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第48話
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準備ができると二人で部屋を出る。最上階の十一階にはレストランもあったが霧島は下りエレベーターに乗った。高級レストランでフルコースという気分ではない。
一階でフロントにキィを預け、オブジェめいた熱帯魚の水槽を眺めつつロビーを抜けてエントランスを出る。何も訊かず、喋りもせずに京哉はついてきた。
ビルの外壁に巨大魚の絵が身をうねらせながら泳ぐ街こそが水槽のようだった。
薄暗くなりかけた街は何処もが煌々と電子看板やショーウィンドウの明かりを灯し始めている。お蔭でワンブロックも歩かずに食事もできるパブを見つけて入店した。
割と宗教戒律は緩いらしく、アルコールも出すパブは結構な賑やかさである。
テーブル席が十近くもあって空きもあったが、敢えて霧島はカウンター席を選んでスツールに腰を下ろした。相変わらず黙ったまま京哉も左隣に腰掛ける。
ドミニクを思わせる中年の巨漢がカウンター内から笑顔で声を掛けてきた。
「へい、らっしゃい」
「何か食わせてくれ。二人分頼む。それとビールだ」
「あいよ。任せとくれ」
先に中くらいのピッチャーでビールが出され、グラスがふたつ添えられる。霧島は冷えて白くなったグラスにビールを注ぎ、京哉にひとつを押しやった。
すると京哉はいきなりグラスを引っ掴み一息で飲み干す。霧島は驚いたが顔には出さず二杯目を注いでやった。まもなく揚げ物やミックスピザにマリネなどが供され、フォークでつついたが結構旨い。だが京哉は殆ど食わず飲んでばかりいる。
あっという間に空になったピッチャーのおかわりをして京哉に声を掛けた。
「おい、食ってから飲まんと回るぞ」
「……放っといて下さい。酔おうが勝手でしょう」
返事が返ってきただけ上等かと、これ以上は酔っ払い介護になるのを半分覚悟し、半分期待して京哉のグラスにビールを注いだ。京哉はそれも勢い良く飲む。
プレートが綺麗になり二杯目のピッチャーも空になると霧島は腰を上げた。
「親父、勘定してくれ」
ドル紙幣で支払うとスツールに腰掛けたままの京哉を促す。けれど京哉は動かない。座ったまま膝のショルダーバッグに目を落としストラップを弄んでいる。
「もしかして立てないのか?」
「……放っといてって言ってるじゃないですか」
「店に迷惑を掛けるな、ほら――」
ショルダーバッグを右肩に掛け、左肩を貸すというより担ぎ上げるようにして立たせた。京哉は僅かに抵抗したが、それこそ店に迷惑と思ったのかすぐに大人しくなり霧島の首に右腕を回した状態で体重を預け、何とか歩き出す。覚束ない足取りで酒臭い息を吐くバディを引きずるようにしながら店を出た。ドアが背後で閉まる。
身長差がありすぎ霧島は殆ど京哉を左肩に引っ掛けた形で足を踏み出した。
すっかり夜となった街に出る。そこで間髪入れず六人もの男に囲まれた。
ドブ色のスーツに身を固めた男たちから感じるのは紛れもないマフィア臭だ。だがチンピラでもない。スーツのセンスは悪いが生地や仕立ては悪くなかった。
それだけに荒事に慣れた雰囲気と興奮するでもなく温度を感じさせない目が不気味だった。気紛れで小動物の毛や羽根を毟り、何とも思わないような輩である。
ここでこのクラスを投入するのは余程の秘密事項に自分たちが触れた証拠だ。つまりはハンターキラーのゲーマーを本人知らずして実戦投入しているのが事実だとクインランが認め、マフィア・マクミランファミリーに『洩れる前に抑え込め』と命令でもしたのだろう。
瞬時にそこまで推測の出来た霧島だったが囲まれてしまい対抗策も見出せず、今晩京哉と仲直りをして、それから……という予定も全て吹っ飛んで機嫌悪く唸った。
「お迎えを寄越される覚えなど、我々にはないのだがな」
「用はこちらにある。ここで弾かれたくなければ黙ってついてくることだ」
気遣いの要る相手でもないので日本語で唸ったが、男の一人が雰囲気からこちらの言い分を嗅ぎ取りゆっくりとした英語で返してきた。霧島は素早く男たちに目を走らせる。間違いなく全員が懐に銃を呑んでいた。ここで暴れれば言葉通りに弾かれるだろう。
マフィアが横行する治安の悪い地区で流儀も知らない外国人が射殺体で発見されても、このエーサの警察機構は大して驚きもしないに違いない。
臍を噛む思いで霧島は京哉を支えたまま男たちに従った。途轍もない陰謀を解き明かして特別任務は完遂と勝手に思い込んでしまっていたが状況は最悪、自分たち二人は爆弾を抱えているに等しかったのである。実際、暢気に喧嘩なんぞしている場合ではなかった。
何より自分たちが危ない存在と化しているというのに、現在の霧島の状態としては右肩にショルダーバッグ、左には京哉だ。頼みの京哉の利き腕は自分が担いでしまっている。二人とも瞬時に銃を抜ける体勢ではない。霧島は油断しすぎた自分を殴りつけたい気分だった。
突き飛ばされて十メートルほども歩かされると、街灯と街灯の谷間となった歩道の傍の路肩に大迷惑にも黒塗りのリムジンが二台、乱暴に駐めてあった。
乗り込む際の京哉が離れた時がチャンスかと思ったが、長めの髪にハンドガンの銃口を突っ込まれては抵抗の余地もない。黒塗りリムジンに手をつかされ身体検査されてショルダーバッグと二人分の銃にベルトパウチのスペアマガジンまで抜かれる。
三列シートの一番後部に霧島は押し込まれた。京哉は真ん中のシートだ。それぞれ両脇を男たちに固められる。速やかに黒塗りリムジンは走り始めた。
男たちはもう銃を隠していない。これ見よがしにハンドガンを手にしている。
ルームミラーでもう一台の黒塗りがついてきているのを見ながら霧島は訊いた。
「どういうことか、そろそろ聞かせて貰いたいのだがな」
「黙ってろ……と言いたいが、いいだろう」
左隣の男はハンドガンを油断なく霧島に向けたまま、お互いに殆ど了解済みと知りつつ、ねちっこい口調で話し出した。ヒマなのか自分が大物とアピールしたいのか、この場合は両方だろう。
一階でフロントにキィを預け、オブジェめいた熱帯魚の水槽を眺めつつロビーを抜けてエントランスを出る。何も訊かず、喋りもせずに京哉はついてきた。
ビルの外壁に巨大魚の絵が身をうねらせながら泳ぐ街こそが水槽のようだった。
薄暗くなりかけた街は何処もが煌々と電子看板やショーウィンドウの明かりを灯し始めている。お蔭でワンブロックも歩かずに食事もできるパブを見つけて入店した。
割と宗教戒律は緩いらしく、アルコールも出すパブは結構な賑やかさである。
テーブル席が十近くもあって空きもあったが、敢えて霧島はカウンター席を選んでスツールに腰を下ろした。相変わらず黙ったまま京哉も左隣に腰掛ける。
ドミニクを思わせる中年の巨漢がカウンター内から笑顔で声を掛けてきた。
「へい、らっしゃい」
「何か食わせてくれ。二人分頼む。それとビールだ」
「あいよ。任せとくれ」
先に中くらいのピッチャーでビールが出され、グラスがふたつ添えられる。霧島は冷えて白くなったグラスにビールを注ぎ、京哉にひとつを押しやった。
すると京哉はいきなりグラスを引っ掴み一息で飲み干す。霧島は驚いたが顔には出さず二杯目を注いでやった。まもなく揚げ物やミックスピザにマリネなどが供され、フォークでつついたが結構旨い。だが京哉は殆ど食わず飲んでばかりいる。
あっという間に空になったピッチャーのおかわりをして京哉に声を掛けた。
「おい、食ってから飲まんと回るぞ」
「……放っといて下さい。酔おうが勝手でしょう」
返事が返ってきただけ上等かと、これ以上は酔っ払い介護になるのを半分覚悟し、半分期待して京哉のグラスにビールを注いだ。京哉はそれも勢い良く飲む。
プレートが綺麗になり二杯目のピッチャーも空になると霧島は腰を上げた。
「親父、勘定してくれ」
ドル紙幣で支払うとスツールに腰掛けたままの京哉を促す。けれど京哉は動かない。座ったまま膝のショルダーバッグに目を落としストラップを弄んでいる。
「もしかして立てないのか?」
「……放っといてって言ってるじゃないですか」
「店に迷惑を掛けるな、ほら――」
ショルダーバッグを右肩に掛け、左肩を貸すというより担ぎ上げるようにして立たせた。京哉は僅かに抵抗したが、それこそ店に迷惑と思ったのかすぐに大人しくなり霧島の首に右腕を回した状態で体重を預け、何とか歩き出す。覚束ない足取りで酒臭い息を吐くバディを引きずるようにしながら店を出た。ドアが背後で閉まる。
身長差がありすぎ霧島は殆ど京哉を左肩に引っ掛けた形で足を踏み出した。
すっかり夜となった街に出る。そこで間髪入れず六人もの男に囲まれた。
ドブ色のスーツに身を固めた男たちから感じるのは紛れもないマフィア臭だ。だがチンピラでもない。スーツのセンスは悪いが生地や仕立ては悪くなかった。
それだけに荒事に慣れた雰囲気と興奮するでもなく温度を感じさせない目が不気味だった。気紛れで小動物の毛や羽根を毟り、何とも思わないような輩である。
ここでこのクラスを投入するのは余程の秘密事項に自分たちが触れた証拠だ。つまりはハンターキラーのゲーマーを本人知らずして実戦投入しているのが事実だとクインランが認め、マフィア・マクミランファミリーに『洩れる前に抑え込め』と命令でもしたのだろう。
瞬時にそこまで推測の出来た霧島だったが囲まれてしまい対抗策も見出せず、今晩京哉と仲直りをして、それから……という予定も全て吹っ飛んで機嫌悪く唸った。
「お迎えを寄越される覚えなど、我々にはないのだがな」
「用はこちらにある。ここで弾かれたくなければ黙ってついてくることだ」
気遣いの要る相手でもないので日本語で唸ったが、男の一人が雰囲気からこちらの言い分を嗅ぎ取りゆっくりとした英語で返してきた。霧島は素早く男たちに目を走らせる。間違いなく全員が懐に銃を呑んでいた。ここで暴れれば言葉通りに弾かれるだろう。
マフィアが横行する治安の悪い地区で流儀も知らない外国人が射殺体で発見されても、このエーサの警察機構は大して驚きもしないに違いない。
臍を噛む思いで霧島は京哉を支えたまま男たちに従った。途轍もない陰謀を解き明かして特別任務は完遂と勝手に思い込んでしまっていたが状況は最悪、自分たち二人は爆弾を抱えているに等しかったのである。実際、暢気に喧嘩なんぞしている場合ではなかった。
何より自分たちが危ない存在と化しているというのに、現在の霧島の状態としては右肩にショルダーバッグ、左には京哉だ。頼みの京哉の利き腕は自分が担いでしまっている。二人とも瞬時に銃を抜ける体勢ではない。霧島は油断しすぎた自分を殴りつけたい気分だった。
突き飛ばされて十メートルほども歩かされると、街灯と街灯の谷間となった歩道の傍の路肩に大迷惑にも黒塗りのリムジンが二台、乱暴に駐めてあった。
乗り込む際の京哉が離れた時がチャンスかと思ったが、長めの髪にハンドガンの銃口を突っ込まれては抵抗の余地もない。黒塗りリムジンに手をつかされ身体検査されてショルダーバッグと二人分の銃にベルトパウチのスペアマガジンまで抜かれる。
三列シートの一番後部に霧島は押し込まれた。京哉は真ん中のシートだ。それぞれ両脇を男たちに固められる。速やかに黒塗りリムジンは走り始めた。
男たちはもう銃を隠していない。これ見よがしにハンドガンを手にしている。
ルームミラーでもう一台の黒塗りがついてきているのを見ながら霧島は訊いた。
「どういうことか、そろそろ聞かせて貰いたいのだがな」
「黙ってろ……と言いたいが、いいだろう」
左隣の男はハンドガンを油断なく霧島に向けたまま、お互いに殆ど了解済みと知りつつ、ねちっこい口調で話し出した。ヒマなのか自分が大物とアピールしたいのか、この場合は両方だろう。
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