マンションの前に花壇ではなく野菜畑があったりして面白く、眺めていて目に飽きない。
二十分ほども走っただろうか、タクシーは車線変更して路肩に寄ると停止した。
歩道越しに街路樹の隙間から見える一戸建ての社屋がナルコム・コーポレーションだった。膝くらいの高さから広く取られた大きな窓があり、事務所の中が丸見えという従業員には非常にサボりづらい環境である。だが見える範囲にいる少数の人間は何ら気にすることなくパソコンの画面に向かったまま、ゆったりとマグカップを口に運んでいた。
何れにせよ新しそうな建物は内部も広く明るくて今どきのIT企業たる雰囲気だ。
「ふむ。困っていないというのは確からしい」
「郊外でも首都に一軒家ですからね。奥もかなり広そうだし」
「だが張り込みには向かない造りのようだな」
ずっとここにタクシーを停めているのは不自然だ。向かって左隣には美容院とコンビニが並んでいたが、駐車場がのっぺりと前に広がっていて身を隠す場所もない。
暫し霧島は事務所の中を注視する。だが女性一人に男性二人の事務員がデスクに就いてパソコンに向かい茶を飲んでいるだけで、資料の写真で見たビル=スレーダーの姿はなかった。奥に見えるドアの向こう、社長室にでもいるのだろうと思われる。
「仕方ない、出直すとするか……いや、待ってくれ」
コンビニから出てきた人影に見覚えがあったのだ。それはあの空港で出会った少年だった。確か沢井雅人といったか。小さな人影はやや肩を落として淋しげだ。
「ナルコム社に用ありっぽかったから、訪ねてきたんじゃないでしょうかね?」
「そうだな、用は済んだのかも知れん」
「えっ、降りるんですか?」
返事もせず霧島は料金精算するとタクシーを降りてしまう。仕方なく京哉も続く。
「親切心もあんまり出さない方がいいと思いますけど」
「ちょっと声を掛けるだけだ。おい、雅人!」
大声、それも日本語に驚いたのか紺のジャケットがビクリと揺れる。恐る恐るといった風に振り向いた雅人は二人を認めて胸を撫で下ろしたようだった。足早に近づいてくる。
「空港ではごちそうさまでした。霧島さんと鳴海さんでしたっけ?」
「ああ、おじさんではない」と霧島は土鍋性格を垣間見せ、「雅人はナルコムか?」
訊かれて雅人は足元に目を落とした。こぶしを握り締め、思い詰めた様子から未だ目的を達してはいないらしい。いったいどんな用件があるのか知らないが、目的を目前にして最後の一歩を踏み出せないでいるようだ。言葉の壁や自身の年齢もあるのだろう。
「そうか。ならばそこまで一緒に行ってやるか」
「えっ、一緒に……いいんですか?」
大人の味方を得て雅人は顔色を明るくする。小さなショルダーバッグを担ぎ直し、霧島と京哉を見比べた。大きく息をついて頷く。安堵で目に力が湧いていた。
「ごめんなさい、一人じゃ勇気が出なくて」
「では、今すぐでも大丈夫か?」
「はい……すみません」
「私たちには謝らなくていい、大したことではないのだからな」
長身の霧島は雅人の黒髪をクシャリと掴んでから肩に手を置いた。その肩にはまだ力が入っていたが、おどおどした様子はない。覚悟を決めたか雅人は先に立って歩き始めた。
ナルコム社のドアの前で雅人は足を止める。霧島と京哉はあとからついて行くだけだ。雅人は深呼吸を一回、ポケットから出した紙切れを開く。日本で準備してきたのだろう、英語とカタカナで綴られた挨拶文をインターフォンに向かって読み上げようとした。
そのとき乾いた音が響いた。同時に右側の窓が破片を飛び散らせる。
「京哉、銃撃だ!」
「分かってますっ!」
「雅人は伏せろ!」
「ご存じでしたか。家族を亡くし彼も事故に遭い、一時は掛ける言葉にも困ったものでしたがハードラック転じて彼はラッキィでしたよ。リライ事務にまで見込まれて」
「リライ事務がナルコム社を見込んだとは、どういうことなんですか?」
「それはご存じないのですか? ああ、そういえば刑事さんたちは日本から来られたんでしたね。英語がお上手なので失念して……例のハンターキラーがヒットした理由はリライが新型専用コントローラで以てバックアップしたのが大きな要因なんです」
「ほう。自ら売り込んだのでしょうか、それとも向こうから見込まれた?」
「さあ、そこまでは。しかし我が国でゲーム関連機器の製造販売をするには政府の認可が必要なんです。人体に有害だと許可が下りない、というのは建前で内実は兵器への転用防止が主目的ですが。そこでリライ事務が新型コントローラを政府関係者に対するプレゼンのデモの際、使用したのが例のハンターキラーだったという話です」
「えっ、それって逆効果じゃ……ハンターキラーをデモに使ったら、間違いなく兵器転用を疑われそうな気がするんですけど?」
「それも分かりかねますが、敢えて際どい作品を使用し、『それでも兵器への転用はない』との証明をしたとかしないとか。その辺りまでは知りません。まあ、それでも通ったことを含めてラッキィですよ」
聞いて霧島と京哉は顔を見合わせる。直接的ではないかも知れないにしろ、ビル=スレーダーのナルコム社とリライ事務は関係があるということだ。
「これで一応、マクミランとナルコム社にリライ事務が一直線に繋がりましたね」
「だがまだピースが足りん。麻取四人に堂本一佐の部下二人は何を知り消された?」
「それは勿論、クスリの流れじゃないんですか?」
「クスリの流通経路を知って消されたのなら、日本のヤクザの手口として埋めるか沈めるかだろう。ああも派手に見せしめ的殺し方をしたのは『手を出すな』との警告だぞ。それも真っ向、厚生局と自衛隊に対してだ」
「まあ、そうでしょうけれど、クスリの経路にも手を出して欲しくないんじゃ?」
「いや。もっと絶対的に知られたくない何かがある筈だ」
「絶対的な何か、ねえ……」
雑談を始めた客に担当者は用が済んだと思ったらしい。ロウテーブルから紙切れを取り上げると、立ってシュレッダーに掛けに行ってしまった。霧島と京哉は早々に退散する。
建物から出るのは呆気なかった。再びタクシーを捕まえる。
「ついでにナルコム社を見物に行ってみるか」
「そうですね、ホテルから行くより近いですし」
霧島が行き先を告げるとタクシードライバーは鼻歌混じりに郊外を走らせ始めた。
辺りは郊外一軒型の家電屋やレストラン、マンションなどが建ち並び、間を埋める緑地では木々が白やピンクの花を咲かせている。時折マンションの前に花壇ではなく野菜畑があったりして面白く、眺めていて目に飽きない。
二十分ほども走っただろうか、タクシーは車線変更して路肩に寄ると停止した。
歩道越しに街路樹の隙間から見える一戸建ての社屋がナルコム・コーポレーションだった。膝くらいの高さから広く取られた大きな窓があり、事務所の中が丸見えという従業員には非常にサボりづらい環境である。だが見える範囲にいる少数の人間は何ら気にすることなくパソコンの画面に向かったまま、ゆったりとマグカップを口に運んでいた。
何れにせよ新しそうな建物は内部も広く明るくて今どきのIT企業たる雰囲気だ。
「ふむ。困っていないというのは確からしい」
「郊外でも首都に一軒家ですからね。奥もかなり広そうだし」
「だが張り込みには向かない造りのようだな」
ずっとここにタクシーを停めているのは不自然だ。向かって左隣には美容院とコンビニが並んでいたが、駐車場がのっぺりと前に広がっていて身を隠す場所もない。
暫し霧島は事務所の中を注視する。だが女性一人に男性二人の事務員がデスクに就いてパソコンに向かい茶を飲んでいるだけで、資料の写真で見たビル=スレーダーの姿はなかった。奥に見えるドアの向こう、社長室にでもいるのだろうと思われる。
「仕方ない、出直すとするか……いや、待ってくれ」
コンビニから出てきた人影に見覚えがあったのだ。それはあの空港で出会った少年だった。確か沢井雅人といったか。小さな人影はやや肩を落として淋しげだ。
「ナルコム社に用ありっぽかったから、訪ねてきたんじゃないでしょうかね?」
「そうだな、用は済んだのかも知れん」
「えっ、降りるんですか?」
返事もせず霧島は料金精算するとタクシーを降りてしまう。仕方なく京哉も続く。
「親切心もあんまり出さない方がいいと思いますけど」
「ちょっと声を掛けるだけだ。おい、雅人!」
大声、それも日本語に驚いたのか紺のジャケットがビクリと揺れる。恐る恐るといった風に振り向いた雅人は二人を認めて胸を撫で下ろしたようだった。足早に近づいてくる。
「空港ではごちそうさまでした。霧島さんと鳴海さんでしたっけ?」
「ああ、おじさんではない」と霧島は土鍋性格を垣間見せ、「雅人はナルコムか?」
訊かれて雅人は足元に目を落とした。こぶしを握り締め、思い詰めた様子から未だ目的を達してはいないらしい。いったいどんな用件があるのか知らないが、目的を目前にして最後の一歩を踏み出せないでいるようだ。言葉の壁や自身の年齢もあるのだろう。
「そうか。ならばそこまで一緒に行ってやるか」
「えっ、一緒に……いいんですか?」
大人の味方を得て雅人は顔色を明るくする。小さなショルダーバッグを担ぎ直し、霧島と京哉を見比べた。大きく息をついて頷く。安堵で目に力が湧いていた。
「ごめんなさい、一人じゃ勇気が出なくて」
「では、今すぐでも大丈夫か?」
「はい……すみません」
「私たちには謝らなくていい、大したことではないのだからな」
長身の霧島は雅人の黒髪をクシャリと掴んでから肩に手を置いた。その肩にはまだ力が入っていたが、おどおどした様子はない。覚悟を決めたか雅人は先に立って歩き始めた。
ナルコム社のドアの前で雅人は足を止める。霧島と京哉はあとからついて行くだけだ。雅人は深呼吸を一回、ポケットから出した紙切れを開く。日本で準備してきたのだろう、英語とカタカナで綴られた挨拶文をインターフォンに向かって読み上げようとした。
そのとき乾いた音が響いた。同時に右側の窓が破片を飛び散らせる。
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