見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第37話

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 壁に貼られた『全国一斉・暴力団撲滅キャンペーン』のポスターを長い指で弾き、カウンター席の一番右端に腰掛けた霧島は向き直るとまたグラスのウィスキーを減らし始めた。
 その左隣のスツールに腰掛けた京哉は強くないので白ワインの炭酸割りであるスプリッツァーを舐めるようにしている。
 更に左にはウィスキーの小田切がヒマそうにお絞りで鶴を折っていた。器用だ。

「京哉。そんなに私の顔を見て、何かついているのか?」
「色々とパーツはついてますけどね。でもやっぱり御坂さんってば格好いい~っ!」
「いつまで言っているんだ。もう三日だぞ、見慣れただろう」
「あーあ、つっまんねぇの。悪そうな男って何でモテるんだろうな?」
「知らん。だが貴様は悪そうではなく『悪い』。残念だったな」

 延々と続く京哉の褒め言葉及び嫌味の応酬も語彙が足りなくなりつつある。

 そう、あれから三日目の晩だった。待てど暮らせど真王組幹部で小田切と昵懇の中野氏は現れない。仕方ないのでもっとアクティヴに動くべきかどうか作戦会議をしながら飲んでいた筈なのだが、いつの間にか京哉と霧島の暢気極まりない会話になっていて、またも疎外された小田切は不貞腐れている。

 そもそも遊び慣れない二人の同行者はクラブの利用法を完全に間違っていた。

 最初は高級クラブという性質上、三人の傍にもホステスが侍って話し相手には事欠かなかったのだ。だがカウンター席で一番端に腰を据えている以上、物理的にホステスは一人しか座れない。しかしその一人も遊び慣れない霧島と京哉がパートナー宣言すると『お幸せにね』などと言って去ってしまったのである。

 小田切はアホかと思う。
 お蔭で非常に作戦会議がしやすい状況になった訳だが、三日目ともなると議題も尽きた。するとあとは時間潰しに苦慮することになる。
 そこでアルコールに弱い京哉はともかく霧島と小田切は、霧島が本部長から預かったクレジットカードを味方に高級ウィスキーを茶の如く飲んでいた。

 待ち人も来ない上に女もいないのでは飲むしかない。 

 それでも広い店内で『美形カップル・プラス一名』は既に有名人となっていた。
 ホステスたちは客の相手も忘れてカウンターの方を振り返ってはうっとりと眺め、客の不興を買うという不穏な空気をあちこちで醸している。
 おまけに小田切はお絞りを折り紙にするのにも飽きて、わざと振り向きホステスに微笑みを投げるという始末に負えない悪戯をしてヒマを潰しているのだ。

「おい、小田切。本当に中野の代打とかいう男は来るのか?」
「知らないよ。大体、中野が盲腸になって入院したのは俺のせいじゃない」
「まさかの番狂わせですよね。代わりの人は何て名前で……」

 言いかけて京哉は口を閉じた。三人が顔を向けているカウンター内部はバーテンの背面が磨き抜かれたミラーになっていて、そこに映った人物に見覚えがあったのだ。霧島と小田切も同時に気付いていた。

「組対の資料で見た顔だな」
「真王組の直参じきさんで若頭、厚川あつかわ組組長の厚川義治よしはるでしたっけ」

 組長から盃を受けた直参には大きく分けて『舎弟』と『子分』がいるが、どちらも殆どが二次団体の組長を兼任している。

 そのうち『舎弟』は上位団体の組長の兄弟分であり、ご意見番的な要素が強い。
 一方で『子分』は若頭や本部長にそれらの補佐などの肩書きを持ち、同時に上位団体の組長の継承権も持っている。

 つまりこの厚川は真王組のナンバー2という重要人物だった。

 そんな厚川は一見して、生き馬の目を抜くヤクザの中のヤクザといった感じはしない。服装もスーツではなくアロハのような派手なシャツにスラックスというラフな姿である。
 白髪混じりの黒髪をオールバックにした、五十代に手が届くかといったくらいの年齢で、気に入ったホステスの出迎えに相好を崩していた。

 代わりにホステスを抱擁する厚川を取り囲んだダークスーツの男たちは、若いながらも組対のベテランと張り合えそうな威嚇的な目つきをしている。それでも雰囲気重視なのか、口元には笑いを浮かべて奥のソファ席に案内されて行った。

「厚川にガード六人、ホステス四人に黒服二人は団体様だな。さて、どうするかだ」
「奥は個室でここから見えないし。盗聴器でも持ってきたら良かったですかね?」
「盗聴器代わりだ。小田切、貴様ちょっと行って混ぜて貰え」
「何で俺がいきなり命を張らなきゃならないんだい?」
「いつもの人タラシを発揮しろと言っているんだ」
「そうですよ、小田切さん。唯一の長所を今こそ発揮すべきですよ!」
「京哉くんって霧島さんより、ある意味えげつないよな」

 冗談はさておき、これをチャンスとするか否かが問題だった。

「遠回りかも知れんが、厚川という真王組の若頭に取り入るのも手じゃないのか?」
「だがそうなると俺というカードの使いどころがなくなるぜ?」
「でも小田切さんはあとからスパイできるけど、僕らはタイミングを活かさないと」
「ならば賛成多数で可決、私と京哉は厚川に取り入る方向で動く。いいな?」
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