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第21話
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隊長に付き従って機捜の詰め所を出た京哉は、騒ぎから逃れて再び溜息を洩らす。
そうして長身を見上げると職務モードのままで、怜悧さを感じさせる端正な横顔は生真面目に引き締まっていた。
自然と堅い空気が伝染して京哉は自分まで同行させる理由に興味を持つ。
「何処に行くんですか?」
「組対、薬銃課の箱崎から呼び出しだ」
「ああ、生安の薬物ですか」
「おそらくな」
エレベーターを使うまでもなく階段で三階に上がった。組対・薬物銃器対策課のフロアに入ると相変わらずそこはフライパン上のポップコーンの如く忙しくも賑やかだった。BGMにロックでも流したら似合いそうだと京哉は思う。
スチールキャビネットを連ねたカウンター越しに課長の箱崎警視を探した。すると向こうから二人に気付いて警電を切り、携帯を切り、ファイルの山を崩し、人を掻き分け、床を這う敗戦に躓きながら寄ってきた。
「おう。忙しいのにすまんな、霧島」
「うちは事件が寄ってくるお宅と違って迎えに行く方だ。今日はそれほどではない」
「そう言って貰えると助かる。で、だ。早速だがお宅の挙げた生安の他にも先週来ここのお仲間を同じくシャブで三人挙げていてな。所轄も含めてこれで合計八名だ」
「本部内で四名とは本当か?」
携帯にかかってきた電話を即切りしながら箱崎警視は頷く。
「由々しき事態だが、それに関係したもっと由々しき事実がある。お宅の副隊長になった小田切警部が真王組幹部と繋がっている形跡がある。そしてその幹部は都内の指定暴力団である黒深会と繋がり、黒深会は大掛かりなシャブ密売のルートを持っているんだ」
こんな重大情報を皆のいる場所で喋っていいのかと京哉はひやひやしながら聞いていたが、周囲を見回すも忙しすぎて話に耳を傾けている者はいないようだった。
それにしても話の内容は不穏過ぎた。あの小田切がヤクザとつるんでいるとは京哉には信じ難い。だが疑う余地がないからこそ霧島が呼ばれたのである。
「つまり黒深会から真王組幹部へ、真王組幹部から小田切へシャブが回り、それが警察内部のシャブ汚染に繋がっている。そう言いたいのか?」
「そこまで断定できんが、あんたらに隠しても仕方ないからな。可能性大だろう」
「内偵は何処まで進んでいる?」
「行確を就けたいが相手はスナイパー、敏感すぎてな。実際、本部長の密命で二度までは就けてみたんだが、どちらも失尾した。まさかの公安まで撒かれて話にならん」
行確とは行動確認、失尾とは尾行対象から撒かれて見失うことだ。
「そこであんたらに頼みがあって呼んだ訳だ。あんたらといっても同じくSATスナイパーの鳴海巡査部長だが、できる限り小田切警部と行動を共にして不審点を洗い出して貰いたい。可能か?」
世間話の延長のように箱崎警視は喋ったが、京哉は依頼の内容が内容だけに即答は控える。事は重大だ。もし京哉が内偵を受けて小田切が黒という証拠でも握ってしまった場合、現在の小田切の直属上司である霧島にも責任問題が発生する。
いや、それより『小田切警部と行動を共にして』というのがもっと引っ掛かった。
「行確より確実な上にスナイパー同士、感じ取れる機微もあるだろう?」
「端的に言えば僕に小田切さんをスパイしろってことですよね?」
「まあ、そうなるな。けど悪いがこれは本部長も了解してるんだ」
そこまで話が上がっているのなら京哉に断るすべはない。本部長の下した密命で可能も何もなかった。京哉には頷く他になく、何となく助けを乞いたい気分で傍の霧島を見上げたが、眉間にシワを寄せた霧島も反論はしなかった。
「……分かりました。でもあんまり期待しないで下さい」
「ああ、だが助かる。本当に悪いな。霧島、あんたにも」
「分かっているなら何故……いや、いい。鳴海、帰るぞ」
さっさと組対のフロアをあとにして廊下に出ると、霧島はぐいぐいと先に歩いて行ってしまう。長身の霧島にやっと追いついて階段を降りながら京哉は訊いてみた。
「幾ら何でも定時以降まで、ずっと小田切さんに張り付けとか言わないですよね?」
「それはお前次第だろうが、取り敢えずお前と小田切を相勤にする」
「二人で警邏に出ろって……隊長命令ですか?」
頷いた霧島は京哉が見る限りでは普段と変わらぬ涼しい顔を取り戻していた。だが機捜に異動して以来他人と組んだことがなく、霧島だけを相棒と認識してきた京哉は妙に淋しくなる。
しかしこれは職務であり、ここで霧島に食いつくのも筋違いだと分かっていた。
「了解です。小田切さんと警邏に出ます」
そうして長身を見上げると職務モードのままで、怜悧さを感じさせる端正な横顔は生真面目に引き締まっていた。
自然と堅い空気が伝染して京哉は自分まで同行させる理由に興味を持つ。
「何処に行くんですか?」
「組対、薬銃課の箱崎から呼び出しだ」
「ああ、生安の薬物ですか」
「おそらくな」
エレベーターを使うまでもなく階段で三階に上がった。組対・薬物銃器対策課のフロアに入ると相変わらずそこはフライパン上のポップコーンの如く忙しくも賑やかだった。BGMにロックでも流したら似合いそうだと京哉は思う。
スチールキャビネットを連ねたカウンター越しに課長の箱崎警視を探した。すると向こうから二人に気付いて警電を切り、携帯を切り、ファイルの山を崩し、人を掻き分け、床を這う敗戦に躓きながら寄ってきた。
「おう。忙しいのにすまんな、霧島」
「うちは事件が寄ってくるお宅と違って迎えに行く方だ。今日はそれほどではない」
「そう言って貰えると助かる。で、だ。早速だがお宅の挙げた生安の他にも先週来ここのお仲間を同じくシャブで三人挙げていてな。所轄も含めてこれで合計八名だ」
「本部内で四名とは本当か?」
携帯にかかってきた電話を即切りしながら箱崎警視は頷く。
「由々しき事態だが、それに関係したもっと由々しき事実がある。お宅の副隊長になった小田切警部が真王組幹部と繋がっている形跡がある。そしてその幹部は都内の指定暴力団である黒深会と繋がり、黒深会は大掛かりなシャブ密売のルートを持っているんだ」
こんな重大情報を皆のいる場所で喋っていいのかと京哉はひやひやしながら聞いていたが、周囲を見回すも忙しすぎて話に耳を傾けている者はいないようだった。
それにしても話の内容は不穏過ぎた。あの小田切がヤクザとつるんでいるとは京哉には信じ難い。だが疑う余地がないからこそ霧島が呼ばれたのである。
「つまり黒深会から真王組幹部へ、真王組幹部から小田切へシャブが回り、それが警察内部のシャブ汚染に繋がっている。そう言いたいのか?」
「そこまで断定できんが、あんたらに隠しても仕方ないからな。可能性大だろう」
「内偵は何処まで進んでいる?」
「行確を就けたいが相手はスナイパー、敏感すぎてな。実際、本部長の密命で二度までは就けてみたんだが、どちらも失尾した。まさかの公安まで撒かれて話にならん」
行確とは行動確認、失尾とは尾行対象から撒かれて見失うことだ。
「そこであんたらに頼みがあって呼んだ訳だ。あんたらといっても同じくSATスナイパーの鳴海巡査部長だが、できる限り小田切警部と行動を共にして不審点を洗い出して貰いたい。可能か?」
世間話の延長のように箱崎警視は喋ったが、京哉は依頼の内容が内容だけに即答は控える。事は重大だ。もし京哉が内偵を受けて小田切が黒という証拠でも握ってしまった場合、現在の小田切の直属上司である霧島にも責任問題が発生する。
いや、それより『小田切警部と行動を共にして』というのがもっと引っ掛かった。
「行確より確実な上にスナイパー同士、感じ取れる機微もあるだろう?」
「端的に言えば僕に小田切さんをスパイしろってことですよね?」
「まあ、そうなるな。けど悪いがこれは本部長も了解してるんだ」
そこまで話が上がっているのなら京哉に断るすべはない。本部長の下した密命で可能も何もなかった。京哉には頷く他になく、何となく助けを乞いたい気分で傍の霧島を見上げたが、眉間にシワを寄せた霧島も反論はしなかった。
「……分かりました。でもあんまり期待しないで下さい」
「ああ、だが助かる。本当に悪いな。霧島、あんたにも」
「分かっているなら何故……いや、いい。鳴海、帰るぞ」
さっさと組対のフロアをあとにして廊下に出ると、霧島はぐいぐいと先に歩いて行ってしまう。長身の霧島にやっと追いついて階段を降りながら京哉は訊いてみた。
「幾ら何でも定時以降まで、ずっと小田切さんに張り付けとか言わないですよね?」
「それはお前次第だろうが、取り敢えずお前と小田切を相勤にする」
「二人で警邏に出ろって……隊長命令ですか?」
頷いた霧島は京哉が見る限りでは普段と変わらぬ涼しい顔を取り戻していた。だが機捜に異動して以来他人と組んだことがなく、霧島だけを相棒と認識してきた京哉は妙に淋しくなる。
しかしこれは職務であり、ここで霧島に食いつくのも筋違いだと分かっていた。
「了解です。小田切さんと警邏に出ます」
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