見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

文字の大きさ
23 / 72

第23話

しおりを挟む
 確かに小田切に懸けられた疑惑に関して探れるなら、それに越したことはないと思う。もし黒なら霧島に多大な迷惑が掛からない今のうちに明らかにした方がいい。

 そう思う一方で組対の見当違いであって欲しいとも思う。機捜の皆の前で迷惑千万な発言をしてくれたとはいえ、小田切はお調子者ではあっても自ら進んで悪事に手を染めるタイプとは思えない。京哉が何か訊き出せて済む程度の事ならなお良かった。

 そもそも京哉が珍しくも小田切に興味を持ったのは、自分と同じくスナイパーでありながら人を撃ってなお全く己を揺るがせない人物だったからだ。
 スナイプ直後のわざとらしい明るさから葛藤がまるでない訳ではないのだろうが、強靭な精神を持つのは間違いない。

 それを長く強要され壊れかけた自分。対してそれを自身の意志で続けている男。

 そんな男が組対の内偵で既に黒だと目されている。今日のバンカケでも怪しい場面を見せられた。意味深な言葉まで聞かせられては京哉としても小田切が真っ白とは言い難い。だからこそ何に『巻き込みたくない』のか知って対処できたらとは思う。

 だがそれもこれも霧島と自分の間に積み上げた何かを犠牲にするほどの重要事ではなかった。自分なら知らない所で霧島が冗談とはいえ告白された相手と会っていたら気分を害する。霧島を信じる心は別として気が揉めて仕方ない筈だ。

 他人事のように言われて意地を張り京哉は宣言したが、その霧島は今頃になってこの自分をずっと注視している。心配なら上司として命令すればいいのだ、定時以降は小田切警部に張り付くなと。言わないならとことん張り付いてこんな任務などさっさと終わらせるべきだった。

 そう考えた京哉は意地を張ったまま、灰色の目の視線を承知の上で無視し続ける。そこに小田切が帰ってきた。

「あ、副隊長。今日はこのあとご予定がおありですか?」
「予定はないが、もしかしてお付き合い願えるのかい?」
「ええ、是非。でも本当に彼氏か彼女との約束はないんでしょうね?」
「入庁以来今日に至るまで人タラシの異名を取る俺だが、お相手頂く際には最低限の敬意を払う。二股は掛けないのがポリシーでね。今は京哉くんだけさ」
「何股でも構いませんよ。期待されても僕は一緒にご飯食べるだけですから」
「俺は京哉くんを食べたいなあ」

 望まぬ内偵に従事せねばならない京哉を見守ろうと思っていた霧島は、危うく小田切の後頭部を撃ち抜きそうになり、脳内でゆっくりテンカウントして自分を抑えた。

 二人とも互いに想い合う心は同じなのに微妙なすれ違いを意識しないまま、京哉は定時の十七時半になるとノートパソコンの電源を落として小田切を武器庫につれて行き銃を返納させる。自らも帰り支度すると皆に敬礼して小田切と共に詰め所を出た。

 早めの夕食休憩で戻っていた隊員たちは、どす黒いオーラを振り撒く隊長と一緒に残され、非常にマナー良く幕の内弁当を食することになった。

 一方の京哉と小田切は庁舎正面エントランスから出て広大な駐車場になった前庭を縦断し、大通り沿いのバス停から官舎のある郊外へと向かうバスに乗った。

「高級レストランで飯を奢りたいが情けない。じつは今月ピンチなんだよ」
「いいですよ。ご飯くらい作ってあげますから」
「やー、嬉しいなあ。でも俺の部屋、汚いから覚悟しておいてくれよな」
「男の一人暮らしなんて誰でも似たようなものでしょう。大丈夫ですよ」

 三十分ほどバスに揺られ、官舎地区でごっそりと降りた人々に小田切と京哉も混じる。そこから三分ほど歩いて辿り着いたマンションの二階に小田切の部屋はあった。

 しかし玄関を上がって京哉は驚く。意外なまでに物が少なく綺麗だったからだ。それに何処か既視感を覚える部屋は、霧島のマンションに引っ越す前の自分の官舎に似ているのだった。

 ワンルームで細いクローゼットにシングルベッド、フローリングに小さなロウテーブルがあり、床にTVがじかに置かれているのも同じだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...