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第24話
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「わあ、嘘みたい。何処も汚くない、片付いてるじゃないですか」
「そうかい? チャンスがあったらいつでも誰かを招けるように……なあんてね」
「じゃあ、近所のスーパーで買い物して晩御飯を……って言いたいですけど、キッチンにお鍋もフライパンもお皿の一枚もないし、これでどうしろと?」
「作ってくれる気持ちだけ受け取っておくよ。近所に安くて旨い定食屋がある」
「仕方ないですね。なら繰り出しますか」
案内された定食屋は結構な繁盛ぶりだった。
小田切お勧めの『本日のA定食』を向かい合って食す。新鮮な刺身とサクサクのアジフライがメインの定食はかなりの旨さで京哉はあっという間に食べてしまった。
混み合っているので粘らず席を立つ。
店を出た京哉はポケットの中の小銭入れから指先の感覚だけで硬貨を集め、定食代の六百八十円丁度を小田切に手渡そうとしたが、苦笑して小田切は首を横に振った。
「幾ら何でもこれくらいは奢らせてくれ。自分が可哀相になるからな」
「はあ。じゃあご馳走さまでした」
「素直で宜しい。それなら帰ってシャワーでも浴びて一発ヤルか!」
「やりません。それより訊きたいことがあるんですけど」
「組対から請け負って探っている、真王組幹部との馴れ合いのことだろ?」
「知ってたんですか……やっぱり。でもどうして僕まで分かったんですか?」
ぶらぶらと歩きながら小田切は朗らかに笑う。今まで何度も行確を撒いていると聞いていた。撒ける程度の相手の素性を確かめないほど間抜けではないだろう。
大体、組対や公安なら尾行に長けてはいるが同輩だけに勘付かれた時点で正体もバレてしまう。職種柄それなりに匂いとでもいうものがあるのだ。
「知っての通り俺には何度も行確が就いていた。だから近いうちに手を変えてくると思っていたんだが、京哉くんは上手くやった方だよ。でもあの霧島さんが黙って京哉くんを俺と一緒に送り出すのはおかしいだろ? 作りすぎた鉄面皮が今にも割れそうだったぞ」
「そうでしたか、参りましたね。でもそれなら僕に免じて教えて貰えますか?」
だが小田切は指を一本立てて「チッチッ」と左右に振って見せた。
「甘いな。幾ら京哉くんの頼みでもこればかりは教えられないよ。一見とっても美味しい話だけれど、旨い話には裏があるのが基本だ。危険でもあるからね」
「そこを何とか、ヒントだけでもだめですか?」
「そうだなあ。寝物語になら口を滑らせるかも知れないな」
「ずるいですよ、そんなの」
「ずるくないさ。俺と一緒に堕ちる覚悟がなければ教えられない、そう言っているだけだよ。とってもフェアな話だと思うんだが、どうだい?」
確かにフェアな話ではあるのだろう。しかし京哉に頷ける訳などない。けれどまだ引っ張り出す端緒はある筈だと思って再び小田切の部屋に上がり込んだ。
二人してジャケットを脱ぐと小田切が小さな冷蔵庫から微糖の缶コーヒーを出して振る舞ってくれる。かつて自分も缶コーヒーばかり飲んでいたのを思い出して京哉は懐かしく感じた。
缶を振って開封し口をつけると小田切がアルミの灰皿を出して小さなロウテーブルに載せる。二人して煙草と缶コーヒーを味わいながら、スナイプに使用する狙撃銃について色々と情報交換した。だがスナイパーになるに至った経緯には殆ど触れない。
京哉にとって興味があったのは小田切の精神力であり、過去を事細かに知りたい訳ではない。それに互いにそれなりの過去を背負っているのは明らかだった。
しかし他人と滅多に共有できない話題で語り合うのは悪くなかった。警視庁SATに試験導入されている銃の説明などに京哉は夢中で聞き入り時間が経つのも忘れる。けれどいつしか小田切は黙り込んでいた。
そうして京哉に向けられた茶色い目に真剣な色が宿っている。
沈黙に京哉が気付いた時には左手を小田切に掴まれていた。
「そうかい? チャンスがあったらいつでも誰かを招けるように……なあんてね」
「じゃあ、近所のスーパーで買い物して晩御飯を……って言いたいですけど、キッチンにお鍋もフライパンもお皿の一枚もないし、これでどうしろと?」
「作ってくれる気持ちだけ受け取っておくよ。近所に安くて旨い定食屋がある」
「仕方ないですね。なら繰り出しますか」
案内された定食屋は結構な繁盛ぶりだった。
小田切お勧めの『本日のA定食』を向かい合って食す。新鮮な刺身とサクサクのアジフライがメインの定食はかなりの旨さで京哉はあっという間に食べてしまった。
混み合っているので粘らず席を立つ。
店を出た京哉はポケットの中の小銭入れから指先の感覚だけで硬貨を集め、定食代の六百八十円丁度を小田切に手渡そうとしたが、苦笑して小田切は首を横に振った。
「幾ら何でもこれくらいは奢らせてくれ。自分が可哀相になるからな」
「はあ。じゃあご馳走さまでした」
「素直で宜しい。それなら帰ってシャワーでも浴びて一発ヤルか!」
「やりません。それより訊きたいことがあるんですけど」
「組対から請け負って探っている、真王組幹部との馴れ合いのことだろ?」
「知ってたんですか……やっぱり。でもどうして僕まで分かったんですか?」
ぶらぶらと歩きながら小田切は朗らかに笑う。今まで何度も行確を撒いていると聞いていた。撒ける程度の相手の素性を確かめないほど間抜けではないだろう。
大体、組対や公安なら尾行に長けてはいるが同輩だけに勘付かれた時点で正体もバレてしまう。職種柄それなりに匂いとでもいうものがあるのだ。
「知っての通り俺には何度も行確が就いていた。だから近いうちに手を変えてくると思っていたんだが、京哉くんは上手くやった方だよ。でもあの霧島さんが黙って京哉くんを俺と一緒に送り出すのはおかしいだろ? 作りすぎた鉄面皮が今にも割れそうだったぞ」
「そうでしたか、参りましたね。でもそれなら僕に免じて教えて貰えますか?」
だが小田切は指を一本立てて「チッチッ」と左右に振って見せた。
「甘いな。幾ら京哉くんの頼みでもこればかりは教えられないよ。一見とっても美味しい話だけれど、旨い話には裏があるのが基本だ。危険でもあるからね」
「そこを何とか、ヒントだけでもだめですか?」
「そうだなあ。寝物語になら口を滑らせるかも知れないな」
「ずるいですよ、そんなの」
「ずるくないさ。俺と一緒に堕ちる覚悟がなければ教えられない、そう言っているだけだよ。とってもフェアな話だと思うんだが、どうだい?」
確かにフェアな話ではあるのだろう。しかし京哉に頷ける訳などない。けれどまだ引っ張り出す端緒はある筈だと思って再び小田切の部屋に上がり込んだ。
二人してジャケットを脱ぐと小田切が小さな冷蔵庫から微糖の缶コーヒーを出して振る舞ってくれる。かつて自分も缶コーヒーばかり飲んでいたのを思い出して京哉は懐かしく感じた。
缶を振って開封し口をつけると小田切がアルミの灰皿を出して小さなロウテーブルに載せる。二人して煙草と缶コーヒーを味わいながら、スナイプに使用する狙撃銃について色々と情報交換した。だがスナイパーになるに至った経緯には殆ど触れない。
京哉にとって興味があったのは小田切の精神力であり、過去を事細かに知りたい訳ではない。それに互いにそれなりの過去を背負っているのは明らかだった。
しかし他人と滅多に共有できない話題で語り合うのは悪くなかった。警視庁SATに試験導入されている銃の説明などに京哉は夢中で聞き入り時間が経つのも忘れる。けれどいつしか小田切は黙り込んでいた。
そうして京哉に向けられた茶色い目に真剣な色が宿っている。
沈黙に京哉が気付いた時には左手を小田切に掴まれていた。
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