見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第39話

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 雑居ビルのエントランスは二十人もの男女がごった返し、厚川とそのガードたちは丁度中心にいて当然ながら持っているだろう銃も抜けないでいる。

 更に二発の銃声がして今度はホステスが悲鳴を上げた。
 撃たれたのかガードが二人頽れる。ここは盛り場、霧島は叫んだ。 

「伏せろ、みんな、伏せろ!」

 叫びながらもホステスの一人がチャイナドレスの大きく割れたスリットから、太腿に装着したホルスタを覗かせているのを見取る。
 その女が次弾を発射する寸前に霧島は反射的に発砲。
 京哉も同じタイミングで違う女に向けトリガを引いていた。狙いはジャスティスショット、二人の女ヒットマンは右肩に一発ずつ食らい倒れた。

 だが刺客が二人だけとは限らない。霧島と京哉は殺気に対し神経を張り詰めたままだ。僅かに様子を窺った霧島がホステスたちの悲鳴に負けない低く通る声で叫ぶ。

「厚川、来い!」

 油断なく周囲に視線を走らせながら霧島は厚川に向かって左手を伸ばした。眩く照らし出されたエントランスホールは大混乱に陥っている。
 ガードが三人までも倒れ伏し、女ヒットマン二人も銃を取り落として藻掻いていた。足元の床には血が流れ、ホステスたちは泣き叫ぶか、声を失くして棒立ちとなっている。

 そんな中でよろめく厚川の腕を取った霧島は京哉と背中合わせの全方位警戒を続けながら黒塗りまで移動する。
 その頃には撃たれず残っていたガード三人もご立派に大型拳銃のトカレフを手にしてはいたが、まるで事態を呑み込めていないらしい。
 仲間を撃たれたからか顔色を悪くして霧島たちに従うのみだ。

 尤も自分たちのシマで馴染みのホステスがヒットマンに化けたら度肝を抜かれる。厚川も同様らしく見覚えのない二人にガードされても目は茫洋としていた。

 それでも厚川は防弾の黒塗りに押し込まれると安堵したのか、厚川組組長としての威厳を取り戻す。霧島と京哉を車内から見返し「乗れ」と短く命じた。
 二人は厚川を挟んだ形で後部座席に乗り込んだ。助手席にガード一人が滑り込むと黒塗りは急発進する。黒塗りはまだ人の絶えない繁華街をあり得ないスピードで走った。

 幸い人を轢き殺すこともなく盛り場を走り抜ける。やがて辺りに緊急音が響き始めると、それが合図だったように厚川が二人に訊いてきた。

「お前たち、何者だ?」
「御坂だ。県外の組にいたが、親のあとを継いだだけのトップがつまらん男でな」
「鳴海です。そんな奴のためにつける落とし前も余分な小指も持ってないんで……」
「つまり足抜けして逃げてきたという訳か?」
「逃げたつもりもないんだが、まあ、面倒だからな。何処かで雇って貰えるなら有難いとは思っている。売り出し中のお買い得品というところだ」
「なるほど。それであわよくば拾われようと、真王組のシマで飲んでいたということか。ならば、この俺が何者かも知っているな?」

 二人して頷くと厚川はニヤリと笑って京哉に手を差し出す。

「大層な土産付きで足抜けしたらしいな。見せてみろ」

 素直に京哉はショルダーホルスタから銃を抜き、トリガガードを中心に手の中でくるりと回転させ厚川にグリップを向けて差し出した。
 受け取った得物を厚川は眺め回してから無造作に京哉に返す。真正品のシグ・ザウエルP226だ、足抜けした二人が元いた県外の組でも単なるチンピラではなかったと判断した筈である。

 そうしている間にスモーク張りの黒塗り外車は白藤市駅前を抜け、バイパスに乗るべく市街地を突っ走っていた。
 組事務所は盛り場に点在しているが、厚川組本家は郊外にあるのを二人は知っている。地番は白藤市内なのでさほど遠くない。

 他県で破門だか絶縁だかの回状が巡っただろう二人のヤクザ者に関して厚川はあまり深く考えた風でもなく呟いた。

「ふむ。いいものを拾ったのかも知れんな」
「私たちを雇うのか?」
「置いておくだけでも価値があるその顔、飼うのも一興だ」
「そいつはどうも」
「お前たちのお蔭でタマも取られずに済んだ。礼を言う」
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