見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第20話

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 低い声で霧島が本部長と話すのを耳にしながら、京哉は昨日ニュースで聞いた所轄署員の薬物汚染を思い出していた。
 大麻などのゲートウェイドラッグではなく、いきなり飛び越えて覚醒剤なのが少々気になった。

 サツカンは取り締まる側だが、逆を言えばブツに非常に近い場所にいる。誘惑が多いのも確かだがこれだけ一斉に流れるとは……。

 考えながらもキィを叩いているうちに昼近くなり、昼食休憩の隊員たちが続々と戻ってきた。書類仕事を切り上げた京哉は茶を配るのに忙しくなる。一段落つくと幕の内弁当を三つ確保して二人の上司と自分のデスクに置いた。さっさと食し始める。
 食べ終えて煙草を吸っていると今日も『護る会』の婦警が戸口に立っていた。

「失礼しま~す!」

 婦警二人組は甘い匂いを漂わせてくると、副隊長席の小田切を見て首を傾げる。

「あら、小田切警部じゃないですか。どうしたんですか、こんな所で」
「本日から機捜の副隊長を拝命してね」
「本当ですか? すごーい! やっぱりキャリアは違いますね!」
「その代わり、きみたちと簡単に会えなくなった。俺は淋しいよ」
「誰にでも同じこと言ってるんでしょう? でも副隊長なんて格好いいわ~っ!」

 ひとしきり婦警は小田切と盛り上がってから京哉にリボン付きの包みを手渡した。

「今日はクルミとオレンジピールの入ったブラウニーなんです!」
「これもオリジナルレシピで、とっても美味しいんですよ。皆さんでどうぞ!」

 婦警たちは京哉だけでなく小田切にも笑みを投げて去った。京哉はいつも通り貰ったブラウニーを皆に配給する。デザートに摘みながら何となく小田切に話し掛けた。

「副隊長って婦警に人気があるんですね」
「このルックスに裏表のない性格、当然だろ」
「なかなか自分で言う馬鹿はいないだろうがな」
「隊長殿は負け惜しみですかねえ? 今に見てろ、隊長殿を退けて『抱かれたい男ランキング』で俺がトップを取る日も近いぜ」
「そんなものに興味はない。貴様にくれてやるから勝手に持って行け」
「まったまた、あとで吠え面かいても文句はナシですよ?」
「私には世界一私が好きだという人間が一人いるから充分だ」

 臆面もなく言ってのけた霧島は京哉をじっと見つめ、見られた京哉は赤くなって皆から囃し立てられる。お約束の流れだったが、そんな妙な一体感に疎外感を覚えた小田切は挙手して衆目を集めた。

「はい、はーい! 皆さーん、まだ京哉くんと隊長を完璧なパートナーと見做すのは早いと思いますがどうですかー?」

 注目する噂好きの面々がその先を期待して隊長を見る。普段なら無視を決め込みそうな霧島が小田切の軽口に乗るか否か。この段階で京哉は嫌な予感がしていた。案の定、鬱陶しそうな顔をしつつも霧島が反応し声を発してしまう。

「私とパートナーたる鳴海に何か文句でもあるのか、貴様は?」
「俺も京哉くんを気に入ってるってことさ。今はあんたがパートナーの地位にあぐらをかいているが、そんなものはいつか俺が引っ繰り返してやる。分かったか!」

 聞いていた皆が「わっ!」と騒ぎ始めた。何せ配属された日のうちに副隊長が霧島隊長に対して宣戦布告したのだ。元々皆は霧島隊長を敬愛しているからこそ騒ぐ訳だが、それはともかく週刊誌に載った奇行に続く面白いネタである。
 霧島隊長と京哉を応援する者あり、ここにきて現れた伏兵の小田切副隊長に賭ける者ありで大盛り上がりとなった。

 一方で勝手にネタにされた京哉は当然ながら腹を立てて小田切に食ってかかった。

「いい加減なことを言わないで下さい、副隊長!」
「いい加減じゃないさ、俺は本当に京哉くんが気に入ったんだ」
「気に入ったって……その程度でふざけないで下さい。そうやって勝手に言いふらすのは僕のプライヴェートを乱す行いです。迷惑防止条例に抵触するギリギリのラインですよ。何なら監察室にパワハラで訴え出ますがいいんですか?」

 感情に任せず理詰めで事実を突き付けた京哉だが小田切はへこたれず言い放つ。

「じゃあ、はっきり言おう。鳴海京哉巡査部長、俺はきみを愛してる。俺のものにしたい。これでどうかな?」
「『どうかな』じゃないですよ、全くもう……」

 うんざりして溜息をつきながら何故こんな話になったのか考えた。元は霧島と小田切の舌戦だった筈だ。なら霧島にも責任の一端はある。ここは一言ビシッと決めて助け舟を出して貰うべきだと思って霧島を窺った。

 すると霧島は鉄面皮でペンをカチカチ、カチカチと弄んでいる。石の如く黙り込んで援護射撃は期待できないのが一見して分かった。その様子を眺めつつ、何故に自分が割を食うのか京哉は首を捻る。そこで霧島のデスク上の警電が鳴った。

「こちら機捜の霧島……ああ、分かった」

 それだけ喋ってすぐに切ると小田切の方を向く。職務モードで淡々と告げた。

「ちょっと出てくるからな。鳴海は一緒に来い」
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