Black Mail[脅迫状]~Barter.23~

志賀雅基

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第50話

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「アル、パット、こちらにきて説明くらいしろ!」

 とっくに事情は悟っていたが霧島は大声で怒鳴った。アルとパットだけでなく全員が霧島を注視する。意に介さず再び英語で叫んだ。

 ある程度の薬物が解禁されている国もある。だがそれも許されるのは他人に迷惑を掛けず抑制が効く間だけだ。離脱症状を自覚しても止められないのが依存症であり、様々な症状で多数の者が苦しんでいる。何度も止めようとしたところで地獄を見るような苦しみに負け、再び手を出す者も沢山いるのが現実だ。
 
 霧島もそういった全ての者を救えると思わない。だがアルもパットも気のいい奴だと知っている。だからこそ、ここはどうしたって本人に語らせた上で『恥ずべきこと』だと自覚させ、目を醒まして欲しかったのだ。

 檻の鉄格子越しに喚く霧島を半ば無視し中堅幹部らしいスーツ男がチンピラたちに顎で命令する。チンピラ四人はアルとパットを取り囲んで留置場前にやってきた。

「敢えて訊く。私と京哉を尾行したんだな?」

 曖昧な笑いを浮かべてアルが少し逡巡したのちに溜息をつく。

「クインランの命令だ。あんたらを確実に捕らえるよう俺は出張してきたんだ」
「あんたが出張だと? ならばパットは実行役といったところか?」
「勘がいいな。あんたらの末路を見届けてこいと言われてな」

 自嘲めいた笑いと明らかな憎しみの目、それは戦闘薬で釣られ脅された男の嫉妬だと霧島は気付いた。哀しいがアルの目を醒まさせるのは不可能に近いと霧島は悟る。たった一日でクインランの鎖を引きちぎって自由になった者への嫉妬を瞳の底で燃やし、滑車を回り続ける男は既に矜持の欠片すら何処かに捨ててきてしまっていた。

 お蔭でクインランに最低の仕事を提示され、その嫉妬に駆られて乗ったのだ。

「それでパット、あんたは私と京哉を殺す役を演じ切るつもりか?」

 本人ではなくこれにもアルが答える。

「確かにパットはクインランへの忠誠の証しにあんたら二人を殺すように言われているが、何より今回の仕事で重要だったのは『糸』になることだった。パットはあんたらにつけた目印の『糸』。蜂の巣を探すとき、蜂一匹に目印の糸を付けて飛ばすだろう。あれと同じさ。A2基地を出てからずっとあんたらを追うように命令していた」

 実際、幾ら薬物中毒でもプロの傭兵である。空港からタクシー内で京哉と二人で喧嘩に気を取られていたとはいえ尾行されているのに気付けなかった。

「パットもあんたと同様にクインランにクスリで釣られた訳か。クインランの蜘蛛の巣がそれほど居心地いいなら仕方ないな。だがパット、ドミニクはどうした?」
「じ、自分は、空港レストランで手洗いに出て……ドムはそのまま――」
「バディを裏切って撒いたのか?」

 霧島に睨まれてパットは小さくなった。京哉との口喧嘩などにうつつを抜かして尾行に気付かなかった自分も相当マヌケだが、戦闘薬で鋭敏になったパットは見事にクインランでの初任務を完遂したのだ。
 シリアなんかに行かずとも永久就職先を見つけたらしい。

「で、だ。こんな所に押し込んでどうする気だ?」
「心配しなくてもペインレスで弾いてやる。だがその前に何処まで知ったか吐け」

 スーツの一人が言い霧島を感情のない目で見つめて促した。霧島に吐く気はない。吐いたが最期だ、口を割る訳にはいかない。時間稼ぎにゆっくり英語で相手をする。

「残念だが私たちが知ったのは、A2基地の食堂の飯が旨いことくらいだ」
「旨い飯で口の滑りが良くなるなら幾らでもしゃぶらせてやるぞ」
「歯が丈夫なのが私たちの自慢でな。貴様らの薄汚いモノくらい食いちぎるぞ」

 言いつつ霧島はサロンのロウテーブルの愛銃との絶望的な距離を測っていた。

「ふっ、本当に口の減らないお嬢さんだ。馴らすのも一興だな。出してやれ」

 留置場のロックが解かれチンピラ四人がリボルバを手にして入ってくる。霧島は掴まれた腕を振り解いて、下卑た嗤いを洩らす男たちを睨みつけた。チンピラの一人に銃口で頬を嬲られる。それを払い除けて立ち上がりざま、右ストレートを見舞った。
 長身で振り下ろしたこぶしはチンピラの鼻っ柱に入る。遅れて血飛沫が飛んだ。

「野郎、やりやがったな!」

 吹っ飛んだ仲間を見て逆上したチンピラが霧島に掴みかかる。一人の膝を前から容赦なく蹴り、もう一人に肘鉄を食らわせておいてこぶしをダッキングで避け、肩で突き飛ばした勢いで残りの一人の腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 だがチンピラたちは意外なタフさ、というより見ている中堅幹部らの前で気絶しサボる訳にはいかないのだろう。互いに手を貸し合い仲間の躰に縋って起き上がる。体術ではとても叶わないと知って次には三方からリボルバを突きつけた。その銃を見て霧島は顔をしかめる。

 古く造りの悪い典型的なサタデーナイトスペシャル、かつて米国で土曜の夜に喧嘩や強盗で撃たれ病院に運ばれる患者が多いというのでそんなニックネームのついた、粗悪な安物銃だ。そんなものを撃たれたら却って何処に弾丸が飛んでいくか分からない。チンピラたちはさんざん霧島に殴られ蹴られて頭に血が上っている。

 何をきっかけにしてトリガを引くか分からない危険な状態だ。自分一人なら博打に出ても良かったが京哉も傍にいるのだ。仕方なく霧島は溜息をついて諸手を挙げた。

「分かった、降参だ」

 しかし今更だった。血圧の上がり切ったチンピラたちは口汚い英語で喚く。

「下手に出てりゃいい気になりやがって!」
「立てなくなるまで可愛がってやるからよ!」
「その自慢の歯、全部叩き折ってしゃぶらせてやるぜ!」

 腕を掴まれる。大柄で長身の霧島とはいえ、銃で脅されながら力いっぱい男三人に引きずられているのだ。檻の外では男たちがそれぞれに痛めつけ方を思い浮かべたのか酷薄な嗤いを浮かべている。
 そのとき京哉が音もなく立ち上がって片言英語で言った。

「やるなら僕をやって」
「なっ、京哉、何を言っている!」
「ねえ、僕にして。お願い」
「京哉、馬鹿言うな、黙っていろ!」

 大声で制止するも京哉は霧島の方を見ない。それどころか唇を舐めてチンピラたちに媚びた。微笑みすら浮かべた表情はノーブルさと相まって只事でなく蠱惑的だ。

「ねえ、僕でいいでしょう? 最高の思いをさせてあげるよ、だから――」
「あ、ああ……こいつでいいよな?」

 チンピラに細い腕を掴まれて京哉は留置場から引きずり出されそうになる。霧島は自分に向けられた銃口の存在すら忘れてチンピラに掴みかかった。けれど銃のグリップで思い切り殴りつけられ脳震盪を起こす。気が遠くなりながら、それでも叫んだ。

「京哉……だめだ、京哉!」

 眩暈に意識を沈ませていたのは数秒間だと思われた。しかし気が付いて身を起こすと既に留置場のロックが掛かり、京哉はサロンに立っていた。高貴とさえ思わせるほど堂々と立ち昂然と顔を上げている。何にも怖じず憚らないノーブルさは絵画のように静謐だった。その様子に手を出しづらくなったものか、男たちは喉を鳴らして唾を飲み込む。

「何をしている、やれ!」

 中堅幹部らしきスーツ男の裏返った声が飛び、京哉の華奢な身にチンピラたちが一斉にむしゃぶりついた。スーツのジャケットを引き剥がされ、そのまま絨毯に押し倒される。タイを緩め抜かれ、ドレスシャツを引き裂かれてボタンが弾け飛んだ。
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