Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第46話

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 七階建てターミナルビルで霧島が押したのは、この国に着いた日にも利用した最上階の七階のボタンである。あのときと同じく腹ぺこの霧島が選んだのは、やはりリサーチ済みのファミリーレストランだった。雅人にフルーツパフェを食べさせた店だ。

 この価格帯なら懐具合が分からないドミニクとパットにも気を使わずに済む。

 制服男に案内して貰い、四人で喫煙可のテーブルを囲んだ。それぞれメニュー表を眺めて料理や飲み物を注文する。それが終わると京哉はいそいそと煙草を咥えて火を点けた。
 先に運ばれてきたミネラルウォーターを飲みながら霧島が唸る。

「しかしセットメニュー三人前とはな。幾ら何でも食えるのか?」
「おう、任せてくれ。基地のメシは少なくて参ってたんだ」

 情けない顔でドミニクが言うと横からパットが笑って付け加える。

「じつは二度食いです、ドムは。食堂のオバちゃんにブラックホールって笑われて」

 皆で笑っているうちにウェイターがワゴンで料理を運んでくる。当然ながらテーブルにはもの凄い量の料理が並んだ。近いテーブルの客が伸び上がってこちらを見るほどだ。だが豪快に片端から片付けていくのは、やはり気持ちがいいくらいである。

 食後にチョコレートパフェまで追加注文したドミニクにつり込まれ、パットもアイスクリームを、霧島と京哉もフルーツパフェをひとつ頼み分け合って食した。

「たまにはこういうのも旨いな」
「食後の満足感が違いますよね」

 ガラスの器を綺麗に空にしコーヒー&煙草タイムになって、それぞれ近い将来のことに目を向ける余裕ができたようだった。携帯で検索した京哉が首を傾げてみせる。

「朝五時半に出る日本便がありますよ。空席もあるみたいですけど、どうします?」
「移動ばかりで疲れたしな。一日くらいゆっくり眠るのもいいだろう」

 ドミニクとパットも明日はエーサでのんびり過ごし、明後日に何処か中東の他国に向かうつもりだと語った。それ以上互いの事情に触れずカラリと笑って挨拶をする。

「別れはつらいが、あんたらはどう見ても都会向きだからな」
「じゃあ、僕らはここで」
「くれぐれも躰には気を付けてくれ」

 相互にラフな挙手敬礼をし、霧島と京哉は先に席を立った。レジで支払いを済ませファミリーレストランを出るとエレベーターまで歩きながら京哉が霧島に訊く。

「で、早く日本でウチのベッドに転がりたい貴方は、その前に雅人の病院に行きたいんですよね。でも今が午前四時っていうの、分かってますか?」
「分かっている。私自身が落ち着かないだけだ。すまんが付き合ってくれ」
「謝らなくてもいいですけど時間的に眠ってるって分かってるんなら付き合います」

 一階に降りてエントランスを抜け、ロータリーでやや涼しい風に吹かれてから客待ちのタクシーに乗り込んだ。霧島がドライバーにエーサ第一大学付属病院と告げる。

 走り出したタクシーの中で霧島は京哉のスーツの肩に凭れ、髪が乱れるのも構わずに頭を擦りつけた。唐突な愛し人の甘えに京哉は嬉しさと戸惑いが同時に湧く。

「どうしたんです、ミケみたいに」
「お前、パットに惚れられていることを知っていて何度も笑いかけただろう?」
「そんな訳じゃないですよ」
「ならばどんな訳だというんだ?」

 返事を待たずに霧島は京哉の腕を掴んで引き寄せた。ドライバーもいてルームミラーで見ようとすれば見られるのに、人目も憚らず抱き締めようとする。珍しく度を超した霧島の挙動に驚き、思わず京哉は胸を突いて逃れた。我に返ったように霧島は座り直したが情欲を湛えた切れ長の目は京哉を捉えて離さなかった。

「京哉……このまま服を引き裂いて、押し広げて、お前の中に埋めて突き上げたい」
「忍さん、日本語だからってだめです。ここはパブリックな場なんですからね」

 たしなめたが霧島の切れ長の目は婀娜っぽいような視線を送ってくる。男の色気が揺らめき立ち上っているような霧島に酔わされ、京哉も躰の芯に炎を灯された気がしてキスしたいのを堪えた。頬に血が上ったのを誤魔化そうと京哉は口を尖らせて霧島を睨む。

「ちょっと忍さん。貴方最近サドなだけじゃなくて発情期なんじゃないですか?」
「人をケダモノ扱いするんじゃない」
「だって油断も隙もないんだもん。それに……毎日欲しがるし」
「それは最近のお前が色っぽすぎるからだ。お前こそ発情期ではないのか?」

「僕だけのせい? 貴方も自分がどれだけ色っぽいか気付いてないでしょう」 
「そう見えるのは発情期のバイアスが掛かってるからだろう!」
「変なことを急に大声で主張しないで下さい! バイアスなんて掛かってません!」

 下らない言い争いはエスカレートし、犬も食わない喧嘩にまで発展してしまう。

「もう知りません、謝るまでさせませんからね!」
「えっ、ちょ、本気で言っているのか?」
「僕は本気です、頭を下げるまで指一本触れさせないんだから」

「うっ……もういい! お前が躰で人を操作しようとする限り私もお前を抱かん!」
「そうですか、ご自分が言ったことをお忘れにならないで下さいね」

 そのままタクシー内の空気が凍ったような十数分を過ごし、霧島が口を開いた。

「夫で上司の私に謝るのなら今のうちだぞ、京哉」

 京哉のことで切羽詰まるとIQが五十ほどもダダ下がりしてしまう霧島はプライドを捨てられず、肩書に頼って口走ってしまう。しかし当然ながら年上の男の科白は完全にアウトで返事もない。チラリと京哉を窺うと真っ直ぐに前を向いた黒い瞳は霧島のことなど欠片も映そうとしなかった。まるで一人客のようだ。

 ガン無視されて思い切り頭に血が上った霧島は更に追い打ち宣言してしまう。

「分かった。互いに考え直すチャンスを大事にしよう」

 時間も忘れて言い争っていたようで、そこから病院までは五分と掛からなかった。
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