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第38話
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時刻は二十三時、このような店では丁度遊びの時間だった。
上客がやってきて店内の空気が引き締まった中、囁き合いつつ三人はパーテーションで仕切られ見えない向こう側にじっと注意を傾け続ける。だが時折黒服が酒やつまみを運んではグラスを下げるだけで様子などさっぱり分からない。
「綺麗どころをごっそり持って行って、さぞかし愉しいんだろうな」
「だから貴様も行ってこい。遠慮は要らんぞ」
「そうですよ。ちゃんと骨は拾ってあげますから」
「やっぱり京哉くんってブラックジョーク好きだよねえ。案外S属性?」
意外と京哉が冗談を言わないことは霧島も知っていたが、ベタベタと馴れ合うより余程いいので放っておく。SだのMだのもこいつに教える義理はないと思っている。
しかし漫才じみた会話も途切れてしまうと眠たくなってきて、霧島はウィスキーをごくごく飲んで大欠伸をし、京哉は煙草を吸いながら浮かんだ涙を手で拭った。
小田切も煙草とウィスキーを口にしては時折京哉にちょっかいを出し、霧島から密かに銃口を向けられ硬直している。
「その手を京哉から退けろ、密着するな! 京哉が妊娠したらどうする!」
「んな訳あるかい。ふあーあ」
厚川に取り入る方針は決定したものの、その糸口を見つけられない三人はあまりのヒマさにつまみのナッツを割っては組み合わせるという、つましい作業に熱中し始めた。
高級クラブで奇矯な客だが目立つことに慣れ過ぎた人種のパーセンテージが高いので本人たちは自らの奇行に気づかない。
とっくに日付も変わった午前一時過ぎ、ようやく奥からホステスの嬌声もけたたましい一団が出てきた。三人は目配せして素早くチェックに立つ。三晩目とはいえ霧島がギョッとするような金額だったが、税金の詰まったカードがあるので怖くない。
しっかり領収書も貰って小田切に押しつけてから、チェックで厚川が帯封をしたままの札束をポイと投げ出すのを横目に、先にリコシェを出た。厚川の一団からあぶれたホステスたちが却って嬉しそうに三人の見送りに出てくる。
雑居ビル二階のリコシェから三人とホステスたちは吹き抜けとなった一階のエントランスホールまで階段で降りた。
ここで霧島と京哉は居残り、スパイでありながら警察官という役割を地でいく小田切だけが別行動である。まずは三人して自動ドアから外に出た。
「じゃあ頑張って潜入してくれ。京哉くんはくれぐれも気を付けてな」
そう言って小田切は霧島には目もくれず京哉だけを見つめてから去る。手を振り夜の街に消える背を見送って、京哉は霧島のサングラスを見上げると首を傾げた。
「で、僕らはどうするんですか?」
「厚川が出てくるのを待って、行確するしかないだろう」
あとから出てきた厚川たちの一団に負けないほどホステスを引きつれたまま、二人はビルのエントランスホールの外に留まっている。
ホステスたちのリップサーヴィスでなく再来店を望む声に適当に応えつつ通りを見回すと、そこには紛れもなく向こう側の者専用である濃いスモーク張りの黒塗り外車が二台駐まっていたのだった。
「あのう、走って追いかけるのは結構しんどいモノがあるんじゃないですかね?」
「タクシーだ、タクシー探せ!」
「タクシーで尾行して、それで? 目の前で門を閉められて終わりですよ?」
「京哉、お前こそ何か手を考えろ!」
二人が肘でつつき合いをしているうちに厚川組組長ご一行様はエントランスの内側に姿を現してしまう。自動ドアが開いて二人と一緒に外に出たホステスたちが中に戻ろうとした。入れ違いにこれもホステス混じりのご一行様が出てくる。
都合二桁もの人間が入り乱れた中、その場に留まる霧島と京哉に厚川のガードたちが鋭い目を向けた。この場でこれ以上粘っても疑われるだけ無駄だ。今夜はここまでかと霧島は諦めかけた、そのときだった。
乾いた破裂音が二度響いた。
それが銃声だと瞬時に悟った霧島はスーツの懐から銃を引き抜いている。
殆ど同時に京哉も銃を手にしていた。
上客がやってきて店内の空気が引き締まった中、囁き合いつつ三人はパーテーションで仕切られ見えない向こう側にじっと注意を傾け続ける。だが時折黒服が酒やつまみを運んではグラスを下げるだけで様子などさっぱり分からない。
「綺麗どころをごっそり持って行って、さぞかし愉しいんだろうな」
「だから貴様も行ってこい。遠慮は要らんぞ」
「そうですよ。ちゃんと骨は拾ってあげますから」
「やっぱり京哉くんってブラックジョーク好きだよねえ。案外S属性?」
意外と京哉が冗談を言わないことは霧島も知っていたが、ベタベタと馴れ合うより余程いいので放っておく。SだのMだのもこいつに教える義理はないと思っている。
しかし漫才じみた会話も途切れてしまうと眠たくなってきて、霧島はウィスキーをごくごく飲んで大欠伸をし、京哉は煙草を吸いながら浮かんだ涙を手で拭った。
小田切も煙草とウィスキーを口にしては時折京哉にちょっかいを出し、霧島から密かに銃口を向けられ硬直している。
「その手を京哉から退けろ、密着するな! 京哉が妊娠したらどうする!」
「んな訳あるかい。ふあーあ」
厚川に取り入る方針は決定したものの、その糸口を見つけられない三人はあまりのヒマさにつまみのナッツを割っては組み合わせるという、つましい作業に熱中し始めた。
高級クラブで奇矯な客だが目立つことに慣れ過ぎた人種のパーセンテージが高いので本人たちは自らの奇行に気づかない。
とっくに日付も変わった午前一時過ぎ、ようやく奥からホステスの嬌声もけたたましい一団が出てきた。三人は目配せして素早くチェックに立つ。三晩目とはいえ霧島がギョッとするような金額だったが、税金の詰まったカードがあるので怖くない。
しっかり領収書も貰って小田切に押しつけてから、チェックで厚川が帯封をしたままの札束をポイと投げ出すのを横目に、先にリコシェを出た。厚川の一団からあぶれたホステスたちが却って嬉しそうに三人の見送りに出てくる。
雑居ビル二階のリコシェから三人とホステスたちは吹き抜けとなった一階のエントランスホールまで階段で降りた。
ここで霧島と京哉は居残り、スパイでありながら警察官という役割を地でいく小田切だけが別行動である。まずは三人して自動ドアから外に出た。
「じゃあ頑張って潜入してくれ。京哉くんはくれぐれも気を付けてな」
そう言って小田切は霧島には目もくれず京哉だけを見つめてから去る。手を振り夜の街に消える背を見送って、京哉は霧島のサングラスを見上げると首を傾げた。
「で、僕らはどうするんですか?」
「厚川が出てくるのを待って、行確するしかないだろう」
あとから出てきた厚川たちの一団に負けないほどホステスを引きつれたまま、二人はビルのエントランスホールの外に留まっている。
ホステスたちのリップサーヴィスでなく再来店を望む声に適当に応えつつ通りを見回すと、そこには紛れもなく向こう側の者専用である濃いスモーク張りの黒塗り外車が二台駐まっていたのだった。
「あのう、走って追いかけるのは結構しんどいモノがあるんじゃないですかね?」
「タクシーだ、タクシー探せ!」
「タクシーで尾行して、それで? 目の前で門を閉められて終わりですよ?」
「京哉、お前こそ何か手を考えろ!」
二人が肘でつつき合いをしているうちに厚川組組長ご一行様はエントランスの内側に姿を現してしまう。自動ドアが開いて二人と一緒に外に出たホステスたちが中に戻ろうとした。入れ違いにこれもホステス混じりのご一行様が出てくる。
都合二桁もの人間が入り乱れた中、その場に留まる霧島と京哉に厚川のガードたちが鋭い目を向けた。この場でこれ以上粘っても疑われるだけ無駄だ。今夜はここまでかと霧島は諦めかけた、そのときだった。
乾いた破裂音が二度響いた。
それが銃声だと瞬時に悟った霧島はスーツの懐から銃を引き抜いている。
殆ど同時に京哉も銃を手にしていた。
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