見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第34話

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 本部長室から出た霧島は京哉を伴って白いセダンで外出した。向かったのは白藤市内の大型ショッピングモールである。
 そこで京哉と二人して様々に画策し、二時間ほど掛けてイメージチェンジのネタを仕込んだ。そうして本部に戻ったが、裏口から入る時も張り番の警備部制服巡査に呼び止められ、手帳を見せなければ入れなかった。

 なかなかの出来栄えに二人は満足した。更にはすれ違う職員も振り返りはするものの、誰も『抱かれたい男・トップ』独走中の霧島とはバレていないようだった。
 秘書室でも同じで京哉の同行と手帳を見せてようやく信じて貰い、皆から仰け反られる。驚きも覚めやらぬ秘書官に本部長室のドアを開けて貰った。

「霧島警視以下二名、入ります」

 紺色のカーペットを踏んでしずしずと入室し、京哉と共に霧島は身を折る敬礼をしてから顔を上げた。二人を見た本部長は呆然とし、カチコチに固まったまま本部長の甘味談義に付き合わされ話だけで太り出しそうになっていた小田切は目を瞬かせる。

 見た目は別人なのに低く響く声は確かに霧島だったからだ。
 誰もが言葉を失くした中、京哉は隣の霧島を見上げてうっとりと呟いた。

「あああ、霧島警視ってば格好いい~っ!」

 霧島が身に着けているのは黒のドレスシャツにランプブラックのスーツだ。締めたタイは少しナローなチャコールグレイに銀糸の刺繍で縦にストライプが一本入っているというもので、鍛えられた長身が着痩せするタイプだという事実まで知る京哉は、シャープかつダークな姿を何度見ても鼻血が出そうなほど興奮してしまうのだった。

 おまけに業界の定番であるゴールドチェーンを首から下げ、薄いブラウンのサングラスで灰色の瞳も隠していた。更に整髪料で黒髪をオールバックにしていて、何処から見ても暴力団幹部といった風貌に見事にメタモルフォーゼしている。

 そんな霧島が京哉を見下ろして目を眇め、さらりとした髪を撫でた。

「だが鳴海、お前もそれなりに似合っているぞ」
「そうですか。お世辞でも嬉しいです」

 クラシコイタリアのセミオーダースーツはブラウン、ドレスシャツはごく淡いピンクでタイは地模様の入った臙脂という京哉は、堅くなりそうなコーディネートを敢えて着崩した上に、やや長めの毛先まで脱色するという念の入れようで軽い風貌に見せていた。
 霧島が化けた幹部に付き従う子分といった感じだ。

 更に右耳にはピアス穴まで空けてプラチナの小さな輪っかをくっつけている。貴金属店でゴールドチェーンを買った霧島がついでに購入してくれたものだ。

 二人が見つめ合っていると、ようやく本部長がテノールを発する。

「これは……驚いた。きみたちなら真王組組長の立川たちかわ拓真たくまも落とせるかも知れん」
「では決まりでいいですね?」
「良かろう。そこまで気合いを入れてくれたのなら攻守交代できみたちが真王組深部に潜入、小田切くんは二人を幹部に売り込んで、そのあとは連絡要員という配置が妥当だと思われるがどうかね?」

 皆が異存なく頷いた。本部長が立ち上がり霧島が鋭い号令を掛ける。

「気を付け、敬礼! 霧島警視以下三名は特別任務を拝命します。敬礼!」
「よし。いかなることがあろうとも無事に帰還するように。特に潜入組の霧島くんと鳴海くんは、これが何より優先される至上命令と心得たまえ」
「了解しました」
「ではこのあと現在所持している銃を違うものと交換する。向こう側で三十二口径は珍しすぎて拙いだろうからね。他に何かあるなら遠慮なく言ってくれて構わない」
「それでは本部長」
「何だね、霧島くん?」
「変装に掛かった費用が二人合計二十九万八千二百円、そちらに領収書を回して宜しいですね?」

 巨大霧島カンパニー会長御曹司であっても所詮は耐乏官品であった。
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