見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第29話(BL特有シーン・回避可)

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「もっと、もっと貴方を蕩かしたい……だから、忍さんが欲しいだけ――」

 その言葉と京哉の儚いような微笑みに霧島は酔ってしまい何も考えられなかった。揺らされる京哉は逞しい躰に縋りつき、柑橘系のトワレの香りを吸い込んだ。目前の霧島の胸から喉の隆起にかけてのラインが匂い立つような男の色気を感じさせる。

 しかしそこで急に霧島は動きを止めた。ここにきてふいに理性が戻った訳だ。

 京哉とひとつになったまま、シーツに赤いものが点々と散っているのを目にしたのである。霧島は自分自身の背中の引っ掻き傷からの出血かと思った。だがこんなに出血するほどの痛みは感じていない。それに身に粘つくようなこの感触は――。

 本格的に我に返った霧島は慌てて身を起こした。視界に飛び込んで来たのは霧島と京哉の白い躰に付着した血。京哉が閉じ込めきれなかった霧島の熱も真っ赤に染まって流れ出していた。
 遅れて更に赤い体液が溢れてきて霧島はギョッとする。反射的にシーツを掴んで京哉に押し当てた。そっと拭ったが深い処の傷までは分からない。

 呆然としたまま霧島は京哉の左手を手繰り寄せて握る。少し冷たい手に額を押しつけた。体温が下がるほどショックだったのかと考えて自分を殴りつけたくなった。

「すまん。私はいったい何をして……本当にすまん、京哉」
「何てことないですから。殆ど血じゃなくて貴方の……ほら、アレですよ」

 実際に流れ出たのは霧島自身が放ったもののようだったが、それを染めたのは京哉の血である。誰より大切な京哉を傷つけてしまった霧島は思い切り凹んだ。普段落ち込むことを知らない年上の愛しい男が酷い落胆ぶりで怪我をした京哉の方が焦る。

「あの、ほら、僕も煽っちゃいましたし、忍さんは悪くないですよ」
「悪くない訳はない。お前をこんな目に遭わせたのは私だ。この通り、許してくれ」

 ベッドの上で深々と頭を上げられ、京哉は愛し人の黒髪をそっと撫でた。

 事実として霧島との行為で過去に何度か出血を見たこともある。だがそれは互いに求め合う上で京哉は許容したのだし長引かず治ってきた。京哉自身は今回も同じことで特別な何かがあった訳じゃないと自然に受け止めている。

「謝らないで下さい。他の人の前で隙を見せた僕も悪いんですから」
「そうは言うが、立てるか?」
「大丈夫ですよ。立ち歩くくらいは平気……つうっ!」

 ベッドから滑り降りたはいいが、しゃがみ込んでしまった京哉を霧島は抱き上げてそっとベッドに寝かせる。思いついてキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってくると口移しで京哉に飲ませ、湯で絞ったバスタオルで躰も拭いてやった。

 そして寝かせたまま器用にシーツを交換したのち、救急箱を漁って抗生物質入りの傷薬を京哉の粘膜に塗り込んでやる。指で触れた限りでは異常は感じられない。

 最後の作業で顔を赤くした京哉に霧島はまたのしかかって抱き締めた。白い躰をきつく抱き締めながら霧島は京哉の鎖骨から首筋の、他の男がつけた赤い痕の上に唇を押しつけて思い切り吸い上げる。

 元の痕より大きく濃く己の所有印を穿って身を起こした。

「すまなかった。だが京哉、本当に私にはお前だけなんだ」
「分かってます。もう謝らないで下さい。お互い様ってことでいいじゃないですか」
「そう言ってくれると助かる。日付も変わったな、寝るとするか」
「あっ、その前に打撲には湿布を貼って下さい」

 湿布の匂いの腕枕を貰い、足も絡められて京哉はすぐに眠りに就く。
 そんな京哉を抱き締めた霧島はペアリングを嵌めた手で京哉のさらりとした髪を撫で続けていた。
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