見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第35話

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 秘書室を借りて着替えた二人は何とか原状復帰すると、新しい銃を懐に入れて小田切と一緒に詰め所に戻り、残っていた幕の内弁当で遅い昼食にした。

 耳に穴を空けたばかりで京哉はピアスを外せず、髪も脱色していて警察官服務規程違反である。けれど霧島が皆に挨拶だけはしておきたいと主張したために戻った詰め所で目立たぬよう小さくなっていた。

 飯を食いながら上司二人は潜入捜査に向けての打ち合わせである。

「貴様がタラした真王組幹部の中野とやらは、いつ黒深会の幹部と会うんだ?」
「会うだけならもう会っている筈だが、ただ警察の内情を洩らすスパイの俺を黒深会幹部に紹介してくれるのは……うーん、いつになるんだろうなあ?」
「貴様は本っ当に馬鹿だな。私と京哉に一生チンピラをさせておくつもりか?」
「いや、いつも中野が出入りしているクラブに行けば会えると思うぜ」
「それは確かなのだろうな? では今晩からそのクラブに張り込む。昼間は真王組のシマを散歩だ。暫くはこの線で行く。いいな?」
「構わないさ、どうせ俺は独り者でヒマだしな」

 こそこそ囁き合いながら三人が弁当を食し終え、茶を啜りつつ京哉と小田切が煙草を吸っていると組対の薬銃課長である箱崎警視がやってきた。霧島のデスク前のパイプ椅子に腰掛けて京哉の淹れた茶を受け取り、その髪とピアスを見てニヤリとする。

「仕込みは上々ってところだな」
「まあな。本部長から聞いただろうが私と鳴海が潜る。しっかりフォローしてくれ」
「実際潜られたら接触も不可能になる。どのくらいのことが可能かは不明だがな」
「言い訳をしに来た訳ではあるまい」
「勿論だ。あんたらに餞別を持ってきた。こいつに真王組組長の立川拓真以下主要幹部の顔写真が入っている。隠し撮りが殆どだが判別はつく。覚えておくといい」

 それだけで茶を飲み干した薬銃課長は帰って行った。
 
 忙しい男を見送った京哉は預かったUSBフラッシュメモリのファイルを自分のノートパソコン内にコピーしてからメモリを霧島に渡す。
 そうして写りの悪い盗み撮り画像を一通り眺め終えると既に定時の十七時半近くで、隊員たちがポツポツと夕食休憩で戻ってきていた。

 今晩からの潜入を前に暢気にしてもいられず、定時きっかりになったのを見計らって霧島隊長と小田切副隊長に京哉はノーパソの電源を落とし帰り支度をする。

 そして霧島が皆の前に立って注目を集めてから低く通る声を出した。

「私と副隊長と鳴海の三人に出張が入った。なるべく早く戻るつもりではあるが、流動的で確たることは言えん。長が二人して抜けるのは申し訳なく思う。留守中も各班長の判断に従い普段と変わらずやって欲しい。宜しく頼んだぞ。以上だ」

 二班長の田上たがみ警部補が鋭く号令を掛けた。

「気を付け、敬礼!」

 皆が一斉にザッと立ち上がって身を折る敬礼をし、霧島も同じく身を折って答礼する。倣って小田切と京哉も敬礼。そのあと機捜の長老でもある田上警部補と霧島隊長は少々話をした。留守中の責任所在を刑事部長経由で本部長に押しつける事などだ。

 余計な詮索もせず『知る必要のないこと』も訊かず、田上警部補は穏やかな笑みを浮かべて「任せておきなさい」と若い隊長の背を叩いてくれた。

「では、これで失礼する。鳴海、帰るぞ」

 京哉は霧島に続いた。小田切もついてくる。庁舎を出て白いセダンに乗り込んだ。運転は霧島、助手席に京哉で後部座席に小田切という配置はもう決まっている。

 約一時間でマンションに帰り着くと、京哉がシャワーを浴びている間に今週の食事当番である霧島は冷蔵庫の中身をさらえるため、大量の肉野菜炒めと豚汁を作った。ライスはタイマーで炊けている。椀と茶碗に盛りつける頃には匂いで京哉と小田切がやってきた。

 皆で着席して食し始めると、霧島が行儀悪く箸で小田切を指して言った。

「何故こうして貴様が一緒に飯を食っているのか謎なのだがな」
「ご飯もおかずも沢山あるからじゃないのかい?」
「少なかったら遠慮していたか?」
「最大多数の最大幸福って言葉を知らないのかな?」
「幸福がペラペラに薄く延ばされて、向こう側の不幸が透けて見えるイメージだな」
「いつ破れるか分からないスリルもありますよね」

 突然会話に参入し、京哉は豚汁を音も立てず上品に飲んだ。

 鉄の胃袋を持つ二人に負けじと小田切もおかわりし、器のものは綺麗になくなる。後片付けは京哉が請け負い霧島はシャワーを浴びた。煙草を吸った京哉は霧島が出てくると寝室で一緒に着替える。勿論身に着けたのは今日購入した衣装だ。

 そしてジャケットを羽織る前になってショルダーホルスタごと交換・貸与された銃を改めて眺めてみた。貸与された際に一度は自分で分解結合し内部は確かめてある。

 最初は派手めでヤクザが好みそうなベレッタなる銃を提示されたのだが、あいにくヴァーテックという、それこそ国外では特殊部隊やローエンフォーサー向けのヴァージョンだったので遠慮したのだ。

 そして選んで手元にあるのがシグ・ザウエルP226という堅牢なのが売りの拳銃である。フルロードなら薬室チャンバ一発ダブルカーラムマガジン十五発の合計十六発を連射可能なセミ・オートマチック・ピストルで使用弾は九ミリパラベラムだ。
 日本の警察の一部でも制式採用しているので違法物という訳ではない。

 勿論普段のような五発のみ貸与ではなく、これは弾薬もフルロードにしてあった。マガジンのスプリングが固いのと常にフルロードではスプリングが弱るという理由で通常はチャンバ込み十六発フルにはしないものだが、もし正体がバレたら銃撃戦の可能性もある。二人とも銃弾一個が貴重で、幸せのタネかも知れないのだ。

「でもこれ、銃にもホルスタにも、お約束の桜の代紋は入っていないんですよね」
「そんなものを見られたら一発で警察とバレるからな」
「こんなブツを常備してるなんて、組対も大変そうですね」
「他人事ではなく、我々も心しないと簡単に消されるぞ」

 頷いた京哉は霧島を見上げた。
 とんでもなく危険な案件に自ら首を突っ込んだ訳だが、この男と一緒なら何とかなると思えてくるから不思議である。互いに微笑み合うと抱き締め合ってキスを交わした。舌を吸い合って離れると左脇に銃を吊る。

 ジャケットを羽織って霧島が携帯でタクシーを呼んだ。
 離れがたくて再びキスし、ようやく寝室を出る。
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