見え透いた現実~Barter.6~

志賀雅基

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第40話

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 そう言って再び厚川はニヤリと笑い、霧島と京哉は一歩前進した安堵で頷き合う。京哉は微笑みも零した。

 それを見た厚川は手にした葉巻を取り落として拾い、吸い口をシガーカッターでカットしたはいいが手元を狂わせ、三つばかり葉巻の輪切りをこさえた。

 そのあと厚川は悠々と葉巻を吸っていたが、上の空で味なんか分からなかったに違いない。何より京哉を気にしているのは明らかで、いつの間にか片手は京哉のスラックスの腿の上である。京哉は困惑しつつも霧島がガチギレしないよう祈った。

 黒塗りはバイパスを超速で走り、約二十分で郊外に入る。バイパスを降りて更に十五分ほどで厚川組本家に辿り着いた。周辺は割と普通の住宅地である。

 霧島は濃いスモーク張りの窓越しに厚川組本家を観察した。何度か警邏で外から眺めたことのある暴力団本家は周囲を杉板で囲み、外の通りをぐるりとライトアップした、ステレオタイプの代物だった。ライトと共に監視カメラが幾つも取り付けられている。
 きっと杉板の塀にはカチコミに備えて鉄板でも挟んであるのだろう。

 車用門らしい巨大な門扉がオートで開いた。低速で侵入した黒塗りは石畳らしい小径を通り、これも桁違いに大きな日本家屋にしつらえられた車寄せに滑り込む。巨大日本家屋の周囲にはチンピラたちが立っていて、黒塗りを見ると深く頭を下げた。

 警備上便利だからか日本家屋の玄関だけは洋風の造りで、軒のある車寄せに滑り込んだ黒塗りが停止すると玄関ドアと黒塗りのドアが同時に開けられる。
 そうしてわらわらと出てきたのは暴走族を卒業したばかりのチンピラではないと分かるが、何れも人相の悪いドブ色スーツ軍団だった。

「親父! タマァ狙われたのは本当ですかい!」
「怪我ァなかったでしょうね!」

 それなりに厚川組長は手下から慕われているようである。だが厚川を挟んで座っていた都合上、先ず霧島が降り立つと手下たちは「アー」と口を開けて固まった。静かになった中に厚川組長が降り立って手下たちは一旦我に返る。

 しかし最後に現れた京哉を目にして手下たちは更に顎を落とした。誰もが黙りこくって夢でも見ているような顔つきだ。

 喩えるならムサい男所帯に一輪のひめゆりが咲いたといった表情である。
 それだけのインパクトを与えた上、京哉はまたも微笑むという要らんことをした。 

 京哉自身にしてみればヤクザの本家なんかに入るのは初めてで緊張していたのだ。そこで堅気の世界でも通用する友好の手段として微笑んだだけなのだが、却って皆が沈黙してしまい、失敗を糊塗しようと更に微笑みを深くして、もう皆を半ばタラしてしまったのであった。

 罪作りだが本人は精一杯やったので、もう下っ端に興味は失せている。横目で見ていた霧島は涼しい顔だが、内心はヤクザたち全員を張り倒したい思いだ。

 沈黙がざわめきになった頃、組長の咳払いで皆が正気を取り戻す。ようやく手下が動き始め、人相の悪いドブ色スーツたちが左右に分かれて道を作ったかと思うと、軍隊の如く揃ったお辞儀をして玄関ホールに組長と得体の知れない客を迎え入れた。

 すると時刻は既に午前二時を回っているというのに、玄関から延びた廊下には部屋住みと思しき手下たちがずらりと整列している。確かに巨大な日本家屋ではあるが、意外なまでのキャパシティだった。手下たちは組長に対しここでも軍隊のように一斉に頭を下げて唱和する。

「無事のお帰り、祝着至極に存じます!」
「ああ、遅くなった。俺はもう寝るからな、皆も休め。あとはこの御坂と鳴海の部屋だけ世話してやれ。取り敢えずは俺に付く奴らと同じ扱いでいい」

 指示だけ出すと厚川はドブ色軍団に囲まれて廊下の先へと消えてしまった。取り残された霧島と京哉はこれも警備上の配慮からか土足でもいいらしい廊下に上がってみる。板張りの上に汚れの目立たない灰茶色のカーペット敷きで、早朝から下っ端が磨かずに済むのも親切だ。

 そこに大部屋住みの下っ端といった雰囲気のジャージ男が進み出てくる。

「御坂兄さん、鳴海兄さん。部屋に案内するっスからどうぞ」

 ジャージ男に先導され食堂だの浴場だのの説明を受けてから階段で三階まで上がった。案内された部屋は和室の四畳半という非常に狭い空間だったが大部屋の雑魚寝と違っただけマシで霧島は安堵する。京哉をあの男どもと一緒になど寝かせられない。

 朝食は七時半から九時だと言い残して案内人は去った。残された二人は部屋を探索したが、四畳半は押し入れに布団があるだけで本当に何もなかった。
 TVすらない。
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