見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第19話

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 月曜の朝、京哉と霧島は少しばかり早めに出勤した。
 すると予想通り定時の八時半ジャストに霧島隊長のデスク上で警電が鳴った。刑事部長からの呼び出しだった。
 刑事部の事務所に出向くと、これも予想通り小田切が刑事部長と共に待っていた。

「急なことで申し訳ないが機捜に副隊長を置く運びとなり、小田切警部を――」

 などと刑事部長の説明をひとしきり聞かされたが、喩えどんなに悪辣な人物を押しつけられようと、人事に口出しできない以上は承服してみせるしかない。

 それが警察の縦割り組織だと心得ている霧島は敬礼を二回しただけで小田切をつれて刑事部を出た。そのまま機捜の詰め所に戻る。小田切も朝からふざけたりせず神妙な顔つきをしていた。
 
 詰め所は隊員たちが数多くいて騒がしい時間帯だった。昨日の朝上番して今朝下番する二班の隊員と、本日上番の三班の隊員が申し送り前で大した喧騒だが、霧島と小田切の姿に気付くと一斉に視線を向ける。噂好きの隊員たちは副隊長の件を既に知っている筈だ。

 互いに分かっているので気楽ではあるが、締めるべき時は締めねばならない。

 霧島隊長は皆の前に立つと低く通る声で号令を掛けた。 

「気を付け! 新たに着任した副隊長の小田切基生警部に敬礼!」

 皆が揃って身を折る敬礼をする。小田切も同じく身を折って答礼した。

「このたび我が機動捜査隊に副隊長ポストの設置が正式決定し、本日付けで小田切警部が配属された。キャリアで私の後輩に当たる。私の不在時に責任を負う者として若さに不安はあるかも知れんが、私と同じく面倒をみてくれると有難い。各班長を主軸にして捜査に邁進するスタイルはこれまで通り、変える気はないので安心してくれ。何かあれば各班長を通して、もしくは私に直接でも構わないので遠慮なく報告するように。以上だ」

 促されて小田切が皆に再度敬礼してから挨拶する。

「副隊長を拝命した小田切だ。鳴海巡査部長と同じくSAT非常勤隊員でもある。そこから推察できるように前職は『事』ではなく『備』だった。まずは刑事部に馴染むことから始めなければならない。だが若輩者が一から学ぶ努力をする上で最前線の機捜に来られたのは幸運だと私事ながら思っている。無論、私事より優先すべきは肩書きで取れる責任を取ることだ。敢えて頼りない事実の言い訳はしない。鞭撻を宜しく頼む。以上だ」

「気を付け! 相互に敬礼! では、それぞれ仕事に戻ってくれ」

 騒々しい中で京哉は隊長席の隣のデスクを片付け始めた。殆ど物置と化したデスクは昔々に副隊長がいた頃の名残らしい。コピー紙や旧いノートパソコンなどを退け、綺麗に雑巾がけしてから総務部に出張って新しいノートパソコンを手に入れてくる。

 副隊長席の準備を整えると小田切を座らせ、茶を淹れて皆に配ってから急ぎの書類を隊長だけでなく副隊長にまで容赦なく振り分けた。その間に霧島も隊員たちの申し送りに立ち会い交代させるという毎朝の儀式を新しい部下に押しつけている。

 三々五々二班の隊員は帰って行き、三班の隊員たちは密行警邏に出掛けて行った。詰め所が閑散とすると京哉はまた給湯室に立つ。隊長と副隊長、それに自分の茶を淹れて再び配給した。いつも皆の目がなくなるこのタイミングで隊長が緩んで大欠伸するからである。

 今日は書類作成のために案件の報告書を読んでいた小田切が大欠伸をかました。

「ふあーあ。警察に入庁してこんなに真面目に仕事をしたのは初めてだよ」
「副隊長、欠伸をしてても飛んでてもいいですが仕事はして下さい」
「堅いことは言わずに。昨日はご馳走さま、おにぎりが旨かったぜ」
「いいから手を動かして下さい。隊長もボーッとしてないで仕事して下さい」

 上司二人の目を覚ますためにとびきり濃い茶を淹れたのだ。少しは効いたか暫くは上司たちも仕事をしていたが、ふと気になって京哉は席を立った。上司二人のノートパソコンのキィを叩くテンポが妙にシンクロしていたのだ。これは怪しい。
 そっと上司二人の背後に回り込む。気付かないほど真剣な二人の画面を見比べた。

「何を麻雀対戦なんかしているんですかっ!」
「仕掛けてきたのは小田切だ。こいつには負けられん」
「小田切副隊長、隊長を遊ばせないで下さいっ!」
「どうして俺だけ怒られなきゃならないんだい? アンフェアだ」
「不公平なのは貴方がたの存在です! ったく、頭脳の持ち腐れじゃないですか!」

 京哉にしてみれば副隊長というよりも単に内勤の人員が一人増えたら、毎度滞っていた書類を作成する頭数も増えて忙しすぎる自分の仕事も多少は楽になると思っていたのだ。
 それなのに叱り飛ばさなければならない人数が倍に増えただけという事実が既に明らかとなったのである。

 眩暈がする思いで頭を抱えた。本気で泣きたい気分だった。

「あああ、もう、勘弁して下さい!」

 京哉がノートパソコンのキィを超速で叩きながら唸っていると、機捜本部の指令台に就いていた三班長の佐々木ささき警部補がやってきて霧島に小声で囁いた。 

「機捜二からの報告で白藤市内において不審者一名に職務質問バンカケしたところ、少量のSを所持。組対・薬銃課の応援を要請しましたが、どうも我々のお仲間のようで」

 Sはスピード、つまりシャブで覚醒剤だ。組対とは組織犯罪対策本部の略称で、全国的に高まった暴力団根絶の風潮から県警捜査四課を基にして組織し直されたセクションである。霧島は佐々木三班長を見返した。

「仲間とは、所属は何処だ?」
「それが生活安全部せいあんの犯罪抑止対策室だそうです」
「本部内か、やられたな。分かった。私からも本部長に上げておく」

 すぐさま霧島は警電を取って県警本部長の一ノ瀬いちのせ警視監と話し始める。

 キャリアとはいえ一警視の霧島が警視監である県警本部長に直接警電を繋ぐなど、普通なら殆どないことだ。だが京哉とセットで何度も特別任務を降らされてきたので既に慣れていた。
 それに今回は他所に洩らしたくない案件である。警察官同士であれど人の口に戸は立てられないのは同じだった。

 本部内には記者クラブも存在する。
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