見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第22話

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 詰め所に戻ると早速京哉は小田切にシグ・ザウエルP230JPを持たせて密行警邏に繰り出した。本部庁舎の裏口から出るとメタリックグリーンの覆面・機捜一に乗り込む。
 慣れた京哉が運転席で小田切は助手席だ。

 その小田切はデスクワークから解放されて機嫌がいい。

「いやさ、参ったよ。あんなに書類があるとは思わなかったぜ」

 大通りから一本裏道に入り込みながら京哉は応える。

「上の人の宿命ですよね。コツは部下をどう上手く使うか、なんでしょうけど」
「隊長は逆に京哉くんに使われてるように見えたけどな」
「ああ見えて僕を上手く使ってますよ。自分の書類は半分も書かずに済ませているんですから」
「なるほど。その辺りの技は伝授されてしかるべきだな」
「勘弁して下さい。副隊長殿には多大なる期待を寄せているんですからね」

 どうでもいい話を続けつつ京哉は覆面をバイパスに乗せた。三十分ほどでバイパスから降りるとそこは郊外の住宅地である。その住宅地には真王組の本家があった。
 いきなりこれは作為的過ぎたかと思ったが、途中まで京哉自身も何処に向かっているのか気付かなかったのだ。

 厄介なスパイ任務から早く脱したい思いが無意識に現れてしまったらしい。
 だが小田切はまるで表情を変えず、またしても京哉を口説き始める。

「――だからさ、絶対に霧島さんより大事にするぜ?」
「僕は不幸のどん底に堕ちる気はありませんから」
「そう言わずに一度でいいから俺に抱かれてみてくれよ。後悔させないからさ」
「職務中に何を言っているんですか。それよりあの人にバンカケますよ」

 そうして二人目の不審者にバンカケするため、京哉は覆面を歩く速度に合わせて低速で走らせた。チラリと目をやった一瞬で不審者の人着を確認する。
 人着とは人相着衣で男は茶色に紫っぽいテカリという品のない安物スーツを着崩し、首に下げたゴールドチェーンと併せてザ・チンピラという風体だった。

 チンピラ歴が長そうな辺りは気の毒だが、肩で風を切る様も堂に入っている。

 緩やかに覆面を停めた京哉は降りようとしたが小田切に留められた。京哉の目に答えず小田切は自分だけ降車する。歩道のチンピラは小田切の姿を見るなり満面の笑顔になって頭を下げた。

「おっす! 小田切の旦那じゃないっすか!」
「よう。精勤してるか? 拙いブツなんか持ってないだろうな?」
「当たり前っすよ。今からだって、ほら、出勤するところでして」
「出勤ったって雀荘だろうが」
「へへっ、そうなんすけどね。ところで中野なかのの兄貴が探してましたよ?」
「あー、飲む約束してたの忘れてたよ。じゃあキリキリ働けよな」

 手を振り別れると小田切は平然と戻ってきて助手席に収まる。京哉は訊いてみた。

「『中野の兄貴』といい、カタギには見えませんでしたけど?」
「真王組の下っ端だ。訊きたいことは分かってる、中野ってのは真王組の幹部だよ」
「組対なら持ちつ持たれつでしょうけど、どうして小田切さんがそんな人たちとお付き合いをしてるんですか?」
「奴らなら俺の欲しいものを持っているからだ」
「欲しいものって、いったい何です?」
「これ以上はだめだ、京哉くんまで巻き込みたくはない」

 小田切はニヤリと笑ったが茶色い目だけは真面目な色を帯び、冷たく煌めいているように京哉には見えた。
 ここでスパイ任務をぶちまけてしまうのは簡単だった。そうすれば秘密を明かしてくれるかも知れない気がした。だが裏目に出たら組対のこれまでの捜査や内偵が全てがチャラになってしまう。ここは黙っている他なかった。

 取り敢えずスパイ初日にして報告すべき事項は発生したのだ。今日のところはこれくらいで満足してもいいだろうと思い、早めに本部へと引き返す。本部に着いたのは十六時五十分だった。

 自分のデスクに戻った京哉は今日の出来事を記したメールを霧島のノートパソコンに送る。霧島からは【ご苦労】とだけ返ってきた。その間に小田切は煙草を買いに席を立つ。小田切が消えるのを待っていたように霧島が低い声を発した。

「しかし鳴海にそこまで見せたのは何故だろうな?」

 前置きなく霧島に訊かれ、京哉は素直に答える。

「僕がバンカケに手を出してチンピラからブツが出たら拙い。だから仕方なく自分から動いたんじゃないですかね?」
「間違ってもパクられたくない、真王組と良好な関係を保っておきたい、か?」
「おそらくは。奴らなら小田切さんの『欲しいもの』を持っているそうですし」
「ふむ。内偵されるだけの材料は揃っている、怪しすぎるな」
「でも僕を『巻き込みたくない』とは何のことでしょうか? 僕たちみたいに『知る必要のないこと』を知っちゃってる訳でもないでしょうし」
「分からん。今後のお前に期待する」

 他人事のようにさらりと言われ、京哉はスパイ活動に対するモチベーションが却って下がる。つまり少しくらい妬かれたかったのだが年上の男は泰然としていた。動じないのは自分を信じてくれているからこそだと分かっている。けれど理性と感情は別物だった。

 お蔭で哀しいような想いを抱いたまま、意地を張って宣言してしまう。

「では、たっぷり期待していて下さい。このあとも小田切さんに張り付きますから」
「定時を過ぎてまで無理をしなくていい」
「無理じゃありません。誘えば必ず食いつきます。自信ありますから任せて下さい」

 言い放って京哉はノートパソコンの文書ファイルに逃げた。この時点で既に京哉は僅かながら後悔し始めている。幾ら本部長命令でも自分には霧島との時間を割いてまで従事せねばならない任務とは欠片も思えなかったのだ。
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