見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第36話

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 二人で出て行くとリビングでTVを見てくつろいでいた小田切が顔を上げた。

「おっ、やっぱりチンピラというより組幹部の風情だな」
「それより例の中野とやらが使うクラブは何処だ?」
「白藤市駅東口手前、繁華街の中」
「着いたら二十一時過ぎか、いい時間だな。出るぞ」

 マンションから出るとタクシーは既に停まっていた。三人して乗り込むとドライバーは霧島を目にして顔をこわばらせる。夜というのに薄いサングラスを掛けた男は、小田切の言葉ではないがスーツの襟に組の金バッジをつけていないのが不思議なほど嵌っているのだ。
 助手席に乗った小田切がドライバーに行き先を告げる。

「白藤市内のクラブ『リコシェ』まで」
「はい、分かりました、『リコシェ』ですね、ええ」

 復唱したドライバーの表情が余計に引き攣った辺り、どうやら組関係者御用達で有名処らしい。だが誤解を解くこともせず暫し三人は静かに過ごした。タクシーは一時間ほどで盛り場の真っ只中に建つ雑居ビルの前に停車する。

 霧島が本部長から預かってきたクレジットカードでタクシー料金を支払い、やっとドライバーを緊張から解放した。

「おい、小田切。貴様はリコシェに入ったことがあるのか?」
「何度かあるよ。中野の誘いで三回飲んだかな」
「そうか。ならば基本的に貴様の真似をしていたらいいんだな?」
「って、もしかして霧島さんはクラブに入った経験がないのかい?」
「間に合っていたからな。京哉、お前はどうだ?」
「僕は財政的に間に合わなかったから入った経験がありませんね。あ、でもイントネーションの違う『クラブ』は高校の友人に誘われて行ったことがありますけど」

 そのときのことを京哉は思い出す。鼓膜を直接揺さぶるような音楽が洪水の如く溢れ、色付きのライトがギラギラして、僅かに動いただけで人とぶつかるような距離感だった。
 肌に合わない場所だったことは確かで、それ以降は誘われても行かなかった。

 たかだか六、七年前なのに随分と昔のように感じていると、霧島に腕を掴まれてふいに我に返る。何事か心配してくれたようで霧島が覗き込んできたが、サングラス越しなので妙な感じだ。一方で京哉は伊達眼鏡なしの素顔を晒しているのでこれも妙な気分である。

 そうして見つめ合っていると小田切が二人の背を小突いた。

「あんたら行くの、行かないの?」

 二人の世界から疎外され、面白くもなさそうに言った小田切に従って霧島と京哉は雑居ビルに足を踏み入れた。エレベーターもあるが吹き抜けとなった階段の二階正面に高級クラブ『リコシェ』は見えている。階段を上って小田切を先頭に入店した。

 すると入ってすぐクロークがあった。本当に高級っぽいかもと京哉が暢気に思っていると、タキシード姿だが異様にガタイのいい男が二人して教育された礼をする。

「あー、前に中野さんと来た小田切なんだけど」
「小田切様がお越しになられたら、お待ち頂くよう中野様より承っております」
「じゃあ中野さんは今晩くるの?」
「さて、そこまでは存じ上げませんが」
「そうかい。なら時間が許す限り待たせて貰うよ」
「左様ですか。しかし失礼ですが小田切様、こちらの方々は……?」

 などとマネージャーだか用心棒だか分からないタキシード野郎は明らかに咎める口調で言いかけた。けれどそこで京哉の微笑みに気付いて二度見した。意識して視線を逸らした先では霧島がただごとでない威圧感を醸している。

 こっちは言い訳してもいないのにタキシード二人は今度こそ心から深い礼をした。

「当店は会員紹介制ですので、お手数ですがこちらにお名前をお願い致します」

 京哉が先に自分の名前を書いた。週刊誌に出たのは不鮮明な写真だけ、名前は伏せ字だったので本名を使っても問題はない。その間に霧島は超速で偽名を考えたが何も思いつかず、仕方がないので他人の名前を拝借することにした。本人に迷惑を掛けないよう死者の名前である。

御坂みさか孝之たかゆきと。これでいいか?」

 タキシードたちは再び深々と礼をした。これで晴れて店内に進軍できるらしい。タキシードたちは目の動きだけで黒服の案内人を呼びつける。
 黒服はやけに目立つ新たな客をソファ席に押し込みたがったが、三人は見通しのいいカウンターのスツールに陣取った。
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