見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第8話

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 京哉の前でこんな話をし始めた霧島は本当に何かを知りたくて我慢できなかったのか、それとも小田切基生という人物の本質を京哉に聞かせたかったのか。
 その両方かも知れないと直感的に思いながら息を詰めて続きに聞き入った。

「あの結城さんなら、よく覚えているよ」
「ならば話は早い。あいつはあんな不祥事を起こす奴ではない。調書には貴様の名も載っていた。いったい何があった?」
「何もかも俺のせいにされても困るんだけどな。おまけに『不祥事』も何も結城さんのは立派な案件だろ。一般客もいる店で刃物振り回したんだしさ」
「どちらでも構わん。ただ何があったと訊いている」

 大真面目な霧島に対して小田切は薄笑いを貼り付けた顔のまま揶揄した。

「誰も彼も何だって俺のせいってか。でも霧島さん、大体あんたこそ総合職試験をトップの成績で突破して、警察に入庁した途端に結城さんを捨てたんだろ?」
「捨ててはいない。都合一年半ほど付き合ったが同期入庁して私は現場を選び、あいつはキャリアが通常進む内務を選んだ。そこから齟齬が生じたが互いに納得して綺麗に別れた」

 さらさらと言って霧島は片手で固く握った京哉の手を軽く叩いてくれる。

「ふうん、綺麗にねえ。よく言うぜ。俺はお蔭であんたの性癖まで知るハメに――」
「――そんなことは訊いていない。いいから質問に答えろ」

 鉄壁の無表情で迫った霧島には応えず、口も挟めず身を固くして聞いていた京哉に向かって小田切は笑いかけながら言い放った。

「あーあ。今はちゃっかりこんな年下の恋人までキープしてるしさ、霧島警視ばっかりいい思いして嫌になるぜ。なあ、他人の幸せって叩き壊したくならないかい?」
「あ、いえ、僕は平和主義者なんで……」
「小田切。貴様が知らない所で私たちは死ぬような目にたびたび遭っている。特別に銃を常時携帯しなくてはならないような身上の我々の何処が幸せだというんだ?」
「あんたらの事情なんか知るか。けどな、幾ら底辺で踏まれ慣れた俺だって、半年もの間ベッドの中で毎回名前を間違われてみろよ、凹まずにはいられないさ」

 眉間にシワを寄せた霧島が吐き捨てる口調になる。

「世界一どうでもいい情報を垂れ流すな。それよりどうして結城が都内のクラブでホステスにナイフを向け、挙げ句に秘密裏にサッチョウの名簿から消されるに至ったのか、その理由を言え。銃口を突っ込んで貴様の口の中を探したっていいんだぞ」

 この上ない本気を感じたのか、小田切は溜息をついた。

「俺と付き合った奴は俺の処まで堕ちる、そいつは嘘だ。俺が引っ張り上げられない処まで堕ちるんだ。俺よりずっと下までな。結城さんは俺と付き合いながら付き合ってなかった。ずっとあんたの幻影と踊ってたよ。あんたに似てれば女にだってすり寄って行ったんだ――」

 指定暴力団のフロント企業でもあった都内のクラブで結城友則は惚れた女に嵌められ、知らず飲料などに混ぜられた覚醒剤で中毒に仕立て上げられたのだ。
 そこで脅されたのである、警察の内部情報をスパイして寄越せと。

「――だが嵌めた奴らの誤算で結城さんはクスリに嵌りすぎた。女を殺して自分も死ぬ気だったんだとさ。俺が制止したお蔭でそれも果たせず逮捕。警視庁管内の所轄署で二十二日間の勾留いっぱい完全黙秘。検察でも完黙通して心象悪くした割に証拠不十分で釈放パイされたんだからサッチョウの上が口を利いたんだろ。今は新潟の実家に戻って米作ってるよ」
「そうか……なるほど」
「納得してくれたなら有難いな」
「しかし貴様は凄まじいまでの下げ○○だな」

 低く通る声を潜めもせず放たれた言葉が霧島の科白とは思えず、京哉は思わず灰色の目を二度見し、背後で寺岡が「ぶほっ!」と吹いたのちにゲホゲホとむせ返った。

「悪かったな、不幸を振り撒いて。一事が万事その調子だが何も俺のせいじゃない」
「分かった、可能な限り貴様からは離れていよう。不景気と不幸は伝染病だからな」
「残念賞~っ! 俺は京哉くんが気に入った。取り憑いてやる。安定した不幸だぞ」
「撃ち殺されたくなければ鳴海から離れろ、三、二、――」
「わーっ、暴力反対!」
「国内最大の合法暴力集団に属しておいて、今更何をほざいている?」

 何にしろ愉しそうで結構だと京哉は思う。この会話を素で『愉しそう』と評する辺り壊れた部分を垣間見せる思考だが、事実これまで霧島が他人に対してこんなにラフに喋っているのを見たことがなかったからだ。

 だがそこでタイムアップ、寺岡が無線機を振りながら告げた。

「聞け、人殺しども。本部長見解は『ブラインドが開くと同時に狙撃逮捕』で本決まりだ。貴様らが撃てばSATとSITの突入班がなだれ込む。但し、決着までが短いためメディア受けを鑑みて『可能なら殺すな』とのお達しだ。分かったか?」

 時刻は十七時十五分。西の空に沈みかけた秋の夕日が見事な夕焼けで街のシルエットを浮かばせている。黄昏の中で京哉は伊達眼鏡を外し、腰のシグ・ザウエルP230JPを抜いて両方を霧島に預けた。

 そして膝射姿勢を取るとスコープ越しに中央郵便局を見つめ動かなくなる。こちらは立射姿勢の小田切も微動だにしない。
 気象計で条件を確かめた霧島が風向と風速の変化を伝えると小田切がスコープのダイアルを一挙動で微調整し再び射撃姿勢に戻った。京哉は相変わらず動かず。

 ゆっくりと京哉は心音に呼吸を合わせ始めた。心音三回で一回、吸っては吐いてを繰り返す。撃つ瞬間は呼吸を止めなければ銃口がぶれてしまうのだ。
 銃口角度の六十分の一度のぶれが百メートル先で二十九ミリのずれになる。八百メートルなら約二十三センチもの致命的なずれだ。外すならまだしも無辜の人質を撃ってしまいかねない。……霧島がカウントし始める。

「一分前……三十秒前……三、二、一、ブラインドが開くぞ」
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