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第44話
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A2基地に戻るヘリの中は賑やかな者と、葬式の参列者のように黙りこくっている者とに綺麗に分かれていた。後者である霧島と京哉にドミニクとパットは基地に戻ると味のしない遅い昼食を食堂で摂り、さっさと居室に引っ込んだ。
デスク付属のチェアに霧島は前後逆に腰掛け灰皿片手に煙草を吹かしている。京哉も咥え煙草でもう一台のデスクに載ったノートパソコンを起動していた。
「ねえ、忍さん。一連の貴方の推論をまとめてみたいんですけど……クインランが戦闘薬の横流しまでする、マフィア・マクミランファミリーとも繋がった不良企業だって分かってて、リライ事務はクインランと組んだんですよね?」
「ああ。たぶんクインランの悪知恵とコネを利用するためにな」
「一方でクインランは着々とビル=スレーダーを陥れる計画を進めてたんですね」
「バス事故から飛行機墜落にIT企業ナルコム社立ち上げ、ハンターキラーのヒットまで含め、全てがクインランの計画通りだ。そして今に至るもクインランの差し回したマフィア・マクミランファミリーに脅され、ビル=スレーダーは踊らされている」
「またその一方でリライ事務は専用コントローラを、ハンターキラーと同時発売する計画を立てて実行した。それもクインランの悪知恵なんでしょうか?」
涼しい表情ながら僅かに苦いような顔をして霧島は頷く。
「大いに有り得るだろうな。ハンターキラーの爆発的ヒットがなければ、今回の緻密かつ周到な計画は何もかも意味がなくなる。計画成功で本格的に稼げるようになるまで戦闘薬の横流しをしてまで食い繋いだ苦労が水の泡だ」
先程クインラン本社の帳簿を電子情報網から掘り起こして二人で徹底的に眺めた結果、ハンターキラーが出るまでのクインランは顧客の企業から多額のカネを借り入れていたのが判明していた。火の車と言ったアルの言葉は酔った勢いばかりではなかったのだ。
「高輪組に潜入した麻取四人は、マクミランファミリーから高輪組に流された戦闘薬密売の証拠を掴もうとした過程で、もっと大きなネタを掴んじゃったんですね」
「たぶんな。単純な戦闘薬密売を探っていた麻取はマクミラン、クインラン、リライ事務が噛んだ今回の陰謀を知ってしまった。それで私たち同様に潜入しようとした挙げ句に失敗し消された」
肩越しに振り向いた霧島は京哉の黒い瞳をじっと見つめて言葉を継ぐ。
「我々にも隠されていた今回の許し難い陰謀、それは知らずして実際の戦争に世界中のゲーマーたちを参加させることだ」
そう、それは倫理的にも絶対に許されない計画だった。
「ゲーマーは、まさかと思うでしょうね」
「オンラインゲームをさせて優秀なパイロットを育て上げる。コストを掛けずにな。そしてレヴェルを上り詰めたゲーマーは、いつの間にか本物のUAVを操って現実の出来事とは知らずに人殺しに加担させられるんだ」
「普通なら優秀なパイロットの育成には一人当たり何千万円ものコストが掛かるんですよ。UAVだってプログラムでの単調な動きより人間の判断が加味された方が作戦成功率も上がりますし」
「知っている。自律飛行のドローンでも、ある程度カネを掛けた代物なら使い捨てるより人の判断を駆使して帰還させた方が、あらゆる面でいいに決まっているしな」
それ自体に爆弾を括りつけた自爆ドローンなら突っ込んで終わりだが、情報収集用の偵察無人機やミサイル等を積めるほどの大型無人機ならコスト面でも帰還させたいだろう。そこでコンピュータの超速演算にベテランの人間の判断が加われば、この上なく強力な兵器になる。
そして育成に莫大な費用と年月が掛かる優秀なパイロットは、喩え機が墜ちても死なないのだ。地球上の何処かの我が家でゲームオーバーを嘆くだけだ。
そんな平和な我が家と実際の戦場という、かけ離れた場所でのオペレーションを仲介していたのがナルコム社だった。
「ナルコム社は大容量サーバを提供しオンラインゲーム・ハンターキラーという『架空の戦場』を介して、このA2基地を含むUAVベースとゲーマーをリアルタイムで繋いでいるんだ」
「ナルコム社はそういう役目を負わされてたんですね」
頷いた霧島はデスクに灰皿を置き、買った冷たい缶コーヒーを振って開封した。
「飴とムチでサーバを提供させられ、基地とダイレクトで結んでUAVに『パイロット』を乗せ作戦を実行させる……どれだけのゲーマーが知らずに手を汚してきたのだろうな」
「きっと子供が多いんですよね。昔から反射神経のいい子供の方が戦闘機パイロットなんかには向いてるって言われてきたんですよ、倫理的な面がクリアできなかっただけで」
静かに言った京哉に、霧島は鼻を鳴らして飲み掛けの缶コーヒーを突き出す。
「ふん。同じく昔からミサイル発射ボタンを押してカメラ・アイに映った敵の末路を見るだけで、PTSDになる人間もいるという話を何処かで聞いたぞ」
「そんなデータもあれば今日の誰かみたいに嬉々として人殺しする人間もいますよ」
「そうだな、色んな人間がいる。だがあれはゲームでしかないんだ」
「悪いテロリストをやっつけるゲーム、殲滅してレヴェルを上り詰めるゲーム。本当に殺したなんて欠片も思ってないんですよね」
「クインランは『子供の魂だってカネに替える』か……」
喋りながらずっと霧島の脳裏には謝ってばかりの淋しげな少年の姿が浮かび続けていた。京哉も同じであろうことは容易に想像がついた。
二人はもう一度、あの霧島がこだわったハンターキラーのログを見て、二十五ミリチェーンガンでミンチにされた男と一ノ瀬本部長にメールで要求した沢井義久の写真と照合し、同一人物であることを確認していた。
「優秀すぎて親父を殺した雅人は、いったいどうなるんだ?」
「罰せられはしないでしょう。それこそ嵌められた事故みたいなものですし」
「そういうことを訊いた訳ではないのだが……まあいい」
「証拠はナルコムの膨大なログがありますし、貴方がピースを嵌めた推論も一ノ瀬本部長に送ったから、裏取りさえできれば日本のリライ事務本社に捜査のメスが入る筈だし。今のカランドと日本の関係は良好だから、ナルコム社にガサが入るのも時間の問題ですよ。今回も忍さんの見事な推理の勝利ですね」
「勝つも負けるもない、我々は初めから勝負になど臨んでいないのだからな。とはいえ、お前の称賛は素直に受け取っておこう、副賞もな」
「副賞なんて用意してませんよ……ったくもう」
デスク付属のチェアに霧島は前後逆に腰掛け灰皿片手に煙草を吹かしている。京哉も咥え煙草でもう一台のデスクに載ったノートパソコンを起動していた。
「ねえ、忍さん。一連の貴方の推論をまとめてみたいんですけど……クインランが戦闘薬の横流しまでする、マフィア・マクミランファミリーとも繋がった不良企業だって分かってて、リライ事務はクインランと組んだんですよね?」
「ああ。たぶんクインランの悪知恵とコネを利用するためにな」
「一方でクインランは着々とビル=スレーダーを陥れる計画を進めてたんですね」
「バス事故から飛行機墜落にIT企業ナルコム社立ち上げ、ハンターキラーのヒットまで含め、全てがクインランの計画通りだ。そして今に至るもクインランの差し回したマフィア・マクミランファミリーに脅され、ビル=スレーダーは踊らされている」
「またその一方でリライ事務は専用コントローラを、ハンターキラーと同時発売する計画を立てて実行した。それもクインランの悪知恵なんでしょうか?」
涼しい表情ながら僅かに苦いような顔をして霧島は頷く。
「大いに有り得るだろうな。ハンターキラーの爆発的ヒットがなければ、今回の緻密かつ周到な計画は何もかも意味がなくなる。計画成功で本格的に稼げるようになるまで戦闘薬の横流しをしてまで食い繋いだ苦労が水の泡だ」
先程クインラン本社の帳簿を電子情報網から掘り起こして二人で徹底的に眺めた結果、ハンターキラーが出るまでのクインランは顧客の企業から多額のカネを借り入れていたのが判明していた。火の車と言ったアルの言葉は酔った勢いばかりではなかったのだ。
「高輪組に潜入した麻取四人は、マクミランファミリーから高輪組に流された戦闘薬密売の証拠を掴もうとした過程で、もっと大きなネタを掴んじゃったんですね」
「たぶんな。単純な戦闘薬密売を探っていた麻取はマクミラン、クインラン、リライ事務が噛んだ今回の陰謀を知ってしまった。それで私たち同様に潜入しようとした挙げ句に失敗し消された」
肩越しに振り向いた霧島は京哉の黒い瞳をじっと見つめて言葉を継ぐ。
「我々にも隠されていた今回の許し難い陰謀、それは知らずして実際の戦争に世界中のゲーマーたちを参加させることだ」
そう、それは倫理的にも絶対に許されない計画だった。
「ゲーマーは、まさかと思うでしょうね」
「オンラインゲームをさせて優秀なパイロットを育て上げる。コストを掛けずにな。そしてレヴェルを上り詰めたゲーマーは、いつの間にか本物のUAVを操って現実の出来事とは知らずに人殺しに加担させられるんだ」
「普通なら優秀なパイロットの育成には一人当たり何千万円ものコストが掛かるんですよ。UAVだってプログラムでの単調な動きより人間の判断が加味された方が作戦成功率も上がりますし」
「知っている。自律飛行のドローンでも、ある程度カネを掛けた代物なら使い捨てるより人の判断を駆使して帰還させた方が、あらゆる面でいいに決まっているしな」
それ自体に爆弾を括りつけた自爆ドローンなら突っ込んで終わりだが、情報収集用の偵察無人機やミサイル等を積めるほどの大型無人機ならコスト面でも帰還させたいだろう。そこでコンピュータの超速演算にベテランの人間の判断が加われば、この上なく強力な兵器になる。
そして育成に莫大な費用と年月が掛かる優秀なパイロットは、喩え機が墜ちても死なないのだ。地球上の何処かの我が家でゲームオーバーを嘆くだけだ。
そんな平和な我が家と実際の戦場という、かけ離れた場所でのオペレーションを仲介していたのがナルコム社だった。
「ナルコム社は大容量サーバを提供しオンラインゲーム・ハンターキラーという『架空の戦場』を介して、このA2基地を含むUAVベースとゲーマーをリアルタイムで繋いでいるんだ」
「ナルコム社はそういう役目を負わされてたんですね」
頷いた霧島はデスクに灰皿を置き、買った冷たい缶コーヒーを振って開封した。
「飴とムチでサーバを提供させられ、基地とダイレクトで結んでUAVに『パイロット』を乗せ作戦を実行させる……どれだけのゲーマーが知らずに手を汚してきたのだろうな」
「きっと子供が多いんですよね。昔から反射神経のいい子供の方が戦闘機パイロットなんかには向いてるって言われてきたんですよ、倫理的な面がクリアできなかっただけで」
静かに言った京哉に、霧島は鼻を鳴らして飲み掛けの缶コーヒーを突き出す。
「ふん。同じく昔からミサイル発射ボタンを押してカメラ・アイに映った敵の末路を見るだけで、PTSDになる人間もいるという話を何処かで聞いたぞ」
「そんなデータもあれば今日の誰かみたいに嬉々として人殺しする人間もいますよ」
「そうだな、色んな人間がいる。だがあれはゲームでしかないんだ」
「悪いテロリストをやっつけるゲーム、殲滅してレヴェルを上り詰めるゲーム。本当に殺したなんて欠片も思ってないんですよね」
「クインランは『子供の魂だってカネに替える』か……」
喋りながらずっと霧島の脳裏には謝ってばかりの淋しげな少年の姿が浮かび続けていた。京哉も同じであろうことは容易に想像がついた。
二人はもう一度、あの霧島がこだわったハンターキラーのログを見て、二十五ミリチェーンガンでミンチにされた男と一ノ瀬本部長にメールで要求した沢井義久の写真と照合し、同一人物であることを確認していた。
「優秀すぎて親父を殺した雅人は、いったいどうなるんだ?」
「罰せられはしないでしょう。それこそ嵌められた事故みたいなものですし」
「そういうことを訊いた訳ではないのだが……まあいい」
「証拠はナルコムの膨大なログがありますし、貴方がピースを嵌めた推論も一ノ瀬本部長に送ったから、裏取りさえできれば日本のリライ事務本社に捜査のメスが入る筈だし。今のカランドと日本の関係は良好だから、ナルコム社にガサが入るのも時間の問題ですよ。今回も忍さんの見事な推理の勝利ですね」
「勝つも負けるもない、我々は初めから勝負になど臨んでいないのだからな。とはいえ、お前の称賛は素直に受け取っておこう、副賞もな」
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